〜唇に火の酒〜
(Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)
今日は10月の4日。
「まーゆき」
「あに?」
「これ、誕生日プレゼント」
「あ、サンキュー」
ささやかな誕生日パーティも終わり、今は部屋に二人っきり。真雪は早速なにかな〜と上機嫌で
手渡された小さな箱の包装紙をビリビリと破いていく。
「ああデパートのおねーサンの苦労が一瞬にして……」
「〜♪」
耕介の嘆きを軽く無視して嬉しそうに豪快にラッピングを破り捨てる。
「ん? これは……」
「そ。口紅」
中から出てきたのは、金色の長方形の箱に入った一本の口紅だった。
「また食えない物を……」
口紅を見ながら苦笑している真雪だが、その顔は満更でもなさそうだ。
「でも真雪だって、ごくまれに化粧するでしょ?」
「ごくまれってゆーな。一応外出時にはするよ、身だしなみとして」
「だから、さ。たまにはこういうプレゼントも良いんじゃないかと思って」
こんな時ぐらいちっとは色気のあるものをね、と耕介はポリポリと頭を掻く。
「そう言うのよくわかんなくって、だいぶんと苦労したんだけどなぁ」
「ふ〜んLL15よりちょい明るいぐらいか……ちょい派手だね。ま、あんがと」
なぜだかもらった口紅を透かして見たりしていた真雪が、振り向いてにぱっと笑って見せると。
耕介はよかった、とほっと胸を撫で下ろしていた。
〜◆〜
「……耕介、こーすけ」
「ん?」
「うり」
「んわっ!」
「あはは、ちょっとお裾分けしてやるよ」
いつの間につけたのか、今渡された口紅をした真雪が、耕介の顔にキッスの雨を降らせ始める。
「ん〜チュッチュ」
「こ、こら、やめなさいってば」
「お、スタンプみたい。こりゃ〜おもろいわ」
耕介が暴れてもなんのその、辺り構わず顔中にキスマークをつけまくる。
「うう、もうその辺にしといてください……」
最初はなんとか止めようと抵抗していたが、早々に無駄だと気づいた耕介は、もはや抵抗する事
も諦め、されるがままに真雪に抱きつかれている。
「あーあ、顔中口紅だらけ」
手でぬぐうと指についた口紅を見ながら、はぁと深いため息をつく。
「……顔はいや? んじゃこっちに」
「うほぅ?!」
真雪は軽く背伸びすると、襟元を引っ張ってちうと耕介の首筋に吸いついた。
「ま、まゆきひゃん?!」
「ん〜……、っん」
「うひひゃうっ!」
暫く歯の隙間で吸うようにして、離す。と、首筋には小さな紫色の跡が残っていた。
「あ、感じちゃった?」
口を離すと同時におかしな声を上げたのを見て、にや〜と真雪の口元がつり上がる。
「ち、違いますって。あーこんな所に跡つけちゃってぇ」
どうすんですか〜と自分では見えもしない首筋を必死で振りかえっている耕介。
「他の人たちに見られたら、なんて言やいいんだか……」
「まぁスタンプっちゅーか、印だよ、しるし」
「はい?」
「あたしの売約済み、なーんてな。はは」
「う、うん」
「はは、はははははは……」
自分の言葉に真っ赤になってもじもじと手をもてあそぶ真雪。耕介も思わず口をつぐむ。なんと
なく、二人の間に微妙な空気が流れ始めていた。
〜◆〜
「……と、とぉ、いうわけでぇ、皆の前でもそのままでいるよーに!」
「まぢっすか?!」
そんな空気を打ち消すかのように、真雪はオーバーなアクションでパンッと耕介の肩を叩く。
「あはは。じょーだん冗談、落としていーよもちろん」
「ま、まぁ、もちろんそうするけど」
「だな。その代わり……」
「? その代わり?」
肩に乗せたその手で耕介の襟を掴むと、グイッと引いて顔を寄せる。
「風呂入って落とそっか。 ……一緒に、さ」
「あ……うん」
小声で囁くと、ジッ、と暫く至近距離で二人見詰め合って。そのまましだいにゆっくりと顔を寄
せ合うと、コツン、と額を合わせ。
「ん……ぅうん」
「ふっ、はぁ……」
んっ、と閉じた唇同士を軽く重ねた。
「ンッ!」
「あは、ビクッてした?」
「うん。 ……なに?」
キスの離れ際、耕介の体がビクリと総毛立つ。真雪が唇をペロッと一舐めしたのだ。
「以前あんたがベッドを離れる時に、寝てるあたしにしたののお返し」
「お返し?」
そんな事したっけ? と耕介は首をひねる。
「ああ、前やられた時体がビクッてしてさ。でもやり返そうにも、もうあんたは居ないし」
「……そうなんだ」
大変だったんだよ、と胸を突き出し、しだいに体をすり寄せる。
「だから今……お・か・え・し」
「むっ!」
ギュッと首に腕を回して抱きつくと、もう一度今度はむちうと深く口付けた。
「んっ、んむぅ……ぷぁ、ふっ、んふふぅ、ぁあ……」
最初は口ごと、ちろちろと唇、舌先をすり合わせ。
「んあん、あっ、はぁっ、んぶ、ふぅ……」
二人しだいに口を開いていき、舌を互いの奥深くへと侵入させると歯と唇、歯茎と刺激し合う。
ぬろんと大きく舌を回し、頬の内側を突つくと、じゅわっと唾液腺から甘い唾液が溢れ出す。
「むぁ、ん、まゆ、き……」
「んあ、ふぅ……あは、んはぁ♪」
その唾液を掬い取り、まみれ絡ませ合わせた舌がるろっと淫猥な音をたてると、むあっと熱い息
と共に唇を離す。と、間にツイーっと一本の太い銀色の光りが糸引いた。
「はっ、ふぅ……」
それがプツン、と切れると互いの口に滴って、冷たくなる。
「んはっ……な? こういう深いのも良いけど、一舐めするのも結構クルだろ?」
まだキスの余韻が残る中。真雪が人差し指を立てながら得意げな表情で微笑んでみせた。
「……ああ、知らなかったよ」
「ンンッ?!」
お返しとばかりに今度は耕介が突然グッと頭を掴むと、顔を寄せぺろりと真雪の唇を舐める。
「んぶっ?! んぁ、やっ、あぁ……」
「まゆき……んー」
「あぁん、んは、はっ! ぁ、こう、こうすけ、ちょ、た、タンマっ!」
「んんー?」
そのままつつつと唇を頬、首筋にはわせ、耕介の手が胸にかかった時、その手を掴みながら真雪
が耕介を突き放した。
「ん、ハァ……続きは、お風呂入ってからにしよっか」
「……うす、お供させてもらいます」
そう言うことなら、と耕介はポンと膝を叩くと、すぐに立ちあがった。
「一応お供はあたしの方だろうが」
「あ、そうでしたな。まぁいいじゃん、行こ?」
「……現金なやつだな。まぁいいや、行きましょー」
耕介が手を伸ばして部屋のドアへ即すと、真雪はすれ違いざまその手を取って。スッと自分の肩
に乗せると、手を重ねたまま二人並んでお風呂へと歩き出した。
「真雪」
「ん?」
「お誕生日おめでとう♪」
「遅いよ、バカ」
日付はもうすぐ翌日。誕生日は終わろうとしていたが、二人の時間はまだまだ終わらなかった。
Happy Birthday. 真雪。
〜◆〜
それから暫くの後。耕介の誕生日に。
「ほれ、誕プレ」
「あ、サンキュー。何かな?」
「ま、開けてみなって」
耕介はポンと真雪から投げ渡された小さな箱を、嬉々として開けてみる。
「どれどれ……ってこれ、マニキュア?」
「そ。存分に活用してくれ」
中から出てきたのは、一本の赤いマニキュアのビンだった。
「存分にって……こんなもんどーしろっつーんです?」
以前真雪の誕生日に渡した口紅にも似た、あざやかな赤色の小ビン。耕介は宙に掲げて電灯に透
かしたりしながら訝しげに眺める。
「あれ? 男って一人Hの時それ塗った手ですると気分が増すとか……」
「んな事せんわぁ!」
クルリと一回転しながら無骨なスピニングバックナックルにも似た突っ込み裏拳が、スパンッと
真雪の肩に綺麗に叩き込まれた。俺様的最大レベルのツッコミだ。
「っかしーな。確かな情報だと思ったんだが」
「……ホントは自分が欲しかったんじゃないのぉ?」
おおよそ自分に似つかないプレゼントの内容に、ぢ〜っと不信げな視線を向ける。
「そんなもん普段あたしがつけるか」
「まぁ、そうか」
真雪はう〜むとアゴに手をやり、何事かブツブツと呟きながら考え込んでいる。
「……しゃーない、あたしがつけてシテやろう」
「何を?!」
「ナニを。ほれほれ、ホントは嬉しかろーて」
パッと耕介の手からマニキュアを奪い取ると、顔のまん前でうりうりと振って見せた。
「嬉しいような、なんだか複雑な気分れす……」
「ふふふ、使えば以前みたいに気分、変わるかもよ?」
真雪がそう言えばなぜか家の中、それも二人きりの時にしか見せない赤い唇で、ニタリと笑う。
その時耕介にはそれが天使の微笑にも、悪魔の微笑みにも見えたのだった。
了