第一回東北神業(4)
(9月25日)
それにしても今朝は凄い雪です。
愛知県育ちで南信州の伊那市で学生時代を過ごした私には経験のない雪降りです。
8時20分に弘前大学女子寮に着いてみると、
寮であるビルの玄関エントランスで女の子が一生懸命に、積もった雪を竹箒で掃いている。
変な3人組をチラッと不気味なものでも見るよう表情に、
あわてて学生の親であることを告げ「大変な雪で毎日大変でしょう」とつくろうと、
あっさり「慣れてますから」とあしらわれた。
朝飯なんか食べようと車でコーヒーも飲もうと25分の
弘前駅前のミスタードーナッツでマフィンをスプーンでほじくりながら食べていたら、
みいちゃんに外側の紙を外して食べるのだと教えられた。
ひえ〜、10年間知らずにほじくって食べてた。
それでなんでいつもマフィンにはスプーンでなくフォークが付いているのか、やっと理解できました。
これを知っただけでも、東北に来た甲斐があるというもんだ。
「お父さん、今日はどこへ行く予定なの」と娘。
「うん、出来たら竜飛岬までいきたいんだ」
「死ぬよ」
なにを大袈裟なと思いましたが、これが本当のことだったと知るのはすぐこの後のこと。
9時45分に娘を寮まで送り届けると、
当面の目標である「亀ヶ岡縄文遺跡」を目指すことにしました。
この直後から視界3メートルの猛吹雪となり、
信号機も道路標識もまったく見えません。
とにかく突然目の前の現れる車に追突することだけは避けようと、目をこらします。
車に方位計をサービスで着けさせていましたので、
みいちゃんにひたすら地図と方位を監視してもらいつつ、ここ左折してみようか、
このまま行けば「五所ヶ原」方面に向かうことは間違いなさそうよ、
など緊迫の会話をしつつ全員固まった状態です。
1時間ほど超ノロノロ運転を続けていると、
やっと薄日が射すほどの小雪になってくれました。
そこでここが見渡す限りの田んぼの中であることがわかりました。
みいちゃんの地図の判読能力はたいしたもので、女にしておくのはもったいない。
この道を直進すると3本先の道を右折しようとか的確にナビをしてくれます。
「田原のおっさん」は神業中は「神あわせ」に集中しますから役に立ちません。
空は晴れたのですが、猛烈な風が襲ってきます。
ハンドルを激しく取られ、地面に積もった雪が舞い上がり視界を妨げます。
そっかあ、これが地吹雪なんだ、すっげえなあ。
車は津軽半島に入っており、見渡す限りの畑は風をさえぎるものもない。
まさに津軽は地吹雪の中にあった。
陸奥森田駅まで行くと「亀ヶ岡遺跡」の案内掲示板が見える。
突然細い道に誘導されると、こんもりした林に入り込む。
明らかに「結界」が構築されていることを感じる。
みいちゃんが波動を受けてダウンする。
11時52分、木造町縄文館に到着するとみいちゃん、がんばって入るという。
(みいちゃん)
チェリーちらちらする。遮光土器の目、チェリーにそっくり
島さんの手帳にこう記載さているが、チェリーというのは最近みいちゃんにちょくちょくつきまとい、
嫌がらせをする「彼ら」の手下みたいな存在のことです。
遮光土器とは縄文古代遺跡から発掘される埴輪のような土偶のことで、
特にここ亀ヶ岡遺跡から出土した遮光土器は有名です。
目がかえるのお化けみたいに大きくて、まるで宇宙人のような雰囲気を持っていますから、
これは古代人の宇宙服ではないのかという説をとなえるひともいる。
「かむなから」的解釈でいうと、ねずみもち古墳での「赤べこ」のように
過去に地球に襲来した「彼ら」の個劇実働部隊の一員と考えられます。
とにかく今回の東北神業では今まで明かされなかった「彼ら」が
次々と姿を見せ始めたというシリーズととらえてよさそうです。
そして「彼ら」の居城が「恐山」であることも宣告された、ということを忘れてはならない。
ここで近くに「アラハバキ神社」があることを知り、そこに行くようにとの通信が入る。
やっと隠されていた本命が出現だと緊張が走る。
案内板なんかもなく、ただ地図を頼りに細い進入路を見つけた。
車がやっと通れるような細道を行くと、隠れるようにアラハバキ神社はあった。
雪に埋もれたお宮はお堂になっており、小さな階段の上にある。
みいちゃんさっそく被害を受け、うずくまる。
お堂の戸が開くことを確認している島さんに指示され、
若槻さんとみちゃんを抱え込み、まるで荷物を投げ込むようにお堂の中にいれます。
つっぷしたままのみいちゃんの周りにこびりついていた
氷のような雪が飛び散ります。
凍てつくような空気のお堂は今まで見たこともないような飾りつけがしてあります。
左右には布団をまるめたような棒状の赤い筒袋がつるされており、
そのいっぽんいっぽんにおおきな鈴が無数に縫い付けてあります。
なんだ、この神社は。
みいちゃんの左手がゆっくり動き出しました。
あまりの凄さに呆然としている島さんに、なんか書きたいと言ってるよ。
不思議なことにめっくたカレンダーが捨ててあります。
ひっくり返して裏が白紙であることを確認して、ペンをもたせます。
「自動書記」の始まりです。
私もさあ何を言ってくるのだと、目を凝らします。
自動書記 『右脳と青い血交換、神と交信するのが右脳と知らず与えてしまった』
Z 「あなたは?」
『アラハバキ』
『“彼ら” 火の車にのってやって来た。
絶滅を避けるには交換が条件(だった)。
左を渡すべきだった。』
長い現場神業ですが、これほどの内容のものは初めてです。
今までの常識をひっくり返させられる、新事実なのです。
この自動書記のくわしい解説をすれば、それだけで1冊の本が書けるでしょう。
ダビンチが描いたキリストに捧げる人を描いた絵の捧げものは「右脳」であると
霊感のある女性がネットに書いていたことを思い出します。
なにゆえにキリストは「右脳」を「いけにえ」として受け取ろうとするのか。
恐ろしくてここではこれ以上書けません。
「青い血交換」
私たちは「赤い血」を持っています。しかしそれは見せかけの赤色で、
霊的資質として実際には「青い血」だったのです。
縄文以降の人間は冷血動物の「青い血」であっとわかってみると、
現代の人間の持っている冷酷さもなんとなく腑に落ちます。
しかしこれが明かされた以上は、神様は人間を元の「赤い血」に戻そうという決意
をしたということを知っておかねばならない。
そうでないとこれからの神業スケジュールを読み間違うことになりかねない。
さて、神は何時、どんな形で、誰に「血のたてなおし」をさせるのか、大いに期待したい。
「縄文時代」
三内丸山遺跡のところで縄文時代というものの解説を試みたが、
これとてアラハバキさんは木っ端微塵に打ち砕いてしまった。
古事記を正当な書だとする学者は、外津軽三郡史などの古文書を「偽書」として
切り捨てようとしている。
しかしアラハバキさんは確かに実在したことを述べ、
「彼ら」の襲撃にあうまでは神と人間が直接交流していたことを告げた。
あまつさえ「かむなら」の認識おいて、仏教伝来の後天系と地系が争って人間を巻き込んだとされているが、
それよりはるか前、縄文時代には人間は「彼ら」の策動により争いに、争いに巻き込まれていたことが判明した。
そして縄文時代以前にはすでに高度な文化があったであろうことは、容易に想像できる。
歴史観を変えなくてはならないようだ。
神との意思交換はアラハバキまではあった。
世乃元之神の存在に気が付かず、神の声が聞こえなくなったのは、
通信装置である「右脳」をとられてしまったからだ。
左脳は「霊」の声だけは通信できる。
霊能力者は自分に聞こえるものが「われは神である」といえば信じます。
だから霊能力者を悪く言おうというのではありません。
霊の懸命な声は聞いてあげなければいけません。
アラハバキ神社での自動書記は、膨大な秘められた「神霊史」をいよいよ公知された。
私としても天地のひっくり返るほどの爆弾祭事だあった。
ゆえにこの第一回東北神業を「サザンクロス交響曲」に掲載したのです。
ここまで読んできてくださった方にも、なにか感じていただけるでしょう。
これからの下の部分の解説だけは「2011年4月5日」に書いています。
アラハバキさん出現は「かむなから」に、「右脳の奪還」と「青い血のたてかえ」
をして下さいという正式要請を意味していた。
だがそんなこととは露知らず、神様に命じられるままに「南米」「イスラエル」
「第二東北神業」「第三回東北神業」と次々と神業をこなしていくことになります。
はっきり言って、「騙されてるんじゃないのか」と思うほど、終わりがないのです。
が、なんと終わりは突然に何の予告もなしに、地球上のどこかでやってきました。
「かむなから」の旅の終着点は
「ミロクの世実現」
でした。
詳しいことは「かむなからの正式発表」を待ちたいと思いますが
2011年3月21日は永遠に忘れてはならない日となりました。
そしてその前日3月20日に、広島原爆の爆心地において
「青い血のたてかえ」は戸田の透析を使って施行する。
戸田は人類を代表して「血のたてかえ」のために透析を受けているという想念で透析を受けよ」
なんたること、私は「彼ら」の亀岡縄文遺跡部隊により牢獄封鎖されていた
アラハバキさんを救出した瞬間に、とっつかまっていたのだ。
こんなべらぼうな話はあるものか。
思えば不思議なことが起きていた。
3月19日の夜中、午前1時になっても目がさえて寝られない。
あれ、確か今夜は「スーパームーン」だったことを思い出した。
3月19日、地球と月が18年間で最も近づく夜で、見たこともないような
大きさと明るさの月が見られるとのこと。
いかん、お月様が呼んでいる。
ナースステーションに行って「あのう、月が読んでいるんですけど駐車場から眺めてきていいですか」
二人の看護婦さん、顔色が代わる。
あわてて今日の月のことを説明し、天文学に興味があるので外で見たい
ということを話しして、決して精神異常ではないことをわかってもらった。
なるほど、すごかった。
月に2礼3拍手してご挨拶をし、ヒカリに身を任せて突っ立っていた。
守衛さんが心配して寄ってくる。今夜の月を説明すると、空を見上げ、「え〜」と声を上げる。
一体お月さん、なにやっとるんだ。
このときはすでに3月20日で、満月とされている。
19日、20日と、月の大神様が何かをしている。
月20日の「スーパームーン満月の日」を迎えるために、腎臓病になり、
急激に悪化。あれよあれよという間に透析をされてしまったというのか。
看護婦さんも驚く、透析実施までに最短時間でことが進んだのは
神さん、あんたらが仕組んでたのか。
あきれてものも言えない「しんやおじさん」なのでありました。
13:30 五所ヶ原→R101→浪岡IC(14:20)→津軽SA(14:40)→出発(15:13)→R7大館へ→ 大館(16:14)→R103で十和田へ→R282
ここまでの「彼ら」の情け容赦ない攻撃の凄さを目の当たりにした私に
言いようのない恐怖感が襲ってきました。
「必ず負ける」
もう一目散です。
飯も食わずにひたすら東北道をひた走ります。逃げて逃げて逃げまくりです。
福島県という道路標識を通り過ぎると、「彼ら」のバリアーから出たと感じます。
みいちゃんも回復して、今夜の温泉探しです。
「志和稲荷温泉」ってのがあるよ。
島さんすかさず「稲荷?やだね」
よっぽど初期の神開きで、こっぴどく稲荷さんにやられたな?
「島さん、もうそんな時代じゃあないでしょ。行きましょうよ」
しぶしぶ島さん、「そこしかないならいいよ。でもやだなあ」
神社の案内板にしたがって車を進めると、正面に鳥居がみえた。
その横に「志和稲荷温泉」の看板があり、なんと神社の隣であることが判明。
鳥居の前で車を左折させたその瞬間に
「ひぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
というかな切り声をあげ、みいちゃんが椅子に座ったままぴょんぴょんはねる。
びっくらこいて固まる私に、
「大丈夫だ、いなりだ。対応方法はある」と島さん、やけに冷静。
ここでもひっくり返っているみいちゃんを若槻さんとかかえ、
部屋にぶん投げてやった。
ええかげんにせえよ、みいちゃんを苦しめるのもうやめとけ」
しかしこういう現象に対応するのは私の仕事ではないので、温泉に逃亡だ。
19:31 温泉へ
イナリ襲来
20:00
MIE鈴鳴らす、右手を揚げて
『京の白狐は都落ち、落ちて、落ちて、拾われた。
踊りも出来ねば気も知らぬ。鈴の振り方・・・都落ち、金箔はがれれば化けだぬき P.
20:10
上義姫直系、我らは鈴をお預かりしていた。 気高き血を操られ、汚した。
上義姫直系の孤高と品格は我らの本●、一緒にしてくれるな。
我らの舞はそれは、それは美しい。』 右手停止
20:14
『一番大事な鈴じゃなくて違う鈴をもって下った一団がいる。
だから、本当の鈴はここで守っているのだけど、
そうじゃない方が、本物以上になって、今に至る。
イナリの大将、イナリのばあちゃん、本物の鈴かかえて、じっとここにいる。
イナリが分裂、別派をたてた“うそ”が勢力をあげた。
私はこのもの、そのはなし、今度京都でして頂きたくてお呼びしました。
京の白狐は西の事、都を落ちるのは西へ下る事、
西のイナリが都落ちした方、ここが本拠地。』20:21
ここは京都にかかわる微妙な問題に触れそうだから、
私はあえて知らんかったことにしておきます。
(1月9日)
翌朝となりの志和イナリ本殿へ参入すると、島さんがご挨拶を始める。
なにげなく眺めているとみいちゃんがなにやら変だ。
ゆうべあれほど島さんにこっぴどく叱られたのに、イナリさんこりないなあ
と思っていたが、どうも様子が違う。
なんだ、なんだ、踊ってるぞ。
ご挨拶の途中であったが「島さん、見てみて。みいちゃんが舞いを舞ってるよ」
両手に鈴を持って鳴らしながら、まことに優雅に華麗にゆったりと舞う。
これは古代のみこさんの舞だ。
さあ、終わった。
東京で若槻さんを下ろし、田原まで二人を送り届けると、私の仕事は
眠らんように日進の我が家にたどり着くことだ。
嫌になるからあえてメーターは見ていない。
一体どれだけの距離を一人で走ったのであろう。
かみさん、ごせんぞさん、お守りくださいましてありがとうね。
今回の神業の意味は、所詮次のご下命である「アンデス」へ行ってみなけりゃ、
わかりゃあしない。神業は継続しなければ永遠に謎が解けないのだ。
それにしてもそんな金、どっから降ってくるというのだ。
おわり