聖書読書会「ルカによる福音書」  眼我 真
「ルカによる福音書」一章26節〜38節と二章1節〜20節まで (2004.12.)
クリスマス前日ということもあったので、マリアの受胎告知とイエスの誕生記事を
学ぶことにしました。
「受胎告知」26節から38節まで
26節に「六か月目」とあります。エリサベツの妊娠から六か月目ということです。
エリサベツとマリアは一対の関係なのです。二人の妊娠がキリスト教にとって、とても
大切なのです。「ガリラヤの町の一処女」とはっきり明記していることは、「処女」に
深い意味を持たせたいからだと思われます。ここに「処女降誕」という奇蹟が起こるのです。
婚約者のヨセフと交わる前に聖霊によって身ごもるのです。常識を越えたところに奇蹟は
起こると言えば、信じるか信じないかのどちらかになってしまいます。分からないという
答も残されてはいますが、理解して分かることと、信じることで分かることもあります。
この手の奇蹟は信じることでしか、分からないことの一つだと思います。詭弁のように
聞こえるかもしれませんが、イエスの存在を信じられれば処女降誕は別にたいした問題
ではなくなるのです。「マルコによる福音書」のようにイエスの誕生を省いた方が、いいの
かもしれません。水戸黄門の印籠(いんろう)のような目先の印(しるし)よりも、
イエスの生き様の方が、私にとっては価値があります。御使(みつかい)ガブリエルによって
告げられたマリアは驚き「わたしにはまだ夫がありませんのに」と反論しますが、聖霊
によって身ごもることを知らされ、さらにエリサベツの身に起きた奇蹟も知らされます。
「わたしは主のはしためです。お言葉どおりこの身に成りますように」
「はしため」とは奴隷ということです。従順なマリアの言葉に神も満足されたことでしょう。
ここで、二章へ飛びます。イエスの誕生の記事はマタイとこのルカにしかありません。
マタイでは東方の三博士が星に導かれて、イエスの誕生を祝う話です。ルカでは
羊飼い達が、天使の言葉に導かれて、飼葉おけの中のイエスを祝う話です。マタイでは
博士で、ルカでは羊飼い。マタイだから博士なのか?ルカだから羊飼いなのか?
それともお互いが重複しないように、配慮して違う話を記載しただけなのか?
マタイがユダヤ人に向かって書かれた福音書に対して、ルカは異邦人に向けて書かれた
と言われていることから、話の対象者(ユダヤ人、異邦人)の違いからくる、
違い(博士、羊飼い)なのかもしれません。そうなると創作ということも考えられなく
はありません。疑えばすべて分からなくなってしまいます。記事の裏に書かれている
真理を読み取ることが大切なのかもしれません。これまた詭弁に聞こえてきますが、
どこまで真理に近づくことができるか?読み解くことにします。
二章1節に「全世界の人口調査をせよとの勅令が、皇帝アウグストから出た」とあります。
この記録はローマ帝国に紀元四年になされたと資料が残っているそうです。ただ、そこに
イエスやマリア、ヨセフという具体名は残っていないようです。
イエスの誕生が紀元四年説はここからも伺われます。さらに「クレニオがシリアの総督
であった時に行なわれた最初の人口調査であった」イエスの誕生の年を明解にするため
に、二重の資料に記載されていることを暗示しています。ただ、誕生した日が分かって
いません。紀元四年の何月何日なのかが?です。12月25日でないことは確かです。
なぜ12月25日ではないかは、いままでに言い尽くしてきました。聖書に書かれている
羊飼いの記事を読めば分かるのです。「夜、野宿しながら・・・」と記されています。
ユダヤの12月は寒くて、羊たちは村の宿舎で「ぬくぬく」とした中で、干し草を食べて
いるのです。野宿などはしていないのです。決定!説によるとイエスの誕生は、三月か
四月あたりではないかと言われています。羊飼いに天使が表われたことが特出です。
無学な教養のない羊飼い、でも純真で神を信じている人達だったのです。奇蹟はこの
ような人達に告げられ、目に見える形として起こったのです。天使のお告げが正しかった
ことを目にして、羊飼い達は神を賛美します。
人が神を選ぶのではなく、神が人を選ぶのです。奇蹟はその象徴です。奇蹟は与えられる
もので、恩恵なのです。「おまけ」と私は解釈しています。
信仰にとって奇蹟はあればあったで、すばらしいことですが、それは「おまけ」であって、
こちらから望むべき物ではないと考えています。
イエスの誕生は「おまけ」ではありませんので、誤解のないように。
昨日(12.23)は今年最後の読書会をしました。ちょうど「ルカによる福音書」の
受胎告知の箇所でした。それとクリスマスが近いので、二章の有名なイエス誕生の
箇所も学びました。羊飼いに何故天使(ガブリエル)が現われたのか?
人が選ぶのではなく神が人を選ぶのです。
そこに「しるし」(奇蹟)が表わされているのです。マリアに起こった奇蹟は羊飼い
によって証明され、人類に伝えられることになったのです。「マタイによる福音書」
には東方の三博士の話が記載されています。
 紀元0年ではなく、紀元前4年イエス誕生説が本当だといわれています。
人の想い、計画、謀り事と神の摂理との間にはかなりの隔たりがあるみたいです。
イエスの誕生を紀元0年として始まった西暦も誕生年を間違えるというミスを犯し、
人類はそのまま訂正できないでいるのです。
慣習、歴史の流れを変えるのは大変なことなのかもしれません。
みようによっては面白い現象です。
 一月は事情があって、二回読書会をしました。
一度目は19日(水曜日)の夜、いつものメンバーで12月の続きをしました。
二度目は新メンバーのために、「ルカの福音書」の著者ルカの師匠にあたるパウロの
話でした。ルカがどうゆう目的で「ルカの福音書」を書いたかを話すには、
まずパウロがどうして異邦人への伝道を始めたかを語る必要があると思ったからです。
 まず、一度目(1.19)の読書会は「ルカによる福音書」一章29節〜80節まで。
マリアは自分が住んでいるガリラヤの町から親戚のエリサベツの住んでいるユダの町へと
行きます。マリアの声を聞いたとき、エリサベツの胎内の子は踊って祝ったと
記されています。エリサベツはそこで、マリアに向かって語り出します。
「・・・、主(救い主)の母上がわたしのところに来て下さるとは・・・」
マリアを「救い主の母」と明記していることは、聖霊によって予言させられたと言って
いいのかもしれません。後から書くことだから、いくらでも良いように加筆できると
言ってしまえば、それ以上先へ進めなくなってしまいます。
「神を信じることができる女は幸せです」ともエリサベツは語っています。
妊娠という神秘的な出来事を通して、神のご計画を人類へ知らしめようとしているのです。
マリアはこのエリサベツの言葉を聞いて、確信を得たのだと思われます。
続いてマリアによる神への賛美が始まります。46節から55節まで
48節に「この卑しい女をさえ、心にかけてくださいました。今からのち代々の人々は、
わたしをさいわいな女と言うでしょう。」マリアの謙虚さが伝わってきます。
50節からは卑しい者、飢えている者にあわれみをお忘れにならず、イスラエルを救けて
くださるという内容の賛美歌です。イスラエルの救いについては明記していますが、
異邦人についての記載はありません。まだ、そこまでの救いではないのです。
同族、イスラエルの民への救いがまず先決といった感じです。
56節にマリアは三か月滞在したと書かれています。出産直前までいたことになります。
57節から一章の最後までは、エリサベツの出産と、子への命名についての出来事です。
エリサベツは月が満ちて、男の子を産みます。八日目に割礼(男根の皮を剥ぐ)の
儀式で、名をどうするかということになります。親族の中から同じ名を付けることが、
常識になっていたイスラエルで、エリサベツは神の使いの知らせ通りに、親族に無い
「ヨハネ」という名を言います。父親のザカリヤにも聞くと、唖(おし)になっていた
ザカリヤが「ヨハネ」と板に書くと、ザカリヤの口が開いて、しゃべれるようになった
のです。奇蹟は恩恵なのです。ザカリヤは与えられた苦難(唖になる)を感謝した
ことでしょう。神の存在を知るきっかけを与えられたのですから、その後にザカリヤの
賛美の歌が始まります。これも先ほどのマリアの時と同じく、予言の賛美歌です。
息子ヨハネの人生を歌った内容です。救い主の先駆けとして、イスラエル民俗の救いを
予言しています。
 一月の二度目は新メンバーのために行なった読書会です。
一月二十三日の日曜日午後3時から行ないました。
これからはメンバーの都合で、曜日に関係無く(月曜日は外して)月一回。
午後3時から4時半までの時間に行なうことにしました。
二月はいまのところ、第三日曜日の午後3時からということになっています。
都合によっては、変更するかもしれません。
 一月二十三日の読書会は「使徒行伝」第八章1節から3節までと、九章1節から30節までを
学びました。サウロ(パウロの旧姓)が見たダマスコ城外での幻による奇蹟、
新約聖書の中でも、私としては特に興味のある記述です。
イエスの敵であったサウロが、幻のイエスを見てから改心するまでを書いた記事です。
サウロはイエスの幻を見たことにより、目が見えなくされるのです。ザカリヤが神の言葉を
信じなかったため唖(おし)にされたと同じく、サウロは唖ではなく、盲人にされるのです。
サウロの改心には、イエスの言葉だけでは無理だと思われたのでしょう。神の恩恵による、
盲目体験は180度心を改めるには充分でした。
15、16節の神の言葉が印象的です。「さあ、行きなさい。あの人(サウロ)は、異邦人たち、
王たち、またイスラエルの子らにも、わたしの名を伝える器として、わたしが選んだ者である。
わたしの名のために彼がどんなに苦しまなければならないかを、彼に知らせよう」
ここで、始めて「異邦人」という言葉が出てきました。サウロだから異邦人という言葉が
出てきたとも言えます。サウロ(パウロ)自身がローマの市民権を持った異邦人であり、
弟子のルカも異邦人(ギリシャ人)です。神がサウロに幻として現われたことは奇蹟ですが、
それ以上にすごいのは、盲人にして彼に悔い改めの機会を与えたとことです。
さらに恩恵として目が見えるようにされたことも神の力のなせる業でした。これなら誰でも
神の信者になります。しかし、選ばれた人にしか神は奇蹟を行ないません。
サウロは選ばれた人だったのです。サウロは後にパウロとなり、ローマで紀元64年ごろに
逆さ十字刑で殉教の死を遂げます。もし、パウロがいなければ、キリスト教はユダヤ地方の
限られた地域での地方宗教となっていて、今のような世界的な規模の大宗教には
発展しなかったのではないかと推測されます。
 読書会での質問で、私がはっきりと答えられなかった問への返事が見つかりました。
矢内原忠雄・著「聖書講義」(ルカ伝補遺)P748に記載されていました。
神と天使、聖霊、人の関係です。聖霊は神の霊そのもの、これは三身一体論(神と聖霊と
イエスは一体である)から聖霊と神は同一です。天使と人は神の被創造物であって、天使は
霊体をもって肉体をもたない、人は霊体ではなく、霊をやどす肉体をもっている。イエスは
神の子であって、神そのものなのです。一つの物が三つの形態をとることは、常識的には
理解し難いことです。神と聖霊とイエスは一つで、三体を意味するのです?
天使が聖書の記事に現われるのはバビロン捕囚以後であり、紀元前二世紀のころから天使に
関する観念が発達し、経外聖書(聖書に載せるには疑わしい記述書)には天使の記事が多い。
新約聖書では聖霊が主であって、天使は付随的であす。変に天使を重要視する書き物は
怪しんで読む必要があります。
 「ルカのよる福音書」2章21節から52節(2章のおわり)まで。2005.2.20
八日目に男子は割礼(かつれい)をすることがユダヤ人としてのしきたりになって
いました。同じ日に名を付けたと記されています。イエスとは「エホバは救主なり」と
いう意味です。当時としてはごく普通の名前でした。22節「きよめの期間」とは産婦は
出産後40日間(女子出産の場合は80日間)は清めのため、聖なる物に触れたり、
聖なる所に入ってはいけないと定められていました。ヨセフとマリアは出産後40日目に
宮に入ったことになります。律法に子羊を神にささげるとありますが、当時は子羊は
高価なものだったので、便宜として裕福でない家庭は「山ばと、家ばと」でも良しと
されていました。大工を仕事としていた父ヨセフはあまり裕福でなかったので、値段の
安い「山ばと、家ばと」にしたのだと思われます。聖霊に満たされたシメオンという
予言者が出てきます。「聖霊」という言葉が多く出てきます。神の意思・霊が聖霊です。
エルサレムの宮には多くの予言者がいたと思われます。シメオンの次に出てくるアンナも
女予言者です。ただ、聖霊を内に宿した本物の予言者はこのシメオンとアンナだけだった
のかもしれません。今の時代も予言者と言われる人はいますが、多くが偽予言者です。
シメオンとアンナは偽物ではありませんでした。それは彼等の言葉で充分わかります。
28節シメオンはイエスを抱いて、神への賛美歌を語ります。31、32節に「この救いは・・
万民のまえにお備えになったもので、異邦人を照らす啓示の光、・・・」
ここで始めて、万民、異邦人という言葉が使われ、救いはイスラエルの民だけではなく、
他の人々(人類すべて)にも及ぼされることが歌われています。さらにシメオンは
母マリアに語ります。イエスが苦難の道を歩み、マリア自身も剣で胸を刺しつらぬかれる
ほどの哀しみを味わうことになることを暗示します。両親はシメオンのこの言葉の
意味することを理解できないでいたと思われますが、記憶に留めていたのも事実です。
イエスの死後、母マリアはイエスの弟子たちにこれらのことを、記憶をたどりながら
語ったのです。女予言者アンナもイエスを聖霊によって認め、多くの人に彼こそ
救主(すくいぬし)イエスだと紹介します。聖霊に満たされていたからこそシメオンも
アンナも、イエスを救主として賛美できたのです。逆に言えば、他の人々は聖霊に
満たされていなかったから、イエスを救主と認められなかったと言えるかもしれません。
マリアとヨセフも肉親としての情が強く、霊的にイエスを見ることができないでいたの
です。マリアは十字架上のイエスを見て、始めて息子イエスではなく、救主として
イエスを見ることができたのだと思います。父ヨセフは次の12歳の宮詣での出来事以後、
聖書から名が消えます。多分、12歳から伝道を始める30歳までの間に亡くなられて
しまったのだと思われます。何時亡くなられたかははっきりしませんが、イエスは家族を
守るため、大工仕事をしながら普通の人として社会生活を送っていたものと思われます。
41節から52節までは少年イエスを知る貴重な記述です。
「過越の祭」とはユダヤでは一番盛大に行なわれるお祭りです。出エジプト記に起源を
持ちます。イスラエル人をエジプトから救出するために神が行なったいろいろな災いの
中で、その災いを過ぎ越すために印として、扉に捧げ物の子羊の血を塗ることを命じる
出来事があります。この災いを過ぎ越すことから始まったのがこの「過越の祭」です。
全国からエルサレムに宮詣でをするので、その数はすごい人数だったと予想できます。
実際、迷子になる子もいたと思われます。三日後にイエスを見つけると、宮の中で
教師たちと話したり、質問したりと対等に語り合っていたものと思われます。イエスの
賢さに驚嘆していたと記されています。イエスは裕福ではない家庭の子ですから、
特別に先生などについて聖書の勉強などはしていなくて、ごく普通に旧約聖書を
読んで学んでいたのだと思われます。聖書は不思議な読み物です。
知識があれば理解できるかといえば、そうではないのです。無学でも清い魂で、神を
信じる心を持ち合わせていれば、どんな聖書学者よりも、真理を学ことができるのです。
人が神を選ぶのではないように、神が人を選び、聖書が人を選ぶのかもしれません。
49節のイエスの言葉は無意識の自覚とでも言えばいいのでしょうか?
「自分の父の家」とは信仰上の建て前を越えたもの、つまり自分は神の子(救主)だと
いう意味あいを含んでいるようにもとれます。これは私たちのように、後世の人が読む
からなのかもしれません。「両親はその語られた言葉を悟ることができなかった」と
記されています。52節「(イエスは)神と人から愛された」となっています。
救主ですから神から愛されるのは当り前ですが、まわりの人からも愛されていたのです。
賢く、真面目な好青年イエス像が思い描かれます。二章はこれで終わりです。
次の三章からイエスの伝道生活が始まります。(2.22)
 飛び入りが二人ほどいましたので、少し新鮮でした。
新約聖書「ルカによる福音書」(その九)五月二十二日(日曜)
 三章1節から38節まで。一節の説明はすでに矢内原忠雄全集の資料でいたしました。
当時のローマ帝国の皇帝の名を明記して、ルカのこの書き物が史実に沿ったものである
ことを証明するために、あえて皇帝の在位とか当時の領主、大祭司の名を列挙したものと
思われます。四節の言葉は旧約イザヤ書40章からの引用です。メシア(救い主)の
来る前に、エリア(予言者)があらわれるという、旧約からの教えに沿うものだと
いうことを言いたいのです。七節ヨハネの群衆への強烈な言葉で始まります。
「まむしの子らよ・・・」バプテスマ(洗礼)を受けにきた群衆にたいして、
心から悔い改めなさい!形式的にバプテスマを受けてもだめですよ。斧が置かれ、
いまにも良い実を結ばない木は切られ、滅ばされますよ、と群衆に警告をするのです。
11節(メール読書会でも書きました)旧約「ルツ記」でボアズの行為の説明のときに
「乞食(こつじき)」をもって説明しました。なぜ「乞食」の例を出したかといえば、
日本人には分かりやすいと思えたからです。仏教精神にキリスト教を接ぎ木してもいいの
ではないかという思いも私にはあります。内村鑑三は「武士道にキリスト教を接ぎ木
する」と言いましたが、私は「仏教精神にキリスト教を接ぎ木する」と言いたい気持ち
です。まさしくこの11節がこの乞食(こつじき)そのものです。施すことの宗教的な
意味を具体的には諭していませんが、救いに預かるにはどうしたらいいかを分かりやすく
説いています。結果的には仏教のいうところの「施し」と同じことだと思います。
(新約「マタイによる福音書」6章2節から4節参照)
あと13、14節と当り前のことを言っています。当時はその当り前のことがなされて
いなかったことを意味しているのです。政治も行政も、宗教までもが腐敗して、堕落して
いたことを暗示しています。16節「・・・聖霊と火とによって・・・」ヨハネは水を
もってバプテスマを授けるが、イエスは聖霊と火をもって授けるのです。聖霊は神の
意思の表われであって、火は裁きです。ヨハネのバプテスマは形式的であって、象徴的
な行為ですが、イエスのバプテスマ(洗礼)は魂の救いと罪の滅びをともなった現実的な
ものなのです。17節は9節の斧を振るうのはイエスですよ!ということを別の例で
語られています。ヘロデは異母兄弟ピリポの妻ヘロデヤを奪ったことで、ヨハネに責め
られていた。21、22節はマタイ、マルコ、ヨハネの各福音書にも類似の記事が掲載
されています。この出来事がイエスに神の子としての使命を自覚させたのだと思います。
ここからイエスの伝道が始まります。23節にイエスの年が30歳だということとイエスの
系図が始まります。「マタイによる福音書」の最初の系図との違いを比べるとおもしろい
かもしれません。マタイではアブラハムから始まり、イエスへの系図で母親の名も所
どころ明記されていて、メール読書会で読んでいる旧約聖書「ルツ記」のルツもボアズと
いっしょに記載されています。
 
 

表紙へ