2002年9,10月の詩
 
久しぶりです。長文もいいのですが、やはり
詩があっての長文のような気がします。基本は詩にあるべきかもしれません。
秋は意識的に詩を作るように心がけたいと思います。


「ネコ・タンポ」   ネコタンポ ネコタンポ 冬はこれです ネコタンポ 湯タンポじゃないよ ネコタンポ あったかくて ふわふわで ついてまわる ネコタンポ クロとブチどちらでも おすきな方をどうぞ   (使用上の注意) ときどきツメをたてることがあります。


「かわいい人よ」   かわいい人よ かわいい人よ 心のかわいい人よ 恋することはできないけれど そっと見つめていたい 野の花のように かわいい人よ   コスモスの花を見て 微笑み バラの花を見て 喜び さくらの花を見て かなしむような顔をして 「散る花の先に若葉の芽があるのね」 と言いそうな かわいい人よ   いつまでも いまのままの かわいい人でいてほしい 野の花のように

  「緑のドロップ」   誕生日にパステルを買ってほしいと言い出した 熱帯魚と言っていたのに・・・ 緑のドロップが目の前に置かれている 「さあ食べなさい、食べたら私のいうことを聴くのですよ」と女は言う 絵描きに成りたいと言い出した少年に 女は目の前に緑のドロップを置く 女の夢は少年とは別の所を見ていた 男は他人の評価を気にするような生活はしてほしくないと思っている 自分の道は自分で切り開いてほしい 道を切り開くために勉強があるのだとも思っている 可能性を広げるために学校の勉強があり 自分の将来は少年自身が決めること 男はドロップを置けない その代わりに何を置こうか迷っている 男には何もなかった 緑のドロップの苦さを知っているだけだった


絵本「つちのうえ」(ウメムラ・ヒロミ)を読んで   「コンコロリンのコンコロリン」     コンコロリンのコンコロリン つちの子がコンコロンリのコンコロリンと 生まれましたとさ 「ここはどこ?」 コンコロリンのコンコロリン 迷子のつちの子 こまってる コンコロリンのコンコロリン お日様てらして いじめてる コンコロリンのコンコロリン 雨がふって いじめてる コンコロリンのコンコロリン つちの子 じっとがまんの子 そのうち内から芽を出し        葉を出し        花を出し せっせ せっせと仲間をふやします コンコロリンのコンコロリン いつしかお日様も雨も みんな みんな仲間になって コンコロリンのコンコロリンと歌います みんないっしょに コンコロリンのコンコロリンと歌います  
花一輪 つぼみ残して 秋の空 枯れる寂しさ 我が内に涌く
 

「もう秋」   なにげなくコップの水を飲みながら 窓の外 行く車は 霊柩車 葬儀社のバス 黒色タクシーに喪服の客   静かに晴れわたった空   耳元に虫の音色 インド音楽に合わせるように かろやかに澄みきった音色   もう秋   窓の外 車はあわただしく 休むこともなく 通り抜けて行く 向かいは 背高あわだち草に紅葉した葉   晴れわたった空に 澄みきった虫の音色   もう秋   
「恩師ご夫妻」   八十余才恩師ご夫妻と同じ時 同じ喜びを共有できた嬉しさ   先に行く恩師ご夫妻 後を行く我   励まされ励ます お互いが共に響き合うは 生の喜び   お二人の映像を心に刻み また会う日を楽しみに   「また来なさい!」 「はい!また童話を持って来ます」   息子が幼稚園児だったのが いまは中学生 七年ぶりは長かった   これからの一年はもっと早く感じられることだろう 童話を作らなくては 共有の喜びのために
   
踏む足の 先も後も 我が人生     ひがん花 咲く花赤く 秋告げる   我歩く 朝の川辺を 鴨騒ぐ   朝露が 光り輝く 散歩道  
秋風と 共に泳ぐは 雲の群れ 夏の終わりを 楽しむように    
    2002年6月の詩      
      糞(ふん)の山 思い出残し つばめ立つ     
    「つばめなく」   つばめなく いつ巣立つと 告げることなく つばめなく 朝  初飛行 つばめなく まだ一人立ちできないと つばめなく いつ巣立つと 告げることなく つばめなく   明日の朝 まだいるだろうか?    
  2002年3〜5月の詩    
  詩は作るものではなく生まれるものだと 思っています。 生まれないときは作らない、これが私の方針です。 久しぶりにできましたので書き込みました。    
  「イチゴがり」  
イチゴ狩り イチゴ狩り
へびイチゴじゃないよ
あま〜い あま〜い 野イチゴだよ
天狗山
南しゃめん いっぱい なっている
野イチゴだよ
だれにも内緒の野イチゴ畑 
イチゴ狩り イチゴ狩り
へびイチゴじゃないよ
あま〜い あま〜い 野イチゴだよ
おかあさんがジャムにするまえに
おなかいっぱい食べちゃうよ
ぼくのホッペは野イチゴみたい
赤くかわいい野イチゴ小僧
きょうは
野イチゴ食べて
野イチゴ小僧になちゃうよ
でもね 
間違えてへびイチゴ
食べちゃあいけないよ
いけないよ
へび小僧にされちゃうよ
されちゃうよ
それから
天狗山から
天狗が飛んできて
あっという間に
天狗小僧にされちゃうよ
へびイチゴの鼻を持った
天狗小僧にされちゃうよ
されちゃうよ
 

 
 
鉄板卓球
 
鉄工所の原っぱに
父が作ってくれた鉄板卓球台一つ
近所の子供を集め鼻高々に自慢する
「おれは鉄板卓球台のチャンピョンだ!」
来る日も来る日も鉄板で練習する
父は黙って見ているだけ
子供の遊びはそんなもの
父が作ってくれた鉄板卓球台が世界のすべて
わたしだけの鉄板卓球
今日も心の中でピンポンはねる
わたしだけの思い出が
父の面影といっしょになってピンポンはねる
 
 

    まだ見ぬ友へ   何が大切か 静かに心の耳をそばだててください 聞こえる人には聞こえ そうでない人には永遠に聞こえない声があるのです 私からは何も語りません 私の存在がすでに何かを語りかけているのです だから私からは何も語りません 聞こえる人を待ちます その人には語らなくても そちらから問いかけてくれます あなたもそういう人であってもらいたいと思います   まだ見ぬ友へ    
        見えざる手に   つなげられしは   我と友   生きる糧にと   与えられにし          
      「人生の賭け」     私は賭けをした  人生の賭けだ! 神が「いる」か「いない」か 私は「いる」に賭けたつもりだ いなければ私の負けということになる いれば私の勝ちである 「いる」か「いない」かの判定はどうするのかって ふ・ふ・ふ、それは秘密さ 「いる」とかけた私にだけ分かる方法がある それは私がけっして口に出さないこと そして私の人生が終わるとき 私にだけその答が分かるのさ    
  「カラカラカラ」    換気扇がカラカラカラ音をたてながら回っている  掃除をしたとき ネジをきつく締めすぎたせいだと思いつつ そのままにしている 音もなく回るより カラカラカラ音をさせた方が生きている感じがして私は好きだ   静かな部屋に響くカラカラカラ音 部屋の呼吸  私の呼吸   カラカラカラと カラカラカラと 今日も元気に生きてるよと 規則正しくカラカラカラと 終わることなくカラカラカラと   お休みをするときまで カラカラカラ音は生き続ける    
    「アーメン」   疑っても疑っても 我が心の内に 残れるもの有り   その残れしものは 闇の中で薄き輝きを放ち 我が心をいざなう   「主よ、います。確かに我が心の内にいます」     疑っても疑っても 残れるもの有り   雨上がりの静寂の中 残れるものを感じられるひととき 今日のような日は幸せです いつもこのような日でありますように アーメン    
  「生(いのち)を呼び起こす」 (詩を生みだす「生」)   詩集を読んで下さった後の あなたの感想に私の心は共鳴 新たな「生」を呼び覚ます   青空のもと あなたはチャリンコけって 風の中 吹かれ吹かれ風の中 朝の出勤 汗をかき風の中   朝一番の「いのち」の目覚め 今日の「いのち」を呼び起こし チャリンコけって 風の中   心ゆさぶる感想に 私の心もいつしか チャリンコけって 風の中 新たな「生」を呼び起こす    
      「春の恋」   四月の風に誘われて ゆれる心に愛の花束 あなたの元へ届けたい 言葉の花束咲き乱れ 私の思い 春の恋   四月の風に誘われて ゆれる心に言葉の花束 あなたの元へ届けたい 言葉の花束 愛の花束 春の恋
  「ブルーのビー玉」   雨上がり 土の中からブルーのビー玉が顔を出す 忘れ去られたブルーのビー玉 土まみれのビー玉 朝日を浴びてキラッとブルーの光りを放ち 幼き時を思い出させる 忘れ去られた息子の遊び道具 ブルーのビー玉が生き返る  
    「おしゃべりな雨」   雨音が とん とん とん 心の窓を とん とん とん   「自分の事ばかり考えてはいけませんよ。 心の目を外に向けなさい」   とん とん とん   「あなたの心の窓に私たちがうつりますか?」   とん とん とん   桜の花が咲くころの雨はおしゃべりです あまりのおしゃべりに桜の花もあきれ顔 さっさと散って次の準備にかかります  
  2002年1月の詩   (ホームページの容量が少ないので絵の挿入はやめることにしました)  
    「寒かろうに」   足元が冷え冷えとします 外を見ると 雪・雪・雪   風に吹かれ雪は ふわふわと横歩き   か弱く流されていきます   「寒かろうに」   何故か寂しくなります
    「別れは出会いの始まり」   知り合いの画廊が店を閉める いままで読んでいた雑誌が廃止になる 不景気の波がひしひしと押し寄せてきます 目に映るものははかなく何時かは消え去るもの 目に映らない「思い」は個々の胸の内に残り 消え去ることはない 別れは新しい出会いの始まり 「さよなら」は一時的なもの またの出会いのための別れ いつかまた出会えることを信じ 「さよなら」は言わない 「ありがとう」と言いたい そして「また何時かお会いしましょう」   私がお客さん?   寒い夜は誰も来ない そんな夜は一人店で思いを巡らす。 ラジカセからは営業用のインド音楽ではなく お気に入りの讃美歌が流れている。 贅沢な気持ちで熱いお茶を飲む。 お客さんに出すための熱いお茶を私が一人で心地よく飲み干す。 極楽、極楽。 この恵まれた環境の代償をいつか返さなくてはいけない。 「これこれのお礼です」と代償を払えるように 心して極楽を堪能したいものです。 この詩もその代償の一つに数えられないものかと思いつつ、 熱いお茶をさらに飲む。 本当は私がお客さんなのかもしれません。
    以下2001年12月の詩
    メリー・クリスマス   あなたへの想いが雪のように 降り積もり 雪崩を起こしそう クリスマスの夜 あなたのその優しい一言で わたしの積もり積もった想いが 雪崩のようにあなたを襲う あなたは優しく私を抱きとめ 受け入れる あなたと私は一つになる 一つの想いで一つ この世の終わりが来ようとも 一つの想いで一つ メリー・クリスマス メリー・クリスマス あなたと一つになれた日 メリー・クリスマス     
         マリーン・ブルーとOnly girl      マリーン・ブルーに憧れて 南の島へ旅立つ 「一人で行くわよ」と 強がってみせた あの時の彼の瞳が寂しそう マリーン・ブルーを見ていたら 素直になれるわたしです   Please don’t say anything. Please don’t say anything. I’m only girl.  I’m only girl.    あなたの瞳で一人泳でいたい  I want to swim in your eyes.     I’m only girl. i’m only girl.   あなたの待つ町へ帰ります このマリーン・ブルーを持って帰ります  
        私が一番知っている   妻が風呂で 「体重増えたんじゃない?」と言う。 「そんなことないよ」気にもせず下腹を見ながら返事をする。 「お腹が出てきたわよ!私が一番知っているんだから」 息子がきょとんとした顔で聞いていた。 「ズボンもちゃんと入るし、バンドもきつくないよ!」 「そんなことないわよ、腹が出てきたわよ! 私が一番知っているんだから」 何度も言われ、しぶしぶ風呂上がりに体重計に乗る。 「え!そんな!60kgある!」 そんな馬鹿な!ここ20年間55〜57kgへんをうろうろ していたのに、そんな! 妻はやっぱりといった感じで「中年太りよ!」 「ダイエット!ダイエット!」と息子の喜んだような声が聞こえてくる。 「ダイエット」私の辞書には無かった言葉。 今度は息子に頼んで ダイエットのためにキャッチボールでもしましょうか。  
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