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  〜強情な奥さん〜
  (Main:フィアッセ Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  「おや?」


  とそこを通り過ぎようとした時、恭也は思った。


  足を止めクンクンと鼻を二三度鳴らすと、やはりなと一人頷く。


  焦げ臭いのだ。


  見回してみても、辺りで何かを燃やしている気配は全く無かった。ダイオキシンの事が世間一般
 に知れ渡ってから、今は庭でゴミを燃やす人すらめっきり減っている。


  ああ、そうか。


  恭也は何度か目の前の家と左右の家と見比べて、ようやくそこに何があったのかを思い出した。


  ここでは以前、火事があったのだ。


  滅多に通らない道だったのですっかり失念していた。その日は偶々用事で通り掛ったのだ。


  流石に火の手の上がる所は見ていないが、後日見た真っ黒に焼け落ちた無残な現場を覚えている。
 地方新聞でも片隅にだが取り上げられていた。


  その時は晶達と半ば面白がって新聞記事やTVのニュースを探したりしたのだが、実際に焼け跡
 を目の前にした時、不謹慎だったなと反省したものだ。


  改めて件の家屋を見上げる。


  早いものだな。恭也は思った。


  色鮮やかな瓦、白い柱に曇り無い窓ガラスと、今ではもうすっかり真新しい家へと建て変わって
 いる。周りのくたびれた建物と比べると眩しい程だ。


  だが、どこか焦げ臭さが残っている。


  見た目にはもう火事の痕は全く無い。焦げた石畳や側溝の蓋すら取り替えられたようだ。しかし
 未だどこからか、かすかにきな臭さが未だ漂ってくる。その事に恭也は恐怖した。


  普段は身近な存在だが、一度暴れれば火は全てを燃やし奪い尽くしてしまう。地震雷火事親父と
 はよく言ったものだ。


 「うむ、やはり火事は恐いな」


  そう一人ごち、気をつけねばと改めて誓う恭也だった。


  まだ学生という身分であったが、既に守るべき者を持つ彼だったからこそ、尚のこと強くそう思
 えるのかもしれない。


  焼失した建物は元は学生寮だったが、未だそうなのか恭也には分からなかった。今は普通の民家
 にも見える。


  住んでいた寮生は無事だったのだろうか。唐突にそんな思いがわいて来た。


  死者や怪我人は特に出なかったとは聞いていたが、今はどこに住んでいるのだろう。今更ながら
 少々心配になる。この家のように、無事新たな生活を送っている事を祈るばかりだった。


  そうして恭也は暫くの間立ち尽くしていたが、ふといつまでもここに居てもしょうがないな、と
 我に返り足早にその場を立ち去った。


  それから全ての用事を終えると、どこか心寒くなっていた恭也は家路を急いだのだった。






                     〜◆〜






 「あ、お帰りなさい恭也ー♪」


 「フィアッセ。うむ、只今戻った」


  高町家へと戻った恭也を出迎えたのは、フィアッセだった。


  顔を見合わせ、小さく手を振り微笑む。ただそれだけで冷えていた恭也の心は穏やかになれた。


  この時間、偶々他の住人が出払っていた事もあるが、フィアッセが最初に駆け寄って来たのには
 他にもう一つ理由があった。


  彼女は今、ずっと家に居るのだ。


 「ほーら、パパが帰ってきましたよー」


 「む」


 「んん?」


  もう随分と大きくなった自分のお腹をさすりながら、フィアッセが何か期待を込めた視線を向け
 てくる。


  そうフィアッセは今、恭也の子供を身ごもっていたのだった。


  一瞬、戸惑いを見せた恭也だったが、やがてフッと力を抜くと妻と子の下へと歩み寄り、


 「じゃあ……こっちにも。ただいま」


 「ふふ、ハイ♪ おかえりなさいー、ですって」


 「はは、は」


  そう言ってそっと、空いた片手でフィアッセのお腹に触れて帰宅を告げた。


  温かい。


  妊婦さんの腹部は張りがあり、意外と硬かった。勿論強く押す勇気は無かったが。


  ふわふわとしたマタニティドレスの感触を楽しむかのように、恭也はそのまま何度か手を上下に
 動かしていた。


  が、急に熱い薬缶を触った時のように、恭也は慌てて手を引っ込める。何時の間にか魅入られて
 いた自分を、更に見詰める優しい視線に気付いたからだ。


 「ん、あー……フィアッセ」


 「ハイ、あなた♪」


 「んっふ!」


  咳払いを一つ、仕切り直しと行きたい所だったが、フィアッセの発言にまた盛大にむせ返す事に
 なる。


  いくら夫婦になったとはいえ、あなた、などと呼ばれる事にはやはりまだ慣れない恭也だった。


 「……リビングへ行こう。ここは冷える」


  恭也が誤魔化し半分にそう促すと、フィアッセはあい、などと言ってそろりそろり甲斐甲斐しく
 後をついていく。


 「フィアッセ」


  そうしてリビングに入ると、恭也がそっとフィアッセの手を取った。


 「Thansk♪ 恭也」


  それに支えられフィアッセがゆっくりとソファに腰を下ろす。その隣に寄り添うように腰掛ける
 恭也。


  何時からだろうか。二人にとってそうするのが自然となったのは。


 「フィアッセ。苺を買ってきたんだが、食べられるだろうか?」


  ガザガサと白いビニル袋をテーブルに置き、恭也がそう言った。


 「ええ大丈夫よ。昨日も桃子がくれたシュークリーム、皆で一緒に食べたじゃない」


 「ああ、そうだったな」


  妊娠中は口が不味い事が多い。言われて今気付いたという顔をした恭也だったが、気付いていた
 としてもきっと、同じ事を聞いたであろう。


 「苺は今ある果物の中でもビタミンAが一番多く含まれてる。らしい」


 「ありがとう。でも恭也、毎度わたしの為に果物とか、色々と買ってくれなくてもいいのよ?」


  フィアッセはそんな恭也の心遣いが嬉しかった。しかし同時に、気を使わせて少々申し訳ない気
 分にもなる。


 「いや……八百源の親父が、な。店前で『身重の奥さんにどうなんだなも』と何度も連呼するから、
 その」


 「買わされちゃったんだ」


 「ん。ああ」


 「あはは♪ 八百源のおじさん、勧め上手だから」


  思わずフィアッセの口元がほころんだ。


  同じ手で今度は何を売りつけられるか、と恭也は頭を抱えて見せる。また噴き出すフィアッセ。


  こんなやり取りをしていても、恭也の顔は終始穏やかだった。


 「……大分、軽くなったみたいだな」


 「エ? なに?」


 「つわりだ。一時期は水分しか取れないような時もあったからな」


 「あーあったわねぇ。あの時は、ごはんの炊ける臭いもダメだったから」


  妊娠初期、腹部が膨らみ始めた頃につわりの酷い時期がフィアッセにはあった。


  嘔吐や関節痛など、原因不明の苦しみに苛まれる妻の姿を見て、半分は自分の責任なのに、何も
 してやれない事が恭也は悔しく、また情けなかった。


  だから今フィアッセの前でプライドなど、彼の中に存在しない。フィアッセが笑ってくれている、
 ただそれだけで恭也は幸せだった。


 「何を食べても戻しちゃって。わざわざ色んなモノ作ってくれた、晶やレンに悪い事したわ」


  晶やレン、そして桃子も、フィアッセを気遣い様々な料理を作ってくれた。が、結局フィアッセ
 は自分で淹れる紅茶ばかり飲んでいた。その事がまた彼女の憂鬱に拍車をかけたものだ。


 「それはフィアッセの責任じゃない。気にする事は無い」


 「ありがと……そうね、どっちかって言うと恭也の責任ね♪」


 「……なぜだ」


  厳密に言えば責任が無いとは言えない。しかし何故今になって言われるのだろう。


  つい憮然とした表情を隠し切れない恭也に笑いを堪えつつ、フィアッセはこう続けた。


 「聞いたんだけど、夫が優しいとね、つわりは酷くなるんですって。だから恭也が優しすぎるのが
 いけなかったのね」


 「それは……悪かったな」


 「ふふっ」


  要するにからかわれたのだ。


  クスクスと笑い続けるフィアッセに怒り出す訳にもいかず、恭也はただばつが悪そうに頭を掻く
 他無かった。


 「何にせよつわりが軽くなったのはいい事だ。反対に体は重くなってるんだろうが」


 「そうね、不思議と体重自体はそれほど変わらないんだけど」


 「……フィアッセはその、こう、もっと太った方がいい」


  実際に彼女を抱え、持ち上げた事がある者として、恭也はフィアッセの体重がそのグラマラスな
 スタイルとは裏腹に、軽すぎる事を前から愁いていた。


  妊娠してからは余計にだ。


 「著名な声楽家の多くは、恰幅のいい人ばかりだろう」


 「あの体型は確かに声を出すのに必要な点もあるんだけど」


  声楽は全身を楽器にする音楽だ。当然器楽でいう所の共鳴器がある程度必要なのは事実である。


 「でもあんまり丸くなっちゃったら、恭也に嫌われちゃうかもって。そうなったらわたし、この先
 ずっと泣いて暮らさなくちゃならないわ」


 「……そんな事は、ありえない」


  全くありえない話だと恭也は思った。自分がフィアッセを嫌うなど、誇張抜きに考えた事すらな
 かったからだ。


 「フィアッセがどんな姿になろうと、俺のフィアッセに対する気持ちは変わらない」


  恭也は改めてフィアッセの姿を見る。下腹部と同時に元々豊かなバストが更に発達し、全体的に
 前に迫り出した格好だ。


  フィアッセの顔は日に日に増す母性に比例するかのように、やや丸みを帯びて見えた。がそれで
 も彼女の美しさを何ら損ねる物ではない。


 「この先も、ずっとだ」


 「……THANK YOU.恭也」


  ゆえに揺らぎ無く、そう言える。


  はたと気付くと、フィアッセはバラ色の頬、潤む瞳でジッと見詰め返してきており、そこでよう
 やく恭也の頬が思い出したようにバラ色に染まる。


  それは羞恥心からだけではなく、今の生活が二人の頬に映り込んでいたのかもしれなかった。






                     〜◆〜






 「そういえば今日、スーパーの裏の、駐車場に続く道を通ってきた」


 「え? ってあの、海鳴マートの?」


 「ああ、以前火事があって全焼してしまったあの場所だ」


 「あっ」


  言われてフィアッセは思わずあっと声を上げてしまう。


  件の家は翠屋に近く、むしろフィアッセにとって馴染みのある場所だったからだ。


 「今は既に新しい家が建っていたんだが、まだどこかきな臭くてな」


 「あそこ確か学生寮だったから、大変だったでしょうね」


 「うむ」


 「こんなになってからは様子を見に行けなかったけど……そっか、もう一ヶ月ぐらい経つのね」


  身重の体になってからは表へ出る機会もグッと減り、フィアッセは元居た世界に取り残されてし
 まったようで、なんだか少し淋しい気持ちになる。


 「わたしも気を付けないとね。もう、一人の体じゃないんだし……」


  無意識に腹に手をやる。何があってもこの子を守ろう、という強い想いがフィアッセの中に満ち
 満ちていた。


 「この子のためにも、火事は見せられないわね」


 「ああ、そうだな」


 「あ、恭也知らない?」


 「ん? 何がだ」


  恭也は危険だから、という意味で火事は見せられないと同意していた。しかし実はフィアッセの
 方は、別の意味で火事は『見せられない』と言っていたのである。


 「お母さんが妊娠中に火事を見ちゃうとね、赤ちゃんに痣が出来るって言われてるの」


 「そうなのか?」


 「聞いた事、ない?」


 「いや、初耳だ」


  生まれたての子供の体に痣があるのは、妊娠中に火を見たせいである。古い迷信だった。


  初めて耳にする説話に恭也は素直にほう、と感心した表情を見せる。


 「中島さんの奥さんが前に嘆いてたわ。私が好奇心で火事見物なんかに行ったもんから、この子の
 内モモに大きな痣が出来ちゃったんだわって」


 「ふむ」


  最近出来た近所の主婦仲間から仕入れた話を、フィアッセが何故かひそひそ小声で語る。


  失った世界もあれば、また手に入れた新たな世界もあるのだ。


 「多分元々は子供が痣を気に病まないように、親の責任にする為の詭弁なんでしょうけど」


 「妊婦が火事なんか見に行くな、という教訓かもしれん」


 「ああ、それもあるかもしれないわね」


  フィアッセはフフッと笑みを漏らす。恭也のらしい考えが、何となく可笑しかった。


 「……もし本当に、そういう事があるのならば」


 「え?」


 「火に魅入られて、その姿を我が子に刻んでしまうのかもしれんな」


  ぽそっと恭也が突然そんな事を言い出した。


  よほど印象に残ったのか、恭也は先程からずっと火と痣の話について考えていたのだった。


 「燃え盛る火は恐ろしいが、同時に強大だ。その力を子供にもと、もしかしたら逆に親心の表れな
 のかもしれん」


  彦という字はかつて火子とも書かれたという。


  赤く浮かび上がる痣は、火そのものに見えなくもないと恭也は考えたのだ。


 「男の人って、火、好きだものね」


 「いや、まあ……そうかもしれんが」


 「ふーん……そうね、もしそうなのだとしたら」


  恭也の新説を聞き、あごに指をやってんーと暫し考え込むフィアッセ。


  やがて何かを思いついたのか、恭也を見てまるで悪戯っ子のようにニッコリと微笑んだ。


 「この子はきっと、恭也そっくりの子に生まれてくるでしょうね」


 「……なんでだ」


  やはり男と女では物の考え方が違うのだろうか。そう思わずにはいられなかった。フィアッセの
 論理の飛躍が、恭也にはさっぱり分からない。


  困惑する恭也に追い討ちをかけるように、フィアッセはお腹をさすりながらこう言った。


 「だってね……だってわたし、恭也のことばかり見てるから」


  フィアッセの考えはこうだ。


  痣が炎に魅入られた親が刻んだものだとするならば、今母親である自分が魅入られているのは、
 他の誰でもない恭也であろう。


 「だからきっと、わたしのお腹は恭也そっくりに作っちゃうわ♪」


 「い、いやその理屈はどうかと」


  だからきっと夫そっくりの子供が生まれるだろうと。


  これに対し恭也は面食らい、次いで慌てて反論した。


 「第一俺に似た姿なんて、その子が可哀想だ」


 「そんな事ないわよー」


  特に女の子でそれだったら最悪だ、と恭也は半ば本気でそう考えていた。


 「それに俺だってその、ずっと、フィアッセばかり見ている……だからきっとフィアッセ似の子が
 生まれるはずだ」


 「ありがと。でもざーんねん、今この子は、わたしの中なんだもん」


 「い、いやその、なんだ、あの、作る前から、だな」


  あれこれ考える内、今度は自分自身の思考に混乱気味の恭也。が、ふと真顔になってこう言った。


 「……今思うと、俺は子供の頃からずっと、フィアッセばかり見ていた気がする」


 「き、恭也ったら……」


  恥ずかしいセリフを真面目に考え、そして口にしてしまう、恭也のある種天然な行動にさしもの
 フィアッセも思わず絶句し、赤面するのだった。






                     〜◆〜






  それからもリビングには終始穏やかな空気が流れていた。時折訪れる沈黙も、今の二人にはそれ
 すら心地好い。


  ただその度に手持ち無沙汰なせいか、それとも無意識なのか、恭也は何度も膨らんだお腹に手を
 伸ばしていた。


  それを見て、またフィアッセの表情もほころぶ。


 「撫でるの好き? 恭也」


 「……そんなに撫でてるか?」


  フィアッセの言い方は既に、好きよね、と半ば確信した口調だった。


 「そうね、控えめに言ってしょっちゅうね」


 「む。そんなつもりは、なかったんだが」


  と言いつつもその手が止まる事は無く。特に自覚は無かったが、妻と子へのいつくしみの気持ち
 は疑いようはない。


  恭也はなおも夢の風船を撫で付けながら、ふとこんな事を思った。


 「怒られるかもしれんな」


 「え? 誰に?」


 「この子に。そう、あんまり撫で過ぎては嫌がるかもしれん」


 「なんだ、ふふっ、大丈夫よ」


  恭也自身、子供の頃頭を撫でられるのが余り得意ではなかった。嫌ではなかったのだが照れ臭く、
 どこか小馬鹿にされたようで逃げ回っていたものだ。


  だからと心配する恭也に、フィアッセは笑ってこう答えた。


 「子供って撫でられるの好きだもの。気持ち好いし、なんだかホッとした気持ちになるし……ほら
 怪我や病気の治療を手当てって言うでしょ? あんな感じで、わたしだってそうよ」


 「フィアッセだって?」


 「ええ」


  そうなのか、と恭也は酷く関心した様子で何事か考え込んでいたが、やがて未来の子供の上から
 手を離すと、


 「あっ……」


  今度はおもむろにフィアッセの頭を撫で始めた。


  フィアッセは驚いて身を硬くするが、すぐにゆんわりと力が抜けていく。


  恭也は思う。この人が愛しい。労いたい。余り自分にはらしくない行動かもしれないが、今はそ
 うしたかった。


  フィアッセの長かった髪も、今は半分ほどに切り揃えられている。栄養不足の為か一時期毛先が
 ボロボロになってしまったからだ。


  加えて冷え性になったり、逆に末端がむくんだり。我が身に子を宿すとはこういう事なのかと、
 本当に頭の下がる思いだ。


  それらを思うと、恭也の口は自然と思いの丈を端から漏らしていた。


 「フィアッセ」


 「うん」


 「フィアッセ……ご苦労様」


 「はい」


  目を細め、されるがままのフィアッセ。その姿はどこかやさしい大型犬を連想させる。


 「フィアッセ……愛して、いる」


 「うん、わたしも、よ。恭也、LOーVE……」


  夢見心地でゆらゆら、小さく揺れる頭が肩口に着地して、二人はそっと身を寄せ合う。


 「……やっぱりこの子、きっと恭也似だわ」


  そうして寄り添う二人の髪が同じ香りになる頃、ぽそり、フィアッセが呟いた。


 「それはわからないぞ」


 「ううん、絶対。間違いない」


 「いや、しかし――」


 「ダメ。絶対そうなの。そうに決まってる。そうでなくっちゃ嫌」


 「む」


  一歩も引かない、理屈も法律も通さない、誰も友達も恋人も入れないフィアッセの強い語勢に、
 恭也は圧されて口を噤む。


  今日のフィアッセは強情だな。恭也は改めて頑な奥さんを見直してそう思う。


  一方フィアッセは甘えたにぐりぐり頭を擦り付けながら、また一人クスクスと笑っていた。


 「ねえ、恭也」


 「うん?」


 「また子供、作ろうね」


 「なに? ……構わないが、まあなんとも、気の早い話だな」


 「いっそオーケストラが組めるぐらい作っちゃおっか?」


 「ん」


  恭也はオーケストラが何人なのかは知らなかったが、彼女が望むなら、それもいいかと思った。


 「それを二人で指揮するの。ずっとずっと、みんな一緒に……」


 「ああ」


 「きょう、や……」


  恭也のシャツをキュッと掴んだ、フィアッセの目が閉じられすっと軽く顔が上がる。


  共に在る長い時間を経験し、いくら朴念仁の恭也でもこれが何を意味するのか、ぐらいは分かる
 ようになっていた。


 「ンン……」


  頬同士を擦り交わしてから、ゆっくりと唇が重なる。


  この後学校から帰宅したなのはが家に飛び込んで来るまで、新高町夫妻はもう少しの間だけこの
 二人きりの、いやさ三人だけの時間を楽しんだのだった。






                                       了









  後書き:火事は恐いです。いつまでも焦げ臭かったです。気をつけましょう。
      妊娠中火事を見ると痣が出来るというのは聞いた事がありますが、
      火に魅入られて〜うんぬん辺りは私の勝手な創作です。
      彦は日子という説も有力らしいですしね。

      フィアッセと恭也の子供は男女の双子でしたっけ? それぞれに似た。
      じゃあ二人の勝負は、引き分けって事で。





  06/07/27――UP。

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takemakuran@hotmail.com
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