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  〜春の夜の夢〜
  (Main:薫 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「綺麗ですね……」


 「ほんと。今年も満開ですね」


  季節は春。俺、槙原耕介とさざなみ寮の住民達は、例年のごとくお花見を楽しんでいた。


 「はい愛さん、こっちのお重もどうぞ」


 「はーい」


  目の前の愛さんの前に洋食のお重を引き寄せる。当然お弁当は俺の自慢の作。


 「あ、美味しいですー」


 「そう? よかった」


  そう答えて俺もクイッとコップを傾ける。この壮麗な景色と美味い酒、美味い料理そして目の前
 でほんのりと顔を赤くする、美人の従姉。


 「ん〜マイウー」


  これだけあれば、前日から頑張って料理を作ってきたかいがあるというものだ。


 「おーい耕介、こっち、つまみ無くなったぞ」


 「ハーイ、ちょっと待ってくださいね」


  少し離れた場所から乱暴な呼び出しがかかる。それに俺は愛さんにちょっと苦笑して見せると、
 まだ手がつけられていないお重を2つ持って真雪さんの元へと向かった。


 「あはは。いつも人気者、ですね」


  お酒のためか、それともこの穏やかな春の陽気のせいか。そんな俺を見ながら、愛さんは楽しそ
 うにニコニコと微笑んでいた。


 「ハイ、こっちが和食でこっちが……ってあれ? 薫、どうした?」


 「ふぁ?」


  真雪さんの対面に座って俺に間の抜けた返事をしたのは、薫だった。いつもは反発しがちなこの
 二人も、こういった場では仲良くしている。だから大丈夫だろう、と思っていたのだが。


 「あっ! 真雪さん、また薫に酒飲ましましたね!」


  どうやら俺の考えが甘かったらしい。薫の様子をよく見ると、すでに真っ赤な顔をして、その目
 は宙を泳ぎ体はフラフラと前後左右に揺れている。


 「ん? 違う違う。アルコール20%未満のものは酒とは呼ばん」


 「日本の法律では、そうではなかった気がしますが」


 「あっはっは、まぁ気にすんな。めでたい席じゃねーか」


 「薫は未成年なんですから、事故があったらどーすんです!」


  薫の手元を見る、とそこにはコーラの入ったコップがあった。恐らくこれに混ぜられたのだろう。
 俺はとりあえず真雪さんの方は無視して、薫の様子を確かめる事にした。


 「あー薫、ほら、かおーる、大丈夫かー?」


 「ふぇ?」


  真っ赤な顔でどこか上機嫌な様子の薫の肩を掴むと、軽く前後に振る。


 「薫? おーい分かるか?」


 「んぁ? あー、こうすけさんらー」


  薫は揺すっているのがようやく俺だと気づくと、ろれつの回っていない口調でそう答える。どう
 やらかなり飲まされてしまっているようだ。


 「あーあー真っ赤になっちゃって……って、か、薫?」


 「うにゃ〜こうすけさーん……」


  俺の存在を認めた薫は、首に腕を回すと、そのまま引き寄せて抱きついてきた。突然のこの薫の
 行動に当然俺は慌てふためき。


 「こ、コラ、薫、離れなさいって」


 「い〜や〜ら〜」


  なんとか引き剥がそうとする。が、薫はイヤイヤと体をゆすり、離れない。逆に離されまいと、
 回された腕に力がこもる。


 「薫、離れろって」


 「うちは〜、こうすけさんとはなれたくないれ〜す」


 「放しなさいってば」


 「あうっ」


  なんとか薫を引き離す。と、薫は泣きそうな顔をして、いや本当に半泣きになって、今度は俺の
 腕に抱き付いてきた。


 「うわ〜ん、こうすけさんがうちを捨てた〜ぁ〜」


 「人聞きの悪い事言わないでくれ……」


  俺の腕にしっかりと抱きつくと、薫はグリグリと泣きながらその頭を押しつけてくる。


 「やれやれ……ん?」


  困り果ててふぅ、とため息つき天を仰いだ。そしてふと周りに目を向けると。


 「けけけけけ」


 「ドキドキ……」


 「……ふぅ」


 「ニコニコ……」


  ぐぁ、みんな俺達の方を見てるよ。しかも当然興味深々。恥ずかしい事この上なく、俺はそんな
 状況を紛らわすために真雪さんの方に話しかけた。


 「真雪さん、一体どれぐらい飲ませたんですか」


 「さぁ……確か3杯か4杯だぞ。最後のほうは酒とコーラ8:2だったけど」


 「飲ませ過ぎですよ、いつも堅い薫がこんなになっちゃうなんて」


 「いや、意外とそれが神咲の真実の姿かも知れんぞ。普段胸の奥底にしまった思いを、酒という力
 を借りてだなぁ」


 「それは無いでしょう。大体真雪さんは――」


 「う〜なに楽しそうに話してるんですか!」


 「うをっ?!」


  自分の事を無視して、真雪さんと話す事が気に入らなかったのか。薫は突然強引に腕を引き寄せ、
 俺の体を自分の方に向かせる。


 「浮気しちゃダメです! うちとこうすけさんはいいなずけなんれふから!」


 「いっ?!」


 「!」


  突然の薫の爆弾発言に、俺も、周りの皆も全てが固まる。そんな俺達を無視して、薫は一人眉を
 吊り上げ騒ぎ続けていた。


 「もうらぶらぶなんれす〜。だから、他の人と話したら、メッ!」


 「か、薫、一体何を……んむっ?!」


 「んん〜、は、ん……」


 「ぅむむ、んー、んー!」


 「ん……むぐ……」


  そして再び俺の首に腕を回すと、そのまま後ろに引き倒しなんと唇を重ねてきた! 突然の事に
 目を見開いたままでいた俺の目の前には、赤い頬して目を閉じた薫の顔が。


 「んっ、ぷはぁ!」


 「んぁ……はぁ……」


  たっぷり30秒はあっただろうか。ようやく薫の唇が俺の唇から離れると、その間には、妖しく
 銀色に光る一筋の糸。


 「か、薫……」


 「あはぁ、こうすけさぁん……」


  そうして満足そうに息を吐くと、薫は俺の胸に顔をうずめたのだった。


 「……ハッ!?」


  暫く呆然と胸元の薫を見詰めていた俺はようやく我に返り、そしてギ、ギギギ、と固まった首を
 無理矢理回して皆を見ると。


 「…………」


  固まっている。


 「…………」


  睨んでいる。


 「あは、あはははは……」


  笑っている。


 「アラ?」


  首を傾げている。


 「…………」


  呆けている。


 「…………」


  怒ってる?


 「?」


  首をひねっている。


 「シクシクシク……」


  泣いている……


  それぞれの反応を示しながら、皆俺達二人の姿を見つめている。そんな時、爆弾発言と原爆行動
 をした張本人は。


 「スー、スー、スー……」


  俺一人を修羅に残して、すでに夢の世界へと旅立っていた……






                     〜◆〜






 「ゴルゴムの仕業なのだ!」


  あの後薫の突然の行動になんとなく場が重くなってしまったため、やや予定より早めに切り上げ
 て寮へと帰ってきたは俺達は、眠っている薫を部屋に寝かせた後皆リビングに集まり緊急会議を開
 いていた。


 「……んで? 被告には事実も心当たりは無い、と?」


  いや、開かれているのは裁判か。美緒の叫びを無視した真雪さんの冷たい追求の言葉が俺を突き
 刺す。


 「ああ、確かに俺は薫の事が好きだよ。でもそれは皆に対しても同じだし。俺と薫が付き合ってる
 って事も無いし、あんな薫の言動にも心当たりは……」


 「まったく無い?」


  うん、と頷く。


 「やっぱりゴルゴムの仕業なのだ! 薫がおかしくなったのも、今年の桜が早いのも世の中が不景
 気なのも、政治家の不正も銀行がアフォなのもみんなゴルゴムの仕業なのだ! まったく人の心を
 なんだと思ってるのだ!」


 「お前は南光太郎かっ!」


  ようやく俺が美緒に対してツッコミを入れてやる。が、端からそんなものは無視している他の皆
 はあいかわらずうーんと考え込んでいた。


 「神咲の奴が耕介に惚れてる、ってのは前から分かっていたんだがな」


 「そやね。それは前から分かりきった事なんやけど……」


 「え? そうなのか?」


  真雪さんとゆうひの言葉に俺は顔を上げて改めて驚く。


 「お兄ちゃん……気付いてなかったの?」


 「いや、俺の事嫌ってない、いや好いてくれてるのかな〜ぐらいは思っていたんだが……」


 「そんなん常識ですよ」


  う〜む確かに薫が俺に悪い感情を持っていない事は態度で分かっていた。だがそれが、寮中全て
 が知っているような事だったとは。


 「でもホント正直、あんな、その、許嫁とか、キ、キスした事だって当然無いし」


  一体あの薫の言動、行動はなんだったのか。いくら酒の上の事とは言え、薫の事だ、まったくの
 でたらめとも思えないし。


 「真雪さんの言う通り酒で薫の本心が出たんだとしたら……」


  でもその本心とは何なのかと。気が付くと俺も、皆と一緒になって本気で頭をひねっていた。






                     〜◆〜






 「でも、ちょっと前からですよね。特に薫さんの気持ちがハッキリしたのは」


  人差し指を頬に当て、発せられたその愛さんの言葉に皆が一斉に注目する。そして、周りの何人
 かもウンウンと頷き始めた。


 「確か……昨年の末、頃からでしたでしょうか」


 「あ、十六夜さん。薫、どうでしたか?」


 「はい、まだぐっすりと眠っております」


  その時部屋で薫の様子をみていてくれた十六夜さんが、リビングへと戻ってきた。


 「薫は、確かに耕介様にひかれておりました。でもその為に、心を苦しめている時期もあったよう
 です……」


 「そ、そうですか」


  改めて考えるとかなり恥ずかしい事をさらっと言われ、俺は思わず顔を赤くする。が十六夜さん
 はそんな様子には気が付かないのか、同じ調子で淡々と話しつづけた。


 「しかし昨年の末、そう……11月頃でしょうか。なにか急に安心した、というか心晴れたように
 なって。その時は、何があったのか私はあえて聞きませんでしたが」


  愛さん他数名も頷いている。どうやらその話に間違いはなさそうだ。そうすると、何かあったと
 すればその頃にという事か。


 「おい耕介、その時期に何か心当たりは無いのか?」


 「う〜ん……」


  真雪さんがウリウリと俺の後頭部を足蹴にしながらのたまったその言葉に、俺は腕組みをしなが
 ら必死で記憶の糸を手繰り寄せる。昨年末、か。その頃薫の態度が変わるような出来事は……


 「あ」


 「なにか思い出したの?」


 「いや、そう言えばその頃、ちょっとその後の薫の態度がおかしいな〜と思った事は……」


 「あったんやね?」


  俺はちょっと、首をすくめるよう曖昧に頷く。


 「話してくださいますか?」


 「はあ」


  だがその十六夜さんの言葉に、俺は腹を決めると膝に手をあてるとゆっくりと話し始めた。


 「いや、まぁ大した事じゃなかったんだけどね」


 「ごたくはいいからとっとと話さんかい」


 「……真雪さんにも関係ある話なんっすけど」


 「なんだと?」


  真雪さんのツッコミにちょっとだけ反撃すると、俺は今度こそ本当に話し始めた。






                     〜◆〜






 「くぉら! 待たんかいこうすけ!」


 「……待てと言われて待つ奴がどこにいるかっつーの」


  その日俺はなぜか真雪さんに追われていた。木刀を構え襲い掛かってくる相手に、まともに立ち
 向かってはやられるだけだ。逃げの一手を決めた俺は敵を目視確認しつつ、華麗に身を隠していた。


 「……耕介さん?」


 「んげっ! か、薫……」


  がその時、寮の外で窓から内部の様子を窺っていた俺は、帰宅したばかりの薫とばったりエンカ
 ウントしてしまったのだった。


 「耕介さん? 一体何を……」


 「シッ!」


 「んぐっ?!」


  学校帰りの薫は当然自分の竹刀を持っている。今は得物を持つ真雪さんと会わせるのはまずい。
 そう思った俺は手で薫の口を塞ぐと、もう一方の手で腕を掴み、物陰へと引きずり込んだ。


 「……ふぅ。気が付かなかったみたいだな……」


 「こ、耕介さん。な、何を――」


 「シッ! 黙って。静かに……いいから黙って俺についてこい」


 「え……」


 「絶対に俺から離れるなよ」


 「あ、は、ハイ……」


  この時完全に寮の中の鬼神に気を取られていた俺は、薫を後ろからずっと抱きしめていた事に気
 が付いていなかった。真っ赤になってうつむき、だが大人しく抱かれたままになっている薫。


 「……じゃあ悪いけど、ちょっと付き合ってくれるかな?」


 「は、はい……」


  暫く寮の周りをぐるぐると回っていた俺は、なんとか中からバイクのキーと財布を手に入れた。
 そうして真雪さんの暴走が収まるまで、俺は暫く買い物に出かける事にしたのだった。


 「ん、じゃあしっかりつかまっててね」


 「ハイ……」


 「あ、スカート、気を付けてな」


 「ハイ……」


 「? じゃあ行くよ」


  その後少し離れた位置までバイクを移動させた俺は、まだ顔を赤らめ俯き加減で、やけに素直に
 なってしまった薫を後ろに乗せると、ゆっくりと買い物へと出かけて行ったのだった。






                     〜◆〜






 「その時はちょっと薫の様子がおかしいな、とは思ってたんだけどまぁ隠れる時手で口を塞いだの
 がまずかったのかなぁと思ってて。でもその事はちゃんと、帰りに寄った喫茶店で謝ったし……」


  そう俺が話し終えると、美緒を除く皆はやや呆れ顔で俺を見つめていた。


 「……殺し文句、というやつやね」


 「?」


  ゆうひの言葉にウンウンと頷くさざなみメンバー。そんな中俺はただ1人首を傾げていた。


 「薫ちゃん、いっつも自分に厳しい娘やから」


 「そういう奴に限って、頼れる男に弱かったりするからなぁ」


 「はい。薫は、耕介様の優しさと、包みこむようなその温かさに、惹かれたのだと思います……」


 「……えーと、俺なんかまずい事言ったんでしょうか?」


  一人置いてけぼりだった俺は、おずおずと右手を上げて質問してみると、ゆうひ、知佳は目と口
 をOの字にして固まってしまって。他のみんなも呆れ顔で俺の方を見ていた。


 「あ、あれ? 皆どうしたの?」


  あ、話題についていけなくて退屈になったらしい美緒はもう居ない。


 「……耕介君、もうちょっと、乙女心について勉強した方がええんと違う?」


 「あたしもそう思う……」


  ゆうひ、知佳の乙女ちっくコンビに責められて、まだ首を傾げながらも小さくなる。そんな俺を
 余所に、槙原耕介弾劾裁判は続いていた。






                     〜◆〜






 「しかし、時期がちょ〜っと前すぎると思わんか?」


  先ほどから腕組みしたまま考え続けていた真雪さんが、ここに来てそんな疑問を口にする。


 「そうですね。11月と言うと……もうそれから5ヶ月は経ってますもんね」


 「その気の無い耕介に感情が爆発、したにしても、もうちょっと早いと思うのだが」


 「う〜んとすると……」


  再び皆が一斉に俺の方を向き直る。


 「釣った魚にエサを与えてたって事か」


 「へ?」


  皆がにらみつける中、知佳とリスティがひょいっと体を横に折り曲げ、俺の顔を覗き込んだ。


 「お兄ちゃん、この際だから、全部喋っちゃったほうがいいと思うよ」


 「な、なんの事?」


 「他にも薫を惑わすような事してないかってことだよ」


  ま、惑わすったってと、俺はちょっと引き気味にブンブンと首を左右に振って否定する。しかし
 皆は俺をジッと見据えたまま。どうやら俺に余罪(?)がある事は確定らしい。


 「薫を惑わした、なんて言ってもなぁ」


 「惑わした、というと語弊があるかと思いますが、なにか薫さんと、そのちょっと良い雰囲気……
 みたいな。そんな感じになった事とかはありませんか?」


 「いい、雰囲気……」


  ポリポリと頭を掻いていた俺だったが、その愛さんの言葉に再び腕組みをして考え込んだ。


 「……ちょっとした、事なら」






                     〜◆〜






  それは年末恒例大掃除の時。自分の持ち場である台所等は前々から手をつけていたため、一足早
 く終わりとりあえず手の空いていた俺は寮内を見まわる。


 「お、薫、ご苦労さん」


 「あ、耕介さん。ご苦労様です。台所の方は、もう終えられたんですか?」


  とその時。窓拭きを担当していたのが、薫だった。


 「うん、まぁ前から手はつけてあったからね。換気扇なんかは今年は丸々取り替えちゃったし」


 「そうでしたか。さすがです」


  そう言って薫は微笑み、素直に感心と尊敬の眼差しを向けてくる。ちょっと気恥ずかしくなった
 俺は、脇に置かれたバケツの方へ駆け寄った。


 「はは、そんな。薫は窓拭きか……うん、手伝うよ」


 「そんな、悪いですから」


 「いーからいーから。手伝いにまわってるんだし、二人でやれば早く終わるし、ね?」


 「……はい」


  こうして俺と薫は暫し窓拭きに興ずる事になった。俺は内側で、薫は外側。初めは二人左右反対
 の端から拭き始めていたのだが、やがて真ん中あたりでガラス戸を挟んで向き合う形になった。


 「…………」


  お互いなるたけ気にしないようにしていたのだが、やがて俺の心にむくむくと悪戯心が浮かんで
 くると、それを実行に移した。


 「かーおるー」


  コンコンとガラス戸を叩き、向こう側の薫の注意を引く、と。


 「はい?」


  薫の目の前に『スキ』と指で書いて見せたのだ。カタカナで、もちろん向こう側から読めるよう
 に反転させて。


 「……!?」


  にぱっ、とちょっと悪戯っぽい笑顔を浮かべる俺。最初はよく分かっていなかった様子の薫も、
 やがて指の跡をたどり……やがてその意味に気付くと、真っ赤になって俯いてしまう。


 「…………」


  そして俯いたまま小さく指を走らせると、何事かガラスに書いていたのだった。






                     〜◆〜






 「……そんときはただカワイイな〜とか思いながら見てたんですけどね。今思うと、あの時薫が書
 いていたのは『私も』だったかなーと」


  いや反対向きで、漢字だったみたいなんではっきりとはわかんなかったですけどね。そう最後に
 付け加えたのだが、すでに皆聞いているのかいないのかもはや呆れきった顔で俺の事を見ていた。


 「こ、このままだと、漁れば漁るほど出てきそうだね」


 「……耕介、最近だ、一番最近の悪事を白状しろ」


 「あ、悪事っすか?」


  すでに俺のやった事は悪事らしい。もはや暴露大会、といった様相を呈してきたがその場の空気
 に飲まれた俺は、喋り続けざるをえなかった。


 「最近の事、と言うと……」






                     〜◆〜






 「……美味しいです」


 「そっか、あーよかった!」


 「ふふ、耕介さんたら、ぬか漬けでそんなに嬉しそうに」


 「だってさぁ、ここまで結構苦労してきたんだぜぇ」


  最近の俺はちょっと漬物、ぬか漬けに凝っていた。自分でぬかを買ってきて、ぬか床をつくって
 漬けてみる。が、どうにも美味しくない。


 「実家の方からぬか床を分けてもらってきたんだけど……それでもここまで来るのに、1ヶ月以上
 かかったんだから」


  しかしそこはそれ逆にやる気がわいてきて。俺は本格的にぬか漬けに取り組んだのだった。


 「そうですね……うちの実家でもぬか漬けは作っていましたが、大変そうでした」


 「だろ。それにぬか漬けって、他所からぬか床を貰ってきてもその家についている菌によって味が
 変わっちゃうんだよね」


 「そうなんですか?」


  ちょっと驚いた顔の薫。そんな薫を見た俺は、嬉しくなってつい自分の知識を披露する。


 「うん。つまりぬか漬けはその家の味って事だね」


 「そうですね。このぬか漬けも美味しいですけど、うちもちょっと実家の味が懐かしくなりました」


  そう言ってぬか漬けを見つめる。そんな薫の表情に、俺は目を細めた。


 「そっか……ねえ薫の実家の味はどんなんだろうね? 俺食べてみたいな」


 「え?」


  薫は振り返り驚きに目を見開く。が俺はそれに気付かない。


 「う、うちの味、ですか?」


 「うん。こうやってさ家庭の味、みたいなものを作るのって素敵だと思わないか」


 「そう……ですね」


 「うん。俺はこう思うんだ、いつか子供が出来てそれが女の子だったら。その子がお嫁に行く時に、
 それを持たせてあげたい……ってはは、ちょっと古すぎるかな」


 「そんな事ありませんよ! ……素敵です。はい」


 「薫……」


  そんな俺の戯言に、薫は俺の方をしっかりと見つめて同意してくれる。と、すぐにその顔をほん
 のり赤くして俯く。


 「うちも……そうしたい、と思います……」


 「……うん。ありがと」


  それ以上、言葉はなかった。ただ俺達の間には、沈黙と同時に、なにか柔らかい穏やかな空気が
 漂っていた。






                     〜◆〜






 「こうやって神咲は騙されていったのか……」


  話し終え帰ってきた現実のリビングにも、温かい空気が漂っていた。ただし生温かい、白け呆け
 きった空気だったが。


 「進展がない、のではなくこういった事が、薫ちゃんの中で、落ちついた、ゆっくりとした真剣な
 お付き合い、という風になっていったのかもしれへんね」


 「その間普段はずっと神咲の世話はやってる訳だしな」


 「思わせぶりな男に、それに振りまわされる女……まるで漫画のストーリーみたいです」


 「陳腐でご都合過ぎて、とてもじゃないが漫画には使えん」


 「え〜と、それで結局、どうしましょうか」


  愛さんの発言にお互いを見合わせる。そして……皆天を仰いで考え込んだ。どうやら結局、誰も
 何も結論は考えてはいなかったようだ。


 「あの、結局俺が悪かったって結論なんでしょうか」


  俺も一体何をどうしたら良いのやら。


 「……判決。槙原耕介、死刑」


 「まじっすか?!」


  そんな俺に真雪さんのダルげな声が冷徹な判決を下す。当然俺は驚きの声をあげる、が、周りの
 人間の誰もそれに反対しない。って事は……ひょっとして皆も賛成?


 「とほほ……俺、そんなに悪い事しましたか?」


 「耕介、正直ボクにも弁護しようがないよ」


  どうやらそのようだ。俺は情けない声で最後の嘆願する。


 「そうやって乙女心がよーわかっとらん男は、それだけで、罪になるんやで」


 「うん、残念だけど、あたしもそう思う」


  しかしそれも、乙女ちっくシスターズによって悪い事だと断定され、俺は撃沈したのだった。






                     〜◆〜






 「……大体最初の時だって真雪さんが『新しい木刀の殴り心地をためさせろ!』なんて言って襲い
 かかってきたから。普通あんな事しますかあ?」


 「いや、やるだろふつー。新しい得物を手に入れたら」


 「ジャイアンですかあんたは!」


 「なにぃ! おめー自分のジゴロ根性を人のせいにする気か?!」


 「あ、あのー……」


 「?!」


  場も行き詰まり、ついには俺と真雪さんの口論へと発展する。かと思われたその時、そこに二階
 で寝ているはずの薫自身が何時の間にかリビングにやって来ていた。


 「か、薫」


 「あの、うち、いつの間にか寮に帰ってきて寝てて……一体何があったとですか? それで、あの、
 頭痛が酷いんですが……お薬、貰えないでしょうか」


  どうやら薫自身は、自分が花見の場で何をやったのか覚えていないようだ。まーあんな事したと
 覚えていたら、薫の事だ、とてもじゃないが平気ではいられないだろう。


 「……まぁあれだ、こうなったら結婚でもなんでもするんだな」


 「えっ?!」


 「ちょ、ちょと、真雪さん」


  そう言い捨てると真雪さんは立ち上がり、リビングから出て行く。


 「ちゃんと責任、取らなきゃダメだよー」


 「耕介様、どうかよろしくお願いしますね」


  それに続くように、他の皆もぞろぞろとリビングを後にしていく。


 「こ、耕介さん、け、け、けけけ、結婚なさるんですかっ?!」


  一人事情が飲みこめていない薫は、結婚という言葉にパニくっている。


 「結婚式にはうちも呼んでや。あ、せや。うち屋根からモチまいて欲しいな〜」


 「……そんなの最近名古屋でだって見た事無いぞ」


  あ、でもお笑いマンガ道場の鈴木義司はやってたな……あれも名古屋ローカルか。


 「じゃ、あとよろしくお願いしますね」


  そうして全ての住人が出ていってしまうと、リビングには俺と薫だけが残されたのだった。






                     〜◆〜






 「あ、あの、耕介さん、一体誰と結婚なさるんですか?」


 「…………」


  俺はあらためて薫を見つめる。


 「あの、耕介、さん」


 「…………」


  もしあれが、薫の真実の気持ちだとしたら。


 「誰と……」


 「…………」


  イヤな筈が無い。いやむしろ嬉しい。あたりまえだ。


 「あの……」


 「…………」


  俺も心のどこかで、ホントは分かっていたのかもしれない。


 「あうう……」


 「…………」


  俺は、薫を……






 「……ねぇ、薫」


 「はい?」


 「結婚しようか?」






                                      了









  後書き:途中で面倒臭くなってしまって、あんまり直してないです。スイマセン。

      お笑い漫画道場の鈴木さん、亡くなってしまわれたらしいですね……
      ご冥福をお祈りいたします。
      自分が当たり前のようにTVで見ていた人が居なくなってしまうのは、
      寂しい事ですなぁ。






  02/04/16――初投稿。
  04/10/20――加筆修正。

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