2003年1月の「思い」

 元旦は妻の実家へ行き、身内の挨拶を済ませ、息子はお年玉をいただき みんなでお節料理をいただきました。  二日は息子と二人で岐阜の竜吟湖周辺のハイキングコースを歩き、水晶山に も登りました。寒かったですが良い時間を持てました。俳句、短歌を私は少し 作り、息子はスケッチをしました。 家族サービスで書き込む時間がありません。またあとで・・・。(1.3)
 今日から仕事です。今年の目標は「ガンガー聖書勉強会」を始め、継続させる こと、児童文学作品としてよりよい書き物を書き残すこと。 この二点を最重点目標とします。  「竜吟の森山歩き」2003年一月五日 眼我 真    正月の二日妻を誘い、息子と岐阜の竜吟湖へ行くつもりでしたが、妻が 「正月ぐらいのんびりさせて」という一言で、息子と二人だけの山歩きとなりました。 そういえば元旦は妻と息子が二人だけで「ハリー・ポッター」を見に行ったのでした。 暮れに妻から「あなたは行かないの?」と聞かれたとき 「映画を見る時間があったら寝た方がいいよ」と言ったことを思い出します。 妻の発言はそれと同じ発想なのです。なぜ、正月に山歩きをするのかというと、・・・。 去年の夏です。乗鞍登山レポートで息子のボーイスカウト二級昇進が決まったと思って いたら、秋になって隊長から二級昇進のためには、もう一回ハイキングのレポートを提出 するように言われたのでした。今回の竜神の森山歩きはそのためなのです。 私一人では正月に山歩きなどしません。二級昇進というニンジンをぶらさげられた 馬のようで、一種の親馬鹿的行為ですが、いいことは率先してやりたいものです。 19号線で釜戸町へ、瀬戸の辺でガソリンが心配になってきたので、瀬戸市街で ガソリンスタンドを見つけて入ろうとしたら、みんな正月休みなのです。 やばいかもと思いながら「19号に出ればあるさ」と安心していました。多治見で 19号に合流して、すぐガソリンスタンドに入ろうとしたら、なんとここも休みなのです。 まさか?そんな、帰りのガソリンがもう無いよ。あわてて息子に 「反対斜線のガソリンスタンドを注意して見てなさい!もし、営業していたら、教えてね」 しばらくガソリンスタンドが無くて、心配がつのります。 息子が「電話すれば、持って来てくれるんでしょう?」 「それりゃあ、JAFなら持って来てくれるけど、一万円ぐらいとられるよ・・・」 「・・・」 瑞浪を越えてしばらくするとありました。クルクル回転しているランプが、営業中を 知らせてくれます。一安心です。 トイレにいきたくなり「トイレ有りますか?」 「そこのドアの、奥の右にあるよ」 立派な髭をはやしたイラン人のような風貌の男は言います。 ドアの奥は乱雑に物が置かれ、インドの田舎のガソリンスタンドを思い出させられました。 イラン人ではなくインド人かもと思いながらガソリンスタンドを後にします。 するとすぐに、りっぱなガソリンスタンドが営業しているではありませんか。 よりによって・・・、でもあのガソリンスタンドは味があったよなと思い直し、さっきの インドにありそうなガランとした乱雑さを思い浮かべていたのでした。 地図ではもうそろそろ、竜の大きな置物があるはずなのですが? 夏の乗鞍のときもこの19号で行ったのですが、そんな青い竜の置物など見た記憶がない のです。暮れに中山道、大くて宿に住んでいる知人にその近くで出来る1〜2時間の ハイキングコースを尋ねたら「竜吟の滝ウォーキングマップ」をファックスで送って 下さったのです。彼は大くて宿の「おもだかや」という由緒ある元宿屋の管理人兼 村起こしの一員として活躍されている方で「瑞浪市自然ふれあい館」でも職員をされて いるのです。ちょうど竜吟の滝周辺は彼の仕事場だったのです。 「よくここを通るけど見たことないよなあ?」と独り言を言いながら車を走らせていたら、 有りました。確かに青い陶器の竜の置物です。 色あせていましたが、竜にちがいありません。満丸くて一瞬、巨大なボウルのような感じ でした。看板に「ドラゴン21」と書かれていたので、中日ドラゴンズと関係あるのかな とも思いました。時計を見ると、12時13分。天気がいいので車の中は暖かでしたが、 外に出るとさすがに寒く、タオルを首に巻き、手袋をしてリュックサックには 昼食用のパンとペットボトルに地図を入れ、さあ出発です。なだらかな坂道を登ると 案内板があり、息子は手帳に案内板を写しています。提出レポートに使うのです。 私は案内板の前に座り一人前方の「一の滝」を見ながら昼食を済ませます。息子は車の中で すでに軽く食べていたのです。ここからが竜吟の滝の始まりです。 すぐ前方に丸い大きな竜の置物があり、センサーで感知するとテープが流れ、竜吟の いわれを説明しているようです。私たち以外にも山歩きにきた人がちらほらいらっしゃり、 その人たちが通るたびに、テープが一人語っていますが、誰も聞く人は無く、ただ むやみにテープが流れているだけでした。昔むかし「一の滝」と「二の滝」に雄と雌の竜が住んで いて、・・・。息子の写しが終わると、さっそく私たちも出発です。 「解説聞く?」と息子に問うと「いや、いいよ!」というので私たちも無視して階段を 登っていきます。テープの声だけが、誰もいない空間にむなしく流れていました。 すぐに「ふれあい館」の建物がありましたが、今日は休みです。知人から聞いていたので、 トイレだけ借りて「二の滝」「三の滝」へと進みます。右に行くと水晶山への道ですが、 案内に従って七滝の小径を進みます。「えびす滝」がりっぱなので降りてみようかと 思ったら、アベックが二人仲良く滝を鑑賞していたので、避けるようにして次ぎの滝を 目指し急な登り径を登って行きます。「あんま滝」「昇竜の滝」となだらかな滝が続き 「梵天の滝」で竜吟湖への径に分かれていきます。すぐに木立が切れ、前方が開けてくる と突風が襲ってきました。七滝の登りで汗をかいたところなので、この突風で一気に寒気 を覚え、脱いだ手袋とタオルをまた付け直し、真冬の寒さに耐えます。見晴らしが良くなり、 青空が一面に広がります。前方の土手を越えると竜吟湖ではないかと推測できました。 青空をバックにここで記念写真を撮りました。乗鞍ではあれほど嫌がった写真を今回は 喜んで撮られる息子はいったいどうしたのか? 今回は人が他にいないからです。写真を撮られるのが嫌いなのではなく、人がいる所で 撮られるのが嫌いなだけだったのです。竜吟湖でも記念写真をとりました。 13時ちょうどです。休憩と昼食の残りを食べることにしました。 湖では数十人の人が釣りをしていました。遠くの方だったので何が釣れるのか聞けません でしたが、正月そうそう寒い中、釣りに来られるからには多分大物が釣れるのだと思われ ます。ここでも突風が吹き付けるので、10分ほどの休憩で歩き出すことにしました。 「逆川の小径」と名付けられた下り坂を降りて行くと、ところどころ凍った箇所や雪の跡 らしきものに出くわし、息子がはしゃいでいたのが印象的でした。竜吟湖から不動川へと 流れ出ている小川を見下ろしながら下っていきます。径がよく整備されているのでとても 快適に山歩きができます。下り着くと右手は「梵天の滝」へ戻るコース、左は水晶山へ の径となります。当然左へ径をとります。「こもれびの小径」を通って「やすらぎの小径」 へと繋がっているのですが、どこで間違ったか?「こもれびの小径」の上の車道を通って しまいました。結局、「やすらぎの小径」へと繋がっていたので、別に支障はありません でした。径に従って登って行くと水晶山の頂きに自然と着き、アルプスが見渡せる、絶景 地でした。ただ、風が強く、ビュー、ビュウーと吹き荒れていました。とても長い時間 いられる状態ではありません。回りを見渡せる分、風当たりも強いのです。先ほどの アベックがアルプスを指差しながら何やら語っているようでした。二人にはこの寒さは 関係ないようです。息子と二人、先を進むと急な下り階段になっていて、そこから前方を 見ると、はるか彼方の山並が目の前にあります。 「おとうさん!絵を書いてもいい?」息子が声を出しました。 「いいよ、ここなら風もそんなにないから、いいんじゃないの」 「どこを書くの?」「あれさ!」目の前の絶景を指差します。 私は日が当たる下りの階段に腰掛け、すぐ脇にある寒風にさらされながらもたくましく 立っている赤松を見上げます。足元には松ぼっくりが落ちていました。前方の左には 枯れた赤松が寒風に揺れていました。でもよく見ると、枝のいたるところに松ぼっくりを 付けているのです。ふしぎな風景です。振り向くと二段ほど上の段で息子はスケッチを 始めていました。いきいきした顔で前方の山並を見ています。 私はといえば、思いつくまま紙に俳句と短歌を書きつづります。紙は知人が送ってくれた ファックスの地図の裏で、書くものは息子のスケッチ用のパステル鉛筆です。   竜吟湖 正月休み 息子とね   冬山で 枯れても残る 松ぼっくり   枯れ松に 松ぼっくりが たわわなり   冬山の 耐えて登るは 山頂の 絶景見たさ 達成感      木もれ日に    暖とりながら スケッチする 息子の横で 歌を詠む    息子は寒さも気にならないようで、楽しそうに描いています。私は枯れた松にびっしりと 松ぼっくりが残っていることに、とても興味を覚え、じっとその松を見続けていました。 寒風に幹が大きく揺れても松ぼっくりは一つも落ちることなく枝についたままなのです。 死んでいないのか?他の松は緑の葉を付け凛々しく立っているのに、この松は葉が全て落ち 緑色がまったく無くなっています。でも、松ぼっくりだけはたわわに付いているのです。 死んでいないのか?見かけではなく、根がはって養分をちゃんと吸収して葉は落ちても、 幹本体は生き続けているのか?木々に詳しい分けでもないので、素人の想像です。 春になるとこの枯れた松にも緑の葉が戻り、青々とした精気を漂わせるのか? 春になったらまた来て、この枯れた松を見たくなりました。 俳句も短歌も出尽くして、ただ「ぼー」と枯れた松を見ながら、時たま振り返り息子の絵 の進みぐわいを確認して「まだだよな」と思い、前方の山並を眺めて、また松を眺める。 この繰り返しをしていました。「この右下の景色を書けば、出来上がりだね」と話しかけ ながら終わるのを待ち続けます。私は根気がいいのです。息子が「いいよ」というまで 催促はしませんでした。「終わったよ!」と言って道具を片付け出したので、腰を上げ 彼の元へ歩み寄り、絵を見ます。印象派ぽい山の景色に出来上がっていました。息子が 時計を見ると、ちょうど1時間ほど立っていました。 「1時間も描いていたんだ?そんなに経っているなんて思わなかった」 私も時間を言われ、始めて気付きました。この寒い中、よくもまあ1時間もいたもんだ。 心の中で思いましたが、口には出しませんでした。私もそんなに経っているのを忘れて いたのです。下りは早く、乗鞍を思い出したのか息子が「乗鞍の方がきつかったね」 といい「そうだね、高さが違うよ」私が答えます。 「でも、絵が描けたから良かったね」「うん、お父さんも俳句が出来て、良かったね」 二人話しながら下っていきます。 14時55分無事駐車場に着き、今回の山歩きも終わりました。次ぎはボーイスカウトの 昇進に関係なく、このような自然の中での親子のふれあいを大切にしたいものです。 (おわり)
加藤憲一君の写真と焼きもの展が始まりました。彼について何と書けばいいのか、 常識では計れない尺度で語らなくてはいけません。多治見から内の店まで5時間かけて 自転車で来られる方です。しかも、バス停で落ちているパンやおにぎりを拾って食べながら 来られたそうです。搬入が遅くなり、夜は内の店で寝袋にくるまって寝られました。 何がそうさせるのか?不思議な人です。いまも搬入をされています。丸一日以上かけて 展示をされています。計算では計れない何かがそうさせるのです。(1.6)
 さあ、いつもの毎日の繰り返しが始まりました。日々新しく生まれた気分で新鮮に生き て行きたいと思います。多少風邪ぎみなので気を付けたいと思います。  加藤君が一泊二日で搬入を終えられ、昨日の夕方出て行かれました。時間がある人の感覚 は忙しくて時間が無い私にとっては理解を越えて、腹立たしくなるところがあります。 汗して労働することの苦労と喜びを知らない人への差別意識というか、怒りみたいな感覚を 覚えます。加藤君にも最後の方では腹立たしくなっていました。もっと、てきぱきとしろよ! 時間を考えて行動しろよ!人の迷惑を考えろ!俺は忙しいだ、俺の時間を取るな! そんなにタバコを吸うな、俺は嫌いなんだ!こんな思いがふつふつと起こってしまいました。 口には出しませんでしたが、態度で分かったのではないかと思います。 夕方追い出すようにして徳林寺へ向かわせました。今思えば少し反省です。でも、彼の タバコのせいで喉が痛くなったのは事実です。体が資本の私は休みたくても休めないのです。 彼のように働いて無く、寝たいときに寝れる人とは違います。差別ではなく、彼の無いもの を私は持ち、私の無いものを彼が持っているのです。争うのではなく、認め合うことが大切 なのです。反省です。(1.7)
昨日は始めての「ガンガー聖書勉強会」をすることが出来ました。二名参加者がいまして、 私を含めて三名でした。一時間半ほど話が出来、私としては大満足でした。 新約のマルコ伝を読むことになり、一章八節まで勉強しました。二人ともほとんど読んだ ことがなく、私が話し、二人が質問をする形になりました。来週までいろいろな本を読み 聖書も読み、私なりに勉強しなくてはいけません。今年の目標の一つです。もう一人友人が 参加したいと言ってくれたのですが、時間が取れなくて来られませんでした。この書き込み を読まれている方で、時間と興味の有る方はガンガーまでご連絡下さい。ほとんど宣伝を していませし、これからもそんなに宣伝をするつもりはありません。お互いの意見の交換 がなされるような会にしたいので、人が多すぎると相互理解が出来にくくなります。 5〜6人ぐらいまでがいいのではないかと思っています。  加藤君のタバコの煙がやはり効いたのだと思われます。風邪をいったん引き込むと 回復するのに多少時間が掛かります。風邪と相談しながら?体をいたわり?ながら 働いています。毎日が仕事なので休めません。禁煙の店にしたいのですが、客商売なので そういうわけにもいきません。後は風邪が出ていくのを根気よく待つだけです。(1.8)
 驚くべき?回復力で風邪を追っ払いました。もう大丈夫です。生かされていることを つくづく思い知らされます。生かされて有るところの幸せを感じないわけにはいきません。 感謝です。使命というものがあるのなら、神を信じることで何かを成さない分けにはいきません。 書くことでこの思いを伝えられればと思います。かしこまるのではなく、ありのままを 生き、その中で生かされている喜びのようなものを表現できないかと思っています。 風邪一つ克服したぐらいで大げさなことですが、違うのです。風邪を通して、休めない私は 家族しか知らない、多くのことをこなしているのです。それらを休むことなくこつこつ とこなしているのです。さらに家族も知らないかもしれないことをこつこつこなしている のです。そう神しか知らないことかもしれません。 こんな書き込みをしていたら、神様から「自己満足している場合か!こら!のほほんと 自慢話をしてどうなるのだ。やるべきことをちゃんとやれ!」と言われそうです。(1.10)
息子の身長が妻よりも高くなりました。次ぎは私の番です。私はおふくろに似たので、 背が低く、おやじを越えることなく、おやじに死なれた記憶があります。あと一年ちょっと でおやじの死んだ歳に私もなります。それまでには私も息子に追い越されると思います。 妻の背を 越えた息子 たくましく 次ぎは私と 亡き父思う (1.13)
 今朝、家の敷地内で猫が死んでいました。寝ているように安らかな死に顔です。 日当たりの良い、花が咲いている植木鉢の下で、寝るようにして息絶えていました。 市役所に電話して、引き取りにきてもらうことにしました。「ダンボールに入れて道路際に 置いて下さい」とのことですので、玉葱の段ボールに入れようとしたら大きくて入らない ので、斜めに傾けていれました。すると顔の右下のところがすこし血で濡れていました。 あとはどこも外傷がないのです。老衰なのか、車に跳ねられたのか?素人には分かりません。 近所の飼い猫なのでしょうか?大きな薄茶の美しい猫です。 本当に安らかな死似顔なので、多少こちらも心落ち着いて対処できました。これが こわい顔で死んでいたら、こちらもちょと嫌な気分になります。 私の父が亡くなった日の朝、裏の自転車置き場で黒猫が死んでいるのを私が見つけたことを 思い出します。猫さん猫さん安らかに天国へお行き下さい。アーメン。(1.14)
  「ガンガー聖書勉強会・マルコ伝」 第一回は聖書の成り立ち、新約の説明など概観を話し、新約で一番最初に書かれた 「マルコによる福音書」を勉強することにしました。一節から八節までを勉強しました。 単刀直入に語るマルコの語りは必要最小限、無くてはいけないとことだけが 書かれているので、分かりやすいと思いました。 無駄な枝を落し、必要なことをまず伝えているのです。イエスの生い立ちも抜けています。 ヨハネの悔い改めのバプテスマからすぐに始まっています。 エッセネ派のヨハネがイエスの道を整える役目を果たすのです。(1.8) 第二回 九節から十一節でイエスが伝道に目覚める過程が書かれています。 ヨルダン川でヨハネからバプテスマを受け、聖霊が下り自覚するイエスです。 十二節から荒野での誘惑がありますが、サタンの誘いを全て拒否して、改めて自分の人生の 目的を自覚されたのだと思います。荒野での誘惑なくして、神と一対一で面する ことができなかったのだと思います。誘惑を克服して、始めて自分の使命を確認 できたのだと思います。私たちの人生も同じです。 荒野での四十日は人の人生を表わしているような気がします。サタンが誘惑するのです。 人生に於いて「そんな無力で神の子なのか、お前は神の子じゃないよ。ただの能無しさ!」 と現実の無力さに絶望させられ、いつしか神の子であることを忘れ、さらに神の子である ことさえも否定するようになるのです。これがサタンの罠なのです。失望することによって 神を見失うようにしむけるのです。 「幼子のような素直な心を持ちなさい」とイエスはよく言います。純粋になることの難しさ を改めて考えさせられます。「悔い改め」は自分の力では出来ないことなのかもしれません。 挫折、苦難、困難などに完全に負けるときサタンは喜び、それらの苦しみの中で幼子の ような「純真」になれたとき、サタンは退き、神が見えるようになるのかもしれません。 これが「悔い改め」です。イエスの荒野での試練はこれだったのだと思います。 イエスの場合は悔い改めではなく「使命」を感じたのだと思います。これらは体験なのです。 荒野という人生での体験がその人を「神の子」にもすれば、サタンの罠にはまった「迷える 子羊」にもするのです。サタンの誘惑は日々あります。これに打ち勝つ手だては常に神と 一対一で面することです。日々の「祈り」がこれらを可能にさせるのだと思います。 「祈り」は神様との会話です。日々の思いを神に伝え、信じるところの「思い」を語る。 神様はこれらの祈りを聞かれているのです。神を神として信じ、神に向かう。これが聖書 の云わんとするところの本質なのです。(1.15) 
 聖書関係のことしか頭の中になく、連載書き物が全然進んでいません。 「なにわともあれ村のアシカレ」が ここ二ヶ月以上、書き込みが止まった状態です。 少しは書いていますが、創作意欲がわかないのです。三月分が無くなってしまいました。 さてどうしたものか?一時休憩を取らせてもらい、聖書関連の書き物ならば書けるのですが、 同人誌には似つかわしくないかもしれません。でも、いま私の興味の対象は信仰 (キリスト教)にあり、他のことは余り興味がないのです。さてどうしたものか? でも書かなくてはいけません。今年の目標の一つに「児童文学として、より良い作品を書く」 をかかげました。自分に甘えるのではなく、目標に向かってひた向きさを発揮しなくては いけません。神に感謝しながら、祈る気持ちで書くことが出来たらいいのですが。  加藤君の新聞記事(アフガン難民写真展・中日新聞)がいろいろな広がりを見せています。 来週はテレビの取材があり、今日は三重県の病院から展示していただけないかとの問い合わ せがありました。さてこれからどのような展開があるのやら?(1.16)
 いま行なっているアフガン写真展の加藤君がアフガンでお金が無くなり、知り合いに なったアフガン難民からお金(400円ほど)を恵んでもらって、そのお金で一週間食い つなぐことができ、無事日本に帰ることができたそうです。難民からお金を頂くなど けしからん日本人だと決め付けるのが普通です。私もそのように思っていました。でも、 加藤君と親しくなると「そうじゃあないんだ」と思えるようになりました。 難民と同じレベルで生活をしてきた彼だから難民からお金を恵んでもらえたのではないか と思えるのです。多治見から壊れそうな自転車(変速機無しの)で3時間以上かけて 来られる彼をみていたら、物が豊富な日本にあって物にこだわらず自分の生き方を大切に している質素な生活は貴重な存在かもしれません。難民からお金を恵んでもらえる日本人 が彼以外にいますか?私の知る限りでは彼だけです。上から見下ろした見聞ではなく、 彼等難民と同じレベルで考え、行動できたからこその貴重な体験だと思います。 物を乞うことの意味を仏教的に考えてみると、物を施す人よりも、 その施された物を頂く(乞う)人の方が本当は徳があるのです。 貴方のために私は乞うてあげますよ。あなたが救われるために私が乞うてあげるのです。 インドの乞食はプライドがあります。それは「あなたを救うために私が乞うてあげますよ」 といったことが根本にあるからです。日本で言うところの「乞食」とは違います。 加藤君はそこまで深い考えがあったとは思われませんが、結果は同じ様なことです。 日本人も難民も同じなのです。物の豊かさではなく、心の豊かさが問われているのだ思い ます。いまの日本のように物が有り余ると心が疎かになります。加藤君はそのことを 無意識のうちに体験で理解していたのだと思います。 彼は物が無いことがさほど苦にならない貴重な日本人なのかもしれません。
矢内原忠雄・著「イエス伝」(マルコ伝による。角川選書)を読んでいて思うこと。 資料の説明、解説では参考になるのですが、聖書の云わんとするところの解説となると おやっ?と思う箇所がしだいに目につくようになりました。偉大な先人に対して無名の 私が異論をとなえるのは甚だいかがなものかと思いますが、何でしょう? p102からの「奇蹟論」についての矢内原先生の話がいま一つピントがずれているような 気がするのです。以前私が書いた奇蹟についての短文の方が分かりやすく、スッキリする のですが、これは手前味噌なのでしょうか? 後日じゅっくり比較検討してみたいと思います。(1.18)
 昨日の加藤君についての書き込みは、少しほめすぎかもしれません。彼にも欠点があり そのことを書き出すと個人攻撃みたいになり、不特定多数の他人に読まれるのは良くない と思われます。欠点は誰にもあり、欠点を論じるよりも、長所を褒める方が その人のためになるような気がします。  昨日の矢内原忠雄の奇蹟論に納得いかない私です。民衆へのイエスの奇蹟はイエスが 伝道を始め、十字架にかかり復活するまでの短い期間だけのものだったのです。イエスが 十字架で死なれ、復活された後では個人の救いはすでに完成したのです。だから奇蹟は もう必要ないのです。イエスを信じて歩めば救いに預かり、そのことは十字架に掛かる前 に伝道でイエスが行なった癒しの奇蹟とおなじことなのです。目に見える形の奇蹟ではなく 目に見えないところにある神の国へのパスポートを頂ける奇蹟なのです。 目に見える「しるし」としての奇蹟はイエスの復活と共に消え、イエスがまた現われる (再臨)までの間は目に見えない「しるし」としての救いの時代なのかもしれません。 このような考えは私個人の独断なのでしょうか?矢内原忠雄先生はそのようなことは言わ れていませんし、他の無教会の先生方が言われたのも記憶していません。この私見は聖書 的にはどうなんでしょうか?間違っているのでしょうか・・・。イエスの荒野での四十日 の試練を私たちの人生に例えて考える発想も私の独断なのでしょうか?このような オリジナルな解釈をしても良いものかどうか?  イエスは四十日の荒野での試練によって神の子としての自覚に目覚め、伝道への道を 歩む覚悟をされたのだと思います。私たちの人生そのものが、このイエスの荒野の試練 (四十日)と同じなのです。神の子として目覚めることができるかどうかです。 その前に悔い改めのバプテスマを受けねばなりません。ヨハネの役をするのが伝道者なの です。そうです、主の道を整えるのは伝道者の役なのです。イエスにとってはヨハネであり 私にとっては渡辺先生なのかもしれません。そして、私も誰かの道を整える役を行なう かもしれません。それは貴方かもしれません。  聖書の中でいろいろなことが見えてきそうです。 見えたとしてそれがどうしたのかと問いたくもなりますが、伝えることです。私に見えた ことを他の人に伝えることです。それが信仰の証となるのです。(1.19)
いろいろと忙しくて書き込みが出来ません。加藤君が引き起こす出来事に突き合わされ、 いっしょになって楽しんでいます。「ポレポレ」という障害者のお好み焼き屋さんの件も 加藤君によって巻き込まれました。でも、思いも寄らずスーちゃんという以前(7〜8年前) 知り合った車椅子の青年?に再開することが出来ました。(1.21)
 昨晩は加藤君も加わり「ガンガー聖書勉強会」を四名で行なうことが出来ました。 「マルコ伝」一章九〜十三節までを勉強しました。 自分の意見をどこまで他の人に伝えられたか?下書きしておいた私の解説を読みながら 説明をしていきました。本多君や小野田君の質問、意見を聞きながら、話を深めていく ことが出来たような気がします。荒野での四十日の試練についての私の解説、あれで よかったのかという思いがのこりますが、あれはあれでいまの私の「思い」なのです。 荒野での四十日を我々の人生とみて話をしました。サタンの誘惑は常にあるのです。 イエスに対するヨハネ、私に対する渡辺先生、人から人への繋がりがあっての信仰なのだと 思います。イエスはちゃんとした人の手順を踏んで伝道への道を歩んでいかれたことが良く 分かり、イエス伝はそのことを率直に、真面目に書いていると思いました。 読む私たちも真剣に受け止めなくてはいけません。  加藤憲一君のテレビ放送(ccnet)が流れました。 アフガン難民写真展についてのインタビュー。実に彼の良さを引き出していました。 彼の淡々とした語りには気負いが無く自然な感じで良かったです。写真を通して戦争を 身近に少しでも感じることが出来れば彼の思いが伝わるのだと思います。(1.22)
 書きたいことは色々あるのですが、時間がありません。今日は色々な知り合いが来られ 話ていたら、こんな時間になってしまいました。 先日聖書勉強会に出席してくれた加藤憲一君が 「話を聞いていたら、背筋がピンと立ってきて思わず姿勢を正していました」 「良い話を聞かせていただきました」と言ってくれました。ありがたいことです。 「私には聖書知識はそんなにないけれど、体験があり、その体験を語ることが 私のできる唯一のことです」と答えました。語るべき体験があることに感謝します。 それは神を信じることができた歩みの体験です。後、太田さんが聖書勉強会に興味がお有り の様なので、何かの機会に参加していただけないかと思いは募ります。聖書勉強会の報告書 を作成しなくてはいけません。月始めに一ヵ月をまとめて雑誌にして配りたいと思います。 忙しさがさらに加速しそうです。出来ることと出来ないことをはっきりさせなくてはいけません。 (1.25)
 加藤君の企画で集い、語り、唄おう!が無事終わりました。 何と言えばいいのか? タバコをばかすか吸って、吸わない私を含め吸わない人の迷惑を考えられない、自分の出す タバコの煙による公害を考えられない人たちが地球について、戦争について、健康について 語る・・・。何か矛盾を感じました。(1.26)  
自分の時間を確保しなくてはいけません。創作時間が皆雑用で消えてしまいます。(1.27)
 昨日は聖書勉強会が長引き2時間半ほどになりました。私の信仰の証としては大変有意義 なのですが、参加者のお役に立っているのかどうか?「神、我と共にあり」を信じたいと 思います。梅ちゃんから素敵なプレゼントをいただきました。それと宿題も出されましたが これは挑戦してみないと何とも言えません。梅ちゃんの好意なので私としても最善を尽くし たいと思います。(1.30)

「ガンガー聖書勉強会」   毎週水曜日夜9〜10時  聖書をみんなで読んでその箇所を話し合う。 新約聖書「マルコによる福音書」を勉強しています。 途中からの参加も大歓迎です、始めての方でも心配なくお越しください。 参加希望者はガンガーまでご連絡下さい。   場所・インド料理ガンガー    日進市梅森町上松661ー6        (052)806ー5570
「思い」表紙へ戻る