「何やて、恭子?」
 夏穂は聞き返した。
「だから、ドゥカ。ドゥカがやたらと古いカワサキを狙ってバトル仕掛けてくるって」
「古いカワサキ?」
「うん。ZTにZU、MarkUにZ1000R」
「でも弱い者いじめと同じやん。腹立つ」
「いや、向こうも古いバイクらしいよ。確か、ベベル系っていう、70年代モノ。赤いMHRだったかな。どっかの阿呆が大人気なくZXR持ち出したら次の日996が出てきて返り討ちにあったって話も」
「それじゃカワサキが悪者やん」
「そうゆうことになるわな」
 
 
 音速の走者 〜windy ss #3

 
 

「うちは会ったことないで」
「まぁ、ないっちゅうことは相手にされてへん、てことで・・・」
「わーるかったな」
 夏穂はすねてみせる。
 

 そして、ふと思い立ったように立ち上がる。
「うちが倒す」
「え?」
「その『カワサキキラー』はうちが返り討ちにしてやる」
 そして愛用のアライ、ラパイドヘルメットを手に取る。
 缶コーヒーを床に置き、恭子も立ち上がる。
「マジ?」
「大真剣」
「じゃ、止めない」
「止めないだけ?」
 夏穂は暗についてこい、と言っていた。
「止めないだけ。だって明日からバイトだもん。マクドで」
 恭子はすげなく、切り捨てる。
「あんたのマッハについていくには、バリオスじゃあねぇ」
と、暗にバイトの目的をほのめかす。
「え、何買うん?」
 夏穂が身を乗り出す。
「うーん、まだちょい悩み中や。ZUとかは嫌やねん。新しどころでZX-6Rとか、古い目でGPz750とか・・・。ニンジャは当たり前すぎるし、ゼファー750てのも狙い目かなぁ、て」
「GPz750やったらレイニーレプリカができるやん」
「へっへー。いいっしょ?」
「ええなぁ」
「つーわけでがんばってね」
「しゃあないか。じゃ恭子が出てくる前に『カワサキキラー』を懲らしめとくわ」
「ところで、なぁ、夏穂」
「ん、何や?」
「『カワサキキラー』って呼び方・・・カッコわるいで」
「・・・。」
 

「なーにがカッコわるいねん。カワサキを狙ってくるから、『カワサキキラー』やん」
 そう、つぶやきながら、夏穂は環状高速を走る。
 夏穂の言う、『カワサキキラー』の現れる時間は午前1時から2時の間。

 左手のBaby-Gを引き寄せる。
 フロッグマンのオートランプ機能で光るバックライトの中に時間が浮かび上がる。
 そろそろ。

 ペース的には軽く流している程度。
 決して飛ばしてはいない。
 車の流れの中で待つ。
 「カワサキキラー」のドゥカティを。

 とは言うものの、そう簡単に現れるのなら、今まで一度も会わずに来ることなどない。
 20分ばかりもすると、夏穂は待つことに飽きてきていた。
「何しとるねん。全然姿見せへんやん。もう」
 そうつぶやいてみる。
 口に出すと、飽きが全身に広がり、我慢できなくなってくる。
 

 そこへ、一台のバイクがやって来た。
 ドゥカティ900SS。

 もっとも、夏穂が探している「カワサキキラー」のものではない。
 一世代前とはいえ、充分に現代のマシン、と言えるドゥカティだった。

 しかし。
 飽きていた夏穂の心にいたずら心が生まれる。
 すっと抜いていく900SSの後ろにぴたりとつける。
 そしてパッシング。
 

 バトルの合図。
 ハザードで返事をすれば了承。ブレーキをかければキャンセル。
 

 どう出る?
 

 900SSのライダーは夏穂の方を見た。
 

 そして。
 

 ハザード。
 

 900SSは一気にダッシュした。
 遅れじと夏穂のマッハもダッシュする。
 

 冷静に考えれば、900SSとマッハの性能差は大きい。
 60年代に設計されたマッハと90年代のマシンである900SSでは、すべてが違う、と言っても過言ではない。
 だが、ストレートが続くだけの高速道路ならともかく、環状では・・・。
 少なくとも夏穂はそう信じてきた。
 そして、今も。

 相手が誰であろうと、どんなマシンであろうと夏穂はマッハで挑む。
 

 前を行く900SSをしっかりと射程距離にとらえつつ、マッハは走る。
 

 とは言うものの決して楽ではない。
「こいつ、速い」
 夏穂はつぶやく。
 性能差だけではない。
 腕もいい。
 気を抜けば間違いなく置いていかれる。
 

 必死でアクセルを開ける。
 

 その時、後ろからパッシング。
 

「何や!じゃかあしぃわ!」
 

 叫ぶ夏穂のマッハの脇にドゥカティ。
 

 特徴的なハーフカウルは70年代のベベル系のドゥカティ。
 赤いMHR。
 カワサキキラー。
 

「待ってたでぇ!」
 そう叫ぶ。
 叫びつつ、よりにもよって、という思いがよぎる。
 2台を敵に回して勝てるのか?
 やるしか・・・
「ない!」
 叫んで気合を入れる。
 カワサキキラーが前に出た。
 喰らいつく。
 

 カワサキ500SSマッハV。
 夏穂の愛車の、発表当時の異名は「ジャジャ馬」。
 日本のオートバイ産業の黎明期に設計されたそれは、エンジンパワーがフレーム剛性を大きく上回り、まっすぐ走らせることさえ難しい、と言われたバイクだった。
 しかし未完成ながらも、そのスピードは多くの若者を虜にし、ホンダのCB750とともに日本をオートバイ大国と変えた運命のバイクでもあった。
 
 

 夏穂がこのバイクを手に入れたのは偶然に近かった。
 親戚のおじさんの倉庫に眠っていたそれを譲り受けた。
 それも従姉の結婚式ということで、準備の手伝いに行ったとき、偶然見つけ、持ち主であるところの「花嫁の父」を口説いて、正直タダ同然で手に入れたものである。
 
 

 最初は「憧れ」だった。
 正直、失望も感じた。
 バイク屋に払う引き上げ料が惜しくて止まってしまったマッハを10キロ以上押していったこともあった。
 しかし、意地で乗りつづけるうちに、マッハはかけがえのない相棒となった。
 
 

 900SS、MHR、マッハの順でコーナーに突入する。
 やはり、性能差もあってか、900SSが先頭を走る。
 さすがのカワサキキラーも年式を飛び越えていけるほどの腕ではない。
 

 と、すると。
 

「マシンは互角!腕も互角!」
 

 夏穂はマッハのアクセルを開ける。
 フレームが悲鳴をあげる。
 

 コーナーがせまる中、突っ込み勝負。
 

「カメっ!」
 意味不明の叫びをあげ、MHRをかわす。
 

 白煙が3本、飛行機雲のように走る。
 

 一気に900SSに襲いかかる。
 勢いのまま、突っ込み、かわす。
 

 そこへMHR。
 マッハの勢いに乗っかって、そのまま900SSをかわす。
 

 900SSも本気になった。
 

 3台のバイクは抜きつ抜かれつ環状を走る。
 まるでダンスのように。
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

 均衡を崩したのは夏穂のマッハだった。
 エンジンがぐずつき、ペースを落とす。
 

 ピンと来た。
 

 ガス欠。
 

 燃費の悪さではマッハに敵うものなし、であった。
 
 

 すぐにガソリンコックをリザーブに切り替えるものの、バトルの続きはできそうもない。
「やっちゃったかぁ・・・」
 

 2台が遠くに見える。
 夏穂のことが気になったのか、ペースを落としたようだ。
 2台に追いつく。
 左手を上げてあいさつをする。
 そしてウインカーを出して出口へと向かう。
 
 

 残念だった。
 もっと走りたかった。
 心からそう思った。
 
 

 すると、出口に向かう夏穂のマッハの後を2台ともついて来る。
 

 夏穂は少しうれしかった。
 

 高架下の24時間営業のコンビ二の前で3台は止まった。
 

 止まったとき、夏穂は異和感を感じた。
 体形がおかしい・・・。
 ひょっとして・・・。

 いや、ひょっとしなくてもそうだ。
 二人とも女。
 

 カワサキキラーが赤いagvのフルフェイスヘルメットを脱いだ。
 髪をアップにした女性。
 少し青みがかったような黒髪。
 

「綾崎・・・、若菜と申します」
 

 丁寧な口調で自己紹介。
 

 900SSのライダーも赤いショウエイのフルフェイスヘルメットを脱いだ。
 少し赤毛がかった、ショートカットの女性。
「私は優。七瀬優」
 
 

 夏穂も、黒いアライのフルフェイスヘルメットを脱ぐ。
「森井・・・夏穂です」
 

 まず、夏穂が口を開いた。
「面白かったよね」
 若菜と優がくすっと笑う。
「さ、じゃあ、このバトルにケチつけたのはうちだから、やっぱうちの奢りだよね。ジュース?コーヒー?何がいい?」
 そう言って、コンビニのドアを開ける。
「そんな、申し訳ないです」
 そう返すのは若菜。
「えーて、えーて。何がいい?」
「じゃ・・・じゃあスポーツドリンク系で」
「うん。それ系ね。あなたは?」
 こちらは優に。
「うん、じゃミネラルウォーター」
「うーん。みんな健康的やなぁ」
 そう呟きつつ、ポカリスエットとボルヴィックとマサイの戦士を買い込む。
 

「ねぇ、なんでカワサキばっか狙うん?」
 夏穂はそう口にした。
「このバイクを勧めてくれた人が、古いカワサキに乗っている人は遊んでくださる、と」
「へ?」
「このバイク古いですよね。だから性能の近いあたりの人と走るのがやっぱ楽しくて」
「じゃ、じゃあ一緒に走りたくて?」
「ええ」
「ドゥカ同士で走ればいいじゃん」
「ドゥカの方って走ることに賭けている方と、ただバイクを自慢したいだけの方とが見分けにくくて・・・。カワサキの方は古くても大概、走りに全てを賭けている方が多いですから。あなたのように」
「あ・・・あのなぁ、片寄ってるよ・・・。その考え・・・」
「そうですか?」
 若菜は悪びれずそう答える。
 夏穂は頭を抱える。
 お嬢や・・・。こいつ。
 でも好きになれそうだ。
 もう一度走ろう。
 そう、思える。
 

 夏穂は優にも声をかける。
「あなたは?えーと七瀬さんでしたっけ?広島ナンバーだよね。大阪には何しに?」
「優、でいいよ。えーと」
「夏穂、でええよ」
「うん、夏穂。人に会いに来たんだ」
「人に?誰に?」
「この人」
 そう言って若菜を指差す。
「え?」
 驚いたのは若菜。
「私・・・ですか?」
「うん。実は古いドゥカティに乗っている人を探しているんだ。だからあなたの噂を聞いて、ひょっとしたら私の探している人かな、と思って」
「古い、ドゥカティ?」
「そう、ドゥカティ900マイクヘイルウッドレプリカ」
「たしかに私のもそうですけど・・・。探している方って?」
「この人」
 そう言って、優は一枚の写真を取り出した。 
 ずっと持ち歩いているらしく、角が丸まった写真の中には一人のライダーが微笑んでいた。
 

 若菜の表情が一瞬凍り付く。
 

「知ってる?」
 優が叫ぶ。
「あなたの・・・どういう方なんですか?」
 笑顔で若菜が言う。
 その実、夏穂からはかなり無理しているように見える。
「いや、ど・・・どういうって・・・ただ、私が勝手に・・・」
 優は動揺しながらそう答える。
 

「流星雨?」
 若菜がぽつりとつぶやく。
「え?どうしてそのことを・・・?」
 若菜がため息をつく。
「意地悪していい、ですか?」
「え?」
「このドゥカを勧めてくれた方、横浜のクール・ウインドというお店の方です」
「横浜・・・」
「これ以上は教えたくないです。でも嘘はついていないです」
「綾崎・・・さん」
「若菜でいいです。お会いしたらよろしく伝えてください」
 何か事情がありそうなのは分かる。
 口調が固い。
 だが、嘘はついていない、という。
 信じられる。優はそう思った。
 

「二人ともお腹減ったやろ?」
 唐突に夏穂が叫ぶ。
「え」と二人が夏穂を見つめる。
「うちの家、お好み焼き屋やねん。うちがメチャうまいお好み焼き焼いてやるさかい」
 夏穂は、湿っぽい雰囲気が苦手だった。
 こんな雰囲気は嫌だ。そう思った。
「な、若菜!」
 元気度140%くらいで叫ぶ。
 それを感じ取ったのか、つられただけなのか、若菜はつい、「ええ」と答える。
「な、優!」
 優は夏穂を見つめる。
「お好み焼き・・・かぁ、でも、関西風は・・・」
「な、何言うとるねん。お好み焼きは大阪やで!」
「いや、広島風のが・・・」
「え?それを言うなら、ねぎ焼も・・・」
 若菜も口を出す。
 夏穂がキレた。
「やかましいわ!まず食べてみい!まずかったらうちのマッハくれてやるさかい!」
 
 

 3台のバイクが一斉に吠える。
 そして走り出す。
 
 

 この後、すっかり給油のことを忘れた夏穂が、ガス欠を喰らったり、深夜というのに店を開け、店主である祖母の怒りを買うのだが、またそれは別の話である。
 
 

 おしまい
 
 
 
   さて、物語はバトル〜になります。
 バイクバトルの雰囲気が出ているかどうかの判断は読者の方におまかせ、ということで。
 今回から夏穂登場〜。ちなみに夏穂はこの後も引き続き登場します。
 とりあえず、優とコンビを組むなら夏穂かな、と。
 愛車はマッハ500。こちらもサイトヲさんの二次創作よりの登場です。
 恭子がバリオスに乗っているのもそちらの設定から。

 2ストローク好きの阿月としては、捨てられない設定でして。
 札幌の沢渡親子に引き続いての2ストキャラとなりました。

 若菜はちょいかわいそうな役でしたでしょうか。
 昔のオールスター映画の顔見せ役みたいな扱いでちょっとかわいそうかも。
 でも、結構こんなバイクに乗っていそうかな、と。

 あと、この頃から最後にメシ食うのがスタイルになりつつあります。



 とりあえず、では。