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  〜不幸の使者〜
  (Main:ゆうひ Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「う〜す、どうだ調子は? お姫様」


 「こほっ、うー……だいぶん、いい」


  ノックの音に目を覚まし、扉の向こうから現れた耕介の姿を認めると、ゆうひはのっそりとその
 重い体を起こしまだぼうっとする頭でそう答えた。


 「ア、こーすけくんの手え冷とーて、気持ちいー」


 「洗い物とかしてたからな」


 「ん〜」


  まだちょっと熱いかな、と額の熱とボケた返事で風邪の具合を判断する。


 「それにしてもお前が風邪ひくなんてなぁ。なんせ……あー」


 「……何が言いたいん耕介くん?」


  元気印の恋人が珍しく風邪をひいた事に、耕介は口に出さないながらもある思いが湧いて来るの
 を押さえる事が出来なかった。


 「だってお前、今まであんまり病気らしい病気したことなかったじゃん」


 「喉は大切な商売道具やし。それに元々うちはたまに病気するから、その分きっついんよ」


 「ふーん」


  そんなもんか、と普段自分もあまり病気をしない耕介は曖昧に頷く。


 「ま、これでうちがおバカやないゆう事が証明されたわけやけどね」


 「アホの子だけどな」


 「こらっ! ……ッゲッホホ! ゴフッ」


  ついいつものノリで出してしまった自らのツッコミに、ゆうひはげほげほ咳き込んでしまう。


 「オイオイ大丈夫か? それこれでも飲んで落ち着け少し」


 「あう。ありがと、耕介くん」


  慌てて耕介がオレンジの絞り汁を凍らせた物を浮かべたスポーツドリンクのコップを差し出すと、
 ゆうひはそれを両手で受け取ってゆっくりと喉に流し込んだ。


 「ん。んくっくっ……ぷぅ」


 「どうだ、美味いか?」


 「うん、幸せ♪」


 「しあわせって味は無いぞなもし」


 「えへへ」


  赤い顔で本当に幸せそうに微笑むゆうひの頭をさすりつつ、耕介は何やら指折り数えだし。


 「暖かくして湿度を保って、水分摂って……今は一生懸命汗かいて、こまめに着替えるしかないな。
 ほら脱いだ脱いだ」


 「え。あ、う〜」


  湿度を保つためと、体を拭くためのタオルが入ったお湯の洗面器をひっくり返さないよう脇へと
 置くと、ベッドににじり寄る。


 「なんだよ」


 「いや、いくら恋人やからって、ぱんつまで洗われるのはちょう恥ずかしいなぁ〜ってほほほ」


 「何を今更」


  もう何度も洗っとるがなと首を傾げる耕介に、ゆうひはうにうにと膝上で両手を突き合わせ。


 「せやけど今のうちの下着、端っこにマジックで『ゆ』とか書いてあるし……」


 「小学生かよっ?! てか洗濯する俺としてはそうしてもらえると実は助かるけど!」


  ビシッ、ともう慣れたツッコミを笑顔で受け止めるゆうひ。


 「あはは、ほんまはもうあらかた使ってもうて、普段あんま使わへん古い下着履いてるんよ」


 「ふーん、なるほど」


 「それでちょっと、ね」


  何をそんなに気にする事が、と思ったが耕介はがさつな男の自分とは違うのだろうと納得し。


 「まぁそれでも恥ずかしいならそっちで着替えてろよ、体拭いてからな。その間に俺はシーツの方
 を替えておくから」


 「うん。よっ、と」


 「……なにしてるんだ?」


  ベッドから降りついでにパンツの中に手を突っ込んで、もぞもぞと何事かしているゆうひに耕介
 が訝しげに尋ねる。


 「え、ポジション直し」


 「ってどこのだよっ! 女のお前が!」


 「えへ♪ 乙女の秘密や」


  先ほどの気遣いが嘘のような、そんな下ネタにもすっかり慣れるほど、さしつさされつし合った
 二人だった。


 「さて、まずはこーすけくんが持ってきてくれたタオルで体拭かんとね」


 「なんなら俺が全身ねっとり拭いてやろうか? んん?」


 「そ、それはちょっと遠慮しとくわ」


  ワキワキ妖しく両手の平を開け閉めして見せる耕介に、ゆうひは身を引きながら臭いとかあるし、
 と消え入りそうな声で呟く。


 「あれ、もうシャツが無い?」


 「あ、俺もそうかと思ってほれ、だからこれ持って来たから」


  パジャマの下に汗取りのシャツを着込んでいたゆうひは、それを脱ぎ濡れタオルで体を拭いて、
 上半身裸のまま替えのシャツを探していたが。


 「そらよっと」


 「わっ?!」


  突然頭からすっぽりTシャツを被せられる。


  思わず胸を押さえていた手が離れ、耕介にあ、おっぱい。などと思われている事もつゆ知らず、
 ゆうひは必死にもがいてようやく顔を出すと。


 「う〜む〜……ぷはっ!」


 「ハイこんにちは」


 「あっ、ン……」


  すぐ目の前には耕介の顔があり、キスされた。


 「あまい」


  さっきのジュースが残ってるな、とゆうひのシャツの裾を下に引いてやりながら、耕介は自分の
 唇を舐め満足げに微笑む。


 「……風邪、うつってまうで」


 「うつせば治るさ。早く俺にうつしなさい」


 「もう治りかけやってば――ぅんん……」


  もじもじとはにかむゆうひに、耕介は再びその唇を強引に奪うと、抱き寄せすりすりと後頭部を
 何度も丸く撫でつけたのだった。






                     〜◆〜






 「えーと洗い物はこれだけでいいか、先ずはこれだけ下に持って行って……」


 「なあ」


 「うん?」


  耕介が汚れ物を全てくるくるとひとまとめにして、とりあえずポンと脇へ置いたその時。


 「……ありがとなー、耕介くん」


 「な、何だよ急に」


  着替えも終わって再び布団の中にもぐりこんだゆうひが、くいっと掛け布団を鼻まで上げながら
 そう囁いた。


 「普段からやけど、こうやって色々、下のお世話までしてもーて。ほんと、うれし」


 「下はしてねーだろ、シモは」


  熱の為か先ほどのキスのせいか、ぼぅっとした状態でもボケを挟むゆうひの芸人根性に、耕介は
 感心しつつも苦笑する。


 「あらためてゆうひさんの乙女心は、感謝の気持ちで一杯一杯や」


 「……好きな女の子のために何かしたいってのは、男として当たり前の事さ」


 「うん……」


 「俺の場合それがたまたま下の世話だったってだけで」


 「下ちゃう自分でゆーたトコやん!」


  はははと笑い声を上げる耕介。


  労らねばと思ってはいるのだが、ついいつもの調子で恋人をいじってしまう。


 「ただこういうのもたまにはいいけど、もう普段の全身元気なゆうひも懐かしいかな。だから早く
 良くなって、また俺とどつき合おうぜ」


 「ウン。ありがと」


  ベッド脇に腰掛けた耕介が指でゆうひの頬をたどりながら、今度は手の甲でスッと撫で上げる。


  熱以外のもので更に赤くなるその頬を隠すように、ゆうひはまた布団にもぐりこんだ。


 「……ね、あんなあんな」


 「んー? なんだ」


 「耕介くん……うちのこと、好き?」


  少しの間そのまま顔を隠していたのだが、ふと、耕介を呼び止めそんな事を口にする。


 「……今言ったろ、聞こえたはずだ」


 「ええやーん、もう一回! な、な?」


 「そういう事はあんまり言うと価値が無くなる」


  改めて言われると急に恥ずかしくなった耕介は、追いすがる猫撫で声からぷいと顔だけそらして。


 「な〜ぁ〜?」


 「ぷいっ」


 「んなぁ〜ご〜? うにゃにゃんっ」


  身を起こしつつ最後には猫語になっておねだりするゆうひに。


 「……ああもう、すきだよ、好きだってばさっ!」


 「せやよね、えへへ……」


  耕介は叫ぶようにそう言うと、ったくと腰に手を当て憮然とする。


  が、言った方の顔が言われた方よりも赤い。


 「なぁ、ほんならほんなら」


 「何だよ今度は」


  耕介がまだ不機嫌な声のまま振り返ると、目を輝かせながらゆうひは続けざまこう尋ねた。


 「ほんなら耕介くんは、うちのどこが好きになったん?」


 「へ? どこがって……前にもそんな話したなぁ。わかんないよ、実際」


  思わず目を丸くして、ポリポリと頬を掻き。


 「なんて言うか、そりゃかわいーとか楽しーとか、ゆうひの好きな部分は沢山あるけどさ」


 「ふんふん?」


 「今更好きな理由なんて好きになった後に考えても、結局どれもこれもって、全部惚れた弱みにし
 か聞こえないよ」


 「そっかぁ」


  残念、と呟くがむしろその答えを予想していたかのように、さほど気落ちした気配も無くゆうひ
 はウンウンと首を縦に振っていた。


 「そーゆーお前はどうなんだ。ふってきたからには、何か話があるんだろうな」


 「えー」


  その様子を見て耕介はあえて突っ込んでやると、ゆうひはてれてれと身を左右に踊らし始め。


 「……実はな、うちはひと目ボレやったんよ。英語で言うとワン・アイ・ラブ♪」


 「ウソつけ」


  悪戯っぽい笑顔と共に放たれたウィンクを、耕介は一目惚れに対してか怪しい英語に対してか、
 分からないツッコミで打ち返す。


 「えーほんまやで?」


  などと言いつつも、ゆうひはクスクス笑い声が漏れるのを抑える事が出来ない。


 「ま、基本的には、うちも前と変われへんのやけどー」


 「ふむ」


 「こうやって寝てるとな、時間が沢山あるから。色々な事を夢に見たり、あらためて考えてもうた
 りするんよ」


 「普段ゆうひはあんまり考えずに、まず行動してるからな」


  耕介の横槍を軽く無視すると、ゆうひは何も無い空間を見詰めながら話を続けた。


 「それで考えてしまうんは、やっぱり耕介くんのことが一番多くって。それがまたうちが耕介くん
 のこと好きなんやなーって事の、証明でもあるんやろうね」


 「う、うむ」


  冷静に考えると結構恥ずかしい事をさらりと告白されたことに内心ちょっと戸惑いつつ、耕介は
 勤めて平静に振る舞い。


 「だって耕介くん、ずるいんやもん」


 「はい?」


  逆にゆうひの方が急に拗ねたように、実際キュッと耕介の裾を掴んで引っ張りながら、口を尖ら
 せる。


 「やさしゅーて、料理が上手でノリが良くって、背がおっきくって……」


 「よく言われるが、タッパは関係ないんじゃないか?」


  懐かしい3高という言葉が耕介の頭に思い浮かぶ。


 「ンふふ、えいっ♪」


 「ん? っと」


 「キャッ! ってなんでかわすん?!」


 「ふっ。神技的ディフェンス」


  笑顔でふいっと体を倒していき、耕介の肩に頭をゆだねようとしたのに見事にかわされた。


  ゆうひはベッドから落ちそうになる体を慌てて自分で支え。


 「ほんまにもー……えへ」


 「うりうり」


 「うにゃ〜」


 「んーぎゅー」


 「きゅ〜♪」


  改めて耕介の肩に頭を乗せるとスリスリと擦り付け、撫でられ抱きしめられてゆうひはご満悦。


 「あんな、うち、背ぇ高いやん乙女にしては」


 「ん? ああまぁ女の子で俺の顔面にヘッドバットしたのは、お前ぐらいなもんだ」


 「あう、忘れてやそれは……」


  恥ずかしそうにススッと頭を下げ、更に耕介の胸にゆうひは体を埋めていく。


 「だからこうやって好きな人の肩に頭を埋めるのって、ちょう憧れやったんよ」


 「そんな女の子みたいな願望があったんだ」


 「せやねん……ってうちは立派な女の子やっ!」


  がすぐに律儀に突っ込んでしまう自分が悲しい。


 「うー」


 「ああ悪かった悪かった」


 「……こんな風に耕介くんとなれて、ほんまよかった」


  先ほどから話を進めようとする度に混ぜっ返される事に、さしものゆうひも不満顔。


  それを見て耕介は再び強く抱きしめ、さかさかと背中をさすってやると、次第にその体から力が
 抜けていき。


 「大抵の男の人はすぐに、YESかNOかを求めてくるのに。どんだけ経っても耕介くんは、ただ
 うちと笑って話してるだけ……」


  しがみつくように耕介の襟ぐりに手をかけると、もうずいぶんと遠い昔の事のように感じられる
 想いを、言葉に変えて紡いでいった。


 「最初はそりゃあ楽しかったけど、その内こっちが、この人はうちに恋愛感情を抱いてくれてるん
 やろかって不安になったわ」


 「はっはっは。そりゃ申し訳なかった」


  あまり申し訳なく無さそうに笑ってそう言うと、だがなと耕介はゆうひの体を引き起こすとその
 目を見詰めて。


 「ホントは俺の方だって、色々と考えてたんだぞ。お前の事」


 「そうなん? 今考えると、うちの方がいつの間にか上手くのせられとったんかも」


 「天然の勝利か……って誰が天然やねん」


 「あはは♪ ノリツッコミを覚えるとは、それでこそうちの相方やで」


 「相方かよ」


  先ほどの事もありやや控えめに突っ込むが、屈託の無い恋人の笑顔を見るとやはり嬉しくなる。


 「そーゆーとこが、また……好き、なんやよねぇ」


 「お、おう」


  不意打ちにまた赤面する耕介。相手の言動に振り回されているのは、二人とも同じで。


 「えへ。これからもよろしく頼むで、愛棒♪」


 「字が違うぞ」


  下ネタやめい、と最後まで笑いの絶えない不思議な病室であった。






                     〜◆〜






 「……さってと、そろそろ終わったかな」


 「え?」


  ようやく会話が途切れた頃を見計らって、耕介は何気なくドアの方を振り返りそう呟くと、すっ
 くと立ち上がった。


 「耕介くん、どっか行くん?」


 「回してあった洗濯機を見に下降りるだけだが。そろそろお前も寝なくちゃな」


 「いや、えーっと、あのー……」


 「なんだ、まだなんかして欲しい事でもあるのか?」


  と、ゆうひは何故か急に歯切れが悪くなるが、それでも言われた通り横になって布団に潜り。


 「……さっきの話、なんやけどー」


 「さっきの?」


  コクン、と頷いて前と同じように顔を隠すよう布団をたくし上げると、くぐもった声で。


 「実はまだ続きがあるんよ」


 「続き、とな」


 「うん」


  潤んだ目で上目使いに耕介を見詰めると、漸う口を開いた。


 「言った通り耕介くんの存在はうちの中で、だんだんと大きくなっていく一方で。それはつきおう
 てる今でも続いていて」


  続きというだけあって静かに、想いを語り始めたゆうひに耕介もただ黙って頷き。


 「初めは、うちにとって耕介くんは、何となく好きだって言える人」


 「ふんふん」


 「それからこの先どんな人生が待ちうけていようとも、この人と一緒なら、きっと楽しい事がある。
 そんな風に、思えてしまう、人になっていって」


  そこまで一息で言い切ると、ゆうひは一旦言葉を区切り。


 「じゃあ今は? 今の俺は、お前にとってどんな人なんだ」


  ゆうひの含みを持たせた物言いに、誘われるまま耕介は問い返してみた。




 「そばに居てくれへんと、うちが不幸になってまう人……」




 「…………」


  言い終えてから急に赤い顔を出しにぱっと笑うゆうひに、思わず絶句したまま。


 「だから耕介くんは、不幸の使者やね♪」


 「人聞きの悪い……」


  しかしすぐにその言葉の意味に気がつくと、耕介は軽く嘆息して改めてベッドの脇に座り直し。
 手でゆうひの額をかき上げた。






 「……素直にもーちょっと傍に居て欲しい、って言えよ」


 「えへへ」






                                       了









  後書き:ゆうひがもうちょっと傍に居て欲しかった、その理由はあれですね、
      もうすっかり目が冴えちゃってて寝直せないし退屈だったから(笑
      直りかけの時にはありがちですな〜

      最近長くなりがちなんでちょい軽めのを。ゆうひのラブいのは正直難しいです。
      この二人好きに喋らせると、すぐにボケと突っ込みになってしまうんで(笑
      やや強引に持っていかないと話のキモに辿り着けないんですよねぇ。





  04/11/10――UP。

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