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 「おねーえちゃん」


 「ん? どしたのなのは」


  その日六月の遅い、夜の帳が下りた頃。コンコン、と控え目なノックの音と共に美由希の部屋に
 顔を見せたのは、少し困ったように眉をハの字にしたなのはだった。


 「ききたい事があるんだけど、いいかな?」


 「聞きたい事? 私に答えられる事なら……何かな」


 「うん。あのね、えーっと、なのはのね……」


  夜の鍛錬へと出る前に、と机に向かっていた美由希はギシッと背もたれを反らせると、なのはが
 ごそごそと後ろ手に何事かしている内に、クルッと椅子を回転させ正面に向き返る。


 「わたしの家族って、どこまで?」


 「へ?」


  そうしてなのはが両手いっぱいで広げた、一枚の白い紙を前に美由希は眼鏡の奥で、ただ両目を
 大きくパチクリと瞬かせるのだった。








  〜ぼくの魔法使い〜
  (Main:なのは Genre:ほのぼの Written by:竹枕)








 「作文なんだけど、あ、これなんですけど」


 「え? あ、ああうん」


  まだ固まり続けていた姉に、なのはが改めて差し出した紙を広げて指差す。それは大きな桝目に
 題名と、高町なのはと名前だけが書かれた原稿用紙だった。


 「私の、家族?」


  妹の小さな指の先、美由希がタイトルを音読すると、なのはは無言でコクリと頷く。


 「家族についての作文かー」


 「それで、ちょっと困ってるんです」


 「何に? うちで何か書かれて困るようなことあったっけ」


  そう言ってから美由希自身も、確かに我が家はちょっと普通じゃないけど、と思い直し苦笑する。


 「書くことに困ってるんじゃなくて……それでわたしの家族って、どこまでなんでしょう」


 「どこまで、って。そりゃあこの高町家の人達、って事になると思うけど」


  キィと椅子を鳴かせながらなのはに原稿を返すと、あごに指をやり。


 「それってどこまで入れたらいいの?」


 「はえ? え、えーと、だからどこまでって……」


  まだ今一質問を掴めずにいる美由希は、迫るなのはに驚いて少し身を引き、困ったというように
 ポリポリと頭を掻く他なかった。


 「まずはおかーさん、恭也おにーちゃんに美由希おねーちゃんは確定だよね?」


 「う、うん」


 「レンちゃんに晶ちゃんに、それにフィアッセさんもいいよね。ほとんど一緒に住んでるんだし」


  そんな姉の顔と手元を交互に見上げながら、なのはは指折り、家族と思われる人の名前を挙げて
 いく。


 「じゃあ週に3日はうちでご飯食べてる忍さんは? 那美さんは?」


 「そ、それは――」


 「くーちゃんはなのはのお友達だけど、最近那美さんもよく家に来てるし……」


  それが忍や那美の名前まで来た時、どうしたらといった風に指を掴んで上げ下げを繰り返す。


 「おにーちゃんが忍さんか、那美さんと結婚したら、どっちかが家族になるわけだよね?」


 「う、うん。それはどうなるかわかんないけど……ね」


  それについては自身ちょっと、複雑な思いを抱く美由希はそう言ってやや曖昧に返しておく。


 「だったらもしそれが那美さんなら、くーちゃんはなのはの家族になっちゃうのかなぁ」


  しかしそんな美由希の気持ちなど、気付くはずもないなのはもまたまだ指をぴょこぴょこ、眉尻
 大きくを下げてはぁとため息を漏らした。


 「もし忍さんだったら、ノエルさんだって家族になるはずだよねえ」


 「そ、そのへんはねぇ? 作文なんだし、適当に書いちゃえば?」


 「それじゃダメなんですっ!」


 「あう」


  困った美由希は指を立て、ひきつった笑みと共にそう流そうとするが、更にしかめっ面になった
 なのはにぴしゃりと拒否され。再びビクッと身を縮こまらせる。


 「書くことはたくさんあるんです。でも、それがどこまでかが問題なんですっ」


 「ま、まぁ、ネタは多いだろうけど」


  確かに普通の家庭より話題は沢山あるだろうなあ、と歪めた口の端をさらにぴくぴく痙攣させて
 苦笑する。


 「ねぇ、どこまでが家族なんですか?」


 「うっ、そ、それは」


  ずずいっと詰め寄る妹の妙な迫力に、がたたっと圧されてさらに後退る。


 「どこまで?」


 「ううう……」


 「ねぇ」


  そうして椅子から落ちそうになるまで追い詰められた美由希は、ふと思いついたとばかりに両手
 をぱちんと叩くと。


 「え、えーっと……あっ、とっとりあえず他の人にも聞いてみたら?」


 「あ、そうします」


  今度の提案にあっさりと賛同したなのはは、ぜーはーと肩で息する姉を余所にすぐに身を翻し、
 スタスタと部屋を後にしていった。


 「……はうー」


  なのはの圧力から開放され、パタン、とドアが閉められると同時に美由希の体にはドッと疲労感
 と虚脱感が襲ってきて。気の抜けた、ため息と共にグッタリと机に突っ伏したのだった。






                     〜◆〜






 「コラおさる! なんやこのナスの切り方は。うちの手元見たら、全体でなに作ろうとしてるのか
 分かれへんのかい!」


 「うるせーこのドンガメ! 大体元々はお前の方が手伝いのはずだろーが!」


  お互い背中を向け作業しながら、それでも二人の怒号のようなやり取りは止む事はない。レンと
 晶が明日の仕込みをしている台所は、いつものように喧騒と熱気に包まれていた。


 「晶ちゃん、レンちゃん」


 「あ。な、なのちゃん」


 「なっ、なのちゃん。へへ、け、喧嘩はしてませんですよ、ハイ」


  そんな台所に無言で入って来たなのはに気がつかず、突然声をかけられレンは驚いて振り向き、
 晶はへらへらと誤魔化し笑いを浮べていた。


 「お二人に、聞きたい事があるんですけど……」


 「へ? あ、ああいいですよもちろん。なに?」


 「なんですのん?」


 「えーっとね」


  しかし今日のなのはは二人をとがめる事無く、再び原稿用紙を広げ事の次第を説明する。


 「……はぁ。家族、ですか」


 「う〜ん家族ねぇ」


  なのはの話を聞いて、晶は椅子に前後逆さに座りこんで腕組みをして首をひねり。


 「あらためて考えると、ちょう難しい問題ですな」


 「うん。あ、どうも」


  流しで手を洗っていたレンはピッピと水気を切ると、レンジで温めたマグに三分の一ほどの牛乳
 をなのはの前に差し出した。


 「んーでもまあ、そんなん適当に決めて書いちゃえば?」


 「そうですなぁ、それしかないかも」


 「二人もそう言うんですか……」


  晶の明るい声とは対照的に、美由希と同じような答えを聞いてなのははガックリと肩を落とす。


 「多分家族とは、って考えさせる事も、予定されたものだろうし」


 「その辺も含めて、宿題ということで」


 「う〜」


  それは自分でも分かっていたのだが、それでも相談に来たなのはにとっては、なんとなく納得が
 いかずマグカップをもてあそびながらただ唸っていた。


 「まぁそないに考えこまんでも。とりあえずうちは間違いなく、なのちゃんの家族ですから」


 「うん……」


  うなだれるなのはの頭にポンと手をのせると、そう言ってくりくりと撫でまわしながら。


 「そこのおさるはあやしいもんですけどね」


  レンはチラと晶の方に視線を向けると、目を細めふふんと鼻を鳴らしてみせた。


 「俺は別にそこのカメも含めて、みんな家族だと思ってるよん」


 「な、なんや。おさるにしては、えらい殊勝やないか」


  だが予想外に余裕を持った晶の答えに、逆にレンの方がちょっと戸惑ってしまい。


 「ま、カメと違って俺様の心は広いしね」


  逆に掌を出しながらフフンとレンを横目で見ると、晶はゆっくりと首を横に振り。


 「やっぱり胸が小さいと、中に入ってる心も狭いのかぁ?」


 「……殺す!」


  そう言って自慢げにグッと張った晶の胸で、自分には無いモノがふるるっと揺れるのを見た瞬間。
 プツッとレンの中で何かがはじけた。


 「どわっ?! お、おい、いきなり刃物はヤバイだろ刃物は!」


  厚く大きく四角い中華包丁を持って目を光らせる相方の、普段のじゃれ合いとは違うその迫力に
 晶は思わず椅子から立ちあがって。


 「中華の真の実力、見せたるわ……」


 「ひっ?! そ、それ油っ、それ反則っ!」


  及び腰の晶にさらに飛び道具として、熱した油まで鉄のおたまにすくい持って迫るレン。


 「サルの少ない脳味噌、中華料理にしたるーっ!」


 「わーっ?! やめっ、あぶっ、うはぁ!」


  執拗に追いすがる姿に流石にヤバイものを感じた晶は、受けも反撃も考える暇無くただひたすら
 にバタバタと台所中を逃げまわった。


 「……けんかしちゃ、だめーっ!」


 「「はい」」


  最後はいつも通りなのはに一喝されレン、晶の両名はめでたく床に正座で十分ほど、説教を受け
 る事と相成ったのだった。






 『……こんなちょうしでレンちゃんと晶ちゃんは、いっつもなかよくけんかばかりをしています。
 ふたりともおりょうりが上手で、わたしはそんけいしているのですが、本当はなかよしなんだから
 もうちょっとすなおになったらいいのに、とおせっきょうしながらいつも思っているしだいです』






                     〜◆〜






 「手毬唄よりもスピードキング ねんねんころり グリセリンクイーン……♪」


 「あ。あのーフィアッセさん?」


 「なのは? んーどしたのー」


  なのはがリビングを通りがかった時、今日は泊っていくつもりなのだろう、消音のキーボードを
 弾きながらフィアッセが時折目を閉じながら、何かを確かめるように歌っていた。


 「ちょっと聞きたい事があるんですけど」


 「いいわよ。なーに?」


  恭也の部屋へと向おうとしていたなのははこれ幸いに、トテトテとフィアッセの元へと近づくと、
 作文の内容について相談する。


 「それで、どこまでが家族かって事なんですけど……」


 「……うう、酷いわなのは。なのははわたしの事、家族だって思ってなかったの?」


 「そ、そんなちがいますーっ!」


  これまでと同じく用紙を見せながら説明を終え、ふとなのはが顔を上げると、そこにはうるうる
 と瞳を潤ませ、手を前に組んですがるように自分を見つめるフィアッセの姿があった。


 「フフ、冗談よ」


 「はう、び、びっくりしました」


 「んふふ、ゴメンね」


  がフィアッセがすぐにパッと笑顔に戻ると、あわあわと両腕両足をバタつかせていたなのはも、
 安堵のため息と共に胸を撫で下ろす。


 「うーん、家族かぁ」


  そうして腰掛けていたソファに座り直すと、んーとあごに指をやって軽く宙を見上げて。


 「やっぱりそれは、なのはが考えるべきじゃないかな」


 「あう、やっぱり」


  暫く考え込んだ後、出てきたフィアッセの言葉になのははまたカクンと首を落とす。


 「でもねなのは、パパやママはもちろん、わたしはこの高町の人達を本当の家族だと思ってるけど」


 「はい」


 「一緒に過ごした、スクールのみんなの事も家族だと思ってるの♪」


  胸に手をやり、フィアッセは笑顔のまま少し嬉しそうに頬を上気させてそう言った。


 「上手に言えないけど、家族ってそういうモノなんじゃないかな」


 「う、ん……」


  対照的になのはは、俯いたまま、手をもじもじとさせて小さく頷くだけだった。


 「ああゴメンねなのは、ますます悩ませちゃったかな」


  慌ててスリスリと丸い小さな頭を優しくさするが、まだなのはは顔を上げてくれず。


 「……よしっ! こんな時は元気になるように、わたしがお唄を歌ったげるよ」


  こうなったらとばかりにフィアッセはパンとひざを叩くと、そう言ってグッと力こぶを作って見
 せる。


 「うん、ありがとう……フィアッセ、おねーちゃん」


  笑顔と共にフィアッセの気持ちに触れたなのはは、なんだかじんわりと胸の奥が熱くなってきて。
 顔を上げ小さく笑顔を作った。


 「ん♪ そうねえじゃあ、モーツァルトの曲を」


 「えっ?」


  いそいそとキーボードを引き寄せながら口にした有名人の名に、なのはアレッと首を傾げ。


 「知ってる? モーツァルト」


  こーんな頭クルクルの、とフィアッセは髪に沿って手をウネウネと揺らして見せる。


 「はい……でもモーツァルトにおうたなんかあったんですか?」


 「ウン。わたしも最近知ったんだけどね」


  フィアッセは手元を見詰めたまま、そう言ってふんふんと頷き何度か音を確かめる。


 「えーでは……コホン」


 「ドキドキ……」




 「あ〜と〜れとれぴっち〜ぴっち〜カニ料理〜♪ 味でゆめよぶ〜……」




 「……それが、もーつぁるとさんなの?」


 「そうよー、スクールの友達に教えてもらったの。味でひとよぶカニ道楽は〜」


 「はあ」


 「ありっま、ひょうえのこうようかっくへ〜♪」


  心から楽しそうに歌い続けるフィアッセに、それをぽかーんとした顔で眺めるなのは。ツッコミ
 不在のボケの垂れ流しが、暫くの間リビングを満たしていた。






 『……そんなおうたの上手いフィアッセさんは、やさしくって、きれいで、それでいてちょっぴり
 おちゃめさんで。いつかこんな人になれたらいいなあとなのはの目ひょうだったりします。でも、
 わたしにはちょっとむりかも。それでも、がんばりたいと思います』






 「あほっ、あほっ、アホの坂田〜、あほのさっ、かっ、た〜♪」


 「あ、それは知ってます」






                     〜◆〜






 「少し曇ってるな……」


  その時間高町恭也は夜の鍛錬を控え、自室の床に小太刀や木刀、鋼糸等を並べ置いて、手入れや
 準備に余念が無かった。


 「……恭也おにーちゃん」


 「ん? なのは。どうしたなにか用か」


  この時間にしては珍しいなのはの来室に、恭也は少し驚きつつもすぐに中へと招き入れる。


 「あのー」


 「ああそこは危ないから、そっちに、座るといい」


 「うん」


  怪我をしないよう、比較的空いたスペースに妹を促し座らせる恭也。床中に散乱する武器類に囲
 まれたその姿は、なのはにはまるで釣り道具を広げた父親のようにも見えた。


 「あの……おにーちゃんは、忍さんか那美さんか、どっちと結婚するの?」


 「ぶっ!」


  会話しながらも一本一本鋼糸を手繰り出して確認していた恭也は、突然のなのはの言葉に思わず
 吹き出しつんのめる。


 「な、なんだ唐突に」


 「あのね」


  困惑し少し眉をしかめる兄の前に、例の如く原稿を広げ、今までの事も合わせ事情を説明する。


 「……なるほど。それでか」


  それを腕組で聞き終えると、恭也はそのまま天井を見上げ、ふぅと一息つく。


 「まあ、なんだ。別にその二人と結婚すると決まったわけでもなし」


 「そうなんですか」


 「うむ、まあ、な」


  妹から視線を外しむにむにと歪む口元を手で隠しながら、そこは曖昧に返す恭也。


 「それでどこまでが家族か、というのは俺達にとっては難しい所だが……」


  コホンと一つせき払いをして、居住まいを正すと改めてなのはの顔を見詰め。


 「その辺の線引きも、なのはがやるべきなんだろうな」


 「あう、またですかー」


  今まで散々聞いてきたものと大差ないその答えに、なのははこてんと床にひっくり返った。


 「……家族、か。俺には初めとーさんしかいなかったが」


  そんななのはの可愛らしい仕草を見て、恭也はわずかに表情を崩すとまたゆっくりと口を開いた。


 「気が付いたらなのはをはじめ、何時の間にか家族と呼べる人達が増えていたな」


 「はい……」


 「それはきっと、なんだ、その、素晴らしい事……なんだろう」


  自分でらしくないと思っているのか、何度か言葉を詰らせながら。


 「そんなものかもしれないな。家族というのは」


  そう言ってもう一度ふぅと息を漏らすと、恭也はなのはを振り返ってにっこりと、今度ははっき
 りと微笑みかけた。


 「しかし、なのはは優しいな」


 「ほえ?」


  愛おしげな視線と共に降ってきたそんな言葉に、なのははパッと身を起こす。


 「俺達だけじゃなく、月村たちも書いてあげないと可哀想だと思ったんだろ」


 「え? え? そんな」


  しかし共に降ってきた恭也の手がなのはの頭を捕らえ、さりさりとゆっくり撫でまわす。


 「優しいな。なのはは」


 「別にそんなつもりじゃ、なかったんですけど」


 「いいコだ」


 「はうー、ぅにゅ……」


  なんとか否定しようとするが、それでもずっと撫で続けられ。やがてなのはの体から抵抗する力
 も抜けていき、そのまま赤い顔で兄の大きな手にじっと身をゆだねていた。






 『……お兄ちゃんはふだんものしずかであまり話す方ではありませんが、そのおちついた声で話し
 かけられると、なんだかわたしまでおちついた、おだやかな気持ちになります。本当は少しだけお
 父さんのようにも思っているのですが、前にそう話したときにお兄ちゃんは変なかおをしたので、
 それは今はひみつです』






                     〜◆〜






  恐らくは仕事で疲れているであろう母の部屋の前まで来て、なのははまだ逡巡していたがやがて
 意を決すると静かに二回だけノックし、中へと足を踏み入れた。


 「あらなのは、あんたまだ起きてたの」


 「おかーさん」


  後ろ手に扉を閉めるが、まだためらいを示すかのように、入ってすぐの辺りで立ち尽くすなのは。


 「じつはね、聞きたいことが……」


 「んーなになに」


  そんななのはの気持ちを知ってか知らずか、桃子は笑顔で手招きして娘を傍に座らせる。


 「はー、家族ねぇ」


 「みんなに聞いてまわったんだけど、だれも教えてくれなくって」


  事情を話し終えたなのははすでに俯き加減で、膝の上でキュッとこぶしを握っている。


 「なんだ、そんなの簡単じゃない」


 「……おかーさんも、自分で決めろって言うんですか?」


 「え? ああ違うわよ」


  なのはが疑いの目で母の顔を見上げると、桃子は笑いながら手を横に振ってさらりと言った。




 「悩むぐらいなら、全部書いちゃえばいいじゃない♪」




 「え……?」


  あっけらかんとした口調に、なのははその言葉の意味を理解するのに暫く時間を要し。


 「その方が早いわよ。きっと」


 「……で、でもでも、いいのかな?」


 「なにが?」


 「だって、勝手にそんな……」


 「あはは、なに言ってんのよ」


  なぜか両手をばたばたとさせながらなおも食い下がるなのはに、桃子はただ笑顔のまま。


 「なのはが家族だと思う人は、みんな家族よ。向こうだってきっとそう思ってるわ」


 「そう、なのかな」


 「そうよ」


  自身満々にそう断言すると、ふーっとなのはの体から力が抜けて肩が下りていった。


 「……ねぇなのは。なのはのおとーさんはもう、死んじゃって今ここに居ないけど」


  そんな娘の様子に目を細めていた桃子は、ふいにスッと、その視線を外すと、宙を見詰め静かに
 話し始めた。


 「それじゃあおとーさんは家族じゃない?」


 「そ、そんなことありません!」


 「そうよね。わかってる」


  フフッと小さく声を立てて笑い、ひんやりとした手の甲でなのはの額を、髪をかき上げるように
 撫でつける。


 「おとーさんに直接確認はとれないけど、きっと、あの人もなのはを大切な家族だと思ってるわ」


 「はい……」


 「なのはがそう思っているように、ね」


  顔の横で指を立てピッとポーズを取り、パチッとウィンクして見せて。


 「だからなのはが少しでも家族だと思う人のことは」


  立てた人差し指で、なのはのぷにぷにほっぺをツンツンと突っつく。


 「片っ端から書いちゃいなさいな♪」


  そうして肩をすくめて、またあはっと笑った。


 「……うん。うんっ、そうする!」


 「そうしなさいそうしなさい」


  頷く母の言葉に、ようやく我が意を得たりといった体で、興奮してなのはは大きく頷きながら、
 ブンブンと両こぶしを縦に振る。


 「えへへ……おかー、さんっ♪」


 「あらら」


  そのままぽふっと桃子の膝元に倒れこんだなのはは、ギゥっと力いっぱい抱きつくと、ぐりぐり
 と何度も頭をすりつけていた。






 『……わたしのお母さんは、ふしぎです。お母さんにお話しているだけで、わたしは安心して、い
 つの間にか何でもかいけつしているからです。まるでまほう使いのようです。あとお母さんの作っ
 たおいしいおかしやお料理を食べた時も。しあわせな気分になれます。これはわたしだけでなく、
 みんなもそう思っているみたいです。だからお母さんは、家族みんなのまほう使いなのです』






                     〜◆〜






 「〜♪」


 「……なのは」


 「はや? おにーちゃん……と、美由希おねーちゃん?」


  母の部屋から軽い足取りで出てきた所で、なのはは背後から呼びとめられる。振り向くとそこに
 は兄恭也と、その背後に隠れるよう居た美由希が脇からピョコッと顔を出した。


 「ほれ、美由希」


 「う、うん。あ、あのね? なのは」


 「はい」


  恭也に促され背中から姿を見せると、美由希はなのはの前にしゃがみこんで。


 「あっ、あのね、私あれから、ちょっと考えたんだけど」


  逆に下から覗き込むようにして、妹と視線を合わせる。


 「今まで考えてくれてたんですか?」


 「うん……それでやっぱり、わたし上手く言えないんだけど、でもね」


 「はい」


  その真剣な様子に、なのはもその都度コクコクと頷いていた。


 「なのはが家族だと思う人は、きっとみんな家族なんだよ」


  美由希はなのはの両手を取って、ゆっくりと、語りかける。


 「それに相手の方も、そう思ってくれてるんじゃないかなぁって……」


  それでも自信なさげに時折あさってに視線をそらしながらも。


 「わたしは、そう思うの」


  握った両手にキュッと力をこめると、美由希はもう一度、しっかりとなのはの瞳を潤んだ瞳に映
 しこんでそう言った。


 「はいっ! 今おかーさんにもそう言われました!」


 「……はい?」


  しかし、返って来たなのはの元気いっぱいの声に、美由希の眼鏡がズルっとずり落ちる。


 「だからおかーさんもおにーちゃんもおねーちゃんも、晶ちゃんレンちゃんも、フィアッセおねー
 ちゃんもくーちゃんも忍さんも那美さんもノエルさんも、アリサちゃんもみんなみんな……」


  初めは指折り名前を挙げていたが、やがて両手を大きく円を描くようにさかさかと振って。


 「なのはの家族なんです!」


  なのはは高揚した頬と満面の笑顔と共にそう宣言した。


 「……あ、う、うんうん、それは、よかったね」


 「はい♪」


  笑顔のままひきつった表情をなんとか動かして答える姉に、無邪気に微笑み返すなのは。


 「これからさっそく書き始めるの、おにーちゃんの事もおねーちゃんの事も。期待しててね」


 「ああ。そうさせてもらう」


  まだ固まっている美由希の代わりに、恭也が手を振ってなのはに応える。


 「おねーちゃんたちも頑張ってねー」


 「う、うん。またねー……」


 「はーい」


  なのはは手に持ったまだ白い原稿用紙と共に兄たちに手を振って、ぱたぱたとにぎやかに足音を
 立てながら廊下を走り去っていった。


 「で、またもやお前は役立たずおよび無能者だったと」


 「うう、喜んでいいやら、旅立っていいやら……」


  なのはの悩みが解決した事は喜ばしいが、結局役立たずだった自分に複雑な気持ちを抱きながら。
 わしわしと恭也に頭を掻きまわされつつ美由希は亀のように首をすくめ唸っていた。






 『……だから美由希お姉ちゃんは、ちょっとドジなところがあるけど、いつもしんけんにわたしの
 事を考えてくれている、やさしいお姉ちゃんです。だからわたしはそんなお姉ちゃんが大好きです。
 こんな人たちに囲まれて、わたしは本当にレ……ゐ〜……』






                     〜◆〜






 「……途中で寝てしまったか」


 「zz……すー……」


  睡魔に負けてしまったのか最後は謎の曲線群となってしまっている原稿と、机の上で眠りこんで
 しまっているなのはを交互に眺めながら、恭也は静かにそう呟いた。


 「ふふ、かーわいーったら」


  外から灯りがついているのを見て不審に思い、共になのはの部屋へとやって来ていた美由希も、
 突っ伏し眠りこける天使の横顔に見とれ目尻を下げ。


 「この子の寝顔を見てると、なんだかこっちまで笑顔になっちゃうよね」


 「ああ、そうだな」


 「まるで、魔法みたいに……」


  潜めた声でそう話す間も目を離すことなく、指でそのほっぺをつつきたい衝動と戦っていた。


 「ベッドに運んでやるか」


 「でもいいのかな?」


 「大丈夫だろ。なのはの事だ、明日が提出日という事はあるまい」


 「そだよね」


  ようやく名残惜しそうに離れると、妹を寝かせる為ベッドのかけ布団をぺらんと捲り上げる。


 「……家族、か」


 「なんだか、不思議な言葉だよね。恭ちゃん」


 「そうだな……ここ高町家は、なぁ」


  なのはをベッドに寝かせ、布団の上からぽんぽんと軽く叩きながら。恭也は美由希を振り向くと
 ただ苦笑して。


 「うちの家族っていうのは、ルフィ海賊団とか、シシリアン・ダンディとかドーラ一家とか、そう
 いう意味に近いかもしれないしね」


 「……よく分からんが、まあそうかもな」


  言葉の意味はさっぱり分からなかったが、突っ込むのもなんだと思った恭也はとりあえず適当に
 頷いておいた。


 「それで? 恭ちゃんは忍さんと那美さん、どっちと結婚するの?」


 「くっ、なんだお前まで」


  振り返った美由希に突然そんな話をふられ、思わず絶句する。


 「ねーねーどっち?」


 「……知らん」


 「んー?」


  恭也は不機嫌そうに低くそれだけ言ってプイとそっぽを向くが、その度にクルクルと美由希の顔
 が追いかけてきて。ん? と笑顔で下から覗き込んでくる。


 「それにその二人の内どちらか、と決まったわけでもあるまい」


 「あ、そうなんだ」


 「ああ」


 「ふ〜ん……そうなんだ。んふふ」


  そんな恭也のぶっきらぼうな返事を聞くと、美由希は急に兄の顔を追いかけるのをやめ、口元に
 両手をやって漏れる声を押しこめる。


 「なんだ一体」


 「べっつにぃ……そっか、そうなんだぁ」


 「ったく」


 「えへ、えへへへ……」


  まだくすくすと笑い続ける美由希に、恭也は肩をすくめるがそれ以上何も言わなかった。


 「さて、そろそろなのはをゆっくり寝かせてやろう。行くぞ美由希」


 「あ、はい」


  そう言って手を振ってさっさと立ち去ろうとする恭也の後を、慌てて美由希も追っていく。


 「ぅ、ん」


 「なのは?」


 「ぅにゃ〜……」


  その時小さく声を漏らして、なのはが寝返りをうつと。ずれた布団を美由希が戻ってかけ直し、
 もう一度だけポンと布団を叩く。






 「おやすみなさい……我が家の魔法使い」


  パチンと電灯が切られ、美由希達が部屋を後にすると、暗闇の中なのはの安らかな寝顔だけが残
 されたのだった。






                                       了









  後書き:ストーリーの元ネタはツインシグナルですね。
      こういった平和な話が好きだったんですけど、
      後半戦闘が増えてちょっと寂しかったな〜。





  03/07/13――初投稿。
  04/10/23――加筆修正。

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