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  〜星の鳴き声〜
  (Main:美由希 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  夜が、闇の裾をその身にすっかりと巻き終えた森の中。


  二つの影が放された風船のように音もなく、時折一つの塊になる時鋭い短い叫びが散らばる。


  キンッ!


 「くっ!」


  影の正体は恭也と美由希。


  乱れ太鼓のごとく打ち付け合われる二本と二本、計四本の木刀同士がまるでガラスのような悲鳴
 を上げていた。


  この一種異様な風景も、二人にとってはごく当たり前の夜間の鍛錬に過ぎない。しかしその日は
 普段とは多少異なる事があった。


 「精ッ!」


 「ぐっ! ンく、く……」


  高みから振り下ろされた恭也の強烈な一撃を、美由希は交差させた刀で必死に受け止める。だが
 勢いを止めきれない。


  今夜は終始、何時にも増し美由希が押され気味なのだ。


 「……フンッ!」


 「う、キャッ!」


  パシッ。カラララン……。


  更に一歩、恭也が踏み込みを入れる。


  結果恭也は右手一本だったにも拘わらず、美由希は押し込まれてしまい左に大きく傾いた。その
 まま左手の木刀を取り落としてしまう。


  まるでそう普通の女の子のような脆弱さであった。


 「…………」


 「ハァ、ハァ……んく」


  それでも逃げるように、何とか身を翻して距離を取り、木刀一本でファイティングポーズを取り
 続ける美由希。


  んっく、と苦い唾を飲む。しかし恭也の体はそれ以上不調の弟子を追う事はなかった。


 「……今日はこれまで」


  それだけ言ってぞんざいに得物を下ろす。


 「は、い」


  それを聞いてがっくりと、力が抜けるというより肩を落とすように緊張を解いた美由希の傍へ、
 つかつかと強い歩調で恭也が歩み寄っていく。


 「美由希、左手を見せてみろ」


 「あ、え? あ、でも――」


 「いいから」


 「あっ」


  近づくなり半ば強引に美由希の左手を取る。その親指に巻かれていた包帯が、激しい打ち合いの
 為か赤く滲む血によって汚されていた。


 「取るぞ」


 「あ、うん、ハイ……」


  剥がれかかっていたそれを恭也が手早く解いていく。すでに美由希は抵抗する事なく、叱られた
 小犬のように身を縮めていた。


 「また派手にやったものだな」


 「う」


 「料理の修業も結構だが、それで剣の修行の方に支障を来たしていては何もならんぞ」


 「あう」


  月明かりの下に露になった美由希の親指には、上から三分の一ほどの所に爪ごと深い切込みが入
 れられていた。


  それは美由希が個人的に行っている、料理の勉強の際に負ってしまった傷だった。


  通常食材を切る際には、包丁を折り曲げた指の第二関節上で滑らせるいわゆる猫の手の形にする
 のだが、慣れない美由希にはそれで上手く食材を押える事が出来ない。


  それでつい、親指も使って押えようとする。はみ出した親指を食材ごとザックリという訳である。
 初心者にありがちなミスであった。


 「あの……ごめんなさい」


 「別に怪我をした事を怒っているわけじゃない。ただこういう場合はちゃんと報告する事」


 「うん、はい。ごめんなさい……」


  もう一度、美由希はしょんぼりと謝罪する。


  一方、恭也もあまり強くは言えない。目の前の恋人が頑張っているのは、恐らくは自分の為なの
 だから。


  彼女が本気で料理の修業を始めたのは、恭也と美由希が兄妹の枠を越え、付き合いだしてからの
 事だった。


  やれやれと一度肩を竦めると、片付けを始めながら恭也は未だ顔を上げることない美由希に対し
 不意にこう言った。


 「……なぁ、お前にとって料理は必要か?」


 「えっ」


 「普段剣の修行でもしないような怪我してまで、そこまで必要なものなのか」


  決して咎めるようなものではない。むしろ労わりと、優しさに満ちた口調だった。


 「姿勢は認めるが、人には得て不得手というものがある。無理をする事はないんだぞ」


 「う、ん……」


  それは分かっている。だが恭也の言葉は、何故か美由希の心を灰色のセメントのように重く冷た
 く強張らせていく。


  今も恭也の周りには料理の得意な女性が大勢居る。そして彼女たちは、美由希の目からも酷く魅
 力的に見えた。


  それは恭也が一人の男性として、自分の傍で微笑んでくれるようになってからより顕著で。


 「でも、出来ないよりは出来た方がいいって、恭ちゃんだって言ってたじゃない」


 「ん、まあ、それはだな」


 「それに、それにわたしだって、その、女の子なんだし……」


 「む」


  昔、遊郭の女達は料理が上手かった。男を引きつけようと必死だったのだ。それに対し男の女房
 達も、料理の上手い者はいずれ夫を取り戻したそうである。


  要するに、美由希は不安だったのだ。料理も出来ない、そんな女性として何の魅力も持たないと
 思われる自分から、いつか恭也の心が離れていってしまうのではないかと。


  ただ女らしさと称し料理にこだわるのは、そんな不安と嫉妬からきているなどと、美由希自身は
 気付いていなかったのかもしれない。


 「俺は気にしないと言うか……別に俺が作ってもいいわけだしな」


 「きょ、恭ちゃんが?」


 「何を驚く。このご時世、料理は女の子がするもの、と決まったものでもあるまい」


  一方恭也にもそんな複雑怪奇な乙女心が理解出来るはずもない。が、恭也は恭也なりに美由希を
 力づけようと、ことさらなんでもないといった口調で語り続けた。


 「聞いた話だが世の中には妻は歌手、夫は主夫で管理人なんて組み合わせもあるそうだ」


 「う、ん」


 「俺たちだって多少世間の形と違っていてもよかろう。夫婦の形は人それぞれだ」


 「うん……えっ?」


 「ン? ……あ」


  戸惑いの声に何事かと恭也が振り返ると、同じく美由希も目を丸くしてこちらを見詰めていた。
 やや顔も赤い。


  夫婦という言葉に反応してしまったのだ。それに気付いた恭也も、思わずあっと口を丸くする。


 「あー、その、なんだ、言葉のあやというやつだ。気にするな」


 「う、うん」


  気にするなと言っても、一度意識してしまうとお互いすぐに忘れられる訳も無く。意味もなく立
 ち上がったり、頭を掻いたり髪をいじったりと、二人の間に奇妙な沈黙が流れる事となった。


 「……へへ、ありがとね、恭ちゃん」


 「ん、ああ」


  暫くして、おもむろに美由希が後ろ手に手を組んだまま、スッスッスッとカニ歩きでさりげなく
 恭也の元へと身を寄せていく。


 「やっぱりお料理の方は、やめられないと思うけど」


 「そうか」


 「でも、嬉し……」


  そうしてコツン、と恭也の肩に自分の頭を押し当てた。


  手を出すのは、ピッタリ体をつけるのは恥ずかしいけれど、頭だけなら。そんな美由希の奇妙な
 甘え方だった。


 「それならそれでかまわんが、無理はするなよ」


 「ウン、ありがと。大好き……えへ、うふふふふ」


  触れ合わせた一部分から、互いの体温が伝わる。傍に居るのだという安心感。


 「あっ」


  その時、美由希の頭にふわりと恭也の大きな手の平が覆い被さってきた。


  そのまま何度か髪を梳かれる。節だらけの、無骨な指なのに、美由希にはまるで柔らかな猫毛の
 ブラシのように感じられた。


 「きょーおちゃん♪ あは、えへへ」


 「…………」


 「ふふ、むふ、うきゃ〜♪」


  その内に美由希の好意と行為が段々と大胆になっていく。妙にテンションが上がってきてしまっ
 たようだ。


  初めは押し付けた頭も控えめに身を揺らす程度だったものが、眼鏡が無い分、更に額をグリグリ
 と擦り付けんばかりの勢いに。


  闇夜の中二人きり。先程までの厳しい訓練の空気も、今ではすっかり霧散してしまっていた。


  このままではンッと目を閉じあごを上げ、何かを求められるのは確実で。そうなる前にと恭也は
 自ら美由希の肩を掴み、顔を起こすとこう言った。


 「そうだな……美由希、どうしても料理がしたいというなら、こんなのはどうだ」


 「?」


  突然の提案に疑問符を投げ返す美由希に対し、恭也はただ静かに口の端を釣り上げるのだった。






                     〜◆〜






  あれから二週間ほどが過ぎた。


  その日高町家の台所にはレン、晶、なのはにそして美由希と恭也といった面々が集まっていた。


 「えーそんでは、今日は特訓の成果の発表会と称しましてぇ〜」


 「我らが美由希ちゃんに、一品料理を作ってもらいまーす」


 「やーぱちぱちぱちぱちー♪」


  レン、晶の軽快な司会ぶりに、なのはが笑顔で応える。対照的に美由希の緊張に引きつり気味で
 あった。


  これまで基本的に美由希に料理指南をしてきたのはこのレンと晶であった。しかしこの二週間程
 は一切関わっていない。


  その間、個人での特訓を積んだという事で、今日はその美由希のお披露目会なのであった。


 「さーどんなものが出来るんでしょうなー」


  テーブルにつくなのは達。たとえどんな物が出てこようが、最悪試食するのは恭也だけでいいと
 思うと気も軽い。


 「あれ? 恭也おにーちゃん、座らないの?」


 「ここ師匠の席、空いてますよ?」


 「ああ、俺はここでいいんだ」


  しかし一人台所に立ち尽くす美由希と同様、何故か恭也は席につかず、脇に立ち控えている。


 「……まま、ええんとちゃいますか」


  レンだけが、何かを察したようで黙っていた。


 「おねーちゃん頑張ってー♪」


 「う、うんっ!」


  グッと両手を目の前で握り締めた、おおよそ料理を作るとは思えない美由希の気の入りように、
 皆思わず苦笑する。


 「た、高町美由希、参りますっ!」


  そんなこんなでようやく美由希の挑戦が始まった。さて一体どんな料理を作るのやらと一同固唾
 を飲んで見守る中、


 「……あれ?」


  真っ先に疑問の声を上げたのはなのはだった。


  美由希が料理を始める、筈だったのに、初めに動いたのが彼女ではなく、何故か脇に控えていた
 恭也だったからだ。


 「美由希、まずはこれからだ」


 「は、はい」


  恭也が木綿豆腐を二パック取り出し、美由希に手渡す。


  美由希は豆腐をゆっくりと、慎重に板状に切り分けていく。それを恭也が一枚ずつキッチンペー
 パーにくるんでザルに置き、最後に重ねて重石を。水切りをするのだ。


 「あ、く、くずれちゃった」


 「かまわん。後でどうせ切り分けるんだ、気にするな」


 「うん、頑張る!」


 「その意気だ」


  と、切る途中豆腐の一部が崩れてしまったが、恭也は気にせずキッチンペーパーに包んでいく。


  さも当然といった体で美由希の手助けをする恭也に、それ以上誰も何も言えなかった。


 「えーと、次にショウガを……」


  次に美由希はたどたどしい手つきで皮を剥くと、ザクッ、ザクッと硬い音を立てて生姜をみじん
 切りにし始めた。


  その間恭也は中華鍋をコンロにかけていた。数分が経ち、薄く中華鍋から煙が上がり始めるが、
 未だ美由希は一生懸命生姜を切り続けており、仕方なく恭也は一旦ガスを切る。


 「あ、ご、ゴメン恭ちゃん」


 「いや、とりあえず水気を飛ばしただけだ。気にせずじっくりやれ」


 「うん」


  コンロ前に立ち尽くす恭也に気付き、慌てて美由希は謝るが、当人は気にするなと軽く手を振り
 返すだけ。


  それから更に十分ほどかけてようやく、ちょっと多いかな? と思えるほどの量の生姜のみじん
 切りと、同時に二欠片分のニンニク薄切りを作り終えたのだった。


 「キャッ」


 「っと、スマン」


 「う、ううん。こっちこそ」


  ここで立ち位置を入れ替えようとする際、焦るあまりか恭也と美由希の肩と肩とがぶつかってし
 まった。


  世間一般から見て大き目とはいえ、やはり二人で立ち回るには少々狭い台所である。ぶつかって
 も仕方が無い。


 「実際問題、ふたりで料理するゆうんは色々と難しかったりしますからなー」


 「そうなの?」


 「うちも稀にこのおサルと一緒にやる事ありますけど、トラブルも多いんですわ。ぶつかったり、
 ガスやまな板が自由に使えへんかったり……」


 「一々何するか聞いてても手伝いにならないし。そんでいざ合わせてみたらてーんでバラバラで、
 それでまたこのカメと掴み合いになったり……♪」


 「ケンカはいけませんっ!」


 「「はい」」


  それでもぎこちない部分はあるものの、只今調理中の二人は頑張っている方だった。


  ガスコンロの前に立った美由希が中華鍋に薄く油を引き、火にかける。刻んだ生姜、ニンニクを
 入れひき肉を一掴み程度加え炒める。


  ここで脇から恭也が塩、胡椒を振り入れた。どうやら味付けは恭也が担当する事になったらしい。


  更に鍋脇に八丁味噌小匙一杯、豆板醤小匙二杯、中華スープを溶き入れていく。


 「あー結局味付けはししょーがやりますか」


 「まあその方が無難かな? 前美由希ちゃん、コショウ一瓶全部振り入れたことあったし」


 「そうなんですか解説の晶ちゃんさん」


  何時しか野球解説者のようになってしまった三人。なのはの振りに答えたのはレンだった。


 「あれはコショウの蓋ごと入ってもうたんですけどね。強く振り過ぎですよって」


 「ふーん」


 「美由希ちゃん、どれだけ教えても料理の手際だけは上達しなかったからなー」


  どれだけ場数を重ねても、手際のよくならない人も居る。これだけはもう天性のものがあるのか
 もしれない。


 「お菓子作りは分量が命ですけど、中華料理はその場のノリを優先させた方がエエ場合も多いんで
 すよ」


 「いちいち分量量って作る人より、調理のテンポのいい人の方が、不思議と美味い物が作れるもん
 だしね。美由希ちゃんは両方出来なかったけど」


  このように外野で好き放題言われていたが、当の美由希の耳にはまったく届いていなかった。


  恭也が醤油、味醂、酒を少量加え味を調えると、美由希はその間に水切りしてあった豆腐を賽の
 目に切り分け、鍋へと投入する。


  とそこで鍋の中を見詰めたまま、何故か美由希の動きはピタリと止まってしまったのだった。


 「…………」


  中華鍋を前後に大きく揺すり、中身を混ぜ合わせるいわゆる『返し』をしたいのだが、美由希の
 左腕は震えるばかりで上手く動いてくれない。


  以前レン達に野菜炒めを習った時、中身を盛大に床に空けてしまった記憶が蘇る。加えて水気の
 多い今回は更に難易度が高く無理もなかった。


  こうしている間にも、豆腐は白い肌を残したまま端からブチブチと煮詰まっていく……。


 「美由希」


 「あっ……」


  何時の間にか恭也が美由希の背後へと回っていた。スッと手を伸ばし火を弱めるが、彼の手助け
 はそれだけでは終わらなかった。


 「きょう、ちゃん」


 「落ち着いて、練習の通りにやればいい。お前なら出来るはずだ」


 「う、ウン!」


 「力を入れ過ぎずに。軽めにな」


  恭也は腕を重ね、後ろからそっと抱きすくめるように美由希と一緒に鍋を掴んだのだ。


  美由希も初めは皆の目があるせいかビクッと身を硬くするが、すぐにその力も抜けていく。二人
 がこれまでも同じ共同作業をしてきていた事が窺えた。


 「それっ!」


  気合一閃、僅かに汁をこぼしながらも何とか返しは成功した。恭也が力を押さえ気味にしてくれ
 たのも幸いした。


  一度成功すれば楽なもの。恭也が離れた後も美由希は二度三度と中華鍋を返し、見事豆腐は赤く
 染まっていく。


 「……ぶいっ」


 「「「おーっ!」」」


  全てを混ぜ終えた後、思わず振り返った美由希。ギャラリーから歓声が上がったほどだった。


 「……美由希、ネギはどうした」


 「アッ! ……わすれちゃ、った」


  仕方が無いなと恭也が急いでネギを小口切りにする。恭也の方が手際がよかったのはご愛嬌。


 「さ、仕上げだ」


  そうして仕上げに水溶き片栗粉を回し入れ、鍋肌から胡麻油を加えた。これもついでとばかりに
 恭也が行い、その間美由希はずっと鍋を揺すり続けていた。


 「ん〜……完成っ!」


 「よしっ!」


  一煮立ちさせ、最後に上からパラパラとネギと粉山椒をかける。


  緊張から開放されようやく笑顔を見せる美由希。加えて恭也までもが小さくグッとガッツポーズ
 を作っていた。


  ここにようやく、美由希と恭也の手による麻婆豆腐が完成したのである。






                     〜◆〜






 「じゃ、試食してもらっちゃおっかな」


 「う、うん」


  鍋から移してみると直径20cmほどの深皿一杯の麻婆豆腐が出来上がっていた。


  小鉢に取り分けられ、各々の前に置かれる。あの美由希作った物だが、調理場面を一から十まで
 見ていたので、やや警戒つつも皆一様に箸を伸ばす。


 「……おいしいっ!」


  また初めに声を上げたのはなのはだった。


 「おねーちゃんこれ美味しーよ! お店屋さんみたい♪」


 「ありがとーなのはー」


  熱々の豆腐と餡を口に運ぶと、辛味と共にひき肉のジューシーさに包まれた豆腐のコクが口中に
 広がる。多量の生姜の風味が、らしさを醸し出していた。


  豆腐の中まで熱く、自分の食道を通る様まで分かるようだ。


 「いや美由希ちゃん、ホント美味しいですよこれ。結構ピリッときて本格的な感じですし」


 「ホ、本当に?」


  晶までもが揃って褒め称える。


  今まで経験したことの無い賛美の嵐に、目尻に涙まで浮かべた美由希は嬉しくて恥ずかしくて、
 どうしていいかも分からずまるでタコのように意味も無く身をくねらせていた。


 「うう、みんな、ありがと……あそうだ、なのはには辛くない? 大丈夫?」


 「あ、ちょっと辛いですけど……でもご飯にのせれば、丁度いいよ?」


  ちょっとお行儀悪いかな? となのはは表情を曇らせるが、その肩をポンと叩いた者が居た。


 「俺もそれが一番美味いと思うぞ、なのは。俺もよくやってる」


 「だよね、うん、えへへ」


  恭也がそう言ってなのはに笑いかけた。自分もやっているという言葉が何よりの励ましになり、
 なのはは一遍に笑顔になる。


  その様を横から美由希がちょっと、羨ましそうに眺めていた。


 「……うん、美味しい」


  レンゲで麻婆を一掬い。美味しい、とレンは素直に思った。


  素人料理である。みじん切りにしたはずの生姜は一部が繋がってる。豆腐がくずれているのは最
 初に湯通ししなかった為だろうし、味付けも詰めが甘い。


  自分ならもっと山椒の辛味を使うだろう。最近ではニンニクではなくニンニクの芽を使用し、味
 と香りだけでなく青味と食感を加えていたりする。スープに干し椎茸の戻し汁を使っても良かった
 かもしれない。ついでに身を刻み入れても。


  でも、それでもこの麻婆豆腐は何か特別な、二人の味というべき味がした。


 「ねえねえ、おにーちゃんは食べないの?」


 「ん? ああ、いただくよ」


  見ると恭也はまだ箸をつけておらず、未だ脇に立ち試食の様子を眺めていた。やはり作った側で
 あるという思いが強かったのだろう。


  そこでなのはがふとした疑問を口にした。


 「えーと、美由希おねーちゃんは恭也おにーちゃんに食べてもらいたくて、お料理を習ってたんだ
 よね?」


 「でも師匠も一緒に料理してたんじゃンギッ――!?」


  ここまで言いかけて、突然の痛みに晶の体がピキッと硬直した。机の下、レンが晶の足をズンと
 思いっきり踏んづけたのである。


 「――ってー! な、なにしやがるこん泥ガメッ!」


 「阿呆っ! 空気を読まんかいこの唐変木。おんどれは脳味噌までおサルレベルか!」


 「なにーっ!」


  取っ組み合うレンと晶に、それを膨れっ面で咎めるなのは。始まったいつもの三人組のドタバタ
 を余所に、美由希と恭也は顔を見合わせ、同時にあはっと苦笑し合う。


 「まぁ、そうだな」


 「確かに……本末転倒、かも」


  そうしてその苦笑がクスクス笑いに変わる頃、二人はもう一度見詰めあった後こう言った。


 「でもね、きっとこれでいいんだよ。多分」


 「ああ。俺たちは、な」


 「うん。わたし達は、ね」


  はやー、となのはすら赤面する瞬間だった。






  一人じゃ出来ないことだって。二人でならば、きっとなんだって。






                                       了









  後書き:「「これが俺たちの、なかよし握りだ!」」
      てなわけで、実は声優の鈴置洋孝さん追悼SSだったりします。
      ああ、さらば愛しのスタースクリーム……
      これでも急いで書いたんで、出来が荒いのはカンベンしてね。





  07/3/11――UP。

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