近況:1999.6.30
石けんの授業と県教育委員会交渉
今日は6年生の家庭科の授業を「合成洗剤と石け」のテーマでやってみた。
リサという中日新聞の別紙エコロジー誌の記者が取材したいというので来ても
らった。合成洗剤と石けん水の溶液で、つまみ菜の種を発芽させた。しかし、
合成洗剤のシャーレは一向に発芽しない。水と石けん水は同じくらいの発芽率
である。「目安になる使用量」というのも、1リットルで1.5 ミリリットルと
いうような低濃度であることを確認する。こうしていくと、やはり石鹸の方が
いいに決まっているのだ。校長と「石鹸を皆で使おう!というのはイデオロギ
ー教育だと思うか?」と聞くと答えに窮している。「判断は子どもがする」と
いうのだが、ボクはそう言うのは逃げではないか?と思う。
伊勢湾の藤前干潟だって、ごみ処分場にしようとしていた名古屋市はそれを
最近断念したのだが、以前、ボクは藤前をまもるのが正しい行為ではないか?
というと、当時の校長はそれはイデオロギーの押し付けだ!といった。今では
名古屋は環境保護政策として「藤前をまもった」ナドと言っている。ばあろー
結局、環境教育もみんな面倒なことは避けて通るのである。偏狭なエコロジ
ーもたまらないが、こういう御都合主義もみっともない。
その日の午後、愛知県教育委員会との緊急交渉を県庁で行った。官僚的答弁
はたまらないが、今回は成果がそれなりにあった。耐震工事で、作業環境が悪
化するのに、対策を練らなかった県当局に対し、厳重な抗議と改善要求をして
いたのだが、ほぼ要求がみたされることになった。若干疲れた。しかし、全日
の夜中に作っておいたカレーがとても美味しかった。連れ合いも、息子も美味
しいと言ってくれたのでうれしかった。
『お・は』4号の編集後記を書き終えてホッとしている。
大阪の朝日新聞に7月2日から「しつけ」の連載が始まるそうだ。少し、いんた
びゅーを受けた。まあ、学校でもしつけをやらざるを得ないのに、家庭にどうこう
言って文句言ってしょうがない…という感じでしゃべった。子どもは、性善説でも
性悪説でもない。目の前のガキたちとそれなりにつき合うしかない。笑顔ばっかり
ですむことばかりでない!という単純な話をした。どうなることやら。以上
1999.6.30