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  〜アーデ・エシャフォート〜
  (Main:ノエル Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「う〜ん、何かが足りないのよねぇ……」


  頭の後ろに手を組み、ギシッと体を反らし背もたれを軋ませながら呟くと、忍は目の前のモニタ
 の一つを覗き込む。映っているのは、絡み合う1組の男女。


 『……はっ、きょうや、さまぁ』


 『ノエル……』


  それは月村家のメイドロボ、ノエル・綺堂・エーアリヒカイトと、忍と血を分け合った人、高町
 恭也の二人であった。


 『あ……はぁぁ、んぅっ!』


 「……結構、いい表情するようにはなったんだけどね」


  全てはノエルの成長の為、という大義名分があるものの、やはり見知った人間が画面の中で乱れ
 る姿を見て、ほんの少し頬を染めながら自問自答を繰り返す。


 『ぅ、ふぅ、んん』


 「おーおーあんなに嬉しそうに、自分から舌絡めて」


  何度も逢瀬を繰り返し、調整を重ねるうち大分とノエルの表情等は豊かになった。忍もその事に
 は満足している。だが問題は別の所にあったのだ。


 『ん……あの、恭也様、どうでしょうか』


 『ああ、気持ちいいよ……ノエル』


  忍の不満は恭也にあった。モニターを繰り返す内、Hの最中にもいささか恭也は煮え切らない、
 心底のめり込んでいっていない部分があるように思えるのだ。


 「うーんなんでかなー」


  さりとて恭也の感情を調整する訳にはいかず、とするとノエルの方に難あり、という事になる。
 彼女に何が足らないのか、それが忍を悩ませている原因であった。


 「一体何が足らないんだろ……普段冷静で従順なメイドさんがだんだんと表情豊かになっていく、
 ってだけじゃ恭也的にダメなのかなぁ」


  口にくわえたペンを上下に振り振り、アレコレと耳年増な知識を当てはめてみる。


 「年上タイプより年下の方が好みなのかも。意外と面倒見がいいしね恭也って」


  そうしてぼんやり天井を見上げる内、やがて忍は一つの原因に思い当たった。


 「大体恭也の周りには可愛い女の子が多すぎなのよねぇ、よりどりみどり! そりゃ目だって肥え
 てるだろうし」


  忍はもう一度画面に目を移す。録画された行為はすでに終わっており、暗闇の中一人セーバーの
 竜宮の使いが泳いでいた。


 「ふぅ」


  ガラガラといくつかのペンや工具を退け落としながら、がっくりと机に突っ伏すとため息が口を
 ついて出る。


 「普段様々なタイプの女性に囲まれている恭也、それを虜にさせるには……」


  忍の頭の中を、恭也を取り巻く様々な女性達が浮かんでは消えグルグルと回り続けていた。


 「……そうだ! いーこと思いついちゃった」


  と、どれぐらいの間そうしていただろうか。忍は突如ピンと耳を立てた猫のようにガバッと頭を
 上げてそう叫ぶと。


 「わかんな……なら、全部……」


  のびていた体を起こし、椅子に浅く腰掛け直した忍は食い入るようにモニタを見つめ、うふふふ
 へと不気味に笑いだし。


 「待ってなさいよー恭也、これであなたを必ずKOしてあげるんだから♪」


  何かをひらめいたらしき忍は目の前のキーボードを勢いよく叩き始めたのだった。






                     〜◆〜






  数日後。月村邸に向かう道の途中で一人、訝しげな表情をつくる恭也の姿があった。


 「……一体何を企んでるんだ忍の奴は」


  ここ何日か自宅に引きこもり気味になり、ほとんど音沙汰も無かった忍から突然、新しくなった
 貴方のノエルに逢いに来てーなどと呼び出されたのだ。


 「ごっつい嫌な予感がするのぅ」


  やけにテンションの高い忍の口調に嫌な気配は感じてはいたが、行かない訳にもいかず。新しい
 ノエルというのも正直気になっていた恭也は、ともあれ約束の地までやってきていた。


 「ん? あれは……ノエル、か」


  玄関先で恭也待っていたのは、そのノエル本人だった。いつものようにメイド服を着て立つ姿は
 はた目にはなんの変化もない、いつもの彼女のように見える。


 「おーい、ノエル」


  声をかけながら小走りに近づく、とノエルも恭也の存在に気づいた様子でパッと顔を明るくし、
 満面の笑顔を浮かべながらブンブンと大きく手を振って。




 「あ、恭ちゃーん!」




  と叫んで駆け寄ってきた。


 「きょ、恭ちゃん?!」


  彼女から思いがけず飛び出した言葉と行動に恭也の足が止まる。がノエルは笑顔のまま近づいて
 来る。


 「ひゃっ?!」


 「おっ、と」


  と、たどり着く数歩手前の何も無い所で突然躓いて、倒れかかる。そして慌てて手を差し伸べた
 恭也の胸元にその体がポスンと納まったのだった。


 「ああっ! ご、ごめんなさい恭也さん」


 「? いや、大丈夫だったか」


  今度は恭也さんか、とちぐはぐなノエルの言動に違和感を覚えつつも、手の中にある温もりは確
 かに彼女のそれで。なおも謝り続ける彼女の頭を軽く撫でると、スッと彼女を引き離す。


 「ごめんなさいごめんなさい、あたしったら、ホントそそっかしくって」


 「そそっか……? べ、別に構わない。それよりも怪我は無かったか?」


 「あ、はい。ううう〜ほんとすみません……」


  ノエルは顔を羞恥にほんのりと赤くして、シュンとうつむき加減でうなり続けている。


 「うっ! ま、まぁなにより、だ」


  それを見た恭也もまた思わず頬を熱くする。普段とのギャップが何とも言えず新鮮で可愛らしく。


 「確かに今までのノエルには考えられない態度だが……」


 「はい?」


  これが忍の言う新しいノエルなんだろうか、とまじまじと見詰めていた所不意に顔を上げられ、
 慌ててふいっと顔をそらすと。


 「そ、それより今日はどうしたのだ? その、ノエルが新しくなったとかどうとか聞いたのだが」


  恭也はその場を誤魔化すのと、まだ落ち込み気味のノエルを気遣って急いた口調で問い掛けた。


 「あ、はい。そうなんです。 ……え〜っと、わかりますか?」


  そんな恭也にノエルは手を胸にあて、小さく小首を傾げながら逆に尋ね返す。


 「いや、まぁ違う事はわかる、が」


  自らの顎に手をやり、暫し考えるポーズを取っていた恭也だったがやがて諦めて両手を軽く上げ、
 降参のポーズを取る。


 「ふふっ、今日の私、どこかで見た事がある気がしませんか?」


 「なに? むぅ……そう言われてみると」


  改めてノエルを上から下まで見直す。なるほど今日のらしからぬ行動は、恭也にも思い当たる節
 がある。


 「美由希、いや神咲さんか?」


 「実は今日の私、恭也さんの周りにいる女性の方々の能力を一時的に組み込んであるんです」


 「俺の、周りの?」


 「ハイ♪」


  嬉しそうに笑いかけるノエル。その笑顔もまたどこか彼女らしくない。


 「ご想像の通り初めは美由希さん、そして今は神咲さんのプログラムが起動しています」


  そう言ってくるりと両手を広げて恭也の目の前で回ってみせる。


 「まず人の真似をしてみる事も大切だと。だからそれぞれに魅力的だと思われる部分を、トレース
 してみたんです」


 「その理屈は分からなくもない、が」


 「他にもまだまだあるんですよ。これが忍お嬢様がくださった私の新しい能力なんです」


 「うーむなるほど、確かに凄い……」


  似つかわぬほど明るく、語り続けるノエルの姿を恭也は何故か釈然としない思いで眺めていた。






                     〜◆〜






 「しかし、そうすると本来のノエルの心はどこへいったんだ」


 「え? なんですか?」


  しかしこの自分の中にある違和感はなんなのか。それを模索するうちふと、恭也は頭をよぎった
 うそ寒い想像にハッと首をもたげ。


 「……ひょっとして消えてしまったなんて事は!」


 「キャッ! きょ、恭也さん」


  まさかと思いつつも不安から思わず、ノエルの両肩をつかんで揺さぶるよう強く迫ってしまった。


 「だ、大丈夫ですよ。あくまで一時的なもので、元々の私もちゃんと残っていますから」


  多少影響はあるかもしれないが、ノエル自身はちゃんと残っている。


 「そ、そうか」


  そう言われて、よかった、と恭也は無意識に胸をなでおろす。


 「……そんなに、驚きましたか?」


 「う、む。まあ……な」


  突然の変化に動揺したが、やはり自分は他の誰でもない、ノエル本人に惹かれているのだと。


 「皆の真似なんかしなくてもノエルだって良い所が沢山ある。律儀な性格や静かな物腰とか、綺麗
 な、優しい心を持っていて」


  その想いが普段寡黙な恭也の口を、ゆっくりながらも開かせていく。


 「忍や俺に対する気持ちだとか……すまない、俺の口では上手く言えないんだが、本来のノエルも、
 その、俺は十分魅力的だと思う」


 「きょ、う……」


  恭也の真摯な語りかけを聞くにつれ、だんだんとノエルの頭が俯いていきやがてがっくりと沈み
 込むと。


 「だから……の、ノエル?」


  その時、不意にノエルがふらっと体ごと恭也の胸に倒れこんだ。


 「ありがとうございます。恭也……様」


  何時の間にかノエルの口調がまた物静かなものに変っていた。そしてそのまま胸に頭を埋めると、
 キュッ、と恭也の広い背中に腕をまわし抱きつく。


 「私の事を、心配してくださったのですね」


 「あ、ああ」


  回された手に力が込められ、シャツが掴まれるのを感じ恭也の胸も鼓動を早め始める。


 「私自身はちゃんと、残っていますから」


  その気持ちを、言葉を聞いて恭也もノエルの背中に腕をまわす。二人の体がピッタリと密着した。


 「私も、しっかりとここに居ます」


 「……うん」


  なおもギュッ、と抱きしめる。ノエルの体のやわらかな感触、あたたかな温もりが伝わってきて。
 ああこれが俺の好きな人なんだという熱い感情が心を満たしていく。


 「こんなふうに……」


  と、急にノエルは恭也から離れ、スッ、と静かにその腕を捕ったかと思うとそのまま。


 「うん?」



























  リバース・フルネルソンの体勢に捕らえた。



























 「フンッ!」


 「へ? のえ……ぬわ!」


  そのままビュンビュンと恭也の体を激しく振り回し始める。スピン・ダブルアームだ。


 「だ、ダブルアームの体勢で体を回転させるなんて、こ、この人間離れしたパワーは……!?」


 「ノエル・綺堂・エーアリヒカイトのパワー!」


 「お、をををををををををを?!」


  更にノエルの回転速度がグングンと上がっていく。するとなんと徐々に恭也の体が垂直になり。


 「こ、こんな手品みたいな芸当が出来るのは――」


 「そのとおり! 鳳・蓮飛のテクニック!」


  ギュルルッ、と速度が最高潮に達した時、上空高く放り投げられる。


 「うわあああああぁぁぁぁぁ!」


 「そして」


  悲鳴を棚引かせて昇っていく恭也を追いバンッ、と続けてノエルも地を蹴り空高く舞い上がった。


 「宇宙的レスリングはフィアッセ・クリステラ……」


  ジャンプの頂点付近で交錯する恭也の肉体とノエル。






 「地獄の断頭台ーッ!」






 「ウギャァァァァァー!」


  二人の絆まで引き裂かんとばかりにガッシャーンと凄まじい音を立てて、脛による強烈な魔性の
 一撃が、恭也のノド元に叩きこまれ。


 「グヘッ!」


  そうしてズン。とその体制のまま二人は、地面へと落下した。






                     〜◆〜






  技の余韻に浸るかのよう、暫しそのままの体勢でいたノエルは、やがてゆっくりと立ちあがると
 パンッパンッと服の裾のほこりを払い。


 「残虐性は城島晶……」


 「そしてボディの強靭さ、再生能力はこのわたくし月村し・の・ぶ♪」


  近くに隠れていたのだろう、忍がそう言いながらノエルの元へと駆け寄ってきた。


 「まさにパーフェクトな技だったわ。ノエル」


 「はい……ありがとうございます。忍お嬢様」


 「目標どおり見事恭也をKO出来たわね」


 「この場合のKOと、お嬢さまが言っておられたKOとは少し意味合いが違うのでは」


 「ん〜と目立った破損、故障個所もなさそうね……」


 「あの、恭也様の破損個所は」


  ツッコミを無視してノエルのボディを触り故障が無い事を確認する。


 「これであなたはとらハ最強のキャラになったって事ね♪」


 「……はい」


  仕方無しに首を縦に振るノエルに対し、ウンウンと嬉しそうに何度も頷く忍。


 「まさにあなたはクイーン・オブ・とらハ! そう今日からあなたはとらハ将軍と名乗るのよ!」


 「とらハ、将軍……」


  しかしとらハ将軍、と言う言葉を聞いて心なしかノエルもうっすらと頬を染め、うっとりとした
 表情を見せ始め。


 「どう? ノエル」


 「はい。素敵……です」


  その表情に満足したのか、忍は再びにっこりと微笑むとノエルの腕をとった。


 「さ、一旦ラボに戻りましょ。他にもまだまだ色々と追加の余地があるしね」


 「メリーゴーラウンド、等でしょうか」


 「わかってんじゃなーいノエル♪」


  そうして人外二人は腕を組みながら、屋敷の中へと消えていったのだった。






  一方薄れ行く意識の中、恭也はそんなノエルと忍の会話を聞きながら。


 「し、忍。さしずめお前はサタンか魔界のプリンセスだ……」


  心の中でそんなツッコミを入れるのを最後に、血溜まりのマットに沈んでいった。






  暗転。






                                       了









  後書き:『ад эшафот(アーデ・エシャフォート)』=地獄の断頭台ですね♪
      ってわたしゃ何を書いとるんだか(^^;





  02/03/14――初投稿。
  04/10/20――加筆修正。

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