(T)5章 我が国民を律する倫理の発見
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明治より敗戦まで
正義は生命の中にあり万人平等なものであるが、実際の社会を組織してトラブルを少なくするには日本人同士に共通して認められる倫理を作り上げなくてはならない。
徳川時代倫理としては主に武士対象に徳川を安定にする目的で儒学が採用され社会の枠を作った。之が絡み合って武士道なるものが成立している。しかし儒学を追求する一部から倒幕理論が生じたのは皮肉なことだ。
明治になってもその影響は強く残ったが、儒学を支えた幕府が無くなったことと、武士階級も無くなりヨーロッパの思想が流入し混乱が生じた。そこで明治23年,1890年教育勅語が公布され敗戦に至るまで日本の倫理の基本になった。要旨は天皇を絶対として忠節を尽くし父母に孝、兄弟仲良く夫婦相和し友は信じあい、国に危機あれば身を捨てて天皇の国を救う・・・・とゆうことである。
日本には仏教が在るものの日常を規律するような宗教ではないので倫理の機能をなさず教育勅語として上から徳目指示と相成ったのである。
上からの布告では真の力を発揮出来なかったのは第二次世界大戦で証明された。表と裏の使い分けが当然のことと成るからである。
この問題は現在最も重要なことになっている。間に合せの教育勅語もなく倫理の面では無法の時代である。
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欧米での先例
宗教のある外国でもその定着に長時間かかっている。イギリスを見ても1534年王の都合でローマ教皇から離れ王を首長とするイギリス国教会を作った。内容はカトリックと似た様なものだがローマ教皇の支配を受けない点外のカトリック教国と異なる。それとは別に司祭を通して神、キリストに触れるのでなく聖書に直接触れて神に導かれると主張する新教徒ピューリタンの一部がイギリスを離れオランダに移住、更に1620年メイフラワー号にてアメリカに移住、信仰の自由アメリカの発祥となった。
一方イギリスに残ったピューリタンは1642年地上に天国建設を夢見て革命を起こし1660年まで徹底した聖書による共和政治を行った。あまりの厳しさに英国国教にもどったが、この短い時代がイギリスの底力を高める効果があった。
アメリカではその後流れは着実に進み1775〜1783年の独立戦争を経てアメリカが成立した。アメリカは信仰自由の国であるがキリスト教それも新教プロテスタントが作った国である。イギリスもアメリカも差
はあるものの宗教が人々の日常生活を強く支配し善悪はそれから判断される。
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現在何をすべきか
我国に話を戻そう。宗教は無いといっても象徴天皇を持ち維新―世界大戦に敗戦―復興―バブル崩壊―不況 この間130年日本人は苦しみを共にして来ている。今後不況を克服し世界に責務を果たし得る国になるまでに互いに苦労し、話し合う間に最も合理的で公正なルールを作る事が出来ると思う。
ここで非常に重要なことを考えなくてはならない。1500年以上昔から日本社会の権力者は何度も変わりそこで成立したルールは其の都度変化してきた。しかし権力の少ない天皇があっても切れ目無く続いたとゆうことは忘れてはならない。それには二つの特徴がある。一つは天皇を遥かに上回る権力を有する勢力が出ても天皇に代わるとゆう者はなかったことと、もう一つは日本が亡国の危機にさらされた幕末と太平洋戦争末期政治的権力を持たなかった天皇が日本を救う原動力となった事である。
歴史的には「天皇が直接統治した時代」「藤原摂関」「明治前の武家政治」「明治より敗戦に至るまでの天皇絶対であるのに政治の実権を持たず官吏軍人が実務を遂行した時代」「戦後の象徴天皇」とそれらの間にかなりの差異がありながら1500年を貫いて侵すべからざる権威が存在したのが事実で、それが我が国を安全に存続させて来た原因である。古代の一時期を除いては天皇に政治権力は失はれていたが影響力は全く変はらず戦後象徴となってからの方が影響力はずっと大きい。
皇室は政治問題と距離を置いた方が良く、常に結びつけて考えると特定の利益に悪用されかねない。事実戦前天皇の名を持ち出し自己の主張権利を通され亡国の危機にさらされた経験がある。
象徴天皇という言葉は戦後作られたものであるが、1500年前より一貫したものが流れ不要なものが除かれより本質的なものに成ったと考えられる。
この環境で具体的な倫理を作り上げるのが現在の日本人の責務である。永遠に流れる生命に基いた平等で普遍的なものでなくてはならない。また一部の人によってではなく国民全体が関わることが大切だ。
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