(V)7章 日本の貢献はあるのか

第二次大戦で米国に敗れてから経済復興を果たしたものの、超大国アメリカを常に気にするのはよいとして、将来の目標がぼやけているのは気になる。そして独立と言っても国の防衛をアメリカに依存せざるをえない矛盾が何時までも付きまとう。

この状況を根本的に変動させる事態(化石燃料の枯渇)が50100年後に生ずる。 それに日本がどの様に貢献出来るのかを過去に後進国として外国文明とどう対応してきたかと併せて考えてみたい。

7-1 明治維新前

645年中大兄皇子が蘇我氏を排除し天智・天武・持統三代は天皇親政で権威,軍事,政治の実権をもっていたが時移り天皇の位と権威は維持されても、政治,軍事は藤原氏,武士へと順次渡り1868年まで続いた。1868年天皇に軍事,政治の実権を戻した明治政府は実務を執行し富国強兵策をとり、外国侵略の危機を防いだ。それで成功したがその先暴走し1945年対米敗戦を迎えて天皇は象徴となり軍事,政治からは離れた。しかし今まで1500年天皇が一貫して最高の権威を保ってきたことは事実として残る。

古墳時代(300700年)から1800年まで日本は東アジアで中国,朝鮮半島とのみ交流し、主として儒学と発祥がインドの仏教を取り入れたがそれから新しい文明を創り出す事はなかった。自分の実情に合わせて取り入れ、特に儒学では易姓革命思想を廃棄し、孝より忠,家より帰属する社会組織を重視し孔孟思想に変革を加え、混乱を極めながらも天皇を権威とする考えを持続し社会を保ち倫理道徳の形成に成功し、次ぎにやって来たヨ−ロッパ勢力の侵入に対応出来た。

1800年ごろヨ−ロッパ諸国,アメリカ,ロシアは産業革命の成果で装備した軍事力で極東に進出、インド,東南アジアを植民地となし、清国にも手をだし香港,マカオを奪い日本も危険になった。その危機を回避すべく尊王攘夷で戦いを挑んで敗れ、実力の差を知り攘夷を捨て改革の必要を知った薩長を中心とした勢力が、天皇を中心としてヨ−ロッパ文明を取り入れ欧米に追いつこうとした。

このとき中国清,朝鮮は起動せず立ち遅れた。原因は日本の心の中心に天皇の存在があり直接でなくても倫理道徳形成の統一がしやすく、儒学も加えて力になった。中国の心にある儒教,道教は家を中心とするもので易姓革命を認めるものであり、社会としての倫理道徳に共通認識が生じなかった。朝鮮も同じことで共に国としての統一行動も生じなかった。

7-2日露戦争に勝利

1868年天皇を中心に欧米の文化を導入し富国強兵を目指し上より改革をすすめた。一般民衆も危機感を共有し進んで改革を受け入れた事もあり、強権政治の改革ではなく明治政府の行動も妥当なものが多かった。外国語教育にも特徴があり、旧制中学,高等・専門学校8年の外国語教育で殆どの者は文法を理解し、どんな文学,専門書でも内容を読んで理解できるが、日常会話は簡単なものでも不得手である。これは外のアジア諸国の学生と著しく異なる。明治政府の方針は留学生または輸入した書物により外国の文化,技術を書物から吸収し、更に訳して国内に広め文化を我がものにした。この方法が効率的で瞬く間に日本の近代化に成功した。勿論デメリットがあり外国との交流が会話で出来る外交官,商社マンに限られ、知識は得られるが交流と会話がないのでその知識に到るプロセスが理解できない。これは知識の本質が分らないという事で、更に進んで新しく展開する運びにはならず何時も受身になる。その欠陥はあらゆる面に影響し、常に外国の進展を見守り取り入れるばかりでギブアンドテ−クの作用が無かった。先方から見れば交際し甲斐の無い国で気心の知れない相手であった。日米開戦後外国の技術情報が絶えてから技術力の低下が目立ち、相手は状況に応じ性能を高めた方法と兵器を開発するのに当方は何時も同じやり方と兵器で対応し、原爆でとどめをさされた。

しかしこの方法で1905年には極東でロシアの侵略を食い止め、曲がりなりにも先進国の端くれに顔を出した。

7-3 明治日本の功績

明治日本は体制を一新し欧米の侵略を防いだのみならず、日露戦争によってロシアが旧満州と朝鮮半島を占領する事を許さなかった。中国,韓国,北朝鮮はこの事実を理解していない。勿論日本の安全のため戦はれ戦後日本の権益を確立した面もあるが、当時ロシアは満州に大軍を駐留させ朝鮮政府を抱き込んで日本と対峙していたので、日本が血を流して食い止めなかったら今日それらの地区はロシア領になっていただろう。またこの事件で欧米に征服されていたアジア諸国の目を覚まし、侵略戦争と非難も受ける大東亜戦争を経てビルマ,インド,インドネシア,マレ−シア,ベトナムと独立を果たした。

7-4 大正デモクラシ−から軍国化へ

先進国の仲間入りしたと言っても上辺だけで、交流を通じて自律的に新しいものを創造し外国に返す動きは全く無かった。民衆の自発的な行動も必要である。それは分っていても創造の力が人々の中から湧いてくるわけでもなく、彷徨し続けた。国内の治安経済に不安な面も生じ軍国化の恐れが生じた。

7-5 東アジア進攻と対米戦争

決め手のない彷徨の末明治時代富国強兵に努め日清,日露戦争に成功したことを思い出し、陸軍を中心として1915年に対支21ヶ条を要求し、生じた排日運動から19271928年の山東出兵,1931年の満州事変と中国大陸に進出する事が決定的になった。軍事力で勢力を拡大し安定を求める道を突き進み、支那事変として大陸に戦火を拡大し中国大陸で事は済まず日米開戦を引き起こし、総合力に劣る日本は完敗した。その後復興はしたが対米敗戦は日本史上最大の問題で経済大国になったからと言っても、問題が解決したわけではない。

1868年維新後全力をあげて欧米に追いつくべく努力し成功を収めたが、80年経っても完全に肩を並べるまで行ってない。第T部でもふれたようにその格差は長年月に作られた遺伝と環境の産物で、これを砕くには百年足らずでは不足である。大戦後復興を50年かけて成功させても前より小さいが同様の事が起こっている。

7-6 第二次大戦敗戦後の復興繁栄と挫折

1945年の敗戦で本州・北海道・四国・九州及びそれに関連した諸島に領土が限定され、一億の人口が生きてゆく方法は原料を輸入し加工した製品を輸出して、その利益で必要な原料や不足する食糧,エネルギ−を輸入して経済を成立させるより方法がない。それを可能にするため良い品質の製品を追求努力したのが功を奏し経済大国に上り詰めた。しかし日本ばかりが黒字を溜め込むので不具合となり内需振興を図ったが、目先の対策に終始して遂に1990年バブル崩壊を生じ対外的には依然黒字で経済が強固であっても、国内経済は不振を極め2004年に至りやっと回復の兆しが見えてきた。といっても後世に残す赤字は政府で700兆円、地方自治体で200兆円以上と計で年予算の10倍以上1000兆円に近い金額となり、利払い償還にも新しく国債を発行する状態で、どこかで食い止めないと破産する。しかし1990年に一度は米国に並ぶ経済大国になり今落ちぶれても尚かなりの力をたもっている。

思い起こせば1930年から1945年まで方法を誤ったにしろ経済・技術・法制あらゆる面を振興して極東,太平洋で勢力を広げ、米国の技術力に圧倒されながら戦った事による地力の向上と、戦後欧米の技術と合理性を取り入れ、体制向上を図ったことと、大戦で苦しんだ民間から合理化の流れが出てきたのが大きかった。

しかし問題が残り今尚アメリカの子分のような状態にすぎない。軍事面はさておいてもIT,分子生物学等現代を動かす分野は格下で総合的に差があり、アメリカの意向を考慮するのが現在の国益になっている。しかし何時かは対等または越える日を迎えるべく努力を続ける以上現在でもその未来を妨げる行為をしてはならない。状況は厳しく明治維新後140年経ったが尚相手はずっと前を走っている。世の状況が根本的に変動しない限り追い抜くことは殆ど不可能である。ロ−マは自ら衰退したが引導を渡したのはフン族の西進が起こしたゲルマン人の移動である。徳川幕府も内部から衰退したが、とどめをさしたのは産業革命で武装した欧米列強であり直接には薩長勢力が手をくだした。

7-7 20502100年に予想される世界の変動

4章(第V部)で扱った様に50100年後化石燃料が枯渇し、産業革命以後の化石燃料に裏づけされた科学技術進展で得た豊かな生活は消滅する。科学に問題があるわけではなく、それまでに得られた知識は資産である。問題はそれから生まれた技術が殆ど化石燃料によっていることである。

化石燃料に替わるエネルギ−で最も頼りになるのは太陽エネルギ−であり、主として太陽電池で電力に変換する事が主力になろう。ただしコストがかかり日常に普及し量的に安心できるまでに長い年月が必要になろう。

運搬出来る形にするには電力を水素または他の化学物質に変換し燃焼させるか、燃料電池として使うかで、石油,天然ガス,石炭とは相当異なってくる。容易に利用できた化石燃料と異なりコストがかかるので、エネルギ−効率の悪い高速運搬機関は敬遠され、宇宙開発などは中止され人間の豊かさとは何か人類の未来に何が必要か問われるであろう。太陽電池の発電システムの開発,社会組織の改変,国際間の取り決めの改変等に100200年を必要とすると考えられる。

この変動に対して過去に積み上げた科学知識は力を発揮するが、化石燃料と結びついた文明は逆に足を引っ張る。日本と米国を対比すれば科学知識については今日でも尚遅れをとるが、化石燃料に支えられた文明によるマイナスは少なく立場は平等と言え、日米のみならず世界の国々も等しく平等の立場に立っている。新しい世界の状況に最大の協力を行って人類の非常事態を回避し日本の国益を守ることが重要である。

この人類の平和と安全を保つことと日本の国益が一致することが大変重要である。昔からの事だが特に産業革命以後露骨なのは、国益を追求することは即他国の利益を損なう事にほかならず、それが正義の下に戦争が行われ敗者が常に不正かつ悪者であった。国連の常任理事国は常に自国の国益の為働き、二次大戦後も世界で戦争が絶えなかった。その原因は各国の国益と自国の国益の両立を全く考えず、優先的に自国の国益を追求するからである。

化石燃料枯渇した世界の変動に当たって、日本は各国の国益と世界の安全と平和が両立する状態を作ることに貢献できる。その時が大東亜戦争敗戦の処理を完全に終えた時である。

6万年前アフリカより世界に散った人類に限定しての話だが、生命の流れに沿った正義が実現する。

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