春。
新学期。
新しい季節の新しい出発を、僕は新しい土地で始めることとなった。
父親の転勤で、僕はこの町へとやって来た。
愛知県名古屋市千種区星が丘。
この町の大きなマンションの一室が僕の新しい家となった。
「ちょっと出かけてくる」
僕は妹の由美に声をかけて外へと向かう。
新しい町で見てみたい所があったのだ。
一際にぎやかな地下鉄駅周辺のデパート「丸越」の9階。
そこに小さな映画館がある。
しかも、マイナーではあるけれど、良質な映画ばかりを上映する名画座のようなポジションの映画館。
その映画館の「上映中」のポスターを見て、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。
その映画のタイトルは「スターヒルの奇跡」
3年くらい前のイギリス映画。
日本では興行的には今ひとつの成績しか残せなかったのだけど、根強いファンを持つSF映画だった。
かく言う、僕もその一人。
新しい土地が「星が丘」すなわち英語で「スターヒル」と呼ばれる町であることに、一人ほくそえんだぐらいだ。
デパートのエスカレーターを上がる。
上映時間は調査済み。
チケットを買い、ロビーへと入る。
客はまばら。
春休みとはいえ、あまり子供はいない。
まあ、映画のタイトルがタイトルなので、仕方ないか、という感じはある。
けど、その中に僕と同い年くらいの女の子が一人。
長い髪に、フェミニンな眼鏡をかけた女の子。
こんな子がこの映画を見るのか・・・。
別に自分に何か関係あるわけではないが、うれしくなる。
そして映画が始まった。
ストーリー自体は他愛ないもの、と言ってもいいと思う。
スコットランドの小さな村の老夫婦の娘が実は宇宙人で、嵐によって村が崩壊の危機に近づいたとき、その少女が村を救うというお話。
村を救った少女は、その後、迎えに来た宇宙船と共に地球を去っていく、というものだ。
イギリス映画特有の抑えたライティングと村の風景。
そして主人公である少女の可憐さに僕は完全にやられていた。
1時間40分の上映が終わると、観客たちはばらばらと立ち上がる。
例の女の子も同様に。
その時、ふと気が付いた。
女の子の目に涙らしきもの。
女の子は足早に歩いていく。
僕はしばらく、その背中を見ていた。
何となく、目が離せなかったのだ。
それが彼女との出会いだった。
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