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  〜HOLD YOU STILL〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「いつまでたっても変わらない そんなものあるだろうか……♪」


  それはある日、突然の事だった。あたしにとっては。


 「……なぁ真雪」


 「ん、あに?」


  耕介に呼びかけられても、初めあたしは顔さえ向けなかった。


 「結婚しない?」


 「は?」


  しかし突然飛び出した『結婚』の二文字に思わずバッと顔を上げる。と目の前には上から同じく
 こちらをのぞきこんでいた耕介の顔があった。


 「いや、ハイかYESで答えて欲しいんだけど」


 「一緒だっつーの」


  パン、っとツッコミが耕介の肩で乾いた音を立てると、瞬間あははと二人笑い合う。


 「……で、どう?」


  もう一度、真顔で見つめてくる耕介。あたしが本気? と小さく聞き返しても真顔のまま。


 「ま、まぁ、いいんじゃない?」


 「いいの?」


  ポリポリと頭を掻きながら、熱くした顔をそっぽ向けながらウンと頷くと、硬かった耕介の顔が
 ぱあっと明るく輝く。どうやら密かに緊張していたようだ。


 「あ、あんたが、どうしてもそうしたいってんなら……」


 「真雪……」


  まぁ、あたしも実は大概だったけどね。


 「特に断る理由もないし……あたしも、あたしもあんたの事が、好きだよ」


 「……ま、まゆきーッ!」


 「うをっ?!」


  耕介は突然ガバと飛びかかって抱きついてくると、グリグリと頬擦りしてくる。


 「ホントにホント!?」


 「ほ、ホントにホントかは、あたしのせりふだっつーの!」


 「あはははは♪」


  やや照れ隠しに強めに突き放すと、赤い顔を隠す為にプイっとそっぽを向く。でも耕介は嬉しそ
 うに頷きながらポンポンとあたしの両肩を叩くと、スッと右手を差し出した。


 「よろしくな、真雪」


  にぱっと笑う耕介。その無邪気な笑顔を見たあたしの肩から力が抜けていく。そうして目の前に
 差し出された右手を、キュッと、自然と握り返していた。


 「ん。なにはともあれ、今後ともよろしく……」


  こうして、あたし達二人は結婚する事になった。


 「え〜と、保険証は二人別々のままだな……」


  めんどくさい書類上の事も耕介の方が色々とやってくれたので。


 「式は? 内輪だけにしようかと思ってるけど、なんか希望ある?」


 「ない」


  張り切る耕介の手によりあれよあれよと言う間に事が運んでいった。


 「はぁ〜でもまぁそんなに嬉しいもんかい?」


 「うん♪ 真雪は嬉しくない?」


 「いや、そうじゃないけど……」


  あたしだって結婚、という事に特別感慨が無いわけじゃなかった。自分自身、こんなにアッサリ
 と承知するとは思ってなかったし。


 「幸せになろうな♪」


 「……ま、いいか」


  でも自分と結婚する事でこんなにも喜んでくれている姿を見ると、なんだかもう、どうでもよく
 なってしまって。






  ――今更、あたし達二人の何が変わるわけじゃない。


  そう、思っていた。






                     〜◆〜






 「おー耕介くん、君は良い血管をしとるねぇ」


 「……そんな麻薬の売人みたいな事言わないの」


  湯船の中、あたしはプニプニと指で耕介の腕に浮き出た血管を突っつく。


 「あたしも実は欲しかったんだけどねぇ、腕の血管」


  今度は自分の腕をひねりながらぐるりと見まわす。当然ながら血管は浮き出てはいない。


 「腕に血管が浮いた嫁さんなんていやだなぁ」


 「だってカッコイイじゃん。なんか」


  耕介は先ほどからのあたしの謎っぽい言動にちょと困惑顔だ。


 「結局出なかったんだよなぁ。いや腕力はそれなりにあると思うのだが……」


 「男と女の違いじゃない?」


  女の人で出てるの見た事ないし、と耕介は自分の腕を曲げぬっと湯船から突き出す。


 「う〜んそうなのかねぇ……あ、あとコレコレ」


  耕介の手の甲から二の腕にかけて数本の見事なパイプが浮き出ていた。暫くその腕をじろじろと
 眺めていたが、ふと耕介の肩を掴むとバシャッと体ごと引き寄せる。


 「なに?」


 「鎖骨」


 「さこつ?」


  あたしが喉から肩にかけて突き出す三日月の鎖骨をついーっと指でたどると、耕介はくすぐった
 いのか少し身をよじって後に逃げていった。


 「それは真雪にだってあるだろ」


 「そうだけどさ。やっぱり違うんだよね男と女じゃ」


  それに合わせて更に体を近づけていく。実はあたしが興味があるのは、鎖骨のさらにその上だ。


 「ほーらここに水溜まるんだ。それがうらやましくってなぁ」


 「あー……なるほろ」


  鎖骨のくぼみに溜まった水に指を突っ込む。さすがに女の自分にこの小さな湖はない。


 「う〜む金魚ぐらい入りそうだな」


 「ないないそれはない」


 「昔はそう思ったんだよ。少女……いやもっと、幼女の頃に、ね」


  そんな話をしながらも、あたしは何度もそこに自分でお湯を注いだり出したりしている。


 「……そんなにいいもんか?」


 「ん。なんとなく」


  飽きずに鎖骨遊びを繰り返すあたしに諦めたのか、耕介は風呂釜の縁に両腕をのせ、グッと肩を
 上げるとさらにそのくぼみが強調され深くなる。そうしてフーと一息、もうされるがままになって
 いた。


 「ここに酒注いだら、何酒になるんだろうな」


 「……鎖骨酒?」






  ――お風呂には前から一緒に入っていたし。






                     〜◆〜






 「……んっ」


 「はむふっ、ん〜っん、うぁぶ、んん、ぅふむふ……」


  夜。ベッドの中。あたしは耕介の親指と親指の間に頭を突っ込んでいた。


 「うんッ! ……ちょ、まゆき、タンマっ、」


 「ん〜? 口紅にマニキュア付きのフル装備だぞ。何か不満か?」


  ふと耳に手を添えられ頭を上げると、腹の向こうに耕介の歪んだ顔が見える。つまりは足の親指、
 だったわけだが。


 「いえ、滅相もないのですが……」


 「んじゃいいじゃん」


  再びン〜っと耕介自身の裏側に下からぬる〜っと舌をはわせ始める。


 「くぁ! ちょ、ちょっと真雪、刺激強すぎ」


 「ん? 何イっちゃいそう?」


 「そうじゃないけど……」


  あいかわらず股間をいじりながらそう言うと、耕介はちょっと複雑な顔をする。


 「真雪もさ、口でされる時とか……刺激強くて気持ちいいけど、いかないだろ?」


 「ああ、ほだね」


 「指でもなんでも、ちょっと細かな速い動きとかじゃないと」


 「う〜ん」


  確かにある程度連続した刺激がないと、達するまではないわな。


 「だろ? そゆ事。気持ちはいいんだけどね」


  それもすっごく、とちょっと照れたような笑みを浮べて後頭部を掻いた。


 「……でもあたしは舐めるのは好きだけど、深く咥えるのは苦手なんだよねぇ」


  そうすると唇でしごくしかないが、喉深く咥えなければならないので苦しいのだ。


 「それでいいよ。だから、もう十分だって事。俺も真雪と一緒にいきたいしね」


  そんな耕介の気持ちは分かったが、何故だか今日はまだ主導権を渡したくなかった。


 「……いや、もうちょっと」


 「ぬぉぉう?!」


  そう言うと突然休んでいた手を再び動かし、裏筋を根元からつまんでしごき上げる。


 「こことか……ココかな?」


 「ぐ、ぐぉぉぉ……」


  両手で包み込むようにして全体をしごきながら、横から頬擦りしてカリを刺激していく。


 「あは、濡れてきた♪」


  頬に耕介の熱を感じながらキスを続け、キュッと軽く締め上げると、先端からプックリと透明の
 液体が漏れ出した。


 「ん、んん〜」


 「はぶっ!」


  零れ落ちないようそれに閉じた唇で口付けると、そのまま粘液を亀頭全体へと塗り広げていく。


 「ぬふっ! はっ、だ、ダメだったら、まゆ……んンッ!」


  唇が尿道口に触れるたび、耕介の体がビクッビクッと跳ね上がる。


 「んぁ、んふふ、ひもちいい……?」


  軽く咥えこむと今度は先端を舌を丸め包みこむようにして、カリ、裏筋と、亀頭全体に、唾液と
 カウパー腺液の混じったぬりゅぬりゅと粘っこい液体を塗りこんでいく。


 「んぁ、うん、うんよす……ぎッ、る……ッ!」


  こらえきれない、といった様子で両手であたしの髪を掴みかきまわす耕介。


 「んフ♪ ん、んーっ、うんっ、ふや、んーにゃっ、」


  たまに上あごと舌で挟みこむようにしてコリコリさせる。すると更に粘液が押し出され、それを
 ちうと吸い出してやると、口を開け閉めするごとに離れた唇、再び触れる舌との間で、にちゃりと
 淫猥な音を立てて口内に何本もの糸を引く。


 「んむぅ〜……ぷぁ!」


 「ンッ! くはっ?!」


  ようやく口を離すと、やや柔らかくなった肉棒を左手でささえ、軽く表面に口付けながら、そう
 して空いた右腕は下部にあるひんやりとした袋へと伸ばした。


 「ここも気持ちいいの?」


  あまりいじった事のない個所なので、やや慎重に、ふにふにやんわりと袋全体を撫で揉んでいく。


 「ああ、気持ちいいよ」


 「そうなんだ」


  キュッと縮こまり大きな皺、と言うかヒダだらけになったそれをゆっくり、優しくもみしだくと、
 やがてその緊張はゆるんでいき、同時に中の玉が下りてくるのが分かる。


 「なんつーか、その、直接的じゃなくって、じんわり来る感じ? 安心するっちゅうか……」


 「ふ〜ん」


  アゴがちょい疲れたのでフェラは一旦お休みして、右手で玉は揉んだまま。左手でベッドに手を
 付き体をズリッと引き起こすと、一方耕介は荒くなった息を整えていた。


 「……ちゅっ」


 「あんっ」


 「ん〜っちゅっ」


 「うんんっ!」


  そうしてお腹、みぞおち、乳首へと順々に軽くちう、ちうと口付けていくと、触れる途端に耕介
 の体が細かく震えてのけぞった。


 「あはは♪ 耕介、まるで女の子みたい」


  そんな耕介のしぐさが何故だかとっても可愛く、愛おしくなって。そのまま更に鎖骨、肩、首筋
 へと唇や舌先をぬろんと触れさせていく。


 「……こうすけ」


 「まゆき……」


  とうとう顔までやって来ると、あたしは首にグルッと手をまわし。


 「は、ん……」


  そおっと、深くふかーく、唇を重ねた。


 「ううん、むぁっ、ぁふ……」


 「んん……んっ、ぶぁ、んふぅんーっ、むっ、んんーっ!」


  先ほどまるで女の子のようだ、と言ったせいか、やや強引に耕介は唇をむさぼってくる。しだい
 に奥深く、乱暴に、激しく舌をからませ口内を陵辱する。


 「うぁ、はっ、うぶっ、ふむむむぅんぁっ! こう、ふぇ、すけぇ……!」


  先ほどの『口為』のためあごが疲れていたあたしはただひたすらされるがままで。


 「んぁ! はっ、やはぁ……っく! ふぇ、んぶぅん、っぁあ……」


  上になった耕介の口から流れこむ唾液をちょっと苦しみながら飲み干すと、やがて耕介の手が胸
 にかかり、突然服越しに先端が爪でカリッと刺激される。瞬間走った切なさで背筋が跳ね上がった。


 「……っう、ふぁ、ん」


 「まゆきぃ……」


 「ぁん、こうすけぇ」


  ようやく二人の唇が離れると、二人の間に何本もの輝く糸が繋ぎ、切れ。そのままゆっくりと支
 えられながら、仰向けにベッドへ押し倒されていった。


 「……あ」


  腰を浮かせて下着を剥ぎ取られながら、あたしはある事に気が付く。


 「ん?」


 「間接チンコ」


 「そーいうこと言わない!!」






  ――Hだってあいかわらず。






                     〜◆〜






 「う〜ん……」


 「なに真雪どったの」


 「いやね、今度の漫画の資料なんだけどねえ」


 「なんか問題でも?」


 「あんた、ラフカディオ・ハーンって知ってる?」


 「え〜っと……小泉八雲、でしたっけ」


 「そうそう、よく知ってた」


 「まぁそれぐらいは。『怪談』の人でしょ?」


 「そ。あののっぺらぼうとかのやつだな」


 「雪女……もそうだったっけか」


 「それを今度の漫画に使おうと思ってさ、それでネットで資料をあさってたんだけど……」


 「見つからなかったの?」


 「いや。これ、見てみ」


 「ん?」


  どれどれと耕介がヒョイと横から顔を突っ込み、机の上のノーパソを覗き込む。そうしてあたし
 がディスプレイ上の文字を音読した。


 「……ラフカディオ・ハーン。アイルランド人である父とギリシャ人の母との間に生まれ、
  アイルランド、フランス、イギリスで教育を受けると、1869年アメリカに渡り、
  ジャーナリストとなった」


 「何人やねんっ!?」






  ――ノリだって以前となんら変わる事はない。






                     〜◆〜






  それから日曜日が来て、また日曜日へ。


  月曜日から火曜日へ。


  赤口から先勝へ。


  先勝から友引へ。


  辰から巳へ。


  巳から午へ。


  二人の時は、流れていった。






                     〜◆〜






  時折、聞かれる事がある。


 「ねぇ、おねーちゃん」


 「ん? なんだ知佳」


 「おにーちゃんと結婚してぇ……幸せだった時って、どんな時?」


 「はぁ?」


  ふと見上げると、対面で机に頬杖つきながら知佳はニコニコと笑顔を浮かべている。


 「だからぁ、どんな時に、お義兄ちゃんと結婚して幸せを感じるの?」


 「……なんでお前にそんなこと言わにゃならんのだ」


  フイと知佳から視線を戻し、お茶に口を付けた。


 「いいじゃなーい。人生の先輩として、ね?」


  ねーねーと袖を引っ張りながらしつこく尋ねてくる。


 「……どんな時、ねぇ」


  そんな知佳をあたしはあー鬱陶しいと手で払いのけ。宙を見上げてふーっと一息を吐きながら、
 耕介との夫婦生活に思いをめぐらせていった。






                     〜◆〜






 「うい〜……」


 「あ、真雪おはよ。って徹夜か当たり前だけど」


 「ご明察〜」


  軽く片手を上げて答えるとあたしはグッタリとテーブルに突っ伏す。


 「腹減った……」


 「じゃあなんか作るよ。何がいい?」


 「酒のつまみになるモノ〜」


 「朝っぱらから酒は出しませんよ」


  台所に立つ夫はあたしに背を向けたまま冷たく言い放つ。


 「う〜あたしにとっちゃあ寝る前、夜みたいなもんだ」


 「……けだし屁理屈」


  などと言いながらも耕介はしょうがないなぁと冷蔵庫を開けた。


 「豚肉とニンニクの芽の炒め物でも作ろうかね」


  臭いけど美味いんだよね〜これ、と中から豚肉とニンニクの芽を取り出して見せる。


 「お〜、それでいい」


 「お酒の代わりに白米出すけどね」


  てめーと非難するあたしの声を無視して、耕介は再び冷蔵庫に向っていった。


 「んげ!」


 「ん〜、どした?」


 「あちゃー、これ……」


  まずったなぁと言いながら右手に何か持ちながら左手で頭を掻いている。


 「一昨日、いや三日前だったかな? ブロッコリーを買ったんだけど、すっかり忘れちゃってて」


 「腐っちまったのか?」


 「いや、まぁ腐っちまうよりはマシだったけどね……今取り出してみたら、コレ」


 「……んん?」


  その右手に持ったものを掲げて見せる。それはブロッコリーだった、が。


 「元々大きかったのが、更に立派に」


 「ありゃー」


  でっかくなっとる。当社比1.5倍ぐらい。


 「たぶん花が咲いちゃったんだと思う。あーボロボロ……」


  遠目にはよく分からんが、耕介が撫でるとボロボロと表面のつぶつぶが崩れ落ちる。


 「これも使っちゃおうかね」


 「……ブロッコリーは嫌いだ」


  テーブルに突っ伏したままあたしは抗議のジト目を送る。


 「大丈夫だよ、炒め物に使うのは軸の部分だけだから。はっぱの部分は俺が茹でて食べるよ」


 「ん〜……まぁ、それなら」


 「んじゃそういう事で。 Alouette,gentille alouette,
  Alouette,je te plumerai……♪」


  こうしてあたしの了解を得た耕介は、鼻歌を歌いながらまな板に向うと包丁を手に取った。






                     〜◆〜






 「ハイお待たせ。さて、俺もご一緒させてもらおうかね」


  暫くして出来あがった炒め物、ご飯、それに茹でたブロッコリーをテーブルに並べると、耕介は
 マヨネーズを取りに冷蔵庫に向う。


 「真雪はこれいるー?」


 「あ?」


  少し遠い声の方を向くと、耕介が手に何か四角いものを持ってこちらに掲げていた。


 「これ。納豆ー」


 「あー、いらん」


 「そ」


  四角いパックに入った納豆を自分の分一つだけ持ってテーブルへと戻ってきて。


 「んじゃ、いっただっきまーす」


 「いただきまーす」


  二人とも手を合わせると、あたしは炒め物に箸をのばし、耕介は納豆を手に取る。


 「ん。んまい」


 「ふっふ〜ん♪」


  耕介は醤油をひと注し、箸で納豆をかき混ぜ始め。シャカシャカシャカと音を立てながら、リズ
 ムカルに納豆が混ぜられていく。


 「んフフッふ〜ん〜」


 「…………」


 「〜♪ さーてと……」


  程よくかき混ざった所で、当然耕介はその納豆をご飯にかけようとする。


 「ちょと待った」


 「ん?」


 「モーいっかい」


 「へ?」


  だがあたしは納豆が持ち上げられた所で、手を差し出し耕介を止めた。


 「なに真雪?」


 「も一回プリーズ」


  あたしは人差し指を立てると、首を傾げている耕介にアゴで納豆を指す。


 「……あー、はいはい」


  シャカシャカシャカシャカシャカ……


  ようやく言わんとする事を理解した耕介は、もう何も言わず再び納豆をかき混ぜ始める。あたし
 はスッと目を閉じると、旦那が納豆をかき混ぜる音にうっとりと耳を傾けていた。






                     〜◆〜






 「……そんな時かな」


  そこまで話し終えたあたしは、少しぬるくなったお茶をずーっと一すすりした。


 「それが……結婚して幸せだった、時?」


 「うん」


 「……納豆の音が?」


  湯呑みを傾けながら、ああと頷く。


 「う〜ん……よく、わかんない」


  はっきりと肯定した様子に冗談ではないとは分かったようだが、知佳は降参と肩をすくめる。


 「ま、いずれ分かるようになるさ」


 「うぅ……」


  あたしがピラピラと手を振ってやると、知佳はちょっと悔しそうに突っ伏し唸っていた。






  ――それはきっと、そんな時。






                     〜◆〜






 「うい〜……」


 「あ、真雪おはよ。って徹夜か当たり前だけど」


 「ご明察〜」


  軽く片手を上げて答えるとあたしはグッタリとテーブルに突っ伏す。


 「腹減った……」


 「じゃあなんか作るよ。何がいい?」


 「酒のつまみになるモノ〜」


 「朝っぱらから酒は出しませんよ」


  台所に立つ夫はあたしに背を向けたまま冷たく言い放つ。


 「う〜あたしにとっちゃあ寝る前、夜みたいなもんだ」


 「……けだし屁理屈」


  などと言いながらも耕介はしょうがないなぁと冷蔵庫を開けた。


 「豚肉とニンニクの芽の炒め物でも作ろうかね」


  臭いけど美味いんだよね〜これ、と中から豚肉とニンニクの芽を取り出して見せる。


 「お〜それでいい」


 「お酒の代わりに白米出すけどね」


  てめーと非難するあたしの声を無視して、耕介は再び冷蔵庫に向った。


 「んげ!」


 「ん〜、どした?」


 「あちゃー、これ……」


  まずったなぁと言いながら右手に何か持ちながら左手で頭を掻いている。


 「一昨日、いや三日前だったかな? ブロッコリーを買ったんだけど、すっかり忘れちゃってて」


 「腐っちまったのか?」


 「いや、まぁ腐っちまうよりはマシだったけどね……今取り出してみたら、コレ」


 「……んん?」


  その右手に持ったものを掲げて見せる。それはブロッコリーだった、が。


 「元々大きかったのが、更に立派に」


 「ありゃー」


  でっかくなっとる。当社比1.5倍ぐらい。


 「たぶん花が咲いちゃったんだと思う。あーボロボロ……」


  遠目にはよく分からんが、耕介が撫でるとボロボロと表面のつぶつぶが崩れ落ちる。


 「これも使っちゃおうかね」


 「……ブロッコリーは嫌いだ」


  テーブルに突っ伏したままあたしは抗議のジト目を送る。


 「大丈夫だよ、炒め物に使うのは軸の部分だけだから。はっぱの部分は俺が茹でて食べるよ」


 「ん〜……まぁ、それなら」


 「んじゃそういう事で。 Alouette,gentille alouette,
  Alouette,je te plumerai……♪」


  こうしてあたしの了解を得た耕介は、鼻歌を歌いながらまな板に向うと包丁を手に取った。






                     〜◆〜






 「ハイお待たせ。さて、俺もご一緒させてもらおうかね」


  暫くして出来あがった炒め物、ご飯、それに茹でたブロッコリーをテーブルに並べると、耕介は
 マヨネーズを取りに冷蔵庫に向う。


 「……ねぇ」


 「ん? なにー?」


  冷蔵庫に頭を突っ込んだまま遠い声で答える耕介。


 「あんた……あたしが死ぬまで、一緒に居てくれる?」


 「は?」


  思わず間抜け顔でこちらを振り向く姿に、あたしはニヤリと口を歪ませた。


 「いや、ハイかYESで答えて欲しいのだが」


 「……一緒です」


  覚えのあるセリフに、複雑な顔。あたしもそれを見てあっははと楽しげに笑う。


 「……で、どうなの?」


  スッと目を逸らして、聞き直す。暫く天井を見上げながら何事か考え込んでいたが。


 「ん〜……嫌です」


 「……そっか」


  やがてはっきりと、NOと答えた。
  あたしはまぁしょうがないか、とふぅと息を吐く。


 「まーゆき」


  その時耕介が、後からガバッと腕をあたしの首にまわして抱きついてくる。


 「まゆーきっ」


 「……なによ?」


  表向きは平静だったが、ホント言えばこの時あたしは泣きたいほど凹んでいたわけで。でもこれ
 ほどショックを受けている自分に驚いて、動く事すら出来なかった。


 「俺は、死ぬまでってのはイヤだなぁ」


 「…………」


  だからなんだ、と手を振り払いたいが、できない。


 「……地獄の底まで、お供しますよ」


 「! ……バカ」


  そう言われた瞬間、何かから開放されたようにスーッとあたしの体から力が抜けていく。


 「ええ。馬鹿ですから」


 「ばか。このバカバカバカッ!!」


 「バカだから。たとえ真雪がイヤだって言ってもずっと、ずーっと一緒にいますよ」


  腕の中で暴れるが、逃れられない。じんわりと自分の頬が熱くなってくるのが分かる。


 「……ね?」


 「ん……あんがと」


  やがて大人しくなってしまって。回された耕介の手に、スッと自分の手を重ねた。


 「……そして真雪が犬に生まれ変わったら犬に! 猫に生まれ変わったら猫に! カマキリに生ま
 れ変わったら同じカマキリに生まれ変わりましょう!」


 「いや、さすがにそれはイヤだ」


  SEXの後あんたを食べなきゃならんし、と言うと二人はじける様にブハッと吹き出した。






                     〜◆〜






 「……成功、だったのかな」


 「え? なにが?」


 「結婚」


  そう言うと何がそんなに嬉しいのか、耕介はニコニコとしながら抱きしめる腕に力を込める。


 「俺は、大成功だったよ。結婚」


 「あたしとのが、だろ?」


 「あはは♪ そうだね」


  ウンウンと頷きながら、ゆっくりと左右に体をゆする。


 「真雪との結婚が、正解だったかな」


 「ん。あたしも……」


  回された腕を解くと、スッと体を離して。


 「耕介と結婚できて、よかった」


  正面から、抱き合う。


 「……真雪」


 「うん……」


  ゆっくりと唇を重ねる。


 「んん……あ、ん……」


  深く、でも静かに長い、くちづけ。だけど久々に、ちょとドキドキした。






                     〜◆〜






  何かが変わったわけじゃない。


  今までも、そしてこれからもずっと過ぎていく日常。


  でもそれはホントは毎日が二人の、二人だけの特別な日々だった。


  あたしはこの結婚を。


  後悔した事は、まだただの一度も無い。






                                       了









  後書き:全とらハシリーズを通して、真雪さんは私が一番好きになったキャラです。
     SSも一番数書いているんじゃないんでしょーか。
     でも好きゆえに、感情が入りすぎて上手くいかない事も多かったり。
     これもそんな一作だったでしょうか。
     古い物ですんで未熟な所はご勘弁ください。





  02/10/12――初投稿。
  04/10/20――加筆修正。

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takemakuran@hotmail.com
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