「ところで・・・、何で荷物の準備してるのかな?」
優は、そっと口にした。
「うちも行く」
夏穂はきっぱりと答えた。
阪神高速でのバトルの翌朝、朝食をすませた優は旅立ちの準備をはじめた。
若菜は夜食の後、すぐに京都へと戻った。何でも、家が厳しいらしく、朝になる前に戻っておかなくてはならないとのことだった。
夜通し、二人で喋り、床についたのはもう朝を迎えよう、という時間だった。必然的に朝食はかなり遅い時間となる。
それでも昼前には出発しようと準備をはじめたところ、夏穂も同様に準備をはじめたのだ。
「せっかく友達になったんや。友達が精一杯やってることは応援してやりたいやん」
「いや、そう言ってくれるとうれしいけど・・・」
ちょっとした沈黙。
そして夏穂が口を開く。
「うち、小学校のころ、好きな男の子がおったんよ。あるとき、リレーをやることになって、うちと、その子と、あと、クラスのみんなと一生懸命練習したん。でもその子、引越しで一緒にリレーできなかったんよ。それを知ったのがリレーの当日で・・・。でも、うちはその時、追いかけたかった。リレーなんか放り出して。でも追いかけれへんかった。だから、その後、引越し先とかも追いかけたん。けど捕まらなくて・・・」
夏穂は一度言葉を切った。
「うちが追いかけたとき、親友の恭子が着いてきてくれて、うち、すごい楽になれた。いてくれたことで。だから引越し先まで追いかけれたん」
そして、優を見る。
「うちは、追いかけるべきときに追いかけられへんかって、捕まらんかった。だから、追いかけるときはとことん追いかけなあかん。うちがついてる。横浜だろうが、北海道だろうが、とことん追いかけたり。な、優」
優は天井を見上げた。
なぜか、天井がにじんでぼやけている。
困った人だ、と思う。
でも嬉しかった。
「さ、優、チーム『音速娘。』の結成や、がんばろな」
「『音速娘。』・・・?」
「二人やからな、やっぱ名前がないと。いい名前やろ。ちなみに名前の最後は『。』がつくねん。OK?」
にこやかな笑み。
どうもずっと考えていたらしいその名前を聞いて、優は一言答えた。
「夏穂・・・その名前・・・ダサい・・・」
そして、自称『音速娘。』は一路横浜へと出発した。
「名古屋とばしなんかさせないわよ」
名神高速、小牧インター手前のバス停。るりかは愛車D-Trackerと共に二台のバイクを待っていた。
すると、携帯が鳴った。
まさか・・・。
るりかは携帯を耳に当てる。
「見つけたわ。情報どおり、ドゥカティとマッハの二人連れ」
やられた。
彼女らは、東名阪を使ったのだ。
「そう、名神じゃなく、東名阪を使うとは意外だったわね」
「そうね。でも、見つけたからには」
そうだ、そんなこともあろうかと思って二手に分かれたのだ。
幸運、と呼ぶべきだろう。
下道を使う可能性もあったのだから。
「こっちは41号から東名阪に合流します」
「じゃあ、そっちに追い込むわ」
るりかはジャケットのポケットに携帯をしまいこみ、D-Trackerに鞭を当てる。
晶のスーパー7に合流するために。
「じゃあ、そっちに追い込むわ」
晶は携帯にそう呟くと、愛車ケーターハムスーパー7のアクセルを踏みつける。
料金所までは、おとなしく。
それが最初からの作戦だった。
東名阪自動車道は名古屋西の料金所で一旦の終点を迎える。
ここから、特別区間として、一定料金の有料道路となり、名古屋市を大きく迂回して、東名高速名古屋インターに接続している。
優と夏穂は料金所で料金を支払い、出たところで一度、バイクを止める。
「今日中に横浜まで行くけど、大丈夫だよね」
「あたしはね。ただ、名古屋を越えたあたりで給油と休憩は必要かも」
「了解。上郷のSAがあるから、そこまで行こうか」
そんな会話を交わしていると、優の携帯が鳴った。
「携帯?」
着信の番号は、登録されていない番号らしく、相手が誰か、という表示はない。
いぶかしがりつつ、携帯をとる。
「はい」
「こんにちは、七瀬優さん?」
女性の声。
どうやら間違い電話ではないらしい。
「何でしょう」
「料金所を見てくれる?」
「え?」
言われて振り向くと、ゲートの中から一際目立つ車が一台。
葉巻にタイヤをつけただけのような、クラシックスタイルの小さな車。
ケーターハムスーパー7。
サングラスをかけた女のドライバーが手を振った。
知らない顔。
スーパー7は、二人のバイクから少し離れて停車した。
「あなた、誰ですか」
「私は遠藤。遠藤晶」
「何の御用ですか?」
「あなたに聞いてもらいたいものがあって」
「聞いてもらいたい・・・もの?」
「そう。とある音楽家の楽屋裏での秘密のお話」
優はイヤな予感がした。
「行くわよ」
携帯から女性の声が流れる。
録音特有のざらついた声だが、誰の声かは、はっきりと分かる。
「何で・・・」
思わず口に出す。
「分かった?このICレコーダーにたっぷり30分、録音されているわ」
「だから何だっていの。ただの雑談じゃない」
「まぁ、最初はね」
思わせぶりに言う。
「で、どうしたいの?」
「ゲームをしましょう。『ハンティングゲーム』。あたしに追いつけたらこのレコーダーはそのままさしあげるわ。どう?」
「コピーは?」
「とってないわ。これきりよ。世界に」
「わかった」
「OK。じゃ、お先」
携帯が切れ、スーパー7が走り出す。
優はあわてて、ヘルメットを被る。
そして、追い始める。
「優!どうしたんや、優!」
夏穂も叫びつつ、ヘルメットを被る。
ドゥカティとマッハが走り始めた。
スーパー7を追って。
「何があったんや・・・、優」
夏穂の思いを置き去りに、二台は東名阪自動車道を駆けた。
「何で・・・、どうして・・・」
優は呟く。
電話の向こうの声は、確かに優の母親の声だったのだ。
青空の下、晶のスーパー7は一般車の間を縫うようにして走る。
ぱっと見には、古いだけのクラシックカーにしか見えないスーパー7だが、その実態は公道を走るフォーミュラカーと呼ばれるハイパフォーマンスカーであった。
「着いて・・・きたわね」
ミラーに写るドゥカティを見つつ、晶は呟く。
左手の時計を見る。
まだ時間はある。
何とかなるだろう。計画通りに行けば。
携帯が鳴る。
「遠藤さん!今まだ東名阪?」
「ええ」
「こっちは後5分くらいで楠から名古屋高速に乗れるわ」
「いいタイミングかもね」
言いつつ、ミラーを見る。
「ごめん、がんばって飛ばして」
「え?」
「速いわ、あの子」
ミラーには先ほどよりも迫っているドゥカティの姿。
本気にならなきゃ。
晶はそう判断し、そして実行した。
東名阪自動車道は、比較的新しい時期に建設された有料道路のため、東京の首都高のように複雑なコーナーが連続するような道ではない。
それ故、最大のネックになるのは、多数の一般車だった。
そして、一般車をかわす、という点に関しては、いかにスーパー7がコンパクトな車とはいえ、圧倒的にバイクの方が有利だった。
それでも、交通の流れを読み、一気に抜いていく晶の走りは見事なものだった。
それは追う側の優も認めるしかなかった。
「速い・・・な。こんな道で。四輪のくせに」
スーパー7はまさにフォーミュラカーのように疾走していく。
「なめてかかるとやられるな・・・」
呟きつつ、一般車をかわす。
深夜、というわけではない。
昼日中である。
交通量は結構なものであった。
気は抜けない。
いきなり、ウインカーもなく、クラウンが車線変更。
「!!」
減速の余裕はない。
体が勝手に動く。
加速してクラウンをかわし、前に出る。
「名古屋はマナーが悪いって誰か言ってたっけ・・・」
冷や汗をかきつつ、スーパー7を追う。
すると、ウインカー。
楠JCTから名古屋高速へ。
チャンス。
料金所で追いつけるか。
あいにく、スーパー7の前に車がいない。
「駄目?」
晶が振り向く。
微笑み。
カード払いなのか、停車時間が短い。
すぐにスタート。
追いつけない。
が、しかし。
渋滞。
「やった!」
落ち着きを取り戻し、料金所に滑り込む。
料金を支払い、ゆっくりと走り出す。
そして、渋滞の最後尾につく、スーパー7にゆっくりと並ぶ。
「あーあ。追いつかれちゃったな」
肩をすくめて優を見る晶。
「負け・・・だね」
呟いて路肩へと寄せる。
優も同様に寄せる。
追いついてきた夏穂も同様に。
前をドゥカ、後をマッハではさみこむ。
晶はサングラスを外して笑顔で迎えた。
「負けちゃったねー」
さて、どうするか。
思案をめぐらす。
そこへ。
「故障ですかー?」
一台のバイクが近づいて来た。
カワサキD-Tracker。
オフロード車に、オンロードのタイヤを履かせたシティランナー。
地元のライダーの登場に優は舌打ちする。
「いいえ、何でもないですよ」
晶が叫ぶ。
その言葉に優は少しほっとする。
余計な人間を巻き込みたくはない、晶がそう考えている、その事実に。
だが。
仲間である、ということまでは考えが及ばない。
「そうですか、じゃ」
D-Trackerのライダー、るりかはそう言って左手を上げる。
そこへ。
晶がICレコーダーを投げる。
何気に受け取り、走り出す。
呆然とした中、沈黙の空気が流れる。
最初に動いたのは夏穂。
「優っ!追え!」
その言葉に反応し、優はドゥカのアクセルを開ける。
そして、D-Trackerを追って路肩を走る。
そして夏穂は晶に詰め寄る。
「何やねん、あんたらは!」
その怒りの言葉を受け流し、晶は笑みを返す。
「ゆっくりお話したいんだけど、いいかしら?」
カワサキD-Trackerは速い。
もちろん、高速道路でヨーイドンで走れば、ドゥカティ900SSの敵ではない。
ただ、D-Trackerには大きな特徴がある。
オフロード車に、オンロードのタイヤを履かせる。
バイクを知らない人間には、ただそれだけのこと。
だが、オフロード車の特徴である、パンチの効いたエンジンと軽い車体は市街地でもっとも重要な大きな加速力を生み出す。
そして、それをアスファルトの路面で有効に生かすためのオンロードタイヤ。
大きな切れ角のハンドルと見通しのよい、アップライトなポジション。
道に詳しいライダーと、D-Trackerの組み合わせは市街地最速と言っても過言ではない。
インターから下道に下りたD-Trackerを優は必死に追う。
リッターマシンとしては軽量のドゥカティ900SSもD-Tracker相手では分が悪い。
それでも必死に追う。
「どこだろう、ここは?」
もうどこを走っているのかも分からない。
右に左に、D-Trackerは軽やかに駆け抜ける。
ビルの間に塔が見える。
名古屋の中心街にそびえる、テレビ塔だ。
一際、にぎやかなエリアへと出る。
それに合わせて車の量も増えて来た。
「追いつけないかも・・・」
そう思ったとき、D-Trackerが大きなビルの前で止まった。
愛知県芸術センター。
ガラスの壁面が特徴的なそのビル。
その前でD-Trackerは止まった。
D-Trackerのるりかはヘルメットを取る。
優はその後にドゥカティを止める。
ふと気づくとスーパー7と、夏穂のマッハがそこにいた。
「何?」
とまどう優の前にスーパー7の女、晶が近寄って来た。
「はい」
差し出した手の先にはコンサートチケット。
今日、この場所で行われるクラシック演奏会のもの。
「え?」
「たまにはご両親と会っておきなさいよ。いつも心配しているわよ」
晶はそう言って笑う。
ふと見ると、あちこちに貼ってあるポスターには、確かにピアニストの母と指揮者の父の写真がある。
「今日・・・ここで?」
「そう。あなたたちが横浜へ向かうって七瀬さんに聞いて。メール打ったでしょ」
「あ」
確かに打った。
今朝、出発前に。
今朝?
今朝打ったメールに対してこの人たちは・・・。
「あ、遠藤さん、そろそろ楽屋入ってくださいね。私がしかられますから」
るりかが声をかける。
「はーい。ありがとね、今日は」
「打ち上げしましょう、終わったら。いい店案内しますよ」
「ありがとう、じゃ後で」
晶がぱたぱたと建物の中へと駆けていく。
るりかが声をかける。
「さ、バイク置き場はこっちですよ」
その夜、優はホテルのレストランで両親とともテーブルを囲んでいた。
「何か、久しぶりに父さんたちの演奏を聞いたよ」
「そうねぇ。優が聞きに来るなんて珍しいものねぇ」
母親があいづちを打つ。
「あの、遠藤さんって人って・・・」
彼女は美しく、そして繊細かつ力強い、すばらしい演奏をして見せた。
しかし、あのスーパー7の彼女をイメージしていると、どうも印象がズレる。
「彼女はまさに新進気鋭のバイオリニスト。まだまだ伸びるわよ。成長がすごく楽しみなの。私たちのこともよく慕ってくれて色々な話をしてくれるわ。それで、彼女にね、今朝こんなメールが来たのよって話したら、『じゃあ、名古屋に寄ってくれるんじゃないですか』って言ってくれて。そうしたら本当にあなたがやってきたわ。まるで魔法使いか予知能力者よ」
−いや、ただのお節介焼きよ−
そう答えようとして・・・やめた。
「そうだね。偶然とはいえ、すごいよね」
理知的に見える彼女のどこにそんな感情が潜んでいるのかは分からないけど、ほじくりかえしても仕方のないことだ。
「遠藤さんはね、恋の話をよくしてくれるの。ぱっと見にはちょっとさえないタイプらしいんだけど、自分のことを想ってくれる素敵な男性らしいわよ。あなたは、どうなの」
「私は・・・」
言葉につまる。
まだ、わからない。
この旅のゴールがどうなるのか。
「まだ、わからないけど、努力はしてるよ」
「そう!じゃあ期待して待ってるわ。紹介してくれるのを」
母親が嬉しそうに笑う。
「さ、そろそろ行かなくちゃ。夏穂が、こっちの娘と意気投合しちゃって、飲んでるはずなんだ。遠藤さんも一緒に。その娘、今回のコンサートのプロモート会社のアルバイトらしいんだけどね」
「そうなの。ここに連れてくればよかったのに」
「いや、何か名古屋名物を食べるんだって。もうちょっと騒げるところで」
「そう、若いからね。皆さん」
「じゃあ、行くよ」
優は立ち上がる。
父親は軽く手を上げる。
笑みで返す。
ホテルを出るとにぎやかな街並み。
その中を歩きつつ、両親に想いをはせる。甘いような、苦いような複雑な感情。
優はまだ、その感情に答を出せるほどの人生経験はない。
メモを取り出し店を確認する。
この先。
「居酒屋ぼろーに屋」
小さな店だった。
暖簾をくぐり、店に入ると叫び声。
「憲伸、抑えぃ!」
「冗談じゃないわ!あんなへぼに抑えられるかい」
「何ぃ、万年最下位のくせに」
「じゃかぁしい。毎年毎年長嶋にいいとこ持っていかせよって!」
「それは阪神も同じやろ!」
ローカルの中日×阪神戦のテレビ中継に燃え上がる夏穂とるりかだった。
「あ、優!お前は阪神よな」
夏穂が叫ぶ。
「わ・・・私、野球はちょっと・・・」
言い訳しつつ、テーブルで座る晶の向かいへ腰を下ろす。
「よかったわ、話が通じる人が来てくれて。ずっとこんな状態よ」
晶が呟く。
「はぁ・・・」
「はい、生中お待ち!」
店員の威勢のよい言葉と共に、生ビールのジョッキがやって来る。
「はい。乾杯」
「あ、ありがとう」
「さ、意外とおいしいわよ。みそ串かつに手羽先、どて煮。食べつけないもの多いかもしれないけど」
「あ、ありがとう」
優の前に食べ物が並ぶ。
「七瀬さんたち、何か言ってた?食事してたんでしょ?」
「あなたのこと、いい人だって。あ、今日は本当にありがとう。久しぶりに聞いたよ。両親の演奏」
「そう。心配かけちゃ駄目よ、って言っても意味ないんだけどね。たまには親孝行しとくのもいいわよ。特に七瀬さんの演奏は今が旬だから、聞いておかなきゃ駄目」
「うん。ありがとう」
素直に言える。
「でも意外だったよ。あなたがバイオリンをやるなんて。あの走りだけ見るとね」
「いいえ、あなただって、七瀬さんの娘だなんて信じられないわ。あの走り」
二人で笑う。
ふと気づくと、店内の中日×阪神戦は他の客を巻き込んで拡大していた。
るりかがカラオケを持ち出し、店内の客の大半による「燃えよドラゴンズ」の大合唱。
一方、何人か混じっていた阪神ファンの客が夏穂と組んで「六甲おろし」で対抗。
「人数が足らん!あんたたちも入り!」
その一言で、優と晶も強制参加させられる。
そして、名古屋の夜空に大合唱の声が響く。
いつまでも、いつまでも。
おしまい
さて、舞台は東へと移ります。
名古屋を舞台にして、2人VS2人のバトルというカタチに。
晶がスーパー7に乗っているのはサイトヲさんの二次創作より。
るりかのD-Trackerは阿月の創作です。
一応、シリーズ通しての主人公である優のストーリーをメインに組んであります。
優の設定にある、両親は音楽家ということから、こんな話で親子の対面をさせてみました。
優、というキャラクターは「不思議少女」というイメージで展開されることが多いのですが、こんなシーンがあってもいいかな、ということで。
イメージが違う〜という方、申し訳ないです。
一応、目指したのは名古屋流、こってり系人情バナシのつもりでした。
そんな雰囲気が出ていればなぁ、と思います。
|