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  〜こぴーろぼっと〜
  (Main:薫 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  朝。さざなみ寮の玄関では、最近薫にとって習慣となりつつある光景が繰り広げられていた。


 「いってらっしゃい、薫」


  既に靴を履いた状態で立ち尽くしながら、何時からだろうかと薫は漫然と考えていた。


  自分が毎朝出掛けに、特に乱れている訳でもないのにこうやって耕介さんに髪を梳いてもらった
 り、制服やリボンを直してもらったりしているのは。


 「……ハイ、いってきます耕介さん」


  キュッと緩んでもいないリボンを絞め直してもらうと、気合が入る。不思議な力がわいてくる。


  耕介と薫が付き合い始めてから何となく始まった朝の儀式。ただその日は薫にとって普段と違う
 事が二つあった。


 「うん、今日の薫も良い顔してる」


 「あ、ありがとうございます。でも十人前の、これといって特徴のない顔だと思いますけど」


  一つは耕介がこうあからさまに恋人の事を誉めた事。薫は戸惑い苦笑して理屈を返すが、やはり
 無意識に軽く俯いてしまう。


  惚れた欲目、痘痕も笑窪。そんな言葉すらうぬぼれかもと薫には口に出す事が出来なかった。


 「顔って言うか、この場合表情になるのかな?」


  そんな薫の心を知ってか知らずか、耕介は真面目に答えたお返しなのか真面目に説明を始めた。


 「薫らしい真っ直ぐな心が表れてて、俺は好きだよ」


 「……ありがとうございます」


  もう一度、俯き加減で礼を言う。頬が熱い。そんな薫に耕介は無言でもう一度手を伸ばした。


 「あ……」


  耕介の大きな手の平、甲がかすかに触れる程度に薫の頬、二の腕、髪、肩等の上をするりするり
 と這い回る。


 「んっ、ん」


  一方身体を触れられる度ピクッ、ピクッと小さく身動ぎしつつも薫はされるがまま。


  許しているとはいえ本当は薫にとってこの行為はまだかなり恥ずかしいものがあり、毎度何とか
 平素を保っているつもりであったのだが。


  実際は耕介にはバレバレで、その健気さがまた可愛くって仕方がない。


 「かおーる」


 「ハイ?」


  小刻みに震える薫のキュッと結んだ口元に力が入ってきた頃。ついに耐えられなくなった耕介が、
 不意に体を傾け覆い被さるよう顔を近づけた。


 「こ、こうすけさん? なっ! ななななな……」


  髪をかき上げ、ついと額に口付けようとする耕介。二人きりの時にならともかく、いつ誰が来る
 とも知れぬ玄関先でこんな事は初めてだった。


 「だ、ダメですっ!」


  唇が触れる寸前、しかしそれは薫の両手によって阻まれた。


  思考が千々に乱れて言うべき言葉がすぐに出てこない。体が、カッと発熱したようになっていた。


 「あ、あの、あの……行って参ります!」


 「あっ、薫!」


  そう言い残し薫は一目散に玄関を飛び出した。普段ならありえない玄関の扉を閉め忘れるという
 所からも、その慌てぶりが窺える。


  けして嫌だった訳ではない。正直嬉しかったのだが、誰かに見られたらという羞恥心が先立って
 しまったのだ。


  また耕介に悪い事をしたかもと思いつつも、歩調を緩めることが出来ない。


 「ちょっと、惜しかったかな……ってな、ななな、う、うちは一体」


  そんな中湧き上がってきた己の感情に、薫はまたうひ〜と叫びたくなった。


  自分は、何を考えているんだ。


  煩悩を追い出そうと頭を左右に振り乱しながら、更に速度を増していく。


  その後姿に耕介はというと、薫は可愛いなぁなどとのんきな事を思いながら。


  悪いからずっと見蕩れていた。






                     〜◆〜






  学校にたどり着いてからも、薫の気分は晴れなかった。


 「……はぁ」


  本日何十回目かのため息。すでに二限の授業の時間が過ぎているが、今朝の出来事が薫の頭から
 離れないでいた。


  あんな風に強く振り払ってしまって、耕介さんは気分を害してはいないだろうか。今更ながら後
 悔の黒い染みが胸の中に広がっていくのを感じる。


  額に口付ける程度なら許してもよかったかも。一瞬の事で他人に見られる事も無かったのでは。
 しかしあれを許すと今度は唇を重ねてしまうかもしれない。


  出掛けにそんな事をすると、後で口の周りがカサついてしまう。万が一それで自分が朝から何を
 してきたのか、分かる人には分かってしまうかもしれないし。


  部屋で二人っきりの時にゆっくりと、ならば何の問題も無かったのだ。いつものように耕介さん
 の方から誘ってくれれば、うちもいつだって……


  と、そこまで考えてまた薫は頭を抱えた。ああ自分は一体何を考えているのだと。


  そうやって一人悶々とする間、薫は眉をハの字にした困惑顔から急にぽっと赤くなったかと思う
 と、ニヤニヤ口元が緩み、その内顔を両手で覆ってくしゃくしゃと熱くなった顔面をこねくり回し
 だし、そうして突然真顔に戻り背筋を伸ばしたかと思えば、暫くしてまた机の上に沈んでいく……
 といった百面相を永遠繰り返していたのだった。


 「……はふぅ」


  自分の頭の中が自分の物ではないような感覚に、ため息も出ようというもの。


  そんな時に限って薫のすぐ後ろの席、千堂瞳の席では後輩からこんな相談を受けていたりする。


 「私の彼、いっつも体ばっかり求めてくるんです……どうしたらいいんでしょう千堂先輩?」


 「まぁ年頃の男の子って、どうしようもない所があるから……」


  普段の薫ならば自然と耳を塞いでいるシチュエーションであったが、この日は背中に降りかかる
 二人の会話を払いのける事が出来ず。自然と聞き入ってしまっていた。


 「そういうのひっくるめてお互いの相性なんだから、嫌なら嫌とキチンと言うべきだと思うわよ?」


 「でも断ったりして、そんな事で別れたりしたくありませんし……」


  そういうものなんだろうか。薫はぼんやりと遠くに黒板を眺めながら思った。


  耕介さんは基本的にうちの意思を尊重してくれる。またこちらから誘う事は恥ずかしくて出来な
 いのを察して、向こうから声をかけてくれる。その優しさがまた嬉しい。


 「私も嫌って訳じゃないんです。でもそればっかりだと、私にそれしか価値が無い気がして……」


 「う〜ん極論だけど、大抵の男の子はそういう事したいから付き合ってると思った方がいいかもよ」


  今は求められると正直嬉しい。自分は無論気持ちがいいし、また耕介さんがあの時うちの身体で
 気持ちよくなってくれているのか、分からなくて時折不安になるから。


  だから求められるという事はそういう事なのだと薫は内心ホッとしていた。


 「……えへ」


  気持ち、いいもんなぁ。


  いつしか耕介との甘い行為を反芻しだし、またその口元がゆるゆるとしまり無く緩んでいく。


 「えへへ、へ」


  その痴態にもう薫本人は気が付いていない。頭の中身はピンク色の脳細胞で一杯だった。


  裸で抱き合うだけで、何であんなにも心地好いのだろう。刺激に体中がのた打ち回っている感じ
 なのに、頭だけはどこか夢見心地で。


  そのくせ声だけは無意識に出ているし。初めて自分が声を出している事に気がついた時は、恥ず
 かしさに死にそうになった。必死で我慢しようとしたけれど駄目で。触れられる度、突かれる度ど
 うしても肺の奥から息が漏れてしまって……ってつ、突かれるって。


 「……おる、かおるー?」


  すぐ近くで呼び声がしているのだが、薫はまったく気が付かない。


  それどころか己の妄想にイヤンイヤンと真っ赤な両頬を押えながら、頭を振り出す始末。


  こんなうちを耕介さんはイヤラシイ娘だと思ってはいないだろうか。ううん、こんな事を考えて
 いる自分はもう十分嫌らしい女なのだろう。


  でも耕介さんにだけは嫌われたくない。見捨てられたくない、大好きなあの人にだけは。その為
 にはなんだって……


 「薫ってば!」


  バン!


 「うわぁぁっ?!」


 「キャッ! な、何よ。そんなに驚かなくってもいいじゃない」


 「……せ、千堂? なに、なんの用ね」


  勢いよく机を叩かれ、我に返った薫が驚いて頭を上げると、そこにはちょっと怒ったように眉を
 ひそめた瞳が、その長身を屈め薫の顔を覗き込んでいた。


  疾うの昔に後輩との話は終わっていたらしい。


 「んもー聞いてなかったの? 今日の護身道部と剣道部の合同練習についての話!」


 「あ、ああ。ご免」


 「しっかりしてよね部長さん」


  呆れたように肩をすくめると、瞳は自分の席へ戻っていく。休み時間も終わり丁度教師が教室に
 入ってきたからだ。


  いけない。薫は思った。今まで仕事で疲れていて集中力が出ない事はあったが、ここまで酷い事
 は無かった。まして今日は仕事の所為ではなく耕介の、恋人の事を考えてである。


  せめて授業中はしっかりせねば、とパンッと軽く自分に平手打ちすると薫は気合一閃、世界史の
 授業に挑んでいった。


 「……はふぅ」


  しかしそれも束の間、暫くするとすぐにもやもやと霞がかった気分に逆戻りしてしまう。


  黒板にチョークで書かれた文字も、今はただの無意味な白い列にしか見えない。それに合わせる
 かのように、普段落書きなど滅多にしないノートにも無意味な曲線が走っていた。


  もしかして、うち。


  したい、なんて思ってるんじゃあ……


  指折り数えてみて、カァッと赤面する。最後にしてからまだ一週間ほどしか経っていなかったの
 だ。


  欲求不満。そんな言葉が薫の脳裏によぎる。


  一体いつから自分はこんな事を思うようになってしまったのか。肉欲を抱くなど、初めて経験し
 たのもそう遠くないというのに。


  そういえば初めて結ばれた翌日、腰に違和感を感じた。後に普段使わない筋肉だと誰かが言って
 いたのを聞いた事がある。


  これも普段使われていないだけで、うちの中にあった欲求なのかな。


  そんな事を思いながら老教師の声とカリカリ鉛筆の音が響き渡る中、薫はまた記憶の海の底へと
 沈んでいった。


  耕介さんはどうなんだろう。耕介さんも、今のうちみたいな気持ちになるんだろうか。


  生真面目なうちに気を使って、そうなってもあんまり頻繁には求めてこない気がする。耕介さん、
 優しいから。


  ……でもいざ最中となったら、少し意地悪な気も。口でされたり、うちに自分で動くようにとか。
 恥ずかしくてたまらない。


  一度そう言ったら耕介さん、薫も一緒に気持ちよくなって欲しいって。うちは普通に触れられて
 いるだけで、酷く気持ちがいいんだけれど。この間指を舐められただけで背中がゾクゾクッとして、
 たまらなかった。


  勿論耕介さんの指に触れられるのも。以前指だけで達しそうになった時、跳ね除けたらそれ以上
 はしてこなかった。ああいう所はちゃんと引いてくれるんだけど。


  気持ちがよすぎて、少し恐い時がある。頭の中が真っ白になって、フッと、全身から力が抜けて
 しまって。


  恐怖の余りぎゅっと抱きついていたいのに、それが出来ない。だからそういう時、強く抱きしめ
 ていてもらえると安心して、すごく嬉しい。


  そうなる直前は逆に力が入ってしまうんだけれど。口で、うちのをしてくれている時、耕介さん
 の頭を思いっきり挟んでしまって。ちょっと苦しそうだった。


  抱かれている時も、つい、力が入って足でしがみついてしまう事がある。ああなると耕介さんも
 動き辛そうで。


  だから何時の間にかちょっと体を横にされていた時は、スムーズだったかな、なーんて……


  カシャン!


 「う、うわあぁぁぁぁっ?!」


 「なっ?!」


 「ど、どうした神咲?」


  突然の悲鳴に教師が、そしてクラス中が注目する。


  我に返ってしまったのだ。


  筆箱が落ちた音にふと我に返った薫は、自分が授業中にどっぷりと卑猥な回想に浸かっていた事
 を自覚し、思わず羞恥の余り叫び声を上げてしまっていた。


 「す、すいません! なん、なんでも、ないんです……」


 「それならいいが……体調が悪いのなら保健室へ行けよ」


  ハイ、と答えて座り直したものの、薫の心臓はまだバクバクと早鐘のように脈打っていた。更に
 先ほどの絶叫以来、皆が自分を見ている気がしてしまって動悸が治まる気配が無い。


  結局暫くの後、薫は御手洗いに行きたいと教師に告げ一人教室を出て行く事となった。


 「ふぅ」


  バシャバシャと派手に洗面台で顔を洗う。ようやく人心地ついた気がした。


 「……しっかりせんね、薫」


  鏡の中の自分に向かって小さく叱咤する。とその時背後から何者かの呼ぶ声がした。


 「薫、居るー?」


 「え? あ、千堂」


 「大丈夫? なんだかさっきからずっと様子がおかしかったけど」


 「う、うん。なんでんなか」


  そう言って瞳は個室には向かわず、薫と同じ洗面台の前に陣取った。それで彼女が自分を心配し
 て来てくれたのだと分かり、薫は何故か酷く動揺してしまう。


 「ひょっとして薫……今日、アレ?」


 「えっ?! あ、いや、まあその」


 「もしなんだったら、私の貸そうか?」


 「いや、大丈夫だから。うん」


  生理が近いから、こんな気持ちになるんだろうか。


  言われてみれば確かに予定は近い。何処かで聞きかじった知識が薫の頭をよぎる。


  もしかしたら女になった今、よりそれが強いのだろうか。


  またそんな事を思うから先ほど水で冷ました筈の顔が再び熱くなる。


  そういえば、とそこで薫はふとある事を思い出した。今は千堂にも年下の彼氏が居るらしい。


  もしかしたら彼女も自分と同じような気持ちになる事があるのだろうか。


  まさか。すぐに頭を振る。自分よりずっと凛とした、強い彼女が。でもひょっとして……


  相談にのってもらえるかも、と逡巡の末薫が振り向くと、瞳はついでとばかりに鏡に向かって、
 髪や身形をあれこれ整えていた。


 「せ、千堂」


 「んー?」


  意を決して親友に話し掛ける。口の中がカラカラで、言葉が上手く出てこない。


 「あの、千堂は、そのええと……」


 「何? 薫」


 「……いや、なんでもない。ありがとう千堂」


 「へ? な、なーに言ってるのよ急にあらたまっちゃって!」


  瞳の不思議そうな顔を見て、薫はすんでに我に返った。一体こんな事、どう聞こうというのだ。


  薫にしては歯切れの悪い調子に違和感を感じていた瞳であったが、上手い具合に礼を言うのを恥
 ずかしがっていると取ってくれたようだ。


  薫はホッと胸を撫で下ろしたが、それでも親友に嘘をついた事にその奥が少し痛む。


 「ほらほら、そろそろ教室に戻りましょっか♪」


 「う、うん」


  バシバシと手加減無しで叩かれた背中も痛かったが。


  その後教室に戻ったものの薫の集中力は戻らず。どこか上の空のまま結局部活の方でも体調不良
 という事で、瞳にも他の部員たちにも色々と気を使わせてしまい。


 「ハァ」


  今薫は帰りのバスの中で揺れていた。ガタゴト一緒に揺れる窓の向こうの風景を見るでもなしに
 ボーっと眺める。


  今日の自分は、最低だ。


  目の前が真っ暗になるほど罪悪感に苛まれながら、一体どうしてこんな事になってしまったのか、
 と薫はまだまともだった頃の自分を記憶から掘り起こしていく。


  耕介さんと関係を持つまで、あまり自分の身体が女である事を意識した事が無かった。


  以前にチカンの手を思いっきり叩いた事はあったけれど。そう思うと急に周りが気になりだし、
 薫は無意識に人気の少ないバスの中をグルリと一周見回す。


  自分の身体が男性の欲望の対象になるという事を、実感できていなかったのだ。今は耕介以外の
 男からそういった目で見られている事を想像するとゾッとする。


 「ふぅ」


  そこでまた薫はため息を漏らした。では今日の自分はどうだろう。結局耕介を欲望の対象として
 しか見ていないのではないのか。そう思えたからだ。


  あの後輩の彼氏の事を笑えんね。


  自嘲は本来苦いものだが、今はそれさえも嫌らしくピンク掛かっているように見えた。






                     〜◆〜






  薫は既に玄関の前で三十秒ほど立ちすくんでいた。なかなか寮内に入る事に、いやさ耕介と顔を
 合わせる事に決心がつかなかったのである。


  それでもスゥと一つ深呼吸してから、意を決し右手を引くとギギィと重々しい音を立てて扉が開
 いていく。


  コホン、と一つ咳払い。寮内へと足を踏み入れると漸う口を開いた。


 「……あー、ただいまもどりま――」


 『俺のこの体は今日の為にあったことをV3、あなたが教えてくれた』


  ズルガターン!


 「ん? なんなのだ?」


  美緒の見ていたビデオのセリフに反応し、リビングの入り口で思いっきり転けた。


 「どうかしてる……」


 「ほえ?」


  いつもなら帰宅後まず耕介の居る確率が一番高いキッチンへと向かうのだが、出鼻をくじかれた
 薫はもうその気力も削がれ、疑問符を浮かべる美緒を余所にぶつぶつと何事か呟きながら、夢遊病
 患者のようにふらふら二階へと上がっていった。


 「あ、お帰りなさい薫さん」


 「よー神咲。あたしらこれからちょっち出掛けてくっから」


 「……ただいま戻りました」


  俯いてはいるが、階段は見ていない。そんな危なっかしい足取りのまま丁度二階へと上りきった
 所で、薫は二人の住人と鉢合わせた。真雪と知佳の仁村姉妹である。


 「残念だったな、耕介の奴今は買い物に出てるぞ」


 「え、そうだったんですか?」


  開口一番真雪はからかうような口調で薫にそう言った。薫の元気無い様子を、耕介が居ないから
 だと思ったからだ。


 「あれ? 薫さんキッチンへは行かなかったの?」


 「う、うん。先ずは荷物を置こうと思って」


  だが本当に知らなかった薫と、こちらも当然耕介に会いに行っているとばかり思っていた知佳。
 二人が驚き合っているその間、スーッと背後へ回った者が居る事に薫は気が付かなかった。


 「……かーんざきっ!」


 「うはぁっ?!」


 「どだ? こーすけの奴にたっぷり揉まれて、ちったあ成長したか?」


 「やっ! 仁村さ、あっ、ふぁ」


 「ちょ、お、おねーちゃん!」


  突然、真雪が後から薫の両胸を鷲掴みにした。


  突然の刺激に奇声を上げ暴れるが真雪はがっちりと抱きかかえたまま、強く、ブラの上からでも
 指の間に先端を挟めるほど強く薫の胸を掴んでいて放さない。


 「ひゃっ、んはっ、んん……」


  中指と薬指の間で乳首をしっかりと捕らえ、大きく回すように乳房を揉みしだく。今の薫にこの
 刺激は強すぎた。


  嫌だと思いながらも頭の中は真っ白で、徐々に体中から力が抜け真雪にもたれかかるよう抵抗が
 弱まっていく。


 「ふぁ……」


 「あれ? ひょっとしてもう感じちゃった?」


 「……っ! ヤッ!」


 「うをっ?!」


  その言葉にハッと我に返った薫は、強引に真雪の腕を振り払うと。


 「あ、あの、あの……うちお風呂に入ってきますっ!」


 「あ、薫さーん!」


 「あーれま」


  再び一階へと駆け下りていった。


 「はぁ、はぁ……ング」


  脱衣場に飛び込んだ薫はそこに閉じ篭るかのようにドアにもたれ掛り、荒い息というよりむしろ
 心を落ち着かせる為ゴクンと一つ生唾を飲み込む。


  気持ち、よかった。


  耕介さんじゃなく、真雪さんに触られたのに。


  その事実は相手は誰でもよいのかと更に薫を暗澹たる気分へと突き落とす。


  と、薫は現在自分の居る場所がどこかを思い出した。


  お風呂に入ろうかな。


  自分の身体が汚れているように思えて、全てを洗い流してしまいたくなったのだ。


  勢いで逃げ込んだ脱衣場だったがこの際好都合に思えた。僅かな逡巡の後風呂に入る事に決めた
 薫は胸のタイに手を掛けようとして、そこで初めて鞄を持ったままな事に気が付き苦笑する。


  シュル。パサリ。


  鞄を脇へと置いて、制服を脱いでいく。しかしその間も薫の心は忸怩たる思いで一杯だった。


  耕介さんに他の女の人が入った後のお風呂に入って欲しくない。以前そこまで考えてしまった事
 があったのに。


  それなのに自分は誰彼構わず気持ちよくなってしまうのか、となんだかグスンとしてしまうほど
 悔しい気持ちがわいてくる薫であった。


  一旦脱ぎ捨てた衣類を綺麗に畳んで籠に入れると浴室へと進む。この時間学校帰りの寮生がよく
 汗を流すので、浴槽にはすでに耕介によって湯が張られていた。その事にちょこっと笑顔を取り戻
 した薫は、椅子に座るとまずは二、三度掛け湯する。


  そういえば、何時の間にか消えてしまうんだよな。


  薫が耕介と愛し合った翌朝、風呂の中で胸や脇、内モモについた無数の赤い痣を見付けた。初め
 は剣道部でついたものかと思っていたが、それがなんであるか気が付いた時、薫はその痣が分から
 なくなるほど赤面したものである。


  またその日一日どう隠していこうか悩んだ薫だったが、耕介が気を使ってくれたのか幸い目立つ
 部分には無く。その後すぐに消えてしまうとなんだか少し淋しい気もしたのだった。


  自分の綺麗な肌を眺めながらそんな記憶を掘り起こしていた薫。耕介が愛してくれた体、と思う
 と先ほどの嫌悪感も薄れていくように思えて。


  何気無く全身を見回しているその内、薫の視線は真下で止まっていた。


  ここも、全部耕介さんには見られてしまってるんだよな。


  そう思うと無意識にスススッと両足が閉まる。


  実は普段綺麗に洗ってはいるつもりだが、薫は自分の女の部分がどうなっているのか、よく知ら
 なかった。


 「…………」


  脇をつうっとひと撫でするとぞわぞわ背中が総毛立ち、きゅうと胸の皮膚が収縮して先端が硬く
 立ち上がるのが分かる。


  お尻をずらし椅子に浅く腰掛け、そっと手をヘソの下の茂みから更にその奥の、両モモの間へと
 滑り込ませていく。


  ちょん、ちょんと何度か触れた後、薫は自分自身で慰めた事も無いそこを恐る恐るゆっくりと開
 いていってみた。


  「んっ、んん」


  勿論まだめくるように大きく開く事など出来なかったが、精一杯右手の中指と薬指で押し広げた
 そこに、左手で触れてみる。


 「クッ!」


  確かに穴がある。ほんの少し、指を入れてみたが恐くなってすぐに止めた。


  もう耕介さんの指も、耕介さん自身も入ったことがある場所なのに。


  そう普段なら自嘲する所だが、今の薫にはそんな余裕も無い。逆に奥まで押し広げられるような
 感触を思い出し、またカッと体の中心が熱くなる。


  暫く触れているとそこはやがて水とは違うものでぬかるみだし、遠のく意識とは裏腹にくちくち
 指の滑りだけが良くなっていった。


 「んっ!」


  やっぱりうちはまだ奥を深く強くいじられるよりも。


 「あっ、あっ……」


  表面を割れ目に沿ってゆっくりとなぞったり。


 「うん、ん」


  胸、とか。


 「ぅふ、は」


  内モモを手の甲でさすってもらったり、口づけてもらった方が気持ちよくて。


 「んんっ! んぁ、はっ、は……」


  少しだけ指を折り曲げて、こう、押し込んだり弛めたり……


 「……かおるさーん?」


 「うはっへっほほっひゃああっ?!」


  脱衣所の方から掛けられた呼び声に、薫は文字通り飛び上がってすっ転んだ。


  何とか振り返ると、磨りガラスの向こうにぼんやりと人影が見える。知佳が心配して様子を見に
 来てくれたらしい。


  実は知佳は先ほどからもう何度も声を掛けており、それがようやく薫の耳に届いたのだが。


 「なんだかうめき声みたいなのが聞こえた気がしたけど……大丈夫ー?」


 「な、なんでんなかぱるちょっとよ!」


 「……ハイ?」


  鹿児島弁までおかしくなっていた。


  知佳はちょっと疑問に思ったものの、それ以上追求せず。二人のガラス戸を通し震えるような、
 遠くなった声での会話が続いた。


 「ごめんねー薫さん、おねーちゃんがまたあんな事して」


 「あ、う、うん。大丈夫だから。ほんとに」


 「あとでお姉ちゃんには、たっぷりお仕置きしておくからね」


  それじゃ、と言い残し知佳の影と気配が消えたが、まだ胸のドキドキが静まらない。


  ようやく驚きと羞恥心が治まってくると、今度は自分がやっていた事を思い出し肩を落とした。
 むしろ悲しくなってしまったのだ。本当にもう、何をやっているんだろうと。


  その内に薫はキッと蛇口の方を睨みつけたかと思うと、桶にガーッと水を溜め、


 「ひぅっ!」


  ザアッと頭から一気に被った。色ボケた自分の頭を少しでも冷やす為に。






                     〜◆〜






 「ふぅ」


  あれから薫は何度も水を被り、少々すっきりとはしたものの、風呂上がりだというのにその体は
 完全に冷えてしまっていた。


 「あー、知佳ちゃん?」


  何か温かいものでも、と思いキッチンへと向かう。中に人の気配がしたので、てっきり知佳だと
 思った薫は声を掛けつつ足を踏み入れた。


 「や、おかえり薫」


 「こ、こここ耕介さんっ?!」


  が、そこに立っていたのは薫が今一番逢いたい、一番逢いたくない人物であった。


  耕介の姿を見ただけで胸がドクンッ! と跳ね上がった。火花が飛び出したかのように目の奥が
 チカチカする。


 「って帰ってきた順番から言えばこっちがただいまか。はは、ただいま薫」


 「お、お帰りなさいませ……」


 「?」


  どこか妙な敬語だが、テンパった薫にはそれを訂正する余裕も無い。とにかく耕介の顔を見ただ
 けで全てが吹っ飛んでしまったのだ。


 「所で大丈夫なのかい? 薫」


 「は、はい?」


 「薫の様子がなんだか変だって、知佳が言ってたけど」


 「あ、はぁ、その」


 「それと真雪さんを熱したフライパンで叩いておいたってさ。なんかあったのかね?」


 「はは、は」


  何とか普通に話そうとするが、努力も空しくピクピクと口元が歪み、顔面には乾いた笑いが張り
 付くばかり。


 「……薫、どこか体の調子でも悪いの?」


 「あいえ、そういう訳では……」


  そこでまた口篭もってしまう。


  いくら耕介には自分の気持ちをなるたけ素直に話そう、と決めている薫でも、まさか今日一日中
 あなたに抱いて貰いたくて仕方がありませんでした、とは言えない。


  そんな薫の態度に耕介も疑問を抱かずにはいられなかった。恋人を自認する者として、何か話し
 たい事があるんだろうと確信していたが、あれこれ話し掛けても一向に要領を得ない。


 「?!」


 「ん〜」


 「な、なぬっ、を……」


  と、困った耕介はおもむろに薫の髪をかき上げたかと思うと、顔を近づけ薫が拒否する間も無く
 額と額とをぴとっと触れ合せた。


  突然の事に薫はピキッと石のように硬直してしまう。額に伝わるぐりぐり感と、乾いた肌の感触。
 しかも目の前には、これ以上ないぐらい拡大された大好きな人の顔があるのだ。


 「コピーロボット」


 「へ?」


 「薫、コピーロボットって知ってる?」


  いえ、とか細く答える。声が震えないようにするのがやっとだった。


 「鼻を押すとその人そっくりになるロボットでね。それでこうやって額と額を合わせると、記憶が
 うつるんだけど」


 「はあ」


 「ん〜もしかしたらと思ったけど、やっぱり残念ながら俺には何にも伝わってこないや♪」


  当たり前の話であったが、薫はそれどころではない。目を逸らす事すら叶わず、ただただ曖昧に
 頷くのみ。


 「でも薫は話してはくれないみたいだし。だから伝わってくるまで、ずっとこうしていようかな」


 「そん、やぁ……」


  そう言ってまた耕介は薫の後頭部に手を回し、更に額同士を密着させた。薫の気も知らないで。


  ダメ、伝わってしまう。火照った顔の熱が。


  うちの邪な想いが。


 「……あれ? 薫、薫ひょっとしてほんとに――」


 「ふぅ……」


 「うわっ、わああ!?」


  薫はついに限界に達してしまった。フッと意識が遠のき、体中から力が抜けカクンと膝から崩れ
 落ちていく。何事かと耕介が慌てて支えた。


  どこか遠くで自分の名を呼ぶ声が聞こえる。大きな手に掴まれて冷えた肩がじんわりと暖かく、
 体がフワフワ浮いてるみたい……


  薫が覚えているのは、そこまでだった






                     〜◆〜






 「……あれ?」


  目覚めた薫が最初に見たものは、見慣れた自室の天井だった。


 「目がさめたかい?」


 「あ……耕介、さん」


  その視界にぬっと自分を覗き込む恋人の顔が入ってくる。


  キッチンで気を失い倒れた薫は、耕介の手により運ばれ部屋の布団の中で寝かされていた。


 「熱があったんだよ。たいした事無いけど、また疲れが出たんじゃないかな」


 「…………」


  耕介が優しく額を手の甲で撫でつけ、ほつれ毛をぬぐってくれる。大人しく目を細める薫。


 「もう幸水は終わりだね。これからは豊水だ」


  見るとこの場で剥いたらしく、脇に置かれた盆の上には白く濡れ光る梨とその皮が。


  食べる? と聞かれ薫はのっそりと体を起こし、小さく頷いた。


 「はいアーン」


 「え? あ、あの」


 「アーン」


 「あ、あ〜ん……」


  アーンと自分も口を開けながら、耕介はフォークに突き刺した梨を一欠片、薫の前に差し出す。
 戸惑う薫だったが耕介の強い態度に圧され、最後には顔を赤らめながらもシャクッと齧りついた。


  梨は甘くて、冷たくて、すっぱくて本当に美味しかった。


 「ウン、美味いね」


 「あ」


  齧り取った残りを、耕介がひょいと口に入れてしまう。それを見てまた少し薫の顔が熱くなる。


 「まずはゆっくり寝て、体を休める事だね」


  それから三個ほど耕介の手から食べさせてもらうと、促され薫は再び布団の上に横になった。


  スッとまた影が薫の顔に落ちる。逆光の中の耕介は優しく微笑んでいた。


 「他に何か欲しいものあるかい?」


 「……けさん」


 「んん?」


  ぽしょぽしょとかすれる声で何か答えたようだったが、耕介はよく聞こえなかったので頭を傾け、
 寝ている薫の口元に耳を寄せた。


 「コウスケさん、欲しい……」


 「?!」


  まだ朦朧とした意識の中、驚くほどすんなりと素直な気持ちが薫の口からこぼれ出た。


  あなたが、ほしいんです。


  熱以外に上気した顔で、両手を上に突き出し耕介を迎え入れる。


 「か、薫」


  覆い被さるよう抱きしめてくれた耕介の身体に、首にぎゅっと腕を回して、薫は精一杯強く抱き
 ついた。


  ああ、耕介さんの匂いがする。


  欲しかったのは、これだったんだ。


  熱に浮かされた薫の表情が穏やかに安らいでいく。綺麗も汚いもない、全て含んだ愛しさという
 名のぬくもりに包まれて、腕で、肩で、胸で、耕介を確かめていた。


  好きな人に触れたいと思う心は悪いものじゃない。ただただ自分はこの人が好きで好きで仕方が
 なかったんだ。そう自然に思えて。


  今薫の心は幸福と安らぎに満たされていた。


 「だいすき……」


  ただそうため息のように漏らすと、自分を抱きしめる太い腕の力が、ぎゅっと増した気がした。
 次の瞬間フッ、と意識が闇に吸い込まれていく。


  薫が覚えているのは、またもそこまでだった。






                     〜◆〜






  数日後の朝。さざなみ寮の玄関では、以前と変わらない光景が繰り広げられていた。


 「いってらっしゃい薫」


 「ハイ! いってきます耕介さん」


  今朝も耕介に髪や制服を直されながら、力強く答える薫。


  あれから体調の変化もあって、その気分は涙が出るほどツーンときついレモン・スカッシュを一
 気に飲み干したかのようにスッキリと晴れ渡っていた。


 「……なぁ、薫」


 「は、はい?」


  と、不意に耕介が顔を寄せてくる。先日の事もあり薫は思わずキュッと縮こまって身構えるが、
 耕介の唇はついと右に逸れ、耳元に寄せられていた。


  ホッ、と少しだけ安心する。しかし次に耕介が囁いた言葉は、そんな薫の心をまた喜悦と混乱の
 坩堝へと放り込むものだった。


 「今夜、薫んトコ行ってもいい?」


 「えっ?」


 「ほら、なんかさ薫溜まってるみたいだったし。はは、はっ」


 「……ッ?!」


  初め何を言われたのかよく分からなかった。誘われているのだ、と徐々にその意味を理解し始め
 ると、薫の顔がポンと薬缶みたいに沸騰する。


 「……し、知りませんっ!」


  何か言わなければと焦れば焦るほど頭の中が真っ白になり、何も言葉が出てこない。その内薫は
 じりっ、じりっと後退ったかと思うと、弾けるように出掛けて行ったのだった。


  その後姿に、耕介はやっぱり薫は可愛いなぁと不埒な事を思いながら、悪いからずっと見蕩れて
 いた。


 「……ちょっと、申し訳なかったかな」


  やはり恥ずかしいものは恥ずかしい。何もこんな早朝から、と薫の理性が悲鳴をあげている。


  が嬉しかったのは間違いない。耕介が自分を求めてくれるという事は、快楽だけではなく自分の
 ことを好いてくれているという事だからだ。今の薫はそう思えるようになっていた。


  ふつふつと胸の奥から喜びが湧いてきて、顔がニヤついていくのを抑える事が出来ない。


  耕介さん、お布団干しておいてくれるのかな。誘ってくれた日は、そうしてくれている場合が多
 い気がする。


  そういえば新しい下着はあっただろうか。派手な下着で誘うなんて事は出来る筈もないけれど、
 古いのを見られるのは恥ずかしいし。


 「結局はすぐに脱がされてしまうんだけど……ってまた、う、うちは何を」


  己の妄想にうひゃ〜と心の中で叫びながら、薫は尻尾を振り乱し長い坂道を駆け下りていった。






  薫の苦悩は、まだまだ続く。






                                       了









  後書き:久々のSSがこんなアフォなもんで申し訳ありません。
      もしかして自分はものすごくエロいんじゃないか、と悩む薫が書きたかっただけです。
      ま、そんな時ってありますよね男でも女でも。





  05/05/22――UP。

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