(W)3章 ヨーロッパ文明の限界

31 産業革命の限界

ヨーロッパ文明は人間性の追求と知の追求が分離していることに特徴がある。他地区の文明では分離が無かったので知の追求が発展しなかった。東アジア地区の日本中国を見れば明らかである。

ヨーロッパでは知の追求がキリスト教と別に進展し、ゲルマン人の拡大が知の世界で生じ1300年ごろからルネッサンスが起こり、1456年活版印刷が発明され14世紀以降の羅針盤の改良による大航海時代が15世紀より始まり、ヨーロッパの世界は広がった。知の拡大は更にコペルニクスが理論と実際の一致(理論の実証)から地動説を唱えた1543年頃から科学が形成され、1700年代から化石燃料の石炭が利用されイギリスで産業革命が始まった。乱暴に言えば科学とエネルギーを結びつけた産業革命はその後世界を急速に成長させ、イギリスを世界の帝国とし欧米とその他の地域の国力は天と地の差がついた。

18世紀のアジアはかろうじて植民地化を逃れた日本を除き欧米の支配下に入った。知の追求が人間性の追求と分離しているため、新天地を征服し自己の利益のため先住民を殺戮・酷使することに全くためらいがなかった。アメリカ人、スペイン人のインデアン・インカ・アステカに対する歴史を見れば明らかで、人間性の追求・キリスト教の倫理はどこ吹く風である。アメリカ人の黒人奴隷に対する扱いも同様である。

中国・日本などは分離がなく人間性追求が力を持ち、知の追求が欠けたのみならず人間性の追求にも客観性が失せチェックが入らず、人間の真実からも遠ざかった面が多々ある。今後反省と補正を重ねる必要がある。しかし欧米優位は21世紀初めの現在がピークで今後は次第に差がへってゆくであろう。

BRICsの成長と逆比例して化石燃料の供給量は低下するであろう。ロシアのように自国内に原油天然ガスを豊富に持ち供給者の立場の国もあるが、長期的には経済成長が自分の首を絞めることになるであろう。勿論ヨーロッパ・アメリカ・日本も達成している経済成長を下げざるを得なくなる。ヨーロッパの国で原子力を使用しない方針をとり風力・太陽光発電の比率の高い国もあり様々な経過を辿って100~200年後には風力・太陽光。地熱等自然エネルギーをたよりに生活する世界に落ち着く。

化石エネルギー保有国は現在有利な立場にあるが限定的だ。ロシアにしてもサウジアラビアにしても石油・ガスを買って貰わねば何の価値も無い。しかも年とともに埋蔵量は減少し50~100年もすれば無くなる。しかも化石燃料に依存する体制はそれが消滅した後楽してきたので適応するのが遅れる。

化石燃料発見の前に文明を推進したのは森林の木材をエネルギーとして使用することであった。その文明圏の森林を切りつくしたのでメソポタミア・インダス文明が消滅したと言はれる。イースター島の例は小さい島で起きた明白な事実である。森林の木も太陽エネルギーを変換したもので化石燃料石炭・石油・天然ガスと同じであるが、後者のほうが10倍長い年代蓄積したものであるので化石燃料の年あたり使用熱量が古代文明(森林の木での)の10倍なら古代文明と同じくらいの長さ続くが、年使用熱量が古代の10倍なら古代文明の10分の1しか続かない。化石燃料を大量に使い始めたのは第二次大戦後だがその使用量は古代文明の10倍より遥かに高い熱量使用密度ですすんでいるのではないか。

32 産業革命と軍事力の結合が自らを滅ぼす

1700年の産業革命から化石燃料をテコとして科学と結合した成長の流れは豊かさと新しい世界を求めて自由競争のエネルギーを発揮して2000年に至るまで成長に成長をかさねてきた。その間騒乱が相次ぎ国家間の利害対立による戦争は技術革新により残酷になり、1914年の第一次大戦では新技術兵器を伴う国民総力戦となり世界はその被害の大きさに驚き、中でも英仏は疲れ果て米国のウイルソンの提案した国際連盟にとびつき戦争の廃絶を指向しだした。

しかしフランスに対独遺恨の種がありドイツにたいする賠償やペナルティーの大きさがナチスの台頭を招き、ドイツとおなじく後発国でありアジアに於けるヨーロッパ・アメリカの支配体制を崩したい日本と結びつき第二次世界大戦が始まった。この間戦争技術の進歩は大きく航空機の進歩、レーダーの発見ときわめつきは原子爆弾の発明まであり、戦争の結果は敗者にとって悲惨なものとなった。その差は化石燃料保有量の差でもあった。

1945年第二次世界大戦終了後ソ連を中心とする共産圏と米英を中心とする自由主義グループとの冷戦が発生した。1930~1950年に大油田の発見が相次ぎ、産業革命の成果拡大と軍事力の強化が進み原子爆弾の開発も発明国米国(英国も共同していた)の情報がもれロシア(ソ連)、フランス、中国、インド、パキスタンなど所有し、広島に投下したものより大きい核弾頭が約3万発存在する。その恐れが平和をつなぎとめているとは心細い話である。ヨーロッパ文明は終末に至った。

33 国益と正義

産業革命と結びついた知の追求が進んだ結果、強大な軍事経済力を伴う争いが生じ人間性の追求はそれを覆う盾となり、偽善のヒューマニズムと化した。それが18世紀から現在までの欧米の関与する歴史であるが最近の事件で明らかにしてみよう。

アルカイダのテロ: 事の始まりは1979年米ソ冷戦時ソ連軍がアフガニスタンに侵攻し、傀儡政権を樹立し、ムジャヒディンによる反ソゲリラ戦が生じた。

又国外からイスラム義勇兵が入りサウジアラビア出身の富豪ビンラーディンもその一人で自己資金を使い兵員を訓練しアルカイダと呼ばれソ連と戦った。アメリカはムジャヒディンを援助し武器を支給した。ソ連軍は不利となり撤退した。アメリカはすぐ手を引き同時代に起こったイラクのクエート侵攻にたいし湾岸戦争を起こしイラクを攻撃、サウジアラビアに軍事基地を作った。イスラムの聖地に米軍がはいること・米国がイスラムパレスチナを迫害するイスラエルに肩入れすること・アフガニスタンにおける反ソ連戦で手のひらを返したような態度などがビンラーディンの怒りをかった。アフガニスタンはその後、ムジャヒディンが派閥争いで騒乱が収まらなかったが、イスラム神学生が主体となったタリバンがムジャヒディンの派閥北部同盟を圧倒し、厳しさには問題があったが治安は戻った。タリバンはビンラーディンに資金・アルカイダの支援を受けイスラムに忠実な点でも盟友関係にあった。

イスラムの聖地に米軍を入れたことに激怒したビンラーディンはアメリカにたいし911事件をおこした。タリバンがビンラーディンを渡さなかったのでアフガニスタンのテロ撲滅作戦が始まった。

イラン-イラク戦争: 第二次世界大戦後イランにはアングロイラニアン石油があり石油についてはイギリスが握っていたが1951年モサデグは国有化を実施した。その後アメリカが介入モサデグは追放されパーレビー国王が復権した。1979年ホメイニが国王を追放イスラム共和国を作った。その後イラクとの間に戦争が生じ、アメリカがイラクを援助し19801988年まで戦われイランは敗北した。その後増産で石油価格下落の原因を作ったクエートにイラクは侵入した。イラクの言い分はクエーとは元来自国領と主張した。これに対し米国を中心とする国連軍が湾岸戦争を行ったことは前に述べた。イラクにも問題があるが中東の国境線引きは第一次世界大戦後英仏が勝手に線引きしたものでこのような問題は起こって当然だ。原因は英仏にある。

テロの原因はヨーロッパ諸国の植民地である。アメリカの中東諸国に対する政策も同様である。フランスで起こったテロは旧植民地北アフリカ出身者により、イギリスでは旧植民地パキスタン出身者による差別と貧困が原因だ。

都合のよい使はれかたをして後で不要となったものが差別され職もなければテロが起こってもおかしくない。欧米の言うテロはよく見ると身から出たサビといえる。

国益とする対テロ作戦は長期的に見て正義とはとても言えない。核兵器の点でも矛盾のきわみがあるがここではとりあげない。

34 知の追求に限界は無い 

知とエネルギーが結合した産業革命には限界があるが、知の追求には限界がなく人間を救う手段としてヨーロッパを評価し受け継ぐことが大切である。人間性の追求が陥る過誤を防ぎ、この地球に生きる環境の真実をより明らかにして将来の安全を担保出来るからである。

 

 page.30.html  日本人の使命

 index.html   目次へ