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  〜体目当て〜
  (Main:知佳 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「はあ、やれやれっと」


  西高東低の気圧配置の中。小奇麗と言うよりはやや殺風景な自室で、外の空気と同じ乾いたため
 息を一つついて、長身の男が一人バタンとベッドに背中から倒れ込んだ。


 「確か特に食材の不足も無かったから、もう買い出しの必要も無いしなぁ」


  指折り出来る事を挙げてみるが、残念ながら特に都合よく浮かんではこない。またせっかくの日
 曜だという思いと、部屋に居る寮生も居たので余りバタバタするのは避けたかった事もあり。


 「暇だな……さてどうするか」


  なによりも恋人である所の知佳が出かけてしまっていたため、耕介は休日に一人、完全に時間を
 潰す術を失ってしまっていたのだった。


 「ん?」


 「……おにーちゃん、居るー?」


 「ああ、居るぞ。入って来いよ」


  それでもいい加減何か体を動かさねば、と退屈に取り殺される前に身を起こそうとしたその時、
 扉の向こうからノックの音と居るはずのない知佳の声が響き、少し驚きながらも招き入れる。


 「なんだどうした、出かけたんじゃなかったのか?」


 「んーと、それがね」


  ちょっと怪訝な声を出し、しかし両手を広げて自分を迎え入れてくれる兄の元に歩み寄りつつ、
 知佳はアゴに指をやって可愛らしく小首を傾げると。


 「理恵ちゃんとデートのつもりだったんだけど、今日急にご両親の予定が空いたんだって」


 「ほうほう」


 「普段忙しくてあんまり一緒の時間が取れない家庭だから。わたしの方がちょっと強引に、そっち
 の方へ行かせちゃったんだ」


 「そっか」


  簡単に事情を説明した知佳はふわりとスカートをなびかせ、ちょこんと耕介の隣に腰掛ける。


 「それでお兄ちゃんは、時間あるかなって思って」


  そうしてにへっと恋人の顔を見上げると、知佳はすすっと更にお尻でにじり寄っていって、肩を
 軽くすり寄せた。


 「ちょうど暇してたから、知佳が帰ってきてくれて嬉しいと思っちゃったぐらいだ。スマン」


 「え? あはは、いいよーそんな事」


  申し訳ないと仰々しく頭を下げて見せる耕介に、慌ててさかさか手を振って返し。


 「そんな風に思ってくれるなんて、わたしも嬉しいよー♪」


 「じゃあ理恵ちゃんのかわりに、俺とどこかにデートしに行くか」


 「いいの?」


  もう一度、にっこりと口元を三日月にする知佳の頭を撫でながら、もちろん、と耕介はウィンク
 して一つ大きく頷いて見せる。


 「ありがと、おにーちゃん♪」


 「そうするとさて、どこへ行こうか。バイクか車でどこかまわった後に飯でも食いにいくか」


  一人で居た時と同じようにまた指折り挙げていく耕介。先ほどと違って、それはワクワクと幸福
 感に満ちていたのだけれども。


 「峠の向こうのそば屋さんまで、天ぷら割子でも食べに行くのもいいな」


 「いいねー」


 「元々知佳は今日どんな予定だったんだ?」


  それが証拠にお互いにこの後の予定を語り合う、ただそれだけで次第に二人の表情は意味も無く
 ゆるゆると緩んでいく。


 「今日はホントは、理恵ちゃんとPCパーツを色々と買いに行くつもりだったんだ」


 「PC、ですか」


  腕を組み、知佳のPCと言う自分には余り縁の無い言葉に思わず、耕介の言動が止まる。


 「友達に1台、出来るだけ安く組んであげるって予定もあったから。自分達の足を使ってちょっと
 色々探しまわろうかと思って」


 「う〜む今日びの子供の遊びはよくわからんなぁ」


  仰々しく腕を組んだまま眉をしかめて見せる耕介に、あははと反対に知佳は明るく笑い掛け。


 「でも平たく言っちゃえば、ショッピングだから」


 「そりゃそうだ」


  その言葉にウンと納得して頷くと、知佳も頷いて返して。同時に目を合わせた二人は、ニコッと
 微笑み合ったのだった。


 「俺らが子供の頃には、もっと分かりやすい遊びをしていたもんだがなぁ」


 「お兄ちゃんは、例えばどんな事してたの?」


 「たとえば? んー」


  頭の後に手を組み、んーっと首をひねると暫く考えこんだ耕介は、今度は指をクルクルと頭の横
 で回しつつ記憶の網を手繰り寄せていく。


 「公園で靴を片方ずつ脱いで集めて、友達の飼い犬を放してどれか一つをランダムに持ってかせて、
 それをその持ち主が慌てて追いかけたりとか様々な遊びをしていたもんだ」


 「……ちょっと面白そう、かな?」


  いかにも男の子の遊び、といった風の耕介の話に小さく笑みを浮べながら、首を縦に振ろうか傾
 げようか迷った挙句に知佳は結局斜めに首を上下させる。


 「他にも壁に立て掛けてある高跳び用の厚いウレタンマットに、全速力でぶつかって行くとか」


 「そ、それって、なにが面白いの?」


 「さぁ。俺にも分からん」


 「分からんって……」


 「なぜだかは分からんが、やってる時はみょ〜に楽しかったなぁ」


  本来遊びとはその何が楽しいのか、やっている本人しか分からないという事は知佳にも何となく、
 理解できる。が、理屈では分かっていてもやはり心情的に納得するのは難しく。


 「俺だけじゃなく、体育の前とかクラス中がやってたヒット商品だったんだぞ」


 「そ、そなんだ」


  なぜか力強く胸を張る兄の姿に、知佳はただひきつった笑みを浮べるのだった。


 「考えてみればこれは小学生の頃のだから、今の知佳達に合うわけはないんだが」


  今更そう言って自分自身で納得してしまうと、耕介は妹を振り向いて肩をすくめて。


 「知佳の方は子供の頃、どんな遊びをしてたんだ?」


 「え? わたし?」


  突如質問し返されME? と自分を指差し目を丸くする知佳を、耕介は目じりを下げながらそう、
 と無音で唇だけで答えて見せる。


 「あそび遊びアソビ……んーと、アメ、とか」


 「飴?」


  しかし返ってきた予想外の答えに、今度は耕介がそれこそ目を飴玉のように丸くする番だった。


 「アメをね、舐めてほっぺのずっと同じ片っ方に置いておくと、その置いておいた内側の部分が、
 すっごくシワシワってなるの」


  先ほどまで自分を指していた右手人差し指を頬に向け、ぷにぷにと突ついて見せながら。


 「それがちょっと好きで、子供の頃左右変えながら何度もやってたかな」


  左右に頭を振り、何とか上手く伝えようとする知佳だったが、耕介はちょっと難しい顔になって。


 「……知佳、悪いがそれちょっと暗いぞ」


 「うう、暗く、ないもん」


  今度は頬っぺたを風船の様にぷぅと脹らませて、抗議の言葉を呟く知佳だったが自覚があるのか
 それはごにょごにょと口の奥でくすぶるばかり。そんな恋人の可愛らしい様子に耕介は笑いながら、
 少し強めに知佳の頭をわしわしと掻き回したのだった。






                     〜◆〜






 「……おにーいちゃん」


 「ちーか」


  肩だけでなく、頭も耕介の腕に預けたまま。出かけと決めたはずなのに、二人は隣同士に座った
 まま未だに動こうとしていない。


 「えへへ……ていっ」


  そうして知佳がおもむろに反転してまふっと抱きつくと、耕介も自分の体に腕をまわしてくれる。
 同時に直接触れていない部分にも伝わってくる兄の熱気。


 「どした、知佳」


 「あのね……大好きだよー」


 「俺もだよ」


  それが耕介にまるごと、全身耕介の空気に包まれているようで知佳は好きだった。


 「あいかわらず甘えただな。知佳は」


 「うん、なでられるの、好きー」


  かしゅかしゅと猫の和毛のようなやわらかな頭を、抱きしめながら後頭部にそって撫でつけると、
 知佳はまるで小動物みたいにピスピスと鼻を鳴らしながら。


 「ちょっと子供っぽい、かな?」


 「そんな事ないさ」


 「んー……」


  ぐりぐりと額をすりつけてくる小柄な恋人に、耕介の胸にはこのままいつまでも抱いていたい、
 撫でていたいといった甘い衝動がわいてくる。


 「あとね、わたし、お兄ちゃんに撫でてもらうのも好きなんだけどぉ」


 「を? っと」


  その瞬間、離れた知佳が突然耕介の肩に両手でグイと力を込めたかと思うと、そのままぽふっと
 ベッドに押し倒した。


 「……イヤン」


 「こうやって、一緒に並んで横になると」


  胸を押さえて見せる耕介をさらりと無視して、知佳は自分も並んで隣に寝そべると手を伸ばし。


 「えへへ、手が届くー♪」


  嬉しそうに笑ってそう言って、さらさらと耕介の硬く短い頭髪を撫でまわす。


 「……知佳」


 「あ……んっ」


  耕介がおもむろにその手を掴んで引き寄せると、そのまま知佳の桜色した小さな唇を奪った。


 「おにいちゃ、あ、あっ、ふにゃ」


  唇による愛撫を続けながらぐんと強引なまでに上から腕を回すと、覆い被さるように体制を入れ
 替え、頭を知佳の横に沈める、と髪を下敷にしてしまうことに気付くと軽く浮かし直し。


 「大丈夫?」


 「うん……はあっ」


  耕介は髪をよけて再びベッドに沈み込み、ギュッと腕をまわし再びきつく抱き合う。そうやって
 全身まんべんなく触れ合っていくと、まだ知佳の手足の端々が冷たく凍えたままだと気付く。


 「……知佳。ちーか」


 「はい。ん、うん、はい、うにゃ〜」


  Hまではいかない、いちゃいちゃと触れ合うだけの行為、そんな距離が最近のお気に入り。だけ
 れどしっかりと下着には影響が出ていて、後で二人ともあちゃーと思うのだけれども。


 「んっ!」


  と、拍子に首筋に唇が当たる。途端に知佳の体がビクリと跳ね上がった。


 「っと、すまん」


 「……んーん」


  そんなつもりじゃあ、と耕介が瞬間身を離し申し訳なさそうに手を広げるが、知佳は静かに首を
 横に振って。


 「さわっただけなのに、Hだな知佳は」


 「うう、ちがうもん。やらしくさわったぁ」


  お互いの間に違った空気が広がるのを嫌って、おどけた口調で耕介の唇の端がゆがむと、こちら
 はぷうと頬を膨らませ拗ねて見せる知佳。


 「それに、首は弱いの……」


 「冗談だよ」


 「んっ。んふ、あぁ……」


  とっくりセーターも着ていないのにカメのように首をすくめる知佳が、上目使いにそう言い終え
 る前にまた唇をふさぐ。


 「あんっ、んふぅ、ふぁ、はっ、ひぁん、あっ」


  そうしてまた横並びに向かい合い、耕介はささやかなキスの霧雨を再開していった。


 「ひゃっ?! やっ、んん……っ!」


  口付ける事も止めぬまま、耕介はすーっと手の平で自然とまくれあがったスカートからはみ出た、
 知佳の太ももに触れていく。少しひんやりとした手触りと、その膝小僧の冷たさに。


 「スカートで外、寒くなかったのか」


 「……ふぇ? あ、ううん。ニーソックスだし、コート上に着てたから」


 「そっか、知佳は温かいもんな」


  それから足をもかぶせるように上から乗っけると、逆に知佳の片足を引っ張り出し自分の両足に
 挟んで、すりすりとこすり合わせ始めた。


 「なんたって子供体温だから」


 「うー、子供じゃないもん」


  何度目かの、知佳のすねたようなはにかみ。それでも飽きる事無く耕介は毎度目尻を下げる。


 「うん、俺も子供にこんな事しないよ。ん〜ん〜」


 「あは、おにーちゃん、ん〜♪」


  くりくり鼻頭をノックされ、ただそれだけでバターのようにゆるい知佳の心はとろとろに溶け切
 ってしまい。自分からも何度も何度も鼻と鼻とを擦り合せる。


 「でも鼻はまだ冷たいね」


 「そう、かな」


 「ほっぺは相変わらず温かくて、やわらかいけどな」


 「お兄ちゃんの手も、冷たくって、気持ちいーよー」


  鼻同士でも分かるほど凍えた鼻先とは対照的に、ほんのり赤らんで温まった知佳の頬を右手の平
 でまあるくさすって。


 「あん……んふ、ふぁ、ん、ほにい、ひゃ」


  耕介はそのまま親指を知佳の口に軽く噛ませながら、もう一方の手で肩、胸、背中と全身をさわ
 さわとおさわりする。二人は再び一本のこよりの様により合わさっていった。


 「あっ、ぁん、はああ……っ」


 「……ちか」


 「おにい、ちゃ、やっ、ぁぁ……」


  家事でちょっと荒れた耕介の指先が知佳の膝裏から上がっていき、スカートの裾から潜り込んで
 クルクルと丸くお尻をなでると、そこから後から足の間へと滑りこませ……


 「おーい、こーすけー」


 「?!」


 「は、はいっ! ま、真雪さん?!」


  その時不意にドアの向こう側から掛けられた真雪の呼び声に、驚きの余り二人は抱き合ったまま
 ベッドの上で30cmほど飛び上がった。


 「入るぞー……耕介、あんた今暇だな?」


  返事もそこそこに部屋に上がりこむ真雪。慌てて知佳はわたわたと布団の下にもぐりこみ、耕介
 はそれを隠すよう横向きに肘で頭を支え、まるで涅槃仏の様なポーズを取っていた。


 「トーンが一部切れちまっててさぁ。わりーけどあんた、ちょっと行って買って来てくれるかい」


 「え、い、いやでも俺は今――」


 「暇、だよな」


 「……ハイ」


  相変わらず有無を言わせぬ真雪の強い口調に、真実を言う訳にもいかない耕介は首をすくめて。


 「必要なもんはここにメモってあるから。あとガキどものおやつと、ついでにビールも買って来て
 もらっちゃおっかな」


 「トホホ、はいな」


  差し出された白いメモを受け取り寝転がったまま不承不承頷く。


 「……あーそれから、知佳」


 「ひゃ、ひゃいっ!?」


  と突然何気無しに真雪から、じっと布団の下でアンネのように息を潜めていた所に声を掛けられ、
 思わずキャッと跳ね上がった知佳は空中三回転でそのまま正座で着地。


 「お前はあたしんトコで手伝いな」


 「えー」


 「ん? なんか文句あんのか」


 「……ない、です」


  今の今まで耕介といちゃついていた引け目もあり、知佳は大ちゃんばりに指をつき合わせながら、
 こちらもしぶしぶ首を縦に振る事となった。


 「あ、あのー、真雪さん?」


 「んあ?」


  そうして言うだけ言って部屋から立ち去ろうとする真雪の背中に、ちょっと待ってと小さく手を
 上げた耕介が、これまた小さく異議を申し立てた。


 「それならせめて、知佳と一緒に買い物に行きたいんだけど……」


 「…………」


 「原稿の方は俺も後で手伝うからさ。だ、駄目かな?」


  何も悪い事じゃないよなと自分を励ましつつビビりつつ、上げた手を下手に差し出して請う耕介。


 「真雪さん……」


 「おねーちゃーん……」


 「……あーもう、二人してそんな目で見るなよ! しゃーねーなー」


  そう言って揃って突き刺さる哀願の視線に、今度は真雪の方がいかにも不承不承といった体で、
 腰に手をやりふるふると頭を振って一声上げると。


 「そ、それじゃあ」


 「人を鬼みたいに……いいさ、行ってこいよ」


 「あはーっ♪ ありがとーお姉ちゃん」


 「ただし! んー2時間だ、2時間で帰ってこいよ」


  しかし手を取り合って喜び勇む二人にビシッとV字に指を突き出すと、最後にそう付け加える。


 「それ以上ゆっくりデートなんかしてきた日には……流しこむぞ!」


 「なにをっ?!」


  巨大なプレッシャーと共に指を下に向けた姉に、ツッコミにも似た叫び声を上げる他無かった。


 「せめて3時間は……」


 「2時間!」


 「2時間、半」


 「2時間15分! これ以上はまからない」


  時間交渉を一方的に打ち切った真雪は、ふいと壁にかかった時計を見上げてふふんと鼻を鳴らし。


 「ほら、あと2時間14分44秒しかないぞ。41、40、39……」


 「うわぁ! ち、知佳、すぐに出かけるぞ!」


 「う、うんっ!」


  慌てた耕介はジャンパーだけを引っつかみ、元より外着のままだった知佳は部屋にコートを取り
 に走る走る。


 「……たく。せーぜー楽しんでこいよ」


  その様子を横目で眺めながら、妹達には見えないようそう小さく口元で笑って、またフラフラと
 真雪も自室へと戻っていったのだった。






                     〜◆〜






 「んーっ! はーいー天気だなぁ」


  真っ青に晴れ渡ったどこか遠い、乾いた天に向け耕介は両腕を伸びをして大きく深呼吸。


 「おにーちゃん、まだ時間大丈夫?」


 「ああ、もう買いものは終ったし、長居は出来ないけどここをグルッと周るぐらいは大丈夫さ」


 「ウン♪」


  そう嬉しそうに頷いて隣に並んで歩く兄を見上げる知佳。買出しを終えた二人はちょっと寄り道、
 臨海公園まで足を伸ばしていた。


 「あ、ねえねえお兄ちゃん、あれ」


 「ん? 出店……お、今は焼き芋か。もうそんな季節だものなあ」


  知佳が指差す道脇に目をやると、どこから来たのか車ではなく古めかしいリヤカー式の焼き芋屋
 が、煤けた身体を横たえている。


 「食べるか? 知佳」


 「ん〜、でもおなか脹れちゃわないかな」


 「それなら一本だけ買って、俺と半分コすればちょうどいいさ。ちょっとそこで待ってろよ」


  それでいいだろ、と聞くと嬉しそうに知佳はウンと頷き返し、耕介は眉を上げて返事すると軽く
 駆け足で屋台へと向かっていった。


 「ほらよ、知佳」


  暫くして右手に広告紙で作られた焼き芋の袋、左手にペットボトルを持って戻ってきた耕介は、
 まずは一緒に買ってきた温かいお茶を知佳に投げ渡す。


 「ピンポーン♪ プラス1」


 「? 何だそれは」


 「好感度が、上がった音♪」


 「……さよか」


  何のこっちゃと思いつつも妹の満面の笑顔にあえてそれ以上はつっこまず、耕介は手でほっこり
 と焼き芋を真ん中から二つに割り折る。その瞬間ほわっと中から空に向けて、かすかな白い湯気が
 舞い上がった。


 「あ、おいしー」


 「うん、うんまいな」


  久しぶりだった事もあり、こげ茶色の皮に包まれた黄金色のでんぷん質に、二人はしばし言葉を
 忘れて夢中でかぶりつく。


 「これなら一本でも食べられちゃったかなー」


 「なんだ、夕飯が心配だったからじゃなかったのか」


 「え? あ、うーんほら、女の子には別腹ってあるし?」


  思わぬツッコミを入れられて、自分の倍ほどの速さで食べ終えた兄を横目でちらと仰ぎ見ると、
 空いた手でお腹を押えながら小さく首をかしげる知佳を。


 「ひょっとして知佳、夕飯より体重の方が心配だったんじゃないかぁ?」


  更にニヤリと口元をゆがめて、耕介が意地悪く笑うのに知佳の眉がむ〜とハの字になる。


 「むぅ。ぶっぶー、マイナス10」


 「ぶっ?! おいおい、上がりに比べて下がり幅が大きいぞ」


 「それだけ、乙女心は難しいって事だよ」


 「……勉強になった」


  低くそれだけ呟いて、ちょっと変な顔で肩をすくめた耕介の姿を見て、隣で知佳はあははと声を
 上げて笑ったのだった。


 「後ろを見たら人食い土人が 笑って立ってたイキシチニ ヒッ……♪」


 「……なぁ」


 「うん?」


 「ゴメンな、知佳」


 「はえ? ……えっ?! いやあの、あれ冗談だよお兄ちゃん?」


  鼻歌交じりで、暫し会話無しにただ歩を進める二人。と突如降ってきた耕介の言葉にしては暗く、
 空を見上げたままぽそっと漏らした呟きに、知佳は先ほどの自分の言葉のせい? と大慌てで。


 「わたしそんな、お兄ちゃんへの気持ちが減ったりするわけないし!」


 「いや、そうじゃなくてさ」


  硬く握った両こぶしをぶんぶんと前で振り回し、力説する知佳を軽く手で制しておいて、耕介は
 再び前方を見詰めながら口を開く。


 「本当ならもっとゆっくり二人の時間を楽しめたのにさ。俺がいつまでも知佳にちょっかい出して
 なければ、真雪さんに捕まる事もなかったし」


 「そんな、運が悪かっただけで、お兄ちゃんのせいじゃないよー」


  いやいや、と未だ手を横に振る耕介の前に駆け出して回り込むと、下から小犬みたく恋人の顔を
 覗き込む知佳。


 「わたしも、その、おにーちゃんとイチャイチャするの……好きだし」


 「ん、ありがと知佳」


  がすぐに俯いて、ぽしょぽしょ消え行くような声ではにかんだ。必然的に二人は歩みを止める事
 になる。


 「もっと、ちゃんとしたデートをしてやりたかったんだけどな」


 「……それにね、わたしはお兄ちゃんの、体目当てだから」


 「は」


  そんな知佳がたまらなく愛おしくて、また眼下に見える旋毛に何気に手を伸ばそうとしたその時。
 聞こえてきた言葉に耕介の手も止まり、我が耳を疑った。


 「そうか、知佳は俺の身体目的だったのか……」


 「あう、そ、そーじゃなくて、あの、そうなんだけど、でも違うのっ!」


  胸を手で覆い隠すよう身を引いて見せる耕介の前で、おたおたと無意味に手足をばたつかせて、
 言い訳するその様はさながら妙なたこ踊りを踊っているようで。


 「あのね……わたし今、すっごく幸せなの」


  後ろ手に組んで暫くの間地面を見詰めた後、やがて意を決したようにウンと一つ頷くと、知佳は
 そっと静かに口を開いた。


 「こうやって買い物するのも、ご飯食べるのもお風呂入るのも並んで歩くのも。一緒に寝るのも、
 朝目を覚ますのだって全部ぜーんぶ」


  知佳自身も以前は恋をすると素敵な事が起こるのだと思っていた。実際には恋愛する事によって
 まるで自分の世界が魚眼レンズを透したみたいにいびつに歪んで、しかしその色はバラ色に染まり、
 普段何でもない生活自体が幸せになってしまう事に、気がついたのだった。


 「おにーちゃんと一緒だから、楽しいの♪」


 「知佳……」


  クルリとコートをひるがえして、そんな事をこそばゆげに自慢する知佳を、やや呆然と見詰める
 耕介。


 「どこかへ行くことが楽しいんじゃなくて、お兄ちゃんと一緒の時間を、お話したり、一緒に体験
 できる事が楽しくて、嬉しくて仕方がないから」


  話しながら胸に手をやったり、体を横に折り曲げて見せたり知佳は愛する耕介に、体中で自分の
 気持ちを精一杯表現する。


 「だからわたしは、デート目的じゃなく、お兄ちゃんの体目当てなんだぁ」


 「……知佳っ!」


 「ふみっ?!」


  そうしてもう一度、体ごと耕介の方を振り返った途端知佳は強烈な抱擁を受ける事となり。


 「嬉しいよ……知佳」


 「……うん。わたしも、大好きだよおにーちゃーん……」


  人目もはばからず道端で、40cm以上の身長差があるにもかかわらずなんだか知佳の方が耕介
 を抱いているような感覚に囚われながら、温かな兄の背中をぽんぽんと二度三度叩いたのだった。






                     〜◆〜






 「ねえ、お兄ちゃん」


 「うん?」


  ほんの五分ほどだったが、しっかりと抱き合った事により二人の間には何か満ち足りた、そして
 さすがに少々照れの混じった空気を漂わせながら、またゆっくりと道なりに歩み始めたその時。


 「えへへ♪ あのね」


  あのねあのねとちょっと急き込んだ口調になって、知佳は再び耕介の前に踊り出た。


 「おにーちゃんはぁ、わたしの一体どこが好き?」


 「え? ……俺も、知佳の体目当てだよ」


  当然自分も知佳と同じだという気持ちを込めて、耕介は声を低くして芝居じみたセリフを吐いて
 みせる。


 「じゃあその体でさ、どこが好きなの?」


 「ナニドコガデスト? んーどこが、どこがか……」


 「ねーねーどこー?」


  しかし予想外のツッコミに戸惑う耕介の周りを、わざとそんな事にはまったく気付いていないと
 いった体で、満面の笑みのまま小犬のようにくるくると纏わりつく知佳に、暫くして耕介はひどく
 考え深そうにあごに指を当てるとこう言った。






 「そうだなぁ、両足をぴったり閉じた時、フトモモに隙間が出来るトコとか好きかな」


 「?! ……エッチ」


 「あだっ」


  みるみる真っ赤になった知佳のジャンピングチョップが、ぺちっと耕介の後頭部に炸裂した。






                                       了









  後書き:ここらでちょっと内容が無いようなSSを一本。
      知佳はこういうのが書きやすいなぁホント。





  04/02/18――初投稿。
  04/12/20――加筆修正。

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