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旧約聖書 「ルツ記」本文の前に(その一) 2005.4.3 眼我 真
 時代背景を知る必要があるので、本文を読む前に多少参考資料として記述します。
聖書の目次を見ると、ルツ記の前が「士師記」(ししき)です。旧約聖書は古い時代から
順番に記載されています。士師は「さばきつかさ」とも呼びます。
意味は救出者、解放者です。古いギリシャ語訳聖書では「ルツ記」はこの士師記の一部に
加えられていたそうです。時代背景がこの士師記の時代だからという理由からだそうです。
研究者によって実際の書かれた時代はさらにかなり新しい時代だということが分かり、
今では士師記から離して、一つの作品として掲載されています。作者は紀元前五世紀後半
の時代の人ではないかと推測されています。それは記述内容からと文法(一部アラミ語
使用箇所)からわかるそうです。士師の時代はモーセの出エジプト(紀元前1230年頃)から
ダビデ王の即位(紀元前1010年頃)の間、200年を指しているそうです。
ルツ記物語もこの200年の間の出来事として書かれています。
 当時のイスラエルでは常識であっても、現代日本の我々が考えると不思議に思われる
制度があります。それがルツ記に出てくる結婚についての制度です。
イスラエルの古代法には兄弟婚という制度があり、夫が子なくして死ねば、その弟が
兄の寡婦をめとる義務があった。それから産まれる子が兄の家督を相続するのであって、
家族制度の維持のために作られた制度です。
この制度はイエスの時代にもまだ残っていたと思われます。

(新約聖書「マルコによる福音書」12章19節から27節まで参照)

 第一章1節から22節まで(その二) 
 本文に入ります。「さばきつかさ」(士師)とは解放者、救出者の意。
ユダのベツレヘムとはイエスが馬小屋?で生まれた土地、あのベツレヘムです。
(余談ですが、馬小屋とは聖書には明記されていません。後世の人が飼い葉桶のある場所
から連想して馬小屋と解釈してしまったと思われます。)
モアブは死海(塩分濃度が高い湖)の東側の国、イスラエルの宿敵地、イスラエルからの
亡命者がよく逃げてきた地。ナオミはベツレヘムのエフラタという地方の出身で
イスラエル(ユダヤ)人です。その息子嫁のオルパとルツは異邦人(ユダヤ人以外のすべての
人を異邦人と呼びました)のモアブ人でした。イスラエル人とモアブ人は信仰する神が
違っていたのです。11節「あなたがたの夫となる子がまだわたしの胎内にいると
思うのですか。・・・」イスラエルの古代法にある兄弟婚(前回説明)を指しています。
オルパは口づけして去っていきますが、ルツはナオミから離れませんでした。
16節「あなたの神はわたしの神です」モアブ人であるルツはイスラエル人のナオミと
同じ神を信じると明言しています。ここがオルパとの違いだったのです。聖書の中に
「ルツ記」のように個人の女性名を掲げた書き物は他にありません。
聖書の中でルツという女性がいかに重要視されているかということの証です。生まれ
育った国の神を捨て、義理の母親が信じる神をも信じ、どこまでも付いていく決意に
ルツという女性の意思の強さを感じると同時に、ナオミという女性の人柄、信仰心が
ルツを引きつけさせていたのかもしれません。目に見える幸福を追うのではなく、
信じることによる「しあわせ」と言うものがあるといえばいいのかもしれません。
 
旧約聖書「ルツ記」 (その三) 2005.4.20 
二章 参考資料
イスラエルの古代法では、収穫の際には、貧しき者と異邦人のために落ちこぼれた稲(落穗)
を残しておくべきことが定められて居た(レビ記19の9参照)。
有名なミレーの描いた絵画「落穗拾い」はこのことを題材にしています。
 麦刈は四月に、男の奴隷が先ず刈り進み、その後から女の奴隷が束ねていく。
従ってルツは女の奴隷の束ね落ちた穗を拾っていたわけです。
 ナオミの亡くなった夫エリメレクの一族で、とても裕福な親戚ボアズが出てきます。
(ユダヤの言い伝えによると当時ボアズはすでに80歳、ルツは40歳であったとも
言われています。真偽のほどはわかりませんが、かなりの年齢差があったのは確か
かもしれません。)今日はいろいろとあり、充分な時間がとれませんでした。後日
もっと書き込みたいと思います。
「ルツ記」(4.27)二章1節から13節まで。  
 男手のないナオミにとって嫁ルツの稼ぎだけが生活の糧だったのです。
2節のルツの言葉に「だれか親切な人が見当たれば、わたしはその方のあとについて
落ち穗を拾います。」とあります。すべての地主が落ち穗拾いを許可していたわけでは
ないようです。親切な地主がいれば、落ち穗拾いができたのです。イスラエルの古代法
にある「落ち穗拾い」には強制力はなく、地主の判断に委ねられていたのだと思われます。
ルツは偶然?ナオミの亡き夫の一族で、とても裕福な親戚ボアズの畑で落ち穗拾いを
することになるのです。「偶然?」だったのか、信仰的には神のお導きだったと
言いたい気分です。ルツが落ち穗を拾っていたとき、たまたま地主ボアズ
の目に止まり、ルツはボアズから声を掛けられるのでした。その前に、ボアズは現場監督
にルツのことを聞き出していました。監督者は「・・・彼女は朝早くきて、今まで働いて、
少しのあいだも休みませんでした」とボアズに告げます。彼女のひた向きな真面目さが
8節からのボアズの言葉を引き出したのだと思います。何事も、ひた向きな真面目さ
というものは大切なことです。10節にこのボアズの配慮ある言葉に対してルツは地に
伏して、拝しながら見ず知らずの地主ボアズに言います。「どうしてあなたは、
わたしのような外国人を顧みて、親切にしてくださるのですか」。ボアズは答えて
「(噂で聞いていたこと語る)、どうぞ主があなたのしたことに報いられるように。
どうぞ、イスラエルの神、主、すなわちあなたがその翼の下に身をよせようとしてきた
主からじゅうぶんの報いを得られるように」噂が本当だとルツの働きぶりから推測した
ものと思われます。ルツは言った「わが主よ、まことにありがとうございます。
わたしはあなたのはしため(奴隷)ひとりにも及ばないのに、あなたはこんなにも
わたしを慰め、はしため(奴隷)にねんごろに語られました」
謙虚な言葉使いからもルツの性格の一面が伺え知ることができます。
これらのルツの語る言葉の節々から溢れ出る信仰心が、ボアズの心を打ったのだと
思われます。ボアズの言葉に「・・・あなたがその翼の下に身をよせ・・・」と
あります。昔、恩師から頂いた本に「御翼の下に」という題名が付いていたことを
思い出しました。神の翼の下に身を寄せることが、信者の非難所なのかもしれません。
ルツは親戚の富豪ボアズの翼に守られながら、落ち穗を拾うことができることで、
自分とナオミの身の安全を確信したことと思われます。ひた向きに生きる姿は見る人が
見れば、見る側に感動を与えるのです。ルツの姑ナオミへの孝行がボアズに熱い感動を
与えたのだと思われます。私たちも結果を気にすることなく、信じるところの思いに
従って、ひた向きに生きていきたいと思います。
「ルツ記」 (その四)  2005.5.4 二章14節〜23節 まで
「・・・あなたの食べる物を酢に浸しなさい」酢とは今で言うジャムのようなものです。
彼女は遠慮して刈る人々の後ろで麦パンを食べていたら、ボアズからここへ来て、
ジャムを付けなさいと言われ、さらに焼麦までもご馳走になり、「食べて残した」とは
食べ切れなかったものを持ち返りように取って残したということです。
午後からの仕事にあたりボアズは若者にルツへの配慮を事細かく指示します。ボアズの
気配りは年配者のやさしさ以上のものが感じられます。17節1エパとはいまでいう
36.4リットル(約二斗)です。かなりの量です。20節ナオミは嫁(ルツ)に言った、
「生きている者をも、死んだ者をも、顧みて、いつくしみを賜わる主(神)が、どうぞ
その人を祝福されますように」生きている者へのいつくしみは当り前ですが、死んだ者
をも顧みて、慈しむ神への賛美の言葉です。ナオミの夫エリメレクはすでに亡くなって
いて、その親戚ボアズはエリメレクの亡き息子の嫁で、しかも異邦の民である嫁ルツに
対して、こうも手厚くもてなしたのです。23節「・・・そうすればほかの畑で人に
いじめられるのを免れるでしょう」当時は異邦の民はいじめにあっていたのです。
イスラエルの地では今も同じ様なこと(宗教の違いによる、いじめ)が起こっていると
思われます。旧約の中で「ルツ記」が異質なのは異邦の民であるルツを好意的に記述して
いる点です。ただ、ルツが姑ナオミの信じるユダヤ(イスラエル)の神を信じていたと
いうことを考慮に入れなくてはいけません。
 人の本質を見抜くことが、いかに大切かということをつくづく知らされます。
ボアズはルツの態度、受け答えの言葉からルツの本質を見抜いていたのだと思われます。
見かけの現象、噂に惑わされることなく、物の本質を見抜く心眼を養いたいものです。
「ルツ記」三章1節〜5節 (その五)2005.5.11 
 先の余りないナオミにとって心残りはルツの身のよりどころです。
ここで「あがない人」という当時の制度?についての参考資料を引用します。
「あがない人」制度?では人が貧困その他の理由で土地を売り渡した後、その人の近親者
がこれを買い戻す権利を認めています。「あがない人」とは土地所有者が子なくして
死ぬ時は、その未亡人をめとって子をもうけ、その子をして土地を相続させる義務を
持つ者のことであった。
ナオミがルツの「あがない人」としてボアズに目をつけたのは、話の流れからして当然
かもしれません。2節の「ボアズはわたしたちの親戚ではありませんか、」とは
「あがない人」として申し分ないことを言い表しているものと思われます。ナオミの
3節〜4節のことばの意味することを察したルツは素直に「あなたのおっしゃることを
皆いたしましょう」と言います。「あがない人」としてボアズを選んだことをルツも
理解したものと思われます。ボアズが近親者でなかったらこの「あがない人」は成立
しません。また、近親者でもいいかげんな人なら「あがない人」にはなれなかったものと
思います。ボアズだから、ナオミもルツも慕って「あがない人」に選んだのだと思います。
歳の差が気になりますが、神のみ旨(むね)に委ねる勇気があれば、信仰心があれば気に
ならないものかもしれません。今でいう結婚とは違って、氏制度維持のための義務的
気持ちが優先していたのかもしれません。内容は違いますが、今で言う一方的な
「押しかけ女房」です。
「ルツ記」三章6節〜13節(その六) 5月18日眼我 真
「飲み食いして、心をたのしませたあとで、・・・」ただ食事をするのではなく、
心をたのしませたとあります。ボアズの性格が伺えます。一人で黙々と食べるのではなく
みんなといっしょに語らいながら、にぎやかな食事をしたのではないかと思われます。
「ボアズの足の所をまくって、そこに寝た」ボアズの翼の下に庇護を乞うかたちであって
自分から積極的に強要するのではないところが、ルツとナオミ二人の奥ゆかしさ?が
現われています。信じる者へわが身を委(ゆだ)ねる、いさぎよさのような気構えを
感じさせられます。「あなたはだれですか?」当時は電気なるものはなく、光りは油に
芯を浸し、その芯に火を付けるランプだったとおもわれます。真っ暗な中、誰だか見分け
がつかなくて、発した一言です。「・・・はしためルツです。あなたのすそで、
はしためをおおってください。あなたは最も近い親戚です。」
はしため=奴隷、「あがない人」(前回説明済み)になって下さいという嘆願です。
このルツの言葉にたいするボアズの返事が実に奥深いものです。
「・・・主があなたを祝福されるように。貧富にかかわらず若い人に従い行くことはせず、
あなたが最後に示したこの親切は、さきに示した親切にまさっています。・・・」
「若い人に従い行くことはせず」肉欲に負け、節操のない行動はしなかった、という
ことです。その次の「最後に示した親切とさきに示した親切」とは?
 ここで仏教でいう乞食(こつじき)の問題と絡めて、このボアズの言葉を考えてみます。
「施(ほどこ)す」とは「乞(こ)う人」を救うというよりも、施す本人の救いのために
行われる行為なのです。ボアズがルツに施したのはルツのためというよりは、信仰上では
ボアズ自身のためだったのです。「さきに示した親切」とはルツが最初にボアズの畑を
選び、落穗拾いをしたことを指していると思われます。「よくぞ私の畑を選んでくれました」
という意味だと私は解釈しました。「最後に示した親切」とは「あがない人」に選んで
くれてありがとう、という意味だと思います。ナオミとルツの行為も信仰の発露であって、
ボアズのこの言葉も信仰あっての発露です。
 なぜ「乞食」の例を出したかといえば、日本人には分かりやすいと思えたからです。
仏教精神にキリスト教を接ぎ木してもいいのではないかという思いも私にはあります。
内村鑑三は「武士道にキリスト教を接ぎ木する」言いましたが、
私は「仏教精神にキリスト教を接ぎ木する」と言いたい気持ちです。
ボアズとルツの会話には、根底に神への謙遜と感謝がにじみ出ています。
11節から13節の言葉にも、ボアズの気配りと謙遜があふれています。
「しかし、主は生きておられます」この言葉にボアズの生きた信仰が伺えます。
神の存在を身をもって体験したことのある人しか使はない断定的な言葉です。
「その人が、あなたのために親戚の義務をつくすことを好まないならば、わたしは
あなたのために親戚の義務をつくしましょう。・・・」これまた謙虚な言葉の中に、
自信めいたものを感じとられます。すべては神のみ旨(むね)なのです。
与えられた運命に対して常に感謝の気持ちが持てるかどうか?
自分の存在に生きる意味を見い出せた人は、どんな境遇でも感謝の念を忘れないものです。
誰にでも、どんなものにも、生きる意味が与えられているのです。
それを知りえるかどうか?が人生の分かれ目のような気がします。
感謝して生きていけるか、不平ばかりを言って生きていくかの分かれ目です。
信仰はそのことを気付かせてくれて、生きる支えとなる「生きた教え」だと思って
います。
「ルツ記」(その七)三章14節から18節まで 5月25日
 以前聖書で女性の名の付いた書き物は「ルツ記」だけだと明記しました。
これは私の間違いでした。矢内原忠雄・聖書講義の「ルツ記の大意と精神」に
エステル記も女性の名を表題にした書き物であることが書かれていました。
エステル記を良く読んでいないところの私の間違いでした。これで「ルツ記」の次に
読む箇所がきまりました。その「エステル記」を読みたいと思います。
 14節「この女の・・・」まだボアズが「あがない人」と決まったわけではないので、
ルツのために変な噂が広まることを気づかっての発言です。16節に「そこでルツは
その人が・・・」14節でもそうですが、「この女」「その人」三人称で表記しています。
なぜ三人称なのか?ちょとした疑問です。翻訳上の問題なのか?当時の文体表現の慣習
なのか?取り立てるほどの問題ではないのかもしれません。18節しゅうとめは言った
「・・・きょう、その事を決定しなければ落ち着かないでしょう」
ボアズとしては兄弟婚の法を遵守して、「あがない人」を決めなくては、
ユダヤ人としての責務を放棄することになり、それは几帳面なボアズにとっては決して
許されないことなのです。ナオミはボアズの性格を充分把握しての発言だと思われます。
女性は男性よりも、生きる上では計算高いかもしれません?
ナオミをみているとそんな気もしなくもありません。
「ルツ記」(その八)四章1節から6節まで 6月1日 
 ボアズはルツに語った通り、実行に移します。当時は城壁に囲まれた中に町があり、
門を通って人々が行き来をしていたものと思われます。「あがない人」としてボアズより
も近い親戚に声をかけ、長老十人を招いたと書かれています。「あがない人」を決定する
ときにそれが正しくなされたかどうかを判定する立会い人が必要だったと思われます。
彼はいったんは「わたしがあがないましょう」と言いますが、その親戚はナオミとルツの
詳しい事情を知ってはいなかったようです。ルツをも買うことをボアズに指摘され、
彼は自分の財産がルツを迎えることで、減ることを恐れ、辞退します。「ルツを買う」
と明記されています。あがない制度では女性は奴隷のように売買の対象だったようです。
今と違い、この時代は人身売買も普通になされていたのです。
 「ルツ記」(その九)第四章7節から12節 (2005.6.8)眼我 真
 七節「・・・すなわち、その人は、自分のくつを脱いで、相手の人に渡した。これが
イスラエルでの証明の方法であった。」靴を脱いで人に渡すことが権利の譲渡を意味する。
このようなことが他国でも行われていたのかどうか?調べてみたくなります。
旧約でのユダヤ世界では常識だったと思われます。
日本だったら下駄とか草履ということになるのでしょうか?先日、中国の時代劇を観て
いたら、靴を使者に託して、自分の危機を両親に知らせる場面がありました。
「靴」は古今東西何かを託する手段だったかもしれません?
11節「・・・イスラエルの家をたてたラケルとレアのふたり・・・」旧約のラケルと
レアはヤコブの妻であり、ヤコブはイスラエルの12支族の祖です。
アブラハム、イサク、ヤコブとイスラエル民族の系図は続きます。創世紀にこれらの経緯が
克明に明記されています。いつか創世紀も読書会で読みたいと思います。旧約の始まりを
知ることは、聖書の世界の始まりに関わることですから、重要なことです。
「エステル記」の後にでも読みたいと思います。
12節「・・・かのタマルがユダに産んだベレツの家の・・・」創世紀38章参照。
タマルの場合も兄弟婚の原則に基づく子を得る道がなく、「あがない人」ユダによって
男子を得たのです。ルツと類似しています。ユダとタマルの間にもボアズとルツと同じ
ように四十歳ほどの年齢差があったようです。 (6.8)
 「ルツ記」(その十)第四章13〜22まで(2005.6.14) 眼我 真
ルツ記も最後なりました。13節「彼女のところにはいった。」とは肉体的に交わった
ことを表現しています。子を産まない女性は罪の現われとして、恥としていた時代です。
13節に「主は彼女をみごもらせ」とあります。妊娠は神のなせる業の一つとみなされて
いたようです。14、15節に書かれていることはルツの産んだ子がナオミの後継者である
ことを意味しています。その子の名をオベデとしたことが記されています。このオベデが
旧約聖書最大の王ダビデのおじいさんにあたるのです。18節からの系図は後世の人が
ダビデ王との関わりを明記するために旧約「歴代志上」二章9節〜15節を転載したものと
言われています。新約聖書「マタイによる福音書」第一章のイエスの系図5節にこのボアズ、
ルツ、その子オベデがちゃんと記載されています。ダビデの家系からメシア(救い主)が
生まれるといわれていたことを証明することが大切なことなのです。
 「ルツ記」の登場人物はボアズ、ナオミ、ルツ、それに神なのです。イスラエルの古法
では異邦人の女との結婚を必ずしも非としなかったようですが、バビロン国による捕囚から
の帰還後エズラ、ネヘミヤの改革によって厳重に異邦人との結婚は禁止されたようです。
このような排他的な民族主義に対して「ルツ記」はイスラエルの民ボアズが異邦人の女ルツ
との結婚を主題とした文学作品となっていて、聖書の中でも異色です。ただ、神への従順な
信仰心にあふれた書き物であることは間違いありません。イエスの系図に異邦人の血が
混じっていることにも興味を覚えます。(終わり)
メール読書会 旧約聖書「創世記」(その1)第一章1節 2005.7.6 眼我真
 ホーキング博士の本「ホーキング宇宙を語る」から、
(p25)1929年エドウィン・ハッブルがどちらの方向を見ても、遠方の銀河はわれわれから
急速に遠ざかっているという画期的な観測を行ないました。言い替えれば、宇宙は膨張
しつつあるのです。これは、宇宙の初期には天体はびっしり集まっていたことを意味します。
したがって、そのとき宇宙の密度は無限大だった時期があったのです。この発見によって、
宇宙のはじまりの問題が科学的に問われることになるのです。ハッブルの観測は、宇宙が
無限に小さく、無限に濃密だったビックバンと呼ばれる時点があったことを示唆しています。
これによって、ビッグバンの瞬間に神が宇宙を創造したとも考えられます。反対に、宇宙が
ビックバン以前に創造されたと想定することはまったく意味をなさないことになります。
 以下、私見です。
ビックバンの理論的説明を満足させる科学理論を確立するには、まだ数十年かそれ以上を
要すると思われます。さらに、いつの日か宇宙全体の統一理論ができたとしても、その裏に
あるビックバンの必然性などを証明することは誰をもっても、不可能だと思われます。
ビックバンに神の意思が働いたのかどうかなど科学的に証明できないことだからです。
 聖書の話へとすすめます。「創世記」の記述は当時の言い伝え、伝説を聖書編集者が神の
創造として、纏めたものです。これはイスラエル人の天地創造伝説ですが、そこには
バビロン、フェニキア及び、エジプトの伝説の影響が見受けられるそうです。1875年
ジョージ・スミスがニネベのアシュルバニバル王の図書館の遺跡から発掘した楔形文字の
碑文によって、バビロン人の創造神話の全容がほぼ明らかにせられて以来、それが創世記
第一章の記述の有力な母体であることが認められるに至ったそうです。
(矢内原忠雄・著「創世記」より)
 第一章一節「はじめに神は天と地とを創造された。」
「はじめに」とは「時」の始めです。宇宙の歴史の始まりです。天地創造と共にはじまった
のが「時」であり、創造の前に「時」があったのではありません。「時」に関する創世記の
記述とホーキング博士の宇宙起源・ビックバン説における「時」の始まりと一致するものと
みなせます。(ただ、次の「神」が科学では証明不能なのです。)
「神」と訳された原語「エロヒム」は「エロアー」の複数形で、「尊崇の対象」を意味
します。なぜ複数形なのか?これは多神教を意味しているのではなくて、「最高の尊崇」を
ささげられるべき神、換言すれば最強度の意味における「唯一神」を指すそうです。従って
その動詞は単数をもって記されているそうです。(矢内原忠雄・著「創世記」より)
「天と地」は二節以下の総括とみるべきだと思われます。
「創造された」とある原語「バーラー」は「切る」「切り取る」の原意で、それから
「形成する」意となっりましたが、人が物を造ることには用いられず、絶対的に新しいもの
が奇蹟的に造り出される場合のみに使用された語です。「神」の意志の働きによってなされた
創造ということを言いたいのだと思われます。宇宙の始まりは「偶然」に起きたのではなく、
「必然」をともなった意志の働きによってビックバンは起こったということを表現している
のです。その「意志」とは聖書的には神の意志なのです。
 誰でも自分は偶然生まれたとは思いたくありません。必然的にこの世に生を受けたと思い
たいものです。思考する動物であるところの人類において、人類の存在に必然性を求める
のは当然なのかもしれません。「神」という絶対なる存在によって、選ばれし種族という
ことになるのです。
第一章一節「はじめに神は天と地とを創造された。」天と地を創造られたとは
地球を造られたとも解釈できますが、宇宙そのものを誕生させたと解釈したほうが、
自然で「はじめに」が「時」の誕生を意味するという解釈とも合致いたします。
 この調子で進めていくと、創世記が終わるのに4〜5年はゆうにかかるものと思われます。
早く、沢山読めば、聖書が分かるのかといえば、そうではありません。
聖書の云わんとしていることはただ一つなのです。73ページを4〜5年かけて読むのも
いい経験になると思われます。(7.6)
 
メール読書会「創世記」(その2)一章2節 7月13日 眼我真
「地は形なく、むなしく、やみが淵のおもてにあり、神の霊が水のおもてをおおっていた。」
 
1節を解釈して「神の意志によって、時の始まりと宇宙形成(ビックバン)の始まりが
同時に創造された。」と書きました。
2節も私なりに解釈します。
(参考文献・矢内原忠雄・著 岩波書店/聖書講義「創世記」)
「地は形なく」の地は地球をさしていて、地球自体がいまだ混沌とした状態だということを
表わしていて、「むなしく」は空しい、これまた混沌とした状況をさしていると思われます。
「やみが淵のおもてにあり」ここまでが、混沌とした成形状態を表現しています。
次の「神の霊が水のおもてをおおっていた」はそのような混沌とした状況下でも、ちゃんと
神の意志が「水おもて」=地球全体を覆っていて、次の変化を待っている状況だということ
を言い表わしているようです。
「形なく」原語「トーフー」は荒廃、空虚、無形体の意味の名詞、「むなしい」の原語
「ボーフー」は鈍重、無意識、無生命を意味する名詞です。「トーフー、ボーフー」とは
無形態で無生命ということを言い表しています。「混沌」そのものです。この原語は
旧約聖書の「イザヤ書34章11節」及び「エレミヤ記4章23節」でも使用され
「トーフー、ボーフー」は終末観的審判の語として用いられています。
新約聖書の終わりに記載されている終末を予言している「ヨハネ黙示録21章1節」に
「先の天と地とは消え去り、海もなくなってしまった。」も同様のことを意味していて、
思想的には始まりも終わりも「混沌」としていることを言い表しているようにも解釈
できます。宇宙の始まりを見ていた人は誰もいません。同じくこれから先の宇宙の終焉を
見ることは誰にも出来ません。それを記載していること自体が異様といえば異様です。
二千五百年前に編集されたとき、いえ実際に書かれたのはそのずっと以前ですから、
その時期に宇宙の始まり「ビックバン」説など知る余地もありません。
でも1節で説いたように、「時」の始まりと宇宙の始まりが同時だったことを聖書は
明記しているのです。聖書は実に不思議な書物です。しかも終末論の「ヨハネ黙示録」に
終末は元の「混沌」に戻ることも予言されているのです。
矢内原忠雄・著 岩波書店/聖書講義「ヨハネ黙示録」P547終わり二行からP5487行
の間に「紀元前第一世紀に出たユダや人の黙示文学の中に、・・・最後の審判の後、
天地は創造以前の原始的沈黙に帰る。と記載されている」と明記されています。
 2節の後半部分「神の霊が水のおもてをおおっていた」
1節では「はじめに神は・・・」とあり、宇宙の始まりには神なる意志が働いたことを
明記しています。さらに2節では具体的に「神の霊」が「水」のおもてをおおっていたと
なっています。水=生命の源であることを紀元前五百年前の著者、編集者たちが知って
いたことになります。現在科学での進化論を当時の筆者たちが知っていたとは思えません。
これまた偶然なのか?一節「時」の始まりといい、ビックバン説など無い時代にこのような
発想を生みだしたことじたい奇蹟に等しいことです。(7.13)
 メール読書会「創世記」第一章3〜5節、(その3)2005.7.18 眼我真
第一章3節 「神は『光りあれ』と言われた。すると光りがあった。」
宇宙創造の過程をその時代の人はこのように考えていたというこを知るべきです。神なる
存在はすべての存在の前に、すでに存在していたということです。神の言葉ですべては
始まり、創られていったということです。1節の「はじめに・・・」で神は時間と宇宙を
同時に創造して、すべてが始まったのです。そこに神の意志が有り、意志は言葉となって
伝えられ、創られていった。このように当時の人達は考えていたのです。科学的に言えば
おかしなことも、当時の知識では不自然ではなかったのです。聖書がいかに現在科学と
矛盾しているか、あるいはその逆でいかに科学的かを証明することのどちらも目的に
すべきではないのです。1、2節の解説と違うように思われるかもしれませんが、何を
伝えたいかという視点で聖書をとらえなくてはいけません。すべては神の意志の働きで
始まっているということです。偶然ではなく、全てにおいて必然的意志が働いていると
いうことくを伝えたいのです。それと3節以下は神の「言葉」によって創造されていったと
いうことです。「言葉」の重要性を感じます。これは聖書という書物のもつ個性だと私は
解釈しています。「言葉」といっても、表面の字面ではなくて「言葉」の裏に隠れている
ところの精神的な伝言を読み取ることが大切だと思っています。本当は当時の原語で直接
読むのが一番いいのですが、私にはそのような知識がありませんから、諸先生方の研究書を
参考にさせていただいています。参考にしていますが、解釈はいたって個人的主観を大切に
しています。
 4節「神はその光りを見て、良しとされた。」神の創られた物の中には、良しとされ
なかった物もあったということでしょうか?
「神はその光りとやみとを分けられた。」光りは神が「光りあれ」といわれたから、存在
すること自体理解できますが、「やみ」はここで突然現われます。
光りと闇を知っている者が、「光り」の反対語として「やみ」をもってきたと解釈するのが
自然かもしれません。矛盾とまではいかなくても、あるがままをそのまま記載している
ことも、史実を知る上においては貴重なことです。つまり「光りと闇」を知っていた人達が、
このような記述をされたのだと思います。
記載者の意図は「神」なる存在はこのような存在だということを伝えたいのです。
 5節「神は光りを昼と名づけ、やみを夜と名づけられた。夕となり、また朝となった。
第一日である。」
「夕となり、また朝となった。」ユダヤの一日は夕方から始まるそうです。
だから夕が先で、朝が後なのだと推測します。ここで「夕」と「朝」も突然出てきました。
先ほどの「やみ」と同じく、すでにそれらの言葉を日常的に使っていた人達が、宇宙の
始まりと地上の生活の始まりを神の意志の現われだったということを表現したくて、
このような言い回しになったのだと思われます。
第一日は神の名のもとに「時間」と「宇宙」、さらにこの地上に「光り」を与え、昼と夜を
造られました。創造の大枠を造って、無事一日を終えられたという感じがいたします。
   水曜日が近づくと「メール読書会」に備えなくてはいけません。 読者がいると思うと、これが励みになります。ありがたいことです。  メール読書会「創世記」(その4)関連記事から思ったこと。 眼我真 インドに留学されていた読者からインド・ヒンドゥの創世神話をメールで知らせて いただきました。以下、私なりに簡単に纏めてみました。  ブラフマン(創造主・本質)が夢に描いた世界を創りますが、その世界には成長、変化 といったものがなく、退屈になったブラフマンは、サットヤヴラタという賢い男に成長と いうものを体験させる試練を与えます。ヴィシュヌという神がその任を請け負い、 サットヤヴラタに魚になりすましたヴィシュヌが小さな壷から井戸、川、最後は海をも おおい尽くすほどの大きさに育ってしまうのです。サットヤヴラタの成長していく生き物 へのやさしさと思いやりが、神ヴィシュヌの共感をよんだのでした。成長、変化に対応する 賢者サットヤヴラタの選択にいたく満足した神はそれを「良し」と思い、それまでの世界を 無に帰すために、聖書に出てくる「ノアの方舟」と同じ様な、大洪水を起こします。船には 神ヴィシュヌが集めた全ての、動くものと動かないものの種を乗せ、これらを洪水から 守ります。聖書のノアの洪水伝説は古くは、メソポタニア地方の「ギルガメシュ叙事詩」に その源を探ることができます。メソポタニア地方からシルクロードを東に行けば、インド です。逆に西に行けば、イスラエル、エジプトです。イスラエルの聖書やインドの創世神話 に出てくる洪水伝説は、大河に囲まれたメソポタニア地方で最初に発生したと推測しても いいのではないかと思われます。「ギルガメシュ叙事詩」が紀元前何世紀に出来たか調べる 必要があります。私の推測では、インドのこの創世神話やノアの方舟伝説よりも古い時代に 成立しているはずです。話をインドの洪水伝説に戻します。  11日目に海は静まり、ヒマヴァットの山頂に降り立ったサットヤヴラタに神は「この 創造物の中で君だけが古い世界を知る者であり、・・・、大きな違いは全てが育ち、そして 時がきたら死ぬことである。全てが絶対に同じものではないのだ。」 ブラフマンのもとに帰ったヴィシュヌは「さあ、あなたの世界を見なさい。それは完璧では ないけれど、それは物語である。・・・なんとこの世界は全てが育って、死にそしてまた 生まれることか」 ブラフマンは新しい世界を見て幸せになりましたが、ヒマヴァットの山頂で瞑想にふける サットヤヴラタに気付きました。「ヴィシュヌよ!すべてが死ぬのにサットヤヴラタだけが 死なないということなのだろうか?」 「はいそうです。それは完璧な世界ではないのですから。」(以上、終わり)   インド思想に輪廻が入ってくるのは、この辺かもしれません。インドのこの創世神話を 読んでいると、輪廻思想がこの神話から発生したと想像されます。完璧な世界でないから、 創造、破壊、再生を繰り返し、その思想から輪廻への希望を託すようになっていったの かもしれません。一方、聖書では天国という死後の世界が設けられていて、輪廻思想は まったくありません。しかし、聖書とこのインド創世神話との共通点も幾つかあります。 1.神が創造したということ。 2.洪水伝説。 3.出来上がった世界は完璧な世界ではないということ。 あと、不思議な存在がサットヤヴラタです。 ブッタのように悟りをひらけば、生き仏となることをサットヤヴラタという人物で暗示して いるのでしょうか? 聖書では「ノアの方舟」のノアは選ばれた人ですが、死を迎えます。聖書では神と創造物を 完全に分けています。サットヤヴラタのような人物は聖書の世界では存在しないものです。 あえて言えば、イエスかもしれません。しかし、厳密に言えば違います。サットヤヴラタと イエスの違いが、ヒンドゥ教とキリスト教の違いだと言えるかもしれません。 サットヤヴラタは死なない賢者として描かれていますが、創造された人であることには 間違いありません。イエスは人として生まれてきますが、神なのです。 これまた難しい問題です。神であって人なのです。言い替えれば、不完全な世界で、 つじつまを合わせるためにはこのような矛盾を受け入れなくては、理解することができない とも言えます。あるいは理解するのではなく、いつしか納得させられてしまうと言えば いいのかもしれません。納得するために、インド哲学では「無」「空」ということを重要視 するのかもしれません。話は少し飛びますが、以前「思考の断片」なる私の雑誌で インド哲学でいうところの「無知」について書いた物があります。 今日の話と関連があると思われますので、以下に抜粋します。
「無知(無明、無智)について:シャンカラの説」(2000年12月2日) 眼我真  (シャンカラ:8世紀前半、印度最大の宗教家、哲学家の一人)  昨日の夜、某大学印度哲学科大学院生とシャンカラの説の「無知」について語り合い ました。いろいろ話したのですが、話しの流れからある程度納得出来たと思っていたら、 話し終わり振り返ると、いったい何を話したのやら?あやふやになってきました。 もう一度整理したいと思います。 私が認識出来たところのシャンカラの説は以下のようなことです。 1、ブラフマンはすべての始まりであり、すべてである。 この世の見える現象はすべて「無知」の現われであって、 無知ということを「知る」ということが大切である。 「知る」ために行為をすることは、そのこと自体が無知である、???。 2、原因があって結果がある。原因の中にすでに結果が含まれている。結果の現象である この世界は無知である。そうすると原因にはすでに無知が含まれている? それは違う、原因はすべての始まりであって、すべてである(ブラフマン)。 ではなぜこの世界は無知なのか?   私の持論とシャンカラの思想には共通点がありましたが、 先人の哲学的思考について話しをしていても 自分の尺度でしかシャンカラの思考を理解していなかったということでしょうか? 自分に都合のいいとこだけ覚えていてそれ以外は余り覚えていない・・・。 口から出た言葉の中で、消えていった言葉たちと記憶に残っている言葉たち、 シャンカラについて語った後の消えていった言葉たちを思い出しながら 記憶に残っている言葉とつなぎ合わせ、もう一度自分の思考を再構築したいと思います。    (11.29 夜) この目で見える世界が無知、幻の現象だとしたら本質(ブラフマン)は何処(どこ)? どうしたら本質を分かるのか? ブラフマンは原因で、元々あった本質。 以前、私は常識(世渡りの術)の殻を破らなくてはいけないと書きました。 幼いころの純粋さが成長するに従い世間の垢に包まれ自己防衛する。 このことがシャンカラの「無知」ということにつながるのかもしれません。 自己を開放する、常識という既成の枠を取り外し自己の思考を開放する。 既成の常識を外した後に残る〈もの〉が本質(ブラフマン)であり、 そのことが「知る」ということなのかもしれません。 「知る」とはシャンカラの説を知識として学ぶことではなく、人生において 生きるということを通して知る事に意義があるのだと思います。 この現実の無知と幻の中でどうしたら「知る」を知り得るのか? 「知る」とは「開放する」ことかもしれません。 そのための行為は意味のないことだとも彼(シャンカラ)は言ってます。   「101匹の猿」という本があるそうです。  一つの島で猿が芋を洗い出す、すると他の離れた島の猿が突然、芋を洗い出すという話 です。これは実話だそうです。ここに「知る」ヒントが在るのかもしれません。 最初の猿はどうして芋を洗い出したのでしょうか? その猿は必然性を感じて芋を洗った、幾多の猿がいてその猿だけなのか?その島では 学習され他の猿たちも、洗う習慣を身につけるのです。その時期に偶然? 他の島の猿が見もしないのに、自然と誘発?されて洗い出す。そのことが不思議なのです。 見もしないのに洗い出すのです。これが誘発ということなのだと思います。 この誘発をどのように説明すればいいのか?不思議です。   独りの人がシャンカラのいうところの「無知」を「知る」ことができたら、 他の関係ない人も誘発されて「知る」ことが出来るのかということです。 ブッタやイエスの時代に多くの優れた宗教人が生まれています。 これも「知る」と「誘発」に関係があるのかもしれません。     (2000.11.30) シャンカラ自身は先人の書き残したベーダーなどの教えを勉強し、 その中から自己の研究を押し進め「知る」ということを唱えるようになった。 先人の書物の中の言葉(教え)に「誘発」され「知る」ことになった。 「知る」とはこれかもしれません。「言葉」による「誘発」?、 それは思考なのです。言葉という手段を使って、言葉でなくてもいいのかもしれません。 手段はいくらでもあり、最終的には思考することで、誘発されればいいのです。 目的は「無知」を「知る」ことなのです。 自己の思考内宇宙に本質(ブラフマン)、真理(神)、などの絶対的な価値を見い出し、 そのことによって「無知」を知ることを誘発されればいいのです。 このように考えればこの世の中の現象にこだわる必要がなくなり、 「無知」でもかまわなくなるのではないでしょうか? このへんはまだ考える余地があります。 (2000.12.2 終わり)
 ここでいう「無知」を「知る」とはブラフマンがインド創世神話の最後で言っていた 「この世は完璧な世界ではないのです」ということを理解することと同じかもしれません。 「この世は完璧な世界ではない(無知)」ということを「知る」ということを 私たちに説いているのです。2000年12月2日の「無知」についての書き込みで、 最初の書き出しで、私が認識できたことの2で書いたこと 2、原因があって結果がある。原因の中にすでに結果が含まれている。結果の現象である この世界は無知である。そうすると原因にはすでに無知が含まれている? それは違う、原因はすべての始まりであって、すべてである(ブラフマン)。 ではなぜこの世界は無知なのか? の答はこれです。「この世は完璧な世界ではない」ということです。ブラフマンの創った 世界が未完成だったからです。原因の中に結果が含まれていたのです。 だから「無知」なのです。完璧な世界は何処にもなく、ブラフマンや神の住む世界にしか 存在しないということかもしれません。でも、聖書はいま生きているこの世界の内に その完璧な世界が存在するとも語っています。それはイエスの十字架による「死」と 「復活」によってもたらされた信仰を受け入れることが、生きて神の国にいることと 同じだと説いているのです。話が「創世記」から離れてきました。取り止めがなくなって きましたので、長いメールになりましたが、この辺で終わります。次回は聖書の 「創世記」についての書き込みにします。  五年前の文章を引っぱりだしましたが、それなりに話は繋がっています。不思議な気も します。先月の「創世記」を始める前後から、たまたま?五年前の文が気になっていたの です。先月の「眼我通信12号」で「『思い』の復刻版を掲載するつもりでしたが、整理が つかなかったので、今回はやめることにしました。」と明記しています。その箇所は今日の 書き込み「無知について、シャンカラの説」(2000年12月2日)についてでした。 ヒンドゥの創世神話についてのメールをいただかなかったら、こんなに早い時期に今回の ようなまとまった書き物にならなかったかもしれません。 「この世は完璧ではない」そのことを、ブラフマンは認識していたということです。だから 賢者サットヤヴラタのような人物を存在させたのです。これが一つの答です。 なんども同じことを書きますが、「この世は完璧ではない(無知)」ということです。 聖書でも。アダムとイブが楽園から追い出された後、神は和解策を検討していたものと 思われます。それが一つは「ノアの方舟」であり、モーセ通して結んだユダヤ民族との 契約なのかもしれません。最終的にはイエスをもって、この未完成の世界を完成させる おつもりなのです。これらは少ない資料からの私なりの推測ですから、かなりの独断が あるかもしれません。おかしな箇所なり、理解できない箇所があれば、お知らせください。 私が説明できることでしたら、快く説明させていただきます。(2005.7.27)

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