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  〜恋する部分〜
  (Main:ゆうひ Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「かるかん甘〜」


 「……あまい」


 「言ってはなんだが田舎菓子だからなぁ。関西人のゆうひとリスティにはちょっと甘かったか」


  耕介の目の前で、白と黒の切り口をした菓子を口に運んだ途端、ゆうひとリスティがほぼ同時に
 声を上げた。


 「値打ちやし、嫌いやないんやけどね」


 「値打ちてお前また……そんなおばはん臭い言葉を」


 「今時甘いのは流行らないよ。耕介の作るお菓子の方が美味しい」


 「ありがとなーリスティ」


  リスティの言葉に耕介はくしくしとその髪を強めにかき回す。三人はテーブルを囲んで夜の酒盛
 りと洒落込んでいた。ただし酒が飲めるのはただ一人であったが。


 「かるかんも自前で出来るから、今度自分で甘さ控え目に作るか」


 「こーすけくんはお菓子も作れるんゆうんがすごいねぇ」


 「そうか? 大した事は無いと思うが」


  その為か中々ビールには手を出さず、かるかんはふわっとさせるのが難しいんだよなあ、とあご
 をさすりつつ。


 「料理もお菓子作りも過去の精進と失敗の上に成り立ってるわけだしな。むかーしプリンを適当に
 作ったら、素が入った甘い茶碗蒸のようになった事がある」


 「ははは♪ 分かるわそれ」


  耕介はまず手元の細長い肴をまず口に運んだ。


 「それは何なん?」


 「ギョウジャニンニクの味噌合え」


  ん、とゆうひにその細いラッキョのような白い物を箸でつまんで見せる。


 「北海道で取れる、山菜かな? ニラみたいで結構その辺の、雪解けあとなんかにも生えてたぞ」


 「耕介くん、北海道に行った事あるん?」


 「うん。一度だけ、高校卒業してすぐにな」


 「……誰と?」


 「え? 一人だよ。北海道までの移動もフェリーの、金の無い貧乏旅行だったけどな」


  そっか、と安堵のため息をつくゆうひには気付かずに、耕介は肩をすくめ。


 「えーなー、うちも行ってみたい」


 「はは、じゃあいつか俺と一緒に行こうか」


  軽く耕介がそう口約束する、ゆうひはウン、と本当に嬉しそうに頷いて返した。


 「北海道はなぁ、RPGのような世界だったぞ」


 「あーるぴーじー?」


 「……ロケット推進式榴弾」


 「そりゃRPG。対戦車砲かよ」


 「なんでやねんっ」


  口で突っ込むは耕介、裏拳でパンとリスティの肩に突っ込んだのはなぜかゆうひと、二人見事な
 コンビネーションを見せる。


 「もちろん都心部はそうじゃないけど、ちょっと足を伸ばすと街から道、街となってるんだよな。
 街から街へと広い道を使って移動していく、そんな感じ」


  だからゲームのRPG、そう耕介が笑うがしかしゆうひは首をひねって。


 「でも北海道と同じぐらい田舎なんて一杯ありそうやけど」


 「きっと平野が多いからだろうな、日本は山が多いから。田舎の鈍行なんか乗って窓の外を眺めて
 いても、山ばっかりのイメージがあるし」


 「ああ、なるほど」


  ゆうひはようやく納得いったとばかりにポンと手を叩いた。


 「夜になるとケーンってキタキツネの鳴き声らしいのが響いていたよ」


  そこで旅の話を締めながら、ようやくビール缶のプルタブに耕介が手をかけたその時。


 「お、これ新作?」


 「そうですよ」


 「あ、真雪さん」


  リビングに現れた真雪が、見慣れぬパッケージの缶ビールを耕介の手から奪い取った。


 「いーねー、ちょっと飲ませろよ」


 「……一口だけですよ」


  まだ開けてもいないビールを奪われ、恨めしげに見上げるが耕介は不承不承了承する。


 「コップに移しますから、ほら貸して下さいよ」


 「いいってこのまんまで、一口ね……んぐ、んグッ、んごっがっぐっ!」


 「あーっ! 真雪さんそれ一口じゃ無いし!」


  しかし真雪はクイッと缶の尻をほぼ垂直に傾けると、中身を一気に喉の奥へと流し込み。


 「ひで〜」


 「わっはは、ひとくちひとくち」


 「あーあー半分近く飲んじゃって……ったく」


 「あっ!」


  ずいぶんと軽くなって帰ってきた缶の飲み口をぺろりと一舐めして、耕介も味を確かめるように
 首をひねる。


 「ん? どしたゆうひ」


 「うー……別になんでも、ないけど。コップ使うんとちごたん」


  そこで妙な声を上げたゆうひに疑問符を浮べながらも、そうだな、と手元のコップに注ぎ直した。


 「んーちょっと軽い、かな?」


 「そうか? 一気に飲んじまってあんまりよく分からんかった」


  真雪はちびちび口をつける耕介からまたもコップを奪い去り、ゴクッ、と一口。


 「ってまたぁ」


 「あううっ!」


 「な、なんだよゆうひまで変な声出して」


 「……うー、なんでも、ない」


  ビールを返しながら真雪も驚いて振り向くが、当のゆうひはただ唇を尖らせ低く唸るだけ。


 「なんだってんだ……うん?」


  その時一人ぢっとその様子を見ていたリスティは、ついと耕介の袖を引っ張ると。


 「どうした? リスティ」


 「…………」


 「ってわー! なんだなんだっ?!」


 「おー、やるねぇ」


 「んっ、くっくっく……」


  無言のままコップを奪って、いきなり傾け残りをグイグイッと全て飲み干してしまった。


 「どだ?」


 「ンー……ぷぅ」


 「大丈夫、か?」


  恐る恐る、皆が両手でコップを抱えるリスティの様子を窺う、と。


 「うわわっ?!」


 「きゅ〜」


  突然バタッ! とテーブルに突っ伏すと真っ赤な顔でぐるぐると目を回していた。


 「息継ぎもせんと……まぁ当たり前だわな」


 「とりあえず横にしよう横に」


  慌ててその身を起こし、仰向けにソファに横にするとパタパタとその顔を扇いでやる。


 「……うー、ぐらぐら、する」


 「突然どうしたってんだよリスティ」


 「いきなりあんな飲み方する奴があるかい」


 「…………」


  だが上から心配そうに覗き込む耕介と真雪に対し、一人ゆうひだけが何も言わなかった。


 「酒が飲みたかったのか?」


 「ん……」


  リスティはややためらいがちに、頷いて小さくそれだけ漏らす。


 「ま、今度あたしがゆっくり酒の飲み方ってのを教えてやるさ」


 「うん……サンクス」


  そうして額を撫でつけると、ゆっくりとスミレ色した瞳が閉じられていった。


 「やれやれ、リスティもたまーによく分からない行動をとる事があるよなぁ」


 「……はぁ、耕介くんはあいかわらず、乙女心が分かってへんねぇ」


 「なんだよ、それ」


  その後リスティを部屋まで運んでやり、真雪も自室に戻ってリビングに帰り際二人きりになると。


 「リスティはなぁ、仲のええ2人の回し飲み見て、自分もそこに入りたい思ったんよ」


 「なに?」


  見当違いの苦笑をする恋人にゆうひはやれやれといった体で、大きく肩をすくめ首を横に振って
 みせた。


 「自分と違ごて、耕介くんと一緒にお酒が飲める真雪さんに嫉妬しとったんよ」


 「そういうもんか」


  そこまで説明されても、まだ耕介はよく分からんと首をひねるばかり。


 「……うちかて同じ、やで」


 「ん? なにか言ったかゆうひ」


 「なーんもっ! さ、晩酌の続きしよか」


  と、聞こえなかったのをいい事にゆうひはスタスタと歩を早め始める。


 「でももうあのビールは温くなっちゃってるだろうなぁ」


 「これを機にお茶にしたらええんとちがう」


 「なに怒ってるんだ?」


  刺のある言い様に戸惑う耕介だったが、んもう、と一言ゆうひは腰に手を当てて呆れ果てると、
 今度こそ先にリビングへと歩き去ってしまったのだった。






                     〜◆〜






 「君の人生は満たされているか ちっぽけな幸せに妥協していないか……♪」


  翌日、寮生もあらかた出払った午前中。慌しい時間も終わり耕介はさて今日は何をしようかと、
 いつものように鼻歌まじりにややゆったりとした時を過ごしていた。


 「はーいはいっと」


  その時プルルルル……と寮の電話が鳴り、誰と無く返事しながらリビングへと急ぐ。


 「はいもしもしさざなみ寮……なんだゆうひか」


 「なんやとはご挨拶やね」


  手にとった受話器からは恋人であるゆうひの声が、携帯を通し少し遠くに聞こえてきた。


 「なんだ、どうしたんだゆうひ」


 「あんなぁ、ゴメンなぁ耕介くん」


 「おいおい、用件を伝える前に謝るのはよせよ」


  どうしたんだと不思議がる耕介を余所に、ゆうひはもう一度ご免と謝ってから。


 「今日おべんと作ってもろたやろ?」


 「ああ、お姫様のリクエスト通りそぼろでご飯にお絵描き、ウインナーでカニさんに林檎でウサギ
 ちゃんだぞ?」


 「それが、なぁ」


  そこでゆうひは、さも残念そうにはぁと溜息をついて一旦言葉を切り。


 「その冷え冷えになっても、耕介くんの愛情はあっつ熱のお弁当を部屋に忘れてきてしもたんよ」


 「はあ? だってオイ、お前が出かける時に手渡ししてやったじゃないか」


  耕介の方から、稀にゆうひからも愛の儀式として、朝弁当を手渡すのが恒例となっていた。


 「あの後忘れ物取りに一度部屋に戻ったんよ。ほしたら……ね?」


 「かわりに弁当を忘れていった、と」


 「あ、あはは」


  お察しの通りと乾いた笑いが耕介の耳をくすぐる。


 「それでなぁ耕介くん……」


 「わかってるわかってる。弁当はちゃんと俺のお昼として処分しといてやるから」


 「えうー」


 「はっはっは、冗談冗談」


  聞こえてきた泣き声に満足したのか、耕介はひとしきり笑って。


 「届けて欲しいんだろ。いいよ、俺としても大切な彼女の為に作ったんだもの、食べて欲しいよ」


 「うん♪」


  嬉しそうにゆうひは携帯ごと頷いた。


 「じゃあお昼に合わせて学校の方に届ければいいんだろ」


 「おねがい! 愛してるでー耕介くん」


  俺もだよ、と受話器を置くと窓の方から外を眺め、んーと背筋を伸ばし。


 「さてっと、出るならついでに買い物もすませようか。冷蔵庫のチェックでもしておくかね」


  わきわきと手を開閉させながら、ちょっと楽しそうにまずは台所の方へと戻る耕介だった。






                     〜◆〜






 「……おかしいな」


  そうしてお昼前、予定通り天音大に辿り着いた耕介は、もう校門前で10分ほど待ちぼうけして
 いた。


 「とっくに昼まわってるんだが。なにかあったか」


  もう何度目かの腕時計の確認。念のため遠くの校舎頂部分に付いている時計も見上げるが、ほと
 んどずれてはいない。


 「仕方が無い、少し中に入ってみるか」


  すれ違わぬよう昼時で校門へと向ってくる沢山の人々に注意しながら、仕方無しに耕介は敷地内
 へと足を踏み入れた。


 「っと、なんだ居るじゃないか」


  目的の人物はすぐに見つかった。すぐ近くにそれらしい長い髪の見慣れた背格好が。


 「なぁ、いいじゃんか」


 「せやから……困りますっ」


 「んん?」


  がなにやら様子がおかしい。急いでそこへ近寄ってみると、そこで耕介が見たのはなにやら男子
 学生と言い合っているゆうひの姿だった。


 「うちはもう付き合ってる人が居て、今もその人と待ち合わせなの!」


 「10秒ダッシュのゆうひともあろうお方がめずらしい」


 「あ。あう、こーすけくん……」


  想い人に逢う前に撒いてしまいたいという気持ちがかえって仇となったのか、付き纏われたまま
 耕介と出逢ってしまった事にゆうひは少ししゅんとして。


 「うす。なに、もめごと?」


 「やーちょっとなー。なんべんも言うてんねんけど、とうとうここまで追いすがられてもて」


  その男は長身の耕介が近づくと思わず後ずさり、代わりにゆうひが駆け寄ってくる。


 「あん? ……あんたが椎名さんの彼氏さん?」


  そうだけど、と答える耕介を無視して男は再びゆうひに向かって話し掛け始め。


 「椎名さん、いっぺん遊びに行こうって。絶対色々楽しませてみせるからさ」


 「せやから、うちにはその気は無いてさっきから――」


 「この状態で、その自信がどっから出てくるのか分からん」


  あえて口出しはせず、しかしさりげなく自分の体の後にゆうひを守りながら、耕介は成り行きを
 見守っていた。


 「彼氏居てもいいって。それで俺がどんだけ椎名さんの事大切にするか、証明してみせるし」


 「あーもう、だ〜か〜ら〜」


 「その彼氏が目の前に居るんだが」


  男の傍若無人ぶりにかえって冷静に突っ込んでしまう。ゆうひの大学で揉め事を起こしたくない
 事もあり。


 「そこのつまんなそうな男より、絶対俺との方が楽しいって。あ、俺車持ってるし」


 「うー……」


 「やれやれ」


  手に持ったヘルメットを見て、男はそんな事を言う。このままではどうしようもないなと耕介が
 相手に向って口を開きかけたその刹那。


 「……うちは! あんたに、誰かに楽しませてもらおうなんて思ってへん!」


 「えっ」


 「をを」


  先にゆうひの方が切れていた。


 「うちはこの人と愛し合ってるけど!」


 「ほっ?」


  ゆうひはギュッと耕介の腕を取って抱きつき。


 「一番愛されてるから、耕介くんと居て楽しいんと、愛してるんと違う!」


  ここが大学内であることも忘れてしまったかのように、大声で叫ぶ。


 「理屈やない、たとえ世界中の、誰にどんだけ愛されようと……うちが愛する人はこの人だけや!」


  ゆうひが鼻息も荒く言い切ると、いつの間にか周りに出来あがっていたギャラリーの輪から一斉
 にオーという歓声が上がる。


 「まったくこれやから、恋愛経験ホンマにあるんかいな……」


 「おい、ゆうひ、ゆうひ」


 「へ」


  耕介がまだぶつくさと何事か呟いていたゆうひを肘で軽く突つくと、ようやく辺りの様子を見て、
 拍手まで上がり始めている事に気が付く。


 「……どうする?」


 「い、行くで耕介くんっ!」


 「おおっと」


  一人呆然と立ちすくむ男の子とギャラリーを残して、ゆうひは愛する人の手をひいて人影の無い
 校門の外まで駆け出していった。


 「ここまで来れば、もう大丈夫だろう」


 「はぁ、はぁ、ひゃー疲れた!」


  必死で逃げてきたゆうひは膝に手をつき、肩で息をつく。それに対し耕介は涼しい顔で。


 「やれやれ、ずいぶんな騒ぎになっちゃったな」


 「うう、えらい大恥かいたわ」


 「まあ俺もあんな所であんな熱烈な告白を受けるとは思わなかったが」


 「あう」


  改めて自分の若さゆえの暴走を思い出したゆうひは、顔を両手で押さえかーっと赤くなる。


 「別に俺はいいんだけどさ。むしろ嬉しいぐらいだったし?」


 「……いじわるやねぇ」


  まだ顔を火照らせて上目使いに耕介をにらむと、指先でちょいと、控えめに突っ込んだ。


 「問題は明日もこの大学に通うお前の方なんだけどな。どうする? 彼氏として、バシッと何か言
 っておいてやろうか?」


 「ううん、大丈夫やと思う。周りに恥かいただけやし、あんだけ恥かいたら向こうも諦めるやろ」


  またしつこかったらその時こそ頼むわ、と手を振るゆうひに、耕介はオウとことさら力強く拳を
 作ってみせる。


 「つきおうてる人が居る言うてんのに、それでもええからって、ほなどうせいっちゅうのなぁ?」


 「よく分からんよな、向こうの意図が」


 「あーいうんは、自分の気持ちぶつけるだけぶつけて、断られる方だけが辛い思て。断る方もどれ
 だけ辛いか、考えた事あらへんのやろねー……」


 「ゆうひ……」


  こっちかて平気やないのに、と珍しく意気消沈した様子で俯くゆうひ。


 「……ほれ、ゆーうひ」


 「あっ……耕介、くん」


  そんなゆうひを見かねてか、耕介は思わずグッとその体を抱き寄せた。


 「大丈夫か?」


 「……うん」


  物陰とはいえ表だという事を忘れてぎゅっと密着する。ゆうひは抵抗しなかった。


 「恋人同士なんだから、恋愛の問題も2人の問題だ。本当に俺がどうにかしてやるから、何かあっ
 たら遠慮なしに言えよ、な」


 「うん。ありがと」


 「よしよし」


  撫でるようにスッと、何度か手で髪を梳いてやるとやがてゆうひはぱっと笑顔になって。


 「うにゃ〜♪」


 「おいおい、ここ天下の往来だぞ」


 「ええんや、もう恥はさっきかけるだけかいたし〜」


  今更ながら辺りを見回す耕介の胸に、ゴロゴロと幸せそうに頭をすりつける。


 「やれやれ……でも大概にしとかないと、せっかく俺が持ってきたお弁当、食べる時間が無くなっ
 ちゃうぞ?」


 「あっ! せ、せやった、もうみんな食べ終わってるかも」


  慌てて腕の時計を覗き込むと、昼の30分を過ぎていた。


 「どこで食べるつもりだったんだ? そこまで一緒に、お姫様を送ってやるから」


 「え? で、でもそんな」


 「いいって、俺も心配だし、お前もホントはちょっと心細いだろ。頼っとけよ」


 「……うん♪」


  内心またあの男の人に会ったらどうしよう、と思っていたゆうひは、その耕介の優しさに胸の奥
 がじんわりと暖かくなるのを感じる。


 「友達5人と一緒に食べる約束してたから」


 「それで場所はどこなんだ」


 「学食。実は弁当組は、うちともう一人だけやってん」


  手をつないだままで、二人は学内に向かって歩き始めた。






                     〜◆〜






  その夜。ゆうひの自室にて。


 「……はう〜」


 「あのー、ゆうひさーん?」


  夜も更けて、ゆうひと耕介の二人は甘いひと時を過しているはずだったのだが。


 「ふみゃ〜」


 「どうしたんだよ一体、さっきから何も言わず唸ってばっかで。そんな変な顔して」


 「ふーんほへーんだ、この顔は生まれつきやもーん」


 「こりゃ埒があかんな……」


  なぜかゆうひは先ほどからそんな調子で、唸りながらゴロゴロとベッドの上を移動するばかり。
 隣に座る耕介も困り果て。


 「なんだ今日の大学での事か? あの後なにか問題でもあったのか」


 「うー、そうやねんけど、でもそうでもないねん」


 「どっちだよ」


  原因はやはりこの辺りのようなのだが、ゆうひは珍しくはっきりしない。


 「耕介くぅん、膝枕してぇ」


 「あ?」


 「おねがいー」


 「へいへい」


  その内ゆうひはそんな事を言い出し、耕介が足を伸ばしてベッドに深く腰掛けると、その太もも
 の上にぽすっと頭を乗せた。


 「うにゃ〜」


 「こ、こらこら、揉むな揉むな」


  すりすりと暫く太ももの感触を楽しんでいたが、ふと手を伸ばし、耕介の足の間に手を差し入れ、
 握る。


 「あう〜逃げた〜」


 「コレは貸し出し禁止」


  慌てて耕介はモノを手で押さえると、両足を閉じて奥へとはさみ込んだ。


 「なぁゆうひ、いくら俺でも話してくれないと、分かる事と分からない事があるぞ」


 「う、ん」


  そうして出来るだけ優しく、諭すように囁くと、ゆうひは暗い顔のままようやく頷き。


 「昼にも言ったが、相談にのれる事ならなんだってのるから。ゆうひは俺にとって大切な人なんだ
 からさ」


 「……あんなー、うちなぁ」


 「ああ」


 「うち、耕介くんの事がめっちゃ好きやねん」


  まず耕介にありったけの気持ちを告白した。


 「……俺もだよ、ゆうひ」


  多少面食らったものの、それは言われる度安心するもので。耕介は胸を熱くしながら気の利いた
 言葉を返せない自分にやきもきする。


 「ありがとな。そう言ってもらえると、うち、めっちゃ嬉しい」


 「俺もだってさ」


 「それが、なぁ」


 「は?」


  しかしゆうひは未だ気持ちを吐き出しきっておらず、後ろめたい気持ちの尻尾をぶらぶらと引き
 ずりながらそんな自分自身にやきもきした。


 「俺がゆうひが好きで嬉しいと、なにか問題が?」


 「いや、そっちちゃうねん」


  どこから話そうか、ともごもごと口の奥で何事か呟いていたが、やがて意を決すると。


 「実はうち、今日お弁当忘れてへんかったんよ」


 「え、でも俺が実際届けに――」


 「うち、昨日のリスティと同じで、真雪さんに嫉妬しとってん」


  驚く耕介を振り返りもせず、腹をくくったゆうひは足の上で壁の方を見詰めたまま、堰を切った
 ように話し始めた。


 「せやから耕介くんは自分の彼氏やーって周りに、自分自身に宣言しとうなって。わざわざ耕介く
 んを呼んでしまったんよ」


 「そう、だったか」


  それで、と全てに合点がいった耕介は、しかしその想いの強さに改めて目を丸くする。


 「うち彼女面したい訳やないけど、でも、彼女面したい……のかなぁ」


 「結果としてそれは想像以上にゆうひの狙い通りになったんじゃないか?」


 「うう、それは言わんといて」


 「ははは」


  耕介が笑い話に持っていくと、ゆうひもちょっと微笑んでくれて。少しだけ場が和む。


 「昼間あんな風にたんか切ったけど、よう考え直してみたら、うちも結局耕介くんに愛されたいと
 思てしもてるんやなぁって」


  だがゆうひはすぐに真顔に戻ると、そう言って自身を悩ませている恋の悩みに。


 「愛してくれるから好きやないはずやのに、私だけを愛してほしい思てる。他人にあんな事言える
 立場と違うやないか、そう思ったら、なんや……」


  ぬたみたくぐちゃぐちゃになった自分の感情に、ズボンを掴むようにきゅっと身を縮こまらせ。


 「はぁ。なんや、情けないなぁ」


  盛大な溜息を一つ、目の前の何もない空間に吐き出した。






                     〜◆〜






 「……うりゃ」


 「ひゃっ! な、なんやんっ?」


  黙って聞いていた耕介だったが、一人凹むゆうひに突如上からムニュっとその胸を鷲掴みにする。


 「おノーブラ。うーんやーらかいなぁ」


 「だって、やっ、あひゃっ! ひにゃ〜」


  もにもにと全体から、きゅうっと先端を摘まんだりとわざと乱暴におっぱいを弄る耕介。


 「こんな事したいと思うのは、ゆうひにだけだよ」


 「あ、ひんっ……うん」


  突然の行為に半ベソになりつつも、口調だけは真面目な耕介に何とか頷いて。


 「でもさ、俺もゆうひとHな事したいけど、Hしたいからゆうひが好きな訳じゃない」


  やがてその手の動きが収まると、ゆうひの頭上に穏やかな言葉の和毛が降ってきた。


 「モノ扱いする訳じゃないけど、お前を俺だけのものにしたいと思っちゃう」


 「ウン……」


  結局掌は添えられたままで。そこから耕介の体温が胸に伝わってくる。


 「ん〜うちの両親さ、共働きって言うか実家で食堂をやってるわけだから、ほとんどの時間一緒に
 居るんだよなぁ」


 「? う、うん」


  急な話題の方向転換にやや戸惑いつつも、ゆうひもとりあえず頷いておく。


 「もう20年以上も一緒にいて、色々乗り越えているはずなんだけど。でもな、それでも今でも、
 ちょっとお袋が遅くなって帰って来たりする時は、口に出したりはしないけど、親父はなんとなく
 不機嫌なんだそうだ」


 「へえ、そうなん」


 「以前お袋が電話口でちょろっと、笑いながら話してたよ」


  話通り笑いながら語る耕介に、見上げるゆうひもその笑顔にゆるゆると心がほぐされ。


 「お袋は俺に似てはっちゃけた所があるが、親父は俺に似て無口で陰気な所があるから」


 「あはは♪」


  その言い回しに思わず笑みをこぼす。


 「でも俺は、そういった心のざわめき、悪い事じゃないと思うんだよね」


 「う、ん」


 「嫉妬してもらえなくなったら、それこそ寂しいしな」


 「そうやねえ」


 「だから昨日の真雪さんの事については、俺の方がもっと考えるべきだった。スマン」


 「そ、そんな、耕介くんは悪ないよ」


  身を起こしかけるゆうひに、耕介はいや、とふるふる首を横に振ってこう言った。




 「相手に何かしてあげたいと思う気持ちを愛と呼ぶのなら。相手に何か求める気持ちが無ければ、
 それは恋とは呼べないと思う」




 「こうすけ、くん……」


 「皆の世話焼いてるけど、一番笑わせたいのはゆうひだし。その笑顔を他人に見せたくないって思
 っちゃうのはゆうひだけなんだ」


 「…………」


 「だから俺はゆうひに恋してる。ゆうひを求めたいし、求めてもらいたいよ」


  そうして柔らかな乳房から名残惜しそうに手を離すと、ぽんぽん、とゆうひの肩を叩く。


 「……こーすけ、くーんっ!」


 「どわあっ?!」


  と、覗き込んだ耕介とカウンター気味に立ち上がり、ゆうひは急に押し倒すように飛びついて。


 「こ、後頭部打ったぞオヒ」


 「惚れたで」


 「はぁ? なにを今更」


  頓珍漢な言動と頭の痛みにくらくらしながらも、耕介は必死にしがみつく恋する人の体を抱き留
 めた。


 「ずっとずっと、うちのそばに居てな」


 「ああ」


 「浮気せんといて。あんま、他の人と仲良くせんといて欲しい」


 「ああ、気を付けるよ」


 「でも、うちの為にみんなと仲違いして欲しくない……」


 「分かってるさそれも」


  首に腕を回し、ぴすぴすと鼻を鳴らすゆうひの背中をさすり、トントンと叩いてやる。


 「ずぅーっと耕介くんだけ愛してるから、だから、うちだけを愛してなー」


 「うん、愛してるよゆうひ」


 「んぅ、こうすけくん……」


  口付ける。強く尖らせた硬い唇の感触が、すぐにやわらかくふにふにと触れ合い、絡み合う。


 「……いっぱい、Hしよなー」


 「はっはっは、それはもう言われずとも」


  と言うかもうすでにいっぱいしてるだろ、と耕介が笑うと更にゆうひが身をすり寄せ。それから
 一晩中、二人は抱き合っていたのだった。






                     〜◆〜






  それから暫く経ったある冬の事。


 「こんな所ですかね。食料品に関しては、またその都度買い出しに行くって事で」


 「はいー」


  耕介が衣料品の入った幾つかの紙袋を前にそう言うと、愛、知佳が手を上げ元気良く返事する。
 その日数人で冬物の買出しから帰って来た所であった。


 「しかし12月になって冬モノ衣料買い足すっていうのも、今更な感じがしちゃうなあ」


 「今年は暖冬でしたから、いつの間にか泥縄になっちゃいましたね」


 「急に寒くなっちゃったから」


  愛用のコートをパタパタっとたたみ、知佳は近くの椅子に投げ出すと共に買ってきた雑貨類の袋
 に手をかけ始めた。


 「まぁ春先に寒が戻るってのはよくある事だし。そう思えばさほど珍しい事でもないか」


 「ですね」


 「おーお前ら、おかえりー」


 「あ真雪さん。頼まれ物、ちゃんと買って来ましたよ」


 「わりぃね」


  気配を感じてリビングに姿を見せた真雪は、トーンなどが入ったビニル袋を受け取るとガサゴソ
 と中身を確認し、ウンと頷く。


 「ときに知佳、そりゃなんだ?」


 「ああこれ? アドヴェント・カレンダーだよー」


 「あど、べんと?」


  姉に尋ねられ、つい買っちゃったんだと知佳はくるっと振り返り、手に持っていた派手な色彩の
 カレンダーを両手で広げてみせる。


 「アドヴェント・カレンダーっていうのは、クリスマスを迎えるまでを楽しく待つための、12月
 だけの特別なカレンダーなの」


  カレンダーについている小窓を指差しながら、何故かちょっと自慢げに解説を始めた。


 「ここについているちっちゃな扉を、一日一日開けていくんだよ。そうして中の絵なんかを楽しみ
 ながら、クリスマスを待つの」


 「ふーん。日めくりみたいなもんか」


 「まぁ似たようなもんかな。キリスト教徒じゃない俺達にとっては、あんまりピンと来ないものか
 もね」


 「でもクリスマスにプレゼントをもらえる子供達にとっては、やっぱり楽しみでしょうね」


  無邪気に笑う愛に対し真雪はあまり興味なさそうにふんと、もう一度カレンダーを一瞥する。


 「これは箱型になっていて、扉の中には絵だけじゃなくたまにお菓子だったり、玩具も入っている
 豪華バージョンなんだよー」


 「そうやって煽りに煽って、最後クリスマス当日にファイナルベントってか」


  そうして肩をすくめて、あざといもんだねと首を振る真雪に耕介も苦笑しつつ。


 「開けるのは主に美緒になるでしょうけど、他の人も結構楽しみにしてるみたいだし、リビングに
 かけておこうかなぁと。それに美緒の部屋に置くと、待ちきれずに開けてしまいそうだしね」


 「そりゃそうだ。猫の目の前に鰹節置くようなもんだな」


 「ははは」


  冗談めかして耕介と真雪が笑い合うと、釣られて愛と知佳も声を上げ。ドッとにわかにリビング
 が沸き立った。


 「……こっここっここ、こっここっここ」


 「ん?」


  とその時、どこからともなく歌声が聞こえてきたかと思うと。


 「耕介く〜ん♪」


 「おっと」


  耕介が振り返る間もなく、ゆうひががばっと背後から抱きついた。


 「すーきさっ♪」


 「ん? ……すーきよっ」


  肩越しに頬を擦り合わせるよう、ゆうひが覗き込むようして、ん? と一旦待つと、耕介もすぐ
 その意図を理解して揃って両手を広げて。


 「「だんがーど、えーすぅ〜♪」」


 「他所いけバカップル」


 「ぐほっ!」


  二人声を揃えて高らかに歌い上げた耕介のわき腹に、真雪の無慈悲な蹴りが入りその大きな体が
 豪快に転がり飛んだ。


 「な、なぜ俺だけ……」


 「近かったからだ」


 「ああん、耕介くぅん」


  コオロギの如く床に這いつくばる耕介に駆け寄ると、ゆうひは両膝をつき。


 「ふにゅふにゅ〜」


 「どした? ゆうひ」


  そのまま再び擦りついてくるゆうひの様子を、耕介は不審に思い聞いてみる。


 「あんな、お手洗いの中ででも、うち抜きで楽しそーにする耕介くん達の声が聞こえてきてなあ」


 「ふんふん」


  まるで幼児の相手をするように、何度も頷きつつ撫で、触れながら。


 「ちょっと寂しーくなってもうて、一刻も早く、耕介くんに逢いたかってん」


 「大げさだなぁ、今の今まで一緒に居たっていうのに」


 「せやから手も洗わんと駆けつけたんやで」


 「洗えよっ!」


  うそうそと笑うゆうひに、耕介の突っ込みが入る。そんなやり取りでいつもの二人に戻ったよう
 だった。


 「女の子はぁ、恋するとまともじゃいられなくなってまうんよー」


 「大丈夫、俺が愛してるのは、ゆうひだけだよ」


 「やってろオイ……」


  しかしそれでもまだいちゃつき続ける二人に、真雪も苦笑するしかない。


 「えー、重ね重ねすんませんけど」


  ようやく皆を振り向き、ゆうひはもう一度耕介の体を抱き寄せるとこう言った。






 「これはぁ、うちのやから。皆とらんといてなー♪」


 「だとさ」


  にぱっと笑ったゆうひと耕介が、相方同士顔を並べてウィンクした。






                                       了









  後書き:リスティはビールごときで倒れないとは思いますが、子供が背伸びしてダウン、
      が書きたかっただけなので(笑)お許し下さい。

      諦めろってのも難しい話なのかもしれませんが、度を越えてしつこい人は嫌いです。
      ……と、言う訳で、恋する気持ちは理屈じゃありませんが、
      好き、嫌いの部分は理屈である事が多いんで(笑)気を付けましょうね。





  04/10/20――UP.

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