「ゴッキの宇宙」  眼我 真

 ゴキブリのゴッキは泣き虫な男の子です。多くの兄弟にかこまれて育った
のですが、動きがおそくお兄さんたちのようにすばやく動けません。
「こらゴッキ、おまえははずかしくないか?そんなに動きの遅いゴキブリは
見たことがないぞ!」兄たちはさっさと食事をすませると遊びに出かけます。
「きょうはちょっと遠出をして、角のラーメン屋の台所でもあさってみるか
おもしろいものでもあるかもしれないぜ!」一人の兄がそう言うと、みんな
ぞろぞろついて家を出ていきました。一人取り残されたゴッキはお母さん
ゴキブリに寄り添います。「こまった子だねえ!もう一人前にならなくちゃ、
おとうさんみたいにりっぱなゴキブリになれませんよ」
お姉さんたちもいっせいに「そうよ、そうよ」と言いだしました。
ゴッキはいたたまれなくなり一人家を出て、兄たちの後を追います。
「なんで、みんなぼくのことを悪く言うんだ。ぼくはぼくなりに精一杯やっている
のに、なんでわかってくれないんだ!」ゴッキは涙がこぼれてきました。
こんなときは高い所から空を見上げるのが一番の気分てんかんになります。角の
ラーメン屋に行くのをやめて、裏庭の柿の木に登ることにしました。あの枝からの
ながめは最高です。途中、スズ虫さんにあいましたが、合唱に夢中なようで、
ゴッキがあいさつしても、目に入らないようです。一生懸命歌っています。
夏の夜は虫たちの演奏会で裏庭は特に、にぎわいます。
「おまえさんんも一曲どうだね」キリギリスさんが横から声をかけてきました。
ゴッキは「いえ、ぼくは・・・、聞くのが好きなんです。
ぜひ、あなたの上手な歌を聞かせて下さい」
「そうかそうか、ぼくは良い子だね。将来有望だよ。
私を見て、まねをしてごらん。きっと私のようにいい音が出せるようになるよ。
ははは、良い気分だ!」といって歌いだしました。
ゴッキは草の上に腰を下ろして聞き入りました。
「なぜ?ぼくらはきれいな音が出せないんだろう?」
夜空には星がまばたき、その中でもひときわ大きく輝いているお月様も静かに、
この虫たちの宴を見守っています。ゴッキは聞き入っているうちについ、うとうと
寝入ってしまいました。ゴッキは夢を見ました。
 家族全員で合唱団を作り、歌っているところです。ゴッキがみんなの指揮を
しています。ホタルさんがゴッキたちをライトアップしてくれています。
ほかの虫たちはゴッキたちの歌に聞き入っています。ゴッキは鼻たかだかです。
曲は「ゴキブリの運命」です。合唱が終わりにさしかかったとき、草むらから
ザック、ザックと大きな音をさせて歩いてくる大きな物体がいました。この家の
飼ネコのブッチーです。このネコは動く物はなんでも追っかけておもちゃにします。
さあ大変です。まずホタルが気付き、みんなに知らせました。もうたいへんです。
それこそクモの子を散らしたように、いっせいに虫たちは散らばりました。
ゴッキはいつものように最後まで、もたもたしています。ブッチーに見つかりました。
右手、左手と連続攻撃です。「ヒィ〜!」と悲鳴を上げたところで目が覚めました。
「坊や大丈夫?うなされていましたよ」
キリギリスさんが心配そうにのぞきこみます。
「はい、だいじょうぶです。あまりにうまかったので、つい寝込んでしまいました」
「そうかね、そういってもらえると私もうれしいねえ、本当に良い子だね。
うちの子にならないかね?良い歌い手になるよ、坊や」
うちの子?すぐには意味が分かりませんでした。
「はい、ありがとうございます。ちょっと考えさせてください」
養子?う〜ん、ゴッキは考えながら柿の木まできました。すると上の方から蝉さん
の声がしてきます。
「夏の夜はたのしいね、ついつい歌ってしまいますよ」
「あの、蝉さんはいつごろから歌えるようになりましたか?」
「生まれてすぐだと思うよ、わたしたちはあなたたちと違って、生きている時間が
短いから、そのぶん一生懸命、朝から晩まで歌っているんですよ。
たのしまなくちゃね、あなたも歌いなさいよ!」
「はい、歌いたいのですが・・・」
「なに?歌えないの!それはかわいそうに、歌えないなんて・・・。
死んじゃった、蝉と同じだよ。かわいそうに、その年で・・・」
ゴッキは「あ、あ・・・」とため息がでてきます。
蝉さんは歌い終わるとペッ!と小便をして巣へ帰っていきました。
ゴッキは柿の枝に登り遠くを見つめます。
「動きは遅いし、歌えない、最悪だよな。
なんでこんな虫に生まれたんだろう?もっとましな虫に生まれたかったよ!」
腹が立ってきました。
「バカヤロー!」夜空に向かって叫びます。
すると、どこからかささやくような声が聞こえてきます。
「ゴッキ、そんなに自分をみじめに思わないで、自分を大切にしなさい。
みんなそれぞれ良いところ、悪いところがあるのですよ。
あなたは自分の悪いところばかりを気にしていますが、自分の良いところを言って
ごらんなさい」
「何もないよ!いいところなんて何もないよ!」ゴッキは泣き出しました。
「まあまあ、そんなに言わないで、わたしが代わりに言ってあげましょうかね。
ゴッキ、あなたは他の虫さんと話すことができ、相手の気持ちになって聞くことが
できますね。心のやさしい虫ですよ、あなたは。
これはとても大切なことです。キリギリスさんも喜んでいたではないですか?
あなたは歌えなくても聞くことができ、話すことができます。あなたとの会話で
心なごむ虫さんがいらっしゃるだけでもすばらしいことです。
あなたのその気持ちをみんなに伝えてあげてください。
きっと、あなたは多くの虫さんから尊敬されるりっぱなゴキブリになることでしょう。
わたしがいつも見守っていますからね、自信をもって生きてください」
声のする方をみると誰もいません。ただ、お月様が夜空に輝いているだけです。
「誰なの?僕に話しかけてくれたのは?」
何の返事もありません。ゴッキは遠くの星空を見つめながら、さきほどの言葉を
思い出していました。「他の虫さんと話すことができ、相手の気持ちになって
聞くことができます。心やさしい虫ですよ、あなたは。・・・尊敬されるりっぱな
ゴキブリになることでしょう」
尊敬されるりっぱなゴキブリには別に興味はありませんでした。
それよりも話を聞くことの方に興味がありました。
ぼくの取り柄は虫さんたちの話を聞いてあげることぐらいか・・・。
聞くことは嫌いじゃないし・・・。いや違う、好きだ!そう好きなんだ。
ぼくって話を聞くことが好きなんだ。言われて始めて気付くこともあります。
ゴッキはもっといろんな虫さんから、いろいろな話を聞きたいと思いました。
何か重荷が降りたような爽快感が沸き起こります。
柿の木が「さわ、さわ、さわ」と語りかけてきます。
「ゴキブリのゴッキさん、あんた幸せ者だよ。お月様に気に入られるなんて、
めったにないことだよ。わしらは昼はお日様、夜はお月様とそれぞれ会っているが、
一度もいまのように声を掛けられたことなどないよ。見ていてくださっていることは
知っているけど・・・、うらやましいかぎりだね」
「え!いまの声の主はお月様なの?」
「そうじゃ、真上からあのように世界を照らしているお月様じゃ。でも、おまえも
不思議な虫じゃのう、わしの話が分かるとは・・・」
「そうですか?以前からちょくちょく聞こえていましたよ。
風さんとよく話をされてましたね」
「そうじや、良く知っているねえ。わしの愚痴を聞いてくれるのは風さん
ぐらいなものよ。ははは、なあ風さん」
柿の木を揺らしながら風が話しだしました。
「でも驚きですね、わたしたちの会話を聞くことのできるゴキブリがいるとは?」
「はあ、そうですか。不思議ですか?聞くことが好きなんですよ、ただそれだけです。。
何か私の知らないことで知っていらっしゃっることがあれば何でもいいですから、
私に教えてください。お願いします」
「おまえさんの知らないこと?そうそう、おまえさんたちゴキブリはこの南の地では
嫌われもので人間どもに見つかると殺される、それはそれは恐ろしい場所じゃが。
北の地、確かカマド村だったと思うが、そこではゴキブリはカマド虫といわれ、
カマド(ご飯などを炊く所)の神様として奉り上げられていると、北の風仲間から
聞いたことがある。同じゴキブリでもここでは嫌われ虫、場所がかわり北のカマド村
では神様虫か、人間のやることは理解できん」
「そうそう、わしも文句が言いたいわい!最近の人間は渋柿、渋柿と馬鹿にする
ところがある。昔は良かった。近所のおばあさんが丹念に手入れしてくれ、収穫の
時期になると、うれしそうに一つ一つ丁寧に実をとってくれていたものよ。そして、
皮を剥いて、干柿にしてからみんなでおいしそうに食べてくれていたものよ。
わしらもそんな笑顔をみるのがうれしくて、せっせ、せっせと実をならせたものよ。
ところが最近は手間ひまかかるわしらのような渋柿は嫌われ物になってしもうたん
じゃ。人間の都合で好き嫌いを決められてはこまったもんじゃ」
「でも、それで鳥さんたちが柿さんのおいしい実をいただけるようになったんです
から、それはそれでいいのかもしれませんね」ゴッキが柿の木に話しかけます。
「おまえさんよくそれを知っていたね。そうなんじゃ、人間が食べなくなったぶん、
鳥さんたちが毎日来てはおいらの実をうれしそうに食べてくれるのさ。
喜んでもらえればそれが一番じゃ」
「ゴッキさん、あんたはやっぱり良い虫だよ。お月様が言ってたように他の物を
喜ばせることができる良い虫さんだ!」柿の木がゴッキを褒めます。
すると風さんが「一度、北のカマド村に行ってみてはどうだね、ゴッキさん?
こんな危ない場所にいるより、神様になれるところの方がいいにきまってますよ」
「でもどうやって行けばいいのです。歩いて行ければいいのですが?」
「歩いてでは、あんたのその体ではいつ着けるか分からんなあ」柿の木が答えます。
「わしなら一日か二日で着けるのに・・・」風さんが言います。
「柿の木さんの葉っぱにゴッキさんを乗せて、北へ運んであげなさい。
頼みましたよ、柿の木さん、風さん」また何処からともなく声が聞こえてきました。
真上を見るとお月様が微笑んでいるようにみえました。
「お月様、あなたなのですか?」ゴッキたちはそろってお月様を
見上げます。・・・、何の返事もありません。しかし、それぞれの胸の内に一つの
目標が出来ました。ゴッキをカマド村に連れて行くという共通の目標です。
「そういうことだ。いつ行くかね?ゴッキさん」柿の木がゴッキに尋ねます。
「急に言われても、ちょっと?みんなに相談してみなくては何とも言えません」
「相談?そんなことは無理というものさ、他のゴキブリさんたちには理解できない
ことさ、これはおまえさん個人の問題だ。
行きたいか行きたくないか、ただそれだけさ」風さんがあっけらかんと言います。
「それはそうなんですが・・・」
「まあ、一晩ゆっくり考えて、明日のいまごろまた来なさい。
そのとき返事を聞かせてもらえればそれでいい。ゴッキさん、あんたのためなら
わしらは一肌脱ぐ覚悟はできてるからね、なあ風さん!」
「そうだとも、お月様が言われることに従わないわけにはいかんからなあ」
その夜、ゴッキは母親にお月様の話をしてみました。
「おかあさん、お月様を知ってる?」
「なんだい?それはおいしい食べ物かい」
「いや違うよ、夜ほら外を見てよ。空に浮かんでいるあの明るくて丸いものだよ」
「そんなのどうでもいいの!私達はみんないっしょうになって食べて家族を増やす
ことが一番さ、ははは。おまえはおかしな子だね」
まったく相手にされません。兄弟にも父親にも恐る恐る聞きましたが、・・・。
同じことでした。ゴッキはまた悲しくなります。なんでみんな僕の話を聞いて
くれないんだ!朝がたゴッキは一人空を見上げ思いました。
「カマド村では僕たちゴキブリを神様として扱ってくれるとか言っていたけど、
どういうことだろう?僕もそこへ行けば神様になれるのかなあ?
神様っていったいなんだろう?」
「それはカマド村に行ってみればわかることかもしれません」
また何処からともなく、例の声がしました。ゴッキは西の空を見ます。
お月様が薄く消え入りそうな姿でこちらを向いていました。
「さあ、勇気をだして行きなさい。あなたの道は自分で切り開きなさい」
ゴッキはその言葉で踏ん切りができました。母親に旅立ちの挨拶をすませて、
裏庭の柿の木へ行こうとしたら、母親が後を追ってきます。
「ゴッキ、何処へ行くつもりか知りませんが、元気で暮らしなさい。みんな大きく
なったら親元を離れるものなのです。おまえは少し早いですが、それもいいでしょう。
さあ、これを持って行きなさい」と言って食べ物を手渡しました。
「ありがとう、お母さん。お父さんと兄弟、姉妹にもよろしくお伝えてください。
きっと、また帰ってきます」ゴッキはそういうと元気に歩きだします。
 
「おはようございます。もう起きてますか?ぼくです。ゴッキです」
「おおなんだね?朝早く、おまえさんたちゴキブリはそろそろ寝る時間じゃないかね」
「結論がでたのでお知られに来ました。カマド村へ連れて行ってください!
よろしくお願いします」
「おおそうか、決心がついたかね。それはいい、ちょっと待っていなさい。今晩と
思っていたので準備をまだしていないんじゃ。じゃあ誰にいってもらおうかな?
さよならはつらいがこれもゴッキ、ひいてはわしのためじゃ。誰か
使命と思って、行ってくれないか!」
「はい!私に行かせてください」上の方の葉っぱが元気よく返事をしました。
「子供の代表として、この葉吉にお命じください」
「おまえか、一番元気なおまえなら心配ない。よくよく決心してくれた。
父は嬉しいぞ!」そこへ蜘蛛のクモ子が来て
「わたしが安全のためゴッキちゃんに座席を作ってあげるわね、ゴッキちゃんには
以前助けてもらったものね」
そいうとクモ子はウインクしてゴッキを見下ろします。
そういえばそんなことがありました。飼い猫のブッチーにクモ子が襲われていた
ところを機転をきかせてゴッキが助けたのでした。
「ああ、あのときのクモさんですか。お元気でなによりです」
風さんも話を聞きつけてやってきました。
「ゴッキ!決心がついたか、それはいい。夜よりも昼間の方が安全運転でいけるから
クモ子さんの仕事が終わったら行くとするか」
クモ子さんがクモ糸で器用にフード付きの安全シートを作ります。
ゴッキが葉吉さんの背中に乗り、シートに腰掛け念のためシートベルトをして
準備オッケーです。
「じゃあ、風さんお願いします。柿の木さん、クモ子さんありがとうございました。
葉吉さん、よろしくお願いいたします」
「お父さんお別れです。葉吉は無事ゴッキさんをカマド村にお届けいたします。
みんな仲良くしろよ、兄さんはこれでお別れだ!さようなら、さようなら・・・」
柿の木がいっせいにサワサワ、カサ、ガサ音をたてはじめました。
旅立ちを祝うように全員で別れのあいさつです。
「サワサワ カサゴソ カサゴソ」
なみなみと枝を揺らし、葉を揺らして別れの時、みんなで歌います。
「息子葉吉よ、おまえは独り立ち、離れていっても私の子、
思い出してよこの親を。
みんな離ればなれになっても心は一つ、つながっています。
みんなで一つの家族、一つの柿の木。
さようなら、さようなら、
別れは新たなる出会いの始まり。
葉吉の旅立ちを祝います。さようなら、さようなら」  
葉吉はみんなの歌を聞きながら風に乗り、朝空に舞い上がっていきます。
「ひゃあ〜。だ、だいじょうぶ〜・・・」ゴッキは悲鳴を上げます。
葉吉が「ゴッキさん安心して私達にまかせてください。こわかったら目をつぶって
じっとしていてください。でも慣れたら目を開けて下の様子を見るのも、
いいものですよ。不思議な感覚になるんです。私も始めての飛行なんですが、噂で
聞いていた通りです。気分爽快ですよ。ひゃーほー!」
「始めてにしてはなかなかですよ、葉吉さん。その調子ですよ」風さんがほめます。
真下に見える町並と行き来する車などは小さくておもちゃの国に来たような、
不思議な感覚になります。
「私達はいつも見慣れた町並ですが、ゴッキさんと葉吉さんには
めずらしいことでしょう!このまま何もなければ二日ほどで着くはずです。ただ、
気を付けないといけないことがあります。鳥と雨です。特にカラスには気をつけなくては
いけません。とても賢くて抜け目がありませんからね。雨になったら休憩することに
しましょう」
そういっていたら下のほうからカラスが一羽飛んで来ました。
でも、大丈夫です。知り合いのカー太郎でした。
「葉吉さん噂を聞いて追いかけてきましたよ。いつもお世話になっていたのに
残念です。お元気でいってらっしゃいませ」
「やあ、わざわざありがとう。柿をおいしそうにいつも食べてくれて、
ありがとうさんでした」
「いえいえ、こちらこそどういたしまして。これからもお世話になると思いますが
ご心配なく、いってらっしゃいませ。ではこれでさようなら」
そいうとカー太郎は去っていきました。葉吉はなんだかさびしくなってきました。
「いいカラスさんでしたね」風さんが少しスピードを落します。
「はい、とても礼儀正しく食べてくれる、いいお客さんでした」
「お客さんなのですか?」ゴッキが聞き返します。
「はいそうです。私たち柿は鳥さんたちに食べていただいたついでに種を他の場所に
落していただくことで子孫を増やすことができるのです。だからカー太郎さんはいい
お客さんなのです」葉吉はそういうと後ろを振り向くようなそぶりをしてみせました。
これが見納めになるのですから・・・。
しばらく行くと、県境の大岩山にさしかかりました。中腹にある大岩の上を先ほど
から鳥が行ったり来たりしています。葉吉さんが「ちょっとあの鳥さんおかしいいよ!
さっきから同じ場所を行ったり来たりしてるよ。
ちょっと休憩がてら下りてみませんか?」
「はい、わたしも多少疲れました」ゴッキがそういうと、葉吉さんは上手に下降して
いきます。風さんも加勢してくれます。岩場の中央に軟着陸・・・、成功です。
「ありがとう、風さん。また後でお願いします」
葉吉さんとゴッキがお礼を言っていたら、その鳥がすぐ近くにきて
「そこにいちゃあ、じゃまなんだけどね!」と威圧的な物腰で言ってきました。
ゴッキは丁寧にあいさつをします。
「それなすいませんでした。旅の途中で、疲れましたので、休憩をと思いまして、
降ろさせていただきました。それはそれはすいませんね。ちょっと端に寄せ
ますので、手伝ってくださいますか?」ゴッキの物腰のやわらかさに鳥さんも驚き、
「こちらこそ、すいませんね。ちょっとわけありで、この場所を使いたいもので・・・」
「もし、よろしければそのわけとやらを教えていただけませんか?力になれること
でしたら、ご協力いたしますよ」鳥さんは少し考え込み、ため息を付きます。
「実は、・・・」鳥さんはゆっくりと独り言のように語りだしました。
 「この近くに、早く飛ぶことだけを生きがいにして、飛び回っていた鳥がいました。
ところが、あまり激しく翼を使っていたので、翼の骨にヒビが入ってしまったのでした。
その鳥は飛ぶことを止め、その場に立ち止まりました。
声を掛けてくれる仲間もなく、一人空を見ては、また飛べる日を信じて翼を休めます。
飛ぶことを止めた鳥は生活に追われ、しだいに大空を飛んでいたときの勇気をすり
減らしていきました。昔を懐かしんでは空を見上げ一人ため息をつく毎日でした。
足は太くたくましくなり、胸も厚く力強くなりました。翼のヒビもいつしか治り、
いつでもまた飛び立てるはずなのですが、なかなか飛び立つことができません。
飛ぶ勇気が起きないのです。生きるための生活に追われ、大空を夢見る勇気を無く
してしまったようなのです。焦る日々が続きます。そんなある晴れた日、若い鳥が
空から彼に話かけてきました。
『そこの歩く人、このへんに『大鷲の駿(しゅん)』ていう鳥が住んでいると聞いて
きたんだが、知らないか?』それはこの鳥のことでした。でも鳥は
『どうしたんだね?その大鷲さんに、なんの用事なんだい!』と返事をして自分だと
は言いませんでした。
『なんでもその鷲はこのへんで一番の駿足らしいんだ。おれとどっちが早いか
競争しょうと思って来たんだ!』鳥は飛べない自分を情けなく感じます。
『もうそんな鷲さんはこのへんにはいませんよ!よそを探した方がいいですよ!』
嘘をいう自分が情けなくなります。
若い鳥はそれを聞くと、さっそうとカッコ良く大空へ飛んでいきました。
鳥の胸の内は、むなしさで一杯にになりました。
『おれはどうしたんだ!情けない』ため息が出ます。
そうだ!あの絶壁の大岩から飛び出せば飛べるかもしれないと思い、裏山の崖を
見上げます。昔の彼なら一飛びでこんな崖までこれたのですが、今は歩いて崖まで
登ります。途中、飛べない虫さんや花さんたちと会いました。
『いつも元気だね!おまえさんみたいに早く歩けたら、わしも楽なんじゃがなあ、
ははは』蟻のおじいさんが言います。
『わたしなんか歩いたことないんだよ。うらやましいったらありゃしない』
花のおばさんが蟻のおじいさんに言い返します。
『わたしは歩きたくて歩いてるわけではないのです。飛べなくなってしかたなく
歩いているのです』それを聞いた椎茸の子供が『そんな言い方ないよ!
僕なんか、僕なんか・・・』そういいながら泣き出してしまいました。
『坊や、泣くんじゃありませんよ。生き物にはいろいろ違いがあって、それぞれ良い
ところもあれば、悪いところもあるんですよ。鳥さんは歩いたり飛んだりできるけど
、花をさかせたり、蟻さんのように地中に巣を作ったり、私たちのようにのんびり
お日様に当たって昼寝もできないんですよ』椎茸のおかあさんが言いきかせます。
飛べなくなった鳥はこれらの話を聞きながら山道を歩いていきます。途中、谷川が
あり、そこを渡らなくてはいけません。この鳥さんは水が苦手です。恐る恐る川を
渡っていたら、水の中から魚さんが話しかけてきます。
『よお!鳥さんお前さんたちはいいよな!でもよ俺たちも水の中じゃ、自由で
誰にも負けねえぜ!』そんなこと聞いてないのにと思いながら
『ああ、そうですか』と返事して先へ進みます。なんでみんな自分と比較して話を
するんだろう?生き物それぞれ違いがあっていいんじゃないのか?鳥は鳥の生き方が
あり。虫さんには虫さんの生き方がある。花さんには花さんの生き方がある。
魚さんには魚さんの生き方がある。それでいいんじゃないのか?
なんでみんな自分と比較するんだ?・・・そうか!俺も俺なんだ!飛べなくても
俺は俺なんだ!飛べなくてもいいんだよ!それで俺が満足していれば・・・。
崖ぷっちまで来ました。さあどうする?飛ぶべきか、飛ばざるべきか?鳥さんは
迷っていました。花さんや椎茸さんのように歩くことさえ出来ない人もいれば、
蟻さんのように小さくて歩くのが遅い人もいる。俺は歩けるだけでも幸せなんだ。
飛ぶ必要があるのか?でもあの若い鳥のように以前は俺も飛んでいたんだ!・・・」
「そんなことを一人悩んでいたら、おまえさん達が下りて来たのさ」
「その鳥さんとは、つまりあなた『大鷲の駿』さんのことですね?」
ゴッキがその鳥さんに、聞きました。
鳥さんは笑いながら「わかった?実はそうなんだ。情けないことだけど、俺のこと
なんだ。飛ぶこと自体に意義があるわけではないかもしれないけど、自分の生き方
として、鳥らしく空を飛んで、人生を終わりたい。今はそんな気がするんだ」
「わたしもよくわかります。わたしもゴキブリの人生ってなんだろうと悩んでいま
したから、よくわかります。ところが、昨晩お月様から
『自分の悪いところばかりを見ないで、自分の良さに目を向けなさい』
と言われました。鳥さんには鳥さんしかできない役割が、必ずあるはずですよ。
飛ぶこともその一つだと思います。そうですよ、鳥さんの『使命』は飛ぶことですよ!」
「えっ!『使命』?それって・・・。普通の人たちが出来ない、鳥の特別な『使命』。
・・・それは飛ぶこと」鳥は独り言を言っています。
「飛べる力は神様からの賜(たまもの)かもしれませんよ、きっとそうですよ」
ゴッキが力強く、励まします。
「神様からの賜?まあいいか。そうだ、飛ぼう!そして、飛んで人のためになる仕事
をしよう。自分の幸せのために飛ぶんじゃない!飛べない人のためになることを
しよう。俺にできる仕事をしよう!そのために飛ぼう。よっし、飛ぼう!」
鳥さんの内に何か力強いものが沸き起こってきたみたいです。顔つきもどことなく
凛々しくになってきました。何かをつかんだようです。自分の生きる意味を見つけた
のです。「ありがとう。ゴキブリさん。ちょっと見ていてくれます」そういうと、
鳥さんは助走をつけ、走り出します。お日様は暖かく、爽やかな風さんが鳥さんを
あと押しするように吹いてきます。風さんも二人の話を聞いていたみたいです。
鳥さんは翼を大きく羽たかせ、その風に乗り、崖ぷっちから勢いよく飛び立ちました。
「やった!ばんざい」ゴッキと葉吉さんは歓声を上げて、喜びあいます。
「もう安心ですよ、しっかり飛んでいますよ」風さんが鳥さんに話かけます。
「ありがとう。みなさんのおかげです。さっそくですが、何か役に立つことは
ありませんか?」
「それなら、そこのゴキブリのゴッキさんに聞いてみてください。
わたしたちは彼のお供なのですから」
 鳥さんは大岩の回りを旋回しながら、下にいるゴッキに声をかけます。
「そこのゴッキさんとかいう、ゴキブリさん!
さっきは話を聞いてくれて、ありがとうよ。あんたのおかげで、飛ぶ勇気が出たの
かもしれねえ。鷲のわしに何かできることはないかね?あんたのお役にたちたいんだ!」
「ダジャレを話すのはだじゃれ?なんちゃって」ゴッキが返事しますが、だれも
笑いません。白けていたら、葉吉さんがゴッキに進言します。
「それなら、用心棒としてついてきてもらってはどうですか?この先、何が起こるか
わかりませんから。わたしもそのほうが安心です」
「そうですね。わたしも賛成です」風さんも葉吉さんの意見に賛成します。
「じゃあ、決まりだね。大鷲の駿さん同行してくださいな、お願いします」ゴッキが
頭を下げると「わかりました。何処へ行くか聞いてないけど、お供させてもらいます。
ただ、その『大鷲の駿』はちょっと・・・、ただの『大岩』にしてください。
今日から、生まれ変わったつもりで、生きて行きたいと思いますので、この場所の
名にちなんで『大岩』にします。よろしくお願いします」
「『大鷲の大岩』ね?まあいいですか。あなたがそのように言うのなら、大岩さんと
いうことにしますね」ゴッキがにこやかに返事をします。
「そうそう、忘れていましたが。風さんにも名はあるのですか?あったら教えて
くださいな」ゴッキが風さんに向かって問いかけます。
「そうきましたか、あるにはありますよ。でも、はずかしいですね。聞かれたことが
ありませんからね・・・」
「いいじゃ、ないですか。教えてくださいよ」
「そうですか、笑わないでくださいよ。風の股三郎です。なんでも北の村ではこの名が
評判なんだそうですよ」
「いい名ではないですか。わたしの名前なんて、なんでも有名な絵描きの名に
ちなんんだようですが、わたしはぜんぜん知りません。住んでいた家の居間に
『ひまわり』の絵がありまして、なんでもその絵の作者らしいのですが・・・」
ゴッキはそう言ったあとで「でもおかしいな家族で名前のついてたのは、そういえば
ぼくだけだった・・・」とつぶやきました。
「じゃあ、そろそろまた飛び立ちましょうか」股三郎が言い出しました。
ゴッキが葉吉さんに乗ると、股三郎が大岩山の頂上に向かって、上昇気流を起こし
ます。「ヒュー、ヒュー」とまたたくまに高く舞い上がり、大岩山が小さく下の方に
見える高さまで上がっていきました。葉吉さんも大岩さんも、股三郎さんに体を
抱きかかえられるようにして、飛んで行きます。葉吉さんのかなり上空を大岩さんが
うれしそうに大きく旋回しながら、ゆっくり飛んでいます。
しばらく行くと大きな川が見えてきました。
「あれは何ですか?」ゴッキが葉吉さんに聞きます。
「さあ?私も始めて見ます。風の股さん、でしたっけ?あれは何ですか?」
「やあ、股さんでいいですよ。あれは川というものですよ。山から海へ流れて行く、
水の道ですよ。大岩さんなんかはよく知っているはずですよ」
「え!私ですか、はいはい。知ってますとも、川はいろいろと便利なものでして、
私たちが生きる上で欠かせない命の道ですよ!」
「水の道?命の道?」ゴッキは興味が湧きます。「ちょっとすみませんが、あの。
降りてみたいのですが、川をもっと知りたいのです」ゴッキが風の股さんと
葉吉さんに声を掛けます。
「はい、わかりました。いま下降させますから、座席にしっかり抱きついてくださいよ!」
風向きが急に下降してきました。葉吉さんも体勢作りに大変みたいです。
「おっと、待ってくださいよ」葉吉さんがよろよろとぎこちない動きをしていましたら、
何処からか、鳥が飛んできて、ゴッキもろとも葉吉さんをさらって行きました。
「キャー!助けて」葉吉さんが悲鳴を上げて叫びました。
さあ大変です。大岩さんが異変に気付き、まっしぐらにその鳥に向かって、急降下
します。さすが元「大鷲の駿」と言われただけはあります。あっというまにその鳥を
捕まえました。「こら!その葉っぱを離せ!さまないと食べちゃうぞ!」
「ヒィ〜。ご勘弁を、それだけはお許しください」その鳥はゆっくりくちばしから
葉吉さんを離しました。でも、意識を無くしたのか?葉吉さんが力無く落ちていきます。
とっさに風の股さんが支えますが、方向が定まりません。大岩さんはその鳥を離すと
すぐさま、葉吉さんを背中に乗せ声を掛けます。
「大丈夫ですか?葉吉さん、ゴッキさん」
「死ぬかと思いました」ゴッキがそう言うと、葉吉さんも意識が戻ったみたいです。
「私はどうしてました?何も覚えていません・・・」
「私の背中に乗っていてください。下まで、このまま行きましょう」
大岩さんはゆっくり旋回しながら、徐々に降りていきました。
下降していくにつれ、川の大きさが目の前に見えてきました。かなり大きな川です。
大岩さんは上手に、川原の草地にゆっくち着陸します。
「大岩さん、助かりました。ありがとうございました。あやうく私の使命を
果たせなくなるところでした。本当にありがとうございました」
葉吉さんは何度も大岩さんにお礼を言っていました。

 申し訳ございませんが、この先は非公開とします。「ゴッキの宇宙」は
眼我通信にて連載中です。
インド料理ガンガーでしか、眼我通信(一部30円)は販売していません。
購読希望者は店に来られるか、メールでお知らせください。郵送もいたします。