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 「……でさ、真雪さんってシイタケ、ってかキノコ全般駄目じゃん? 何でかって聞いても、嫌い
 なものは嫌いだって要領を得ないしさー」


  まだ外にはほのかな明るさが残り、日に日に日が長くなっていくのが感じられるある初夏の夕刻。


 「きっと前世か小さい頃何かあったんだろうって事になってさ何故か。近所にいた大きなシイタケ
 に吠えられたとか、幼馴染の男の子にシイタケ持って追い掛けられたとか、たまたま道端で見かけ
 た猫の死体を裏返したら、びっしりシイタケが群がってたとかね」


 「…………」


  愛と耕介はダイニングに二人っきり、お茶する機会を得ていた。


 「そんな話笑ってしてたら、そばに居た知佳の方が悲鳴上げて逃げてったよ♪」


 「はあ……」


 「愛さん?」


  好きな人が側に居る空間。ただそれだけで耕介の心は嬉しさに沸き立ち、緩んだ頬で事ある毎に
 話し掛けているのだが、対照的に愛の様子はどこか心ここにあらずで。


 「おーい愛さーん」


 「ふぅ」


 「ねえ、どったの愛さん。どっか具合でも悪いの?」


 「へ? ……あ、あの、よろしくお願いしますっ!」


 「は」


  反応遅めなのはいつもの事だが、さすがにその憂いを帯びたように見える俯いた横顔が気になり、
 何気に耕介が手を伸ばすと、愛は肩を叩かれた途端体ごと飛び上がって。


 「えっと、何を頼まれてるのかな」


 「あっ、あうう、あの、えと……」


  そうして目と目が合うと、そう言って勢いよく頭を下げられるが、当然耕介には何の事だか訳が
 分からない。また愛も一人悶えあうあうと唸るばかり。


 「はぅ」


  口をもごもごと、何度も胸に秘めている決意を言葉にして出そうとするが、結局またガックリと
 首が落ちこむ。


 「…………」


 「はい?」


  暫く逡巡した後ようやく視線を上げた愛は、その間ずっと自分を怪訝そうに見詰めていた恋人の
 姿を確認すると、首をすくめたまま真っ赤な顔でちょいちょいっと小さく手招きした。


 「なにかな一体」


 「ええっと……」


 「はいはい」


  とりあえず体を傾け耳を寄せる。わずかに当たる愛の呼吸がこそばゆい。


 「あの、今夜耕介さん、わたしの部屋にいらっしゃいます……よね?」


 「え? あ、あーあーあー……ウン」


  一瞬何の話だか分からなかったが、愛の極限まで羞恥した態度とその口調にああそういう事かと
 理解すると、今度は耕介の方がどう返事していいか迷い、結局ただ頷く。


 「よかったぁ」


  一体どういった風の吹き回しかと聞いてみたい気持ちにもなったが、ほっと安堵のため息をつく
 はにかんだ愛の表情に、耕介もそれ以上何も聞けなかった。








  〜AI LOVE〜
  (Main:愛 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)








  事の起りはその日の大学での昼休みにまで遡る。


 「はーっ! やっと終った〜」


  一面薄く、水色に澄み渡った空に高々と右手を突き上げ、活発そうな薄茶色のショートをかき上
 げると陽子はそんな盛大なぼやきを、肺からいっぱいに吐き出しながらグッと体を伸ばした。


 「やっぱ般教はたるいよねー」


 「なんで今頃になってあるんでしょうねえ」


  その突き上げられたコブシをかわすよう仰け反り、陽子とは対照的な長く黒い髪を揺らした亜美
 も控えめな口調ながらはっきりと同意する。


 「まあまあ、わたし達のカリキュラムがそうなっているんですから」


  そんな二人から少し下がった位置にて会話を聞いていた愛が、ピョンと隣に並びかけると同時に
 そう言って笑いかける。三人は学部を同じくする学生であり、また仲の良い友人同士であった。


 「さーてとご飯にしよっか。学食? それともエンゼル行く?」


 「あ、すいません。わたし今日お弁当持ってきてますんで」


 「ほ〜、また愛妻弁当ですかぁ?」


  陽子はいつも通りといった体で昼食に誘う。だが愛の返答に急にくるっと体ごと振り返り、ニヤ
 ニヤと口の端を歪め。


 「この場合は愛妻、でなく愛夫弁当、でしょうか」


 「まっきーもようやく彼氏持ちだもんねぇ。かー熱々ですなぁ」


 「よ、よっこちゃんたら」


  二人共から冷やかされ、慌てた愛は思わず陽子の腕を掴む。が彼女の普段からよく回る口は止ま
 る事を知らず。


 「今まで居ない事の方が不思議だったけどねー。それが実は小さい頃から想い続けてた相手が居て、
 長い時を越え再会……ようやく結ばれたなんてさあ」


 「ロマンチック、ですわよね」


 「そ、そんなんじゃ、ないですけど……はう」


  手を胸の前で組み、揃って空まで見上げる陽子と亜美に対し、自身のそういった話題に慣れてい
 ない愛は僅かに頬を染めて俯く他なかった。


 「じゃあ愛さんは持ち込みですか」


 「あでもでも、お昼には付き合いますよ?」


 「まっきーが弁当持ちなら、じゃあ学食だね」


 「あ。すいません、わたしのせいで……」


  さすがにお店の方に持ち込みは無理でしょ、と笑いかけてくれる友人達に、再びすまなさそうに
 シュンと頭を垂れる。


 「いいっていいって、早く行かないとほら学食混み混みになっちゃよ」


 「第2の端っこの方なら人、少ないと思いますよ」


  そんな愛の事など気にもせずに、陽子が袖を引くと三人は学食へと向かっていった。


 「さ〜てぇ? まっきーの彼氏作『料理は冷え冷えだけど、愛情は熱々だよー♪』弁当はどんなん
 かんな〜」


 「そ、そんな、ふつーのお弁当ですよー」


  きつねうどん定食を持った陽子が、席取りとして待っていた愛の隣に座り込むとすぐ、どこぞの
 四角い落語家のようなセリフを吐きながら、その赤い巾着に包まれた弁当箱を覗き込む。


 「……あ」


 「アラ……」


 「まあ」


  蓋が開かれる、と同時に愛と陽子は小さく声を上げ、いつの間にか来ていた亜美も頬に手をやる。
 弁当のごはんにはそぼろ、卵、グリンピース等により見事なハートマークが描かれていた。


 「あ、あは、あはは」


 「愛さんの彼氏さんは、でんぶは使われない方なんですね」


  嬉しいやら気恥ずかしいやら、どうにもただ乾いた笑いを上げるしかない愛の横で、亜美がやや
 的外れな感想を述べる中。


 「…………」


 「あの、よっこちゃん、さん?」


  一方ただ一人押し黙ったままの陽子はふるふると小さく震え出し、怪訝に思った愛がその肩に手
 をかけた瞬間。


 「……かーっ! やってらんねぇなあこんちくしょう!」


 「わ、わ」


 「陽子さんドゥドゥ、ここ、学食ですから」


  両腕を大きく振りかぶりながら、後ろに倒れこむように半ば立ち上がって絶叫した。周りの学生
 が数人何事かと三人の方を振り返る。


 「いーなーいーなー、あたしもそんなお弁当包んでくれる彼氏が欲しいっス〜」


 「よっこちゃんにも、ちゃんと素敵な彼が居るじゃないですかー」


 「……あたしの彼は間違ってもお弁当作ってくれるような殊勝な性格してないもん」


  座り直すと一転、テーブルに倒れ伏し指でのの字を書きながらいじいじとイジケだす陽子。その
 背中をさすって必死でフォローする愛を横目に、亜美は忙しい娘だなぁと生温かい視線を投げ掛け
 ていた。






                     〜◆〜






 「……ねえねえまっきー、あんなお弁当見せつけられて、今更なんだけどさぁ」


 「はい?」


 「彼とはその、上手くいってるの?」


  気を取り直しようやく食事をはじめた三人。すでに伸び始めていたけつねうどんをすすりながら、
 ふとまた陽子がそんな事を愛に尋ねた。


 「はいー♪ この間も2人で港の方まで、お魚食べに行きましたし……あ、その前は陶器屋さんに
 食器を見に行ったりもして――」


 「いやいやそっちじゃなくてさ、あっちの方よ、あっち」


 「はい? どっち、ですか?」


  きょとんとする愛に対し、陽子はニターっとまた少し意地の悪い顔を作って。


 「こっちよこっち、夜のせ・い・か・つ♪」


 「陽子さん、その指の形は放送コードにひっかかります」


 「え、あ、あの、それはその……あは、あははは」


  グッと人差し指と中指の間に親指をはさんだ拳を目の前に突き出され、その意味はよく分からな
 かったものの、夜の生活という言葉に愛はただ笑って手を横に振り誤魔化そうとした。


 「そんな今更カマトトぶらないでも。誰でもしてる事だよ、ねえ?」


 「私も興味ありますわね」


 「そんな、亜美ちゃんまでー」


  うーと低く不満の声を上げるも、亜美までもが一緒になって、尚も興味津々といった様子で身を
 乗り出してくる。


 「で、どうなの?」


 「……はいー。耕介さん、その、とっても優しいですし」


  なおもズイと迫り来る、陽子のw形になった口を見てついに観念したのか、愛はハァと短く嘆息
 するとぽそりぽそり、ためらいつつも自分たちの近況について話し始めた。


 「あの、頭いっぱいになっちゃって、正直自分ではよく分からないんですけど。満たされるって言
 うか、わたしの事、すごく、愛してくれてると思います……」


  愛はもぢもぢと、耕介との関係というよりは自分の気持ちを口にするにつれ、なんだか変に胸の
 奥が熱くなってきてしまう。


 「ふーんじゃさ、まっきーはナニしてあげてるの? ちゃんとシたげてる?」


 「は、はいい?」


  が、陽子はそんな事はどうでもいいとばかりに、核心を突く質問を続けざまにぶつけてくる。


 「ハイじゃなくて、まっきーちゃんとHに参加してる?」


 「わ、わたしはその、あのえと、あ、愛し合ってると思いますけど……多分」


  急にわき腹辺りのやわらかい部分を突かれたようにビクリと跳ね上がると、愛はトマトのように
 顔を真っ赤にして、その声も姿も消え入りそうなぐらい小さくなっていった。


 「……ひょっとしてまっきー、まぐろ?」


 「まぐろ? マグロがどうかしたんですか?」


 「陽子さんは、愛さんはいつもされるままか、と聞かれているんですよ」


 「え? ……わ、はわ、わっ」


  赤い顔のまま、ん? と小首を傾げる愛の仕草はさながら先日見かけた背黄青インコのようで。
 その可愛らしさに思わず口元を緩めながら亜美が補足してやると、当の本人はもう沈没寸前。


 「駄目だよーされるだけじゃ。自分からもしてあげないと、いつか飽きられちゃうよ?」


 「いやあの、でも、その……」


  茹蛸になって、無意味に手を振り振り蛸踊り状態の愛は、何とかもう一度スーハーと深呼吸して
 気持ちと呼吸を整えると。


 「……この間、一度だけその、く、口でって言ったんですけど、断わられちゃいましたし」


 「ありゃ、そう」


  耕介さんはそういったの、あまりお好きじゃないのかも。やや寂しげにそう付け加える。


 「でもでもさ、まっきーの方は口でしてもらったりしてるんでしょ」


 「え、あの、ええーっと」


  それでもマイペースに話を続ける陽子に、愛はたっぷり二十秒ほど沈黙した後ようやくコクンと
 頷いた。


 「そういえばあたし、以前口でした後すぐにキスしたら、あいつに汚いってはっ倒された事あった
 んだよね〜」


 「そ、それは」


 「じゃあ今までその汚いモノを咥えてたあたしはなんだったんだってーの」


  さながら酔っ払い親父のように、そう言って陽子はテーブルに学食の浅いコップを叩きつける。


 「はあ、愛が足りないのかしらん」


 「私はさっきまで自分のお尻に入っていた彼のモノでも舐められますよ」


 「そ、そなんだ」


 「あ、あは、あはははは……」


  また突っ伏した陽子背中を、愛が慰めようとしたその時、何気なく吐かれた亜美の爆弾発言に、
 二人ただ笑う他ない。


 「こほん……えーあたしは別にさ、亜美みたくアブノーマルな事しろって言ってる訳じゃないのよ」


 「私、アブノーマルじゃありませんけど」


  軽く咳払いを一つ、仕切り直しといった体の陽子に対し、亜美がやや憮然として異議を差しはさ
 むがこれを軽く無視すると。


 「思うんだけどさあ、長く付き合ってても男だからするまま、女だからされるがままってカップル、
 結構多いと思うのよねぇ」


 「はあ」


  掲げた拳と共に再び自説を力強く振るい始めた陽子に、愛は相づちを打ちながらも目は下の丼の
 方に向けられており。お揚げを残すのならどうしてキツネを頼むのかしら、などと考えていた。


 「でもあたしそれじゃ駄目だと思うのよね。やっぱHっていうのもお互いを求める行為なんだから、
 だったらそれなりにさ、行動でも示さないと」


 「そんなもの、でしょうか」


 「そうですよ」


  正直どう返していいものか分からず、斜めに首を振っていた愛の肩を後ろから亜美ががっちりと
 掴み。


 「よーしこうなったら今日は徹底的に、あたしが長年積み重ねてきたテクニックをまっきーに伝授
 しちゃろうか!」


 「え、いえ、それは……」


 「陽子さんは大学に入られてからの、今の彼氏さんが初めての方だとお聞きしてますけど」


 「……いーのよそんな細かい事は!」


  遠慮しておきますー、とか細く発せられた愛の返答は当然のように無視され。


 「……そこをさ、もっとこう、ね?」


 「えっ。そ、そんな所をですか……」


 「それよりも○○を×××する方がよろしいんじゃ……」


 「え? え? え? ……」


  あーでもないこーでもないと盛り上がる二人にやがて引きずられていき。三人は時間も自分達が
 居る場所が学食である事も忘れて、熱く夜の生活について語り合ったのだった。






                     〜◆〜






  その夜。約束通り愛の部屋のベッドの上で、二人の影は重なり合っていた。


 「こうすけ、さん」


  あれから愛はこの事ばかりがずっと気になってしまっていて、もう少し後に言うべきだったか、
 でも二人きりの時でないと、などとしきりに切ない胸を煩わせていたのだが。


 「う、ん……」


 「んふ、あむ、ふぁ……」


  身体が、唇が触れた途端、もうそんな事は全て吹き飛んでしまっていた。密着した額ですりすり
 と触れ合う眉毛が心地良い。


 「愛さん……いい?」


 「あ、だ、ダメです耕介さん!」


 「へ?」


  一方今日の愛さんは積極的だし、と本格的に押し倒そうとした所でSTOPをかけられた耕介は、
 誘っておくだけ誘っておいてドロンパですかい? と思わずちょっと変な顔になる。


 「もしあいつがのってきたなら冷たく『Baby,Who are you?』ですか?!」


 「えいっ」


 「ぬおっ?!」


  逆に愛にもろ手で胸を突かれ、不意をつかれた耕介は簡単に押し倒されてしまった。


 「きょ、今日はわたしがする、します、から」


 「す、するって……あの、ホントに?」


  ベッドの上に大の字に横になった耕介の身体に覆い被さるように、上から見下ろしながらコクン、
 と愛は返事の代わりに硬い表情のまま一つ頷く。


 「では、い、いきますっ!」


 「お、お手柔らかに」


  普段と違う妙な気合いの入り具合に、耕介は不安と期待が入り交じったやや引きつった笑顔で、
 とりあえず全てを愛に任せてみる事にした。


 「えーまずは、手を……」


 「ウッ」


  お互い全て着衣を取り去り、まずはと指先を舐めた瞬間小さく震える耕介の身体。その時、あの
 友人達との会話が愛の脳裏に呼び起こされていた。


 『まっきーがさわられたら気持ちいい所があるでしょ? だったら同じように、相手もそこを触ら
 れれば気持ちいいだろうし。胸とか、指とかさぁ』


 「はぁ、ぅん、こうふけ、はん」


 「んっ、あい、さん……」


  指先を口に咥えたまま、空いた手でまだ要領がつかめず、辺り構わず身体中をまさぐり続ける。
 その度にしている愛とされている耕介、共にぞわぞわとした感覚が次第に背筋を伝っていく。


 『逆に指が気持ちいいのなら、さわる女の子の側も気持ちがいいって事ですからね。男の人だって
 気持ち良さそうにおっぱいを弄るじゃありませんか』


  なるほどこの事か、と愛は合点がいった。そう思うと少しずつ余裕も出てきて。


 「……耕介さんの肌って、綺麗ですよね」


 「え、そうかなぁ、そんな事はないと思うけど」


 「いいえ、さらさらしていて、女の子のには無いきめ細かさが男の人の肌にはあるって言うか……
 すごく、綺麗です」


 「ど、どうも」


  さらさらと蝋石のような肌をさすりさすり、うっとりとする愛に予想外の部分をほめられ思わず、
 耕介も寝そべったまま首をすくめるような仕草で応える。


 「でも女の子の方がやわらかいし」


 「あはは、それは、ですね」


  そうですけれども、と意味も無く笑顔が湧いてくる。こんな時でも変わらない二人がまた嬉しい。


 「ぅん、んっ、んー、んっ」


 「ぬは、うははっ」


 『何度も言うけど別に変わった事しろって言ってる訳じゃなくってさ。ただもっとお互いふれ合う、
 求め合おうって事だよ』


  陽子の言葉を思い出しながら、再び顔から肩、胸へと口付けていく。まだ一生懸命という言葉が
 ピッタリな愛の愛撫。


 「うひゃあっ!」


  その唇がわき腹にまで下がると、くすぐったさに耕介の背筋がちょっと大げさなほど仰け反って、
 エビのように跳ねた。


 「あの、もうおっきく、なってますね」


 「え? あ、う、うん」


 「よかった……」


  更に愛の視線が下半身へと下がって、それがもうそそり立っている事を確認すると、頬を染め、
 いよいよ口でしようとずりずり体をずらしていく。


 「あ」


  が、顔が股間にまで達しようとしたその時、ベッドの端からはみ出た足がコツンと壁に当たって
 しまった。


 「あれ、どうしよ……あ、あら、あららら?」


 「いよいしょ、っと」


  愛がおろおろと迷う間に、なぜか急に目の前の目標が遠くに移動していってしまう。耕介は体を
 起こしてずいっと腰をベッドの上方へと移動させたのだ。


 「ほい。ほら愛さん、これでいいでしょ?」


 「耕介、さん……」


  そうしてにぱっと笑顔で、ぱんぱんと太ももを叩いて誘う。そんな耕介の心遣いに愛の胸は熱く
 脈打ち、同時にある疑問が湧き上がっていた。


 「愛さん?」


  今まで私がされるがままでいた時に、この人はどうしていたんだろう、と。


 「愛さん、あいさーん?」


 「はい! ……あ、あえーと、それじゃあ今度こそ、こちらをさせていただきますね」


 「あ、はい。こちらこそ」


  暫しの感動と反省からハッと我に返った愛は、一礼後ますます勇んで耕介の身体ににじり寄り。


 「えっと」


  心の中で級友からの講義を反芻しつつ、たどたどしい手つきでそれに手をかけると、その硬さと
 やわらかさに驚いた。


 「かたい……」


 「っん」


  間近で見るのは初めてだった。既に大きくなっていたそれは、手でふれ軽くコスコスと上下させ
 るとまた一段と中心部が硬くなり、周りのやわらかい皮ごと握って擦るのも困難になってくる。


 「ぁは……ちゅっ、ふぅ」


 「む、くはっ」


  そこで愛は自然に唇を近づけると、ちぅっと先っぽに口付けた。同時に搾り出すように息が耕介
 の肺から漏れる。


 「えと、こうして、ここを……」


 「うっ、あ、愛さん」


  堪らず耕介が身悶えるが、それにかかりきりの愛は気がつかない。親指で裏側をふにふに押して
 やると、硬い弾力が返ってきて。


 「くぁっ!」


 「あっ! ごごごめんなさい耕介さん、痛かったですか?」


 「いや、そうじゃなくて……」


  その内に押した指がグリッと裏筋を滑ると、途端に耕介の身体がビクリと跳ね上がった。


 「……あ」


  慌ててパッと手を離す愛に、イヤイヤと手を振る耕介。互いに目を見合わせた後、下げた視線の
 先にあったそれを見て二人の頬が共に朱に染め上がる。


 「いっちゃった、のとは」


 「ち、違いますよ、その……」


 「男の人も、濡れるんですね」


 「う、ウン」


  愛の白く、少し薬品に荒れた指により根元から押し出されて、肉棒の先の穴からプックリとした
 粘液が溢れ出してきていた。


 「なんだか、かわい……」


 「え?」


 「あは、な、なんでもないです」


  耕介の方はなんだか気恥ずかしさで一杯だったが、果たして自分で感じてくれているのだろうか、
 と不安を抱えながらの行為だった愛は、この目に見える反応に素直に嬉しくなり。


 「いきますね……ぅ、んむ」


 「ぅあ、はっ」


  その粘液を口先で吸い取り、先端が温かな唇に包まれる。じゅっ、じゅと口付け、咥えていくが、
 慣れないせいか出てくる粘液も唾液も全て飲み下してしまい、すぐに滑りが悪くなってしまう。


 「むぁ、はふぅ、らいろうふ、れふかぁ?」


 「んっ、うんん、くっ」


  上下させる事が上手くいかず、咥えたまま舌や唇でクリクリとはさみこみ舐めまわす形になって、
 それがかえって強めの刺激を与える事になる。


 「んー……んふっ、ぷぁ。んむ、むぁっ、はぁ……」


 「愛さん、その辺でっ、いいから」


  なんとかしようと熱に浮かされたように肉棒に吸い付き続ける愛の肩を、軽く押して制止すると、
 耕介はホッと一息といった感じで肩を下ろした。


 「ふぅ」


 「ふぇ? あ、あの、耕介さん良くなかったですか?」


 「そんな事ないよ。気持ちよかったよ、うん」


 「よかった……あ」


  頬に手を添えられ、耕介の親指がゆっくりと愛の唇を撫でる。それだけで愛の熱くなった肌は、
 ゾクッと全身に鳥肌が立ち。


 「ぅぅん、はっ、あ、やん、ぁあン」


  特別胸とかでなくても優しく肌にふれられると、酷く反応してしまう自分の身体がもどかしい。
 ぼうっと白濁していく頭の中で、愛はある思いを巡らせていた。


 「今度は俺が、ね」


  今自分が必死にしていた事は、以前から耕介が自分にしてくれていた事と同じなのではないか。
 こんな風に、こんなにも一生懸命愛されていたのか。


 「……こうすけさんっ」


  また胸が熱くなり、たまらず倒れ込むようにギュッと愛しい人に抱きついていく。


 「んあ、はっ、こうすけさん、コウスケさん……ひん」


 「……今日はどうしたの、愛さん」


  何度も名前を呼びながら巻きつくように強く、さらに深く絡みつこうとする愛行動に、やや戸惑
 いつつも耕介はそれを受け止め。今までずっと抱えていた疑問をぶつけてみる。


 「なんだかいつもよりずっと、その積極的だけど」


 「いえ、なんでもありません。ただ……」


 「ただ?」


  耕介の側からは見えなかったが、愛は目の端にほんのり涙まで浮かべていた。それを指で小さく
 ぬぐいながら。


 「こうして肌を合わせる時も、耕介さんはわたしの事を、愛して下さってるんだなぁって」


 「いやそりゃまあ、当たり前だけど」


 「はい。今までも知っては、いましたけど」


  それが何より嬉しいとばかりにニッコリと心から微笑んだ。


 「今初めて気がつきました♪」


 「はあ」


  対照的に相変わらず事態をよく掴めずにいる耕介は、ポリポリと所在無げに後頭部を掻き生返事
 を返すばかり。


 「こうすけ、さん」


 「あ、はい」


 「……大好きです耕介さん。愛しています」


 「うん……」


  だが愛はスッと座り直してそんな恋人を正面に見やり、改まってお辞儀して見せると、そこに込
 められた気持ちの確かさは耕介にもしっかりと伝わってきて。


 「俺も大好きだよ愛さん」


 「あっ」


  ぎゅーっとまた少し強めに、今度は耕介から抱きしめる。互いの熱が肌身に心地よい。


 「はい、うれし……」


  再び愛し求め合う為、二人はどちらからともなくベッドに深く沈みこんでいった。






                     〜◆〜






  それから暫くたったある休日の昼下がり。愛、耕介の両人は連れ立って買い物に出かけていた。


 「こないだの朝に知佳の奴がさ、額を押さえながら台所にやってきてさ」


  天気の良いのもあって、それ自体を楽しむようにぶらぶらと辺りを散策しながら。


 「あいた〜とか唸ってるし何事かと思って聞いてみたら、顔洗ってる時に洗面台に顔近づけすぎて、
 蛇口で額えぐってみみず腫れ作ったんだって」


 「あはは♪ じゃああの額の絆創膏は、そのせいだったんですね」


 「あいつも意外と抜けたトコあるというか、時々真雪さんの妹じゃなくて、愛さんのじゃないかと
 思う時あるよ」


 「そんな、真雪さんと知佳ちゃん、よく見ると結構似たもの姉妹ですよう」


  笑い話でも、そうでなくても安らぎに満ち満ちた、そんな刷毛のように毛の生えた時計の針に丁
 寧に拭い取られていく日常。


 「あ、そういえばこの話、知佳から恥ずかしいから黙っててくれって言われてたんだっけ」


 「あー、ダメですよー耕介さん」


  内緒ね、と耕介が口の前に指を立てると、愛もただうふふと笑って返す。


 「……うお?!」


 「わっ」


  突然二人は驚きの声とともに歩みを止め、足元に目を見張る。愛などは思わず耕介の体に小さく
 抱きついたほどだった。


 「なんか一瞬、鳥か何かの死体かと思っちゃった」


 「わたしもですー」


  そこにはうち捨てられた透明のビニル傘が、骨と皮を道一杯に広げだらしない姿を晒していた。


 「忘れ物、でしょうか」


 「いや、多分そこのバス停辺りで誰かが捨てていったものだよ。安いからさこういうの」


 「はー」


 「マナーの悪いのが居るもんだ」


  耕介が指差した先、向かいの歩道に立てられたバス停には白いビニル袋が吊り下げられており、
 恐らく中身は待ち合い客のゴミが詰められているのだろう。


 「まったく……ちょ、あ愛サン?」


 「はい?」


  愛の邪魔にならぬよう一歩先に出て、大股に傘を避けて通ろうとした耕介の後ろで、愛は自然と
 地面にしゃがみ込み手を伸ばしていた。


 「燃えないゴミ、ですよね。あでもゴミの日って決まってますから、今この辺りに勝手に捨てる訳
 にはいきませんし……やっぱり寮の方に持ち帰るしかないですかねー」


 「いや、はぁそうだ、ねぇ」


  驚く耕介を余所に躊躇無く、一応右手だけで持って。捨てられてもう大分と経っていたのか傘は
 濡れたりしてはいなかった。


 「んー……ねえ愛さん、愛さんってばいつもそうやって、道端のゴミを拾ってたりするの?」


 「え? いえ、いつもという訳ではありませんけど」


  まだびっくりを右頬辺りに残したまま、愛の動きがなまら自然だった事に耕介はふと沸いてきた
 疑問を口にしてみる。


 「気になったものは、拾う事も多いでしょうか」


 「う〜ん」


  気になった物だけとはいえ実際に拾える人間は少ないだろう。自分の恋人がまさかここまで出来
 る人だったとは、と思うと同時に耕介にはまた新たな疑念が湧いてきて。


 「あ、それじゃもしかしてさ、あれが本物の鳥だったり、普段たとえばほら、猫の死体とかだった
 りとかしても……?」


 「はい、それは」


  もう。連れて帰りますねーと小首をかしげるようにして、さも当然といった調子で答える。


 「……俺今まで、ああいうの誰が片付けるんだろうって思ってた」


  耕介にだって今まで何度かそういった悲しい姿を見た事はある。しかし心を痛める事はあっても、
 自分から処分しようとは中々思いつけない事だった。見つける機会がバイクや車に乗っている時が
 多い事もあり。


 「そうか愛さんが全部埋葬してまわってたのか」


 「あはは、本当にそう出来たら、いいんですけど」


  酷く感心した様子を見せる耕介にそう笑って、が不意にフッと少し寂しそうに視線を落とすと。


 「大抵お店の前とかだと、にゃんこもビニール袋に入れられて燃えるゴミ、なんでしょうけど」


 「うん……」


 「でもだからこそ、自分で見つけられた子は、ちゃんと埋葬してあげたいなぁって思うんです」


  愛はちょっとはにかみつつきゅっと肩を内に寄せ、複雑な自分の気持ちの端っこを吐露する。


 「結局はわたしのただの、自己満足でしかないんでしょうけどね」


 「いや、そんな事ないよ」


  素直にそんな言葉が口を衝いて出た。考えてみれば怪我をした動物を無償で助ける愛の事、その
 命が既に失われていたとしたら。十二分に考え得る事である。しかし耕介はその時改めてその事を
 認識したのだった。


 「ちょっと、そんけーした」


 「あは♪ それこそ、ないですよー」


  ホントただの自己満足ですから、とパッと顔を上げると、愛は気恥ずかしさに急に焦ったように
 さかさか手を振りだして否定した。


 「でも今度からは、なるたけそういう時は俺も誘ってね」


 「え? 誘うって……で、でもそんな、耕介さんにまでご迷惑は――」


 「一人じゃ危ない時もあるでしょ、道路の真ん中で見つけた時とか。俺も見つけた時は、今度は愛
 さんに助けを請うから」


  そんな愛に更にずいっと体ごと迫って、多少強引にお願いする耕介。あまり良くない出来事では
 あろうが、それでも何か無性にこの人となら、と何でも共に経験したくなったのだ。


 「俺を安心させる為にもさ、ね?」


 「……はいー、分かりました」


  正直そんな耕介の気持ちが愛にとっても嬉しく、ついつい受け入れてしまう。付き合い始めてか
 らこちら、また特にゆるくなってしまった涙腺がにわかに緩むを感じた。


 「さ、愛さんそれも貸して。俺持つから」


 「だ、駄目ですよ」


  先ずはそれから、と伸びてきた耕介の手から、愛は駄目ですと思わず小さく飛び退り。


 「耕介さんの手まで汚れちゃいますから。わたしが持ちます」


 「いいっていいって」


 「ダメです」


 「う〜ん」


  捨てられた傘がまるで宝物のように奪い合われ、その内に抱え込むように身を引かれてしまい。
 こんな時愛は意外と頑固で、こうなったら譲らないだろうなと耕介は思った。


 「じゃこうしようか」


 「え?」


  すると愛が左手に持っていたカバンの方を引ったくり、その他荷物とまとめて左手で持つと。


 「こうして、ね」


 「あ……」


  耕介は残った右手で愛の左手を取ると、ぎゅっと強めに握り締める。これからもずっと一緒だと
 いうように。


 「帰ろっか」


 「……ハイ」


  繋いだ手から、さらに体を少し歩きづらいぐらいに密着させて、ちょっと頬赤らめ。幸せを満面
 の笑みに変えた二人は寄り添い、また歩み始めたのだった。






  知っているという事と、気付くという事は違うから。






  今日も二人は I LOVE YOU.






                                       了









  後書き:ベッドの話は実体験。
      そりゃ大の大人が二人〜なんだから。配慮しないとはみ出ますわな。

      私のSSにしては珍しくオリキャラが出てきますが、これは愛にHのアドバイスをする
      のに適当な人が見つからなかった事と、それを他のさざなみの住人にさせてしまうと、
      そのキャラが耕介以外の人と付き合っているという事になってしまうので……
      そのキャラのファンの方が嫌がるんじゃないかなぁ、と思いオリキャラを使いました。
      必要に迫られての事なんで、キャラの性格付け等はさらっと適当に(笑
      この事についてもしなにかご意見などがございましたら、その旨感想の方にでも
      いただけるとありがたいです〜。





  04/06/14――初投稿。
  05/01/09――加筆修正。

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