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  〜くもり窓〜
  (Main:唯子 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  まだ春の暖かい指先が、中々立ち去ろうとしない冬のそのひんやりとした背中を、必死で揺り起
 こそうとしているそんな頃。


 「たっだいま〜」


 「おーうようやく戻ってきたか」


  短い春休み中の長い護身道部の合宿を終えて、まず真っ先に鷹城唯子が尋ねたのは、恋人である
 相川真一郎の待つアパートの部屋だった。


 「えへへ、お待たせしちゃった?」


 「うん、待ってた……お帰り」


 「……はい、唯子のぎゅ〜」


 「うぎゅっ。むー、久しぶりの感触」


 「あはは」


  久々の再会に、真一郎は早速唯子の両肩を掴み、顔を寄せたのだが何故かその手は払われ、逆に
 ギュッと唯子の腕に捕らわれ、抱きすくめられる。


 「ホントは、ね」


 「ほんとは?」


 「帰ってきたら一番に真一郎の所に駆け込んで、一番にキスするつもりだったんだけど」


 「うん」


  真一郎がその柔らかなおっぱいの感触からようやく脱出すると、目の前にほんのり顔を赤くした
 唯子の顔があり。


 「真一郎の顔見たらぁ、なんでかちょっと恥ずかしくなっちった。あは」


 「……ゆいこー」


 「あ、ンッ……」


  乾いた笑いでポリポリ後頭部を掻く唯子を再び捕まえると、真一郎はまだ追い付き追い越せない
 背を少しだけ伸ばして軽く唇を合わせた。


 「……にはは。なんだか、照れるにゃ〜」


 「そうだね」


 「あれ、真一郎、ちょっと大きくなった?」


 「なった。って休み前からは多分変わってないけど」


 「はらら」


  自分の勘違いに唯子はまた苦笑い。


 「ちょっと会ってないだけで、なんか違って見えちゃうね」


 「その内段差無しでも、上から唯子にキスしてやるから」


 「……ウン、待ってる」


  玄関の段差を使ってもそれでもまだ遠い二人の身長差。しかしもうそれは二人の気持ちの距離に
 はならない。


 「まあ入れよ」


 「あ、おっじゃましまーす」


  そうして真一郎が思い出したように奥へと誘うと、唯子も思い出したようにチャールストンを踊
 りながら、うきうき部屋の中へと入っていったのだった。






                     〜◆〜






 「はー。ねぇ、唯子お腹減っちゃったぁ」


 「もう2時近いもんね。もしかしたらと思って食べずに待ってたけど」


 「そうなの? ありがとうしんいちろー!」


  部屋に入るなりお腹を抱えてへたり込む唯子だったが、真一郎の言葉ですぐさま復活するとまた
 背中からギュッと抱きつき。


 「何食べたい?」


 「んー、親子丼!」


  ぶらぶら大きなパーカーを羽織るように唯子を背負ったまま、必然的に真一郎はまずキッチンの
 方へと歩を進めた。


 「なんだかむしょ〜に食べたくなっちゃった」


 「そーゆーのあるよね。親子なら買い物行かなくても作れるかな……かしわあったよな」


  指折り食材を挙げながら、頭の中ですばやく料理の工程を組み立てていく。


 「ねえ真一郎」


 「え?」


 「何で鶏肉のことって、かしわっていうの?」


 「なんでって、そりゃあ……」


  だが突然そんな事を尋ねられて、真一郎の意識は傍で唯子がにこにこと笑顔で待っている台所へ
 と引き戻される。


 「生きてる時が鶏で、死んだら戒名がかしわとか?」


 「そのネタが言いたかっただけかー!」


 「きゃはは♪ 分かっちゃった?」


  笑い転げる唯子にうりと一度だけ片手でぐりこしておくと、今度こそ真一郎は親子丼製作に取り
 掛かった。


 「……でねでね、林に忘れ去られてたデッキブラシに、キノコがびっしり!」


 「うんうん、ハイおまちどー」


 「それでねなんか気持ち悪くってうわっいい匂い思わずキャーって叫んでう〜ん美味しそ逃げ出し
 ちゃう子も居てね」


 「混ざってる混ざってる」


  逢えなかった時間を埋めるかのように、料理中の寸暇も惜しんで二人は話し続ける。


 「まず食べようよ」


 「ウン、いっただっきまーす♪」


  それをようやく止めたのは、目の前に差し出された親子丼の甘い香り。その匂いに誘われるまま、
 唯子はすぐに満面の笑みでかき込み始めた。


 「美味し〜い!」


 「うむ、こんな所か。65点と言った所かな」


 「はや、厳しい……十分美味しーよー?」


 「ありがと。でも甘味がちょっとなあ」


  眉をしかめる真一郎に釣られて親子丼を口に運ぶたびに笑顔、でも困り顔と唯子は一人百面相。


 「んぐんぐ、ねぇしんいちろ」


 「ん? ほれおべんと」


 「ん。ね、これってみりんって入ってる?」


 「入ってるけど、なんかまずかった?」


 「ううん、美味しいんだけどね」


  唯子の口元についたご飯粒、それも3、4粒も。を自分の口に運びながら、真一郎はやはり甘味
 にやや難ありか? と訝しむが唯子はほえほえ首をかしげたまま。


 「お友達が言うには、男の人の部屋にみりんがあると浮気してるんだって」


 「はあ?」


 「真一郎、浮気してる?」


 「してるわけねーだろ!」


 「にゃはは♪ だよね」


  頓珍漢な質問に思わず立ち上がる真一郎を横目に、マイペースで親子丼を完食。


 「最近は小鳥だって気を使ってあんまり来てないんだぞ」


 「あらら、そなんだ」


  親友の気遣いが有り難いやら申し訳ないやら、何となく気恥ずかしいやらで、唯子は何故かせか
 せか居住まいを正す。


 「んーでも、じゃあ唯子どうやって真一郎の浮気を調べたらいいんだろ」


 「調べなくていいだろそんなもの」


 「しんいちろ、浮気しないよね?」


 「…………」


  拗ねたような、冗談めかした唯子の言葉。しかしその上目使いですがる濡れた瞳から、真一郎は
 目をそらす事が出来ず。


 「……俺が浮気する暇が無いぐらい、唯子が愛してくれたらいい」


 「……うん、そうする」


  付き合ってこの方、自分の悩みを表に出すようになってきた唯子に真一郎は、なるたけ正面から
 受け止めてやりたいと思う。


 「あ、あは、なんか、汗かいちゃったね」


  気候的にはまだまだ涼しいのだが、温かい物を食べたりするとちょっと暑くなる季節。それだけ
 ではないものに頬を染めると、ふと見詰め合っていた顔を背けて。


 「じゃあ風呂でも入ってくか」


 「じゃ、一緒する?」


 「しようしよう」


  食べ終わった丼等をかちゃかちゃと抱え、二人はお風呂場へと連れ立って行った。






                     〜◆〜






 「おー、狭いお風呂ー」


 「それが人様の風呂に入って言う台詞か」


 「あいたっ!」


  入るや否や、そんな失礼な感想を大声で風呂場に反響させた唯子にバッテンパンチ。


 「う〜、ずっと合宿所のおっきなお風呂だったから、普通のお風呂にちょっと感動しただけだよぅ」


 「感動すんな」


 「うう、ひどい」


  久々のいじめっ子モードの真一郎に、唯子ははううと殴られた頭を押さえながら首をすくめる。


 「おい唯子」


 「んー?」


 「お前ずいぶんとアトができてるな」


 「んーいっぱい練習したからね。これが瞳さんで、ここは多分信田さん。んでこっちが……」


  二人でお風呂にといっても当然シャワーで、たまに唯子にノズルを向けてもらいつつ、基本的に
 する事の無い真一郎は後ろで何気に唯子の体を観察していた。


 「合宿に来てくれてたんだけど、やっぱり瞳さんはすごいね。痣も一番多くって大きいよー」


  唯子は自分の体に出来た青痣を一つ一つ、付けられた時の記憶を掘り起こしながら説明していく。


 「……なんだかちょっと悔しい」


 「ほえ?」


 「俺もつけちゃる」


 「へ? ひゃあ!」


  自分以外の人間が、たとえ女性であろうと唯子の体に痕を付ける。それが何だか真一郎には酷く
 悔しくて。


 「あんっ」


 「ちゅー、ちゅ、ちっ」


 「や、はっ、しんいち、ろ、待ってぇ」


  首筋に吸い付きながら、今までとは明らかに違う真一郎の肌の触れ方に、唯子はビクビクッ、と
 身じろぎして息も絶え絶えに。


 「あ、ダメぇ……」


  水に濡れた肌はかえって滑りが悪い。それでも独占欲に支配された真一郎は引き伸ばすように、
 唯子の体を弄っていく。


 「……しんいちろう。唯子、おふとんでしたぁい」


 「ん、ごめん」


 「んーん。いーよー」


  ようやく我に返った真一郎はがっつき過ぎた自分を恥じ、飛び退くように身を離すが唯子はただ
 上気させた顔を振って微笑んだ。






                     〜◆〜






 「ふぅ、さっぱりした」


 「ホント♪ ハイ、お帰りしんいちろ」


 「うぎゅ」


  その後ざっと全身流して、真一郎が風呂場を出るとそこには先に出た唯子がバスタオルを両手で
 広げて待っており、ばふっと抱きつき迎え入れた。


 「ふきふき〜」


 「……子供じゃないぞぅ」


  両腕と、豊かなバストで包まれ全身くまなく水気を拭き取られると、真一郎は自分が小さな子供
 になったような複雑な気持ちになる。


 「今日シーツ替えといてよかった」


 「とうっ。えへへ、つんめたくて気持ちい〜い」


  そのままバスタオル姿で寝室まで移動すると、唯子はベッドに飛び込んでシーツに頬擦り。


 「あ、髪。おふとん、濡れちゃうかな」


  がすぐにハッと体を起こして、自分の濡れた髪が当たっていた辺りをまさぐった。


 「どーせ汚す事になるから、気にする事ないよ」


 「あやや」


  そのつもりではあっても、改めて言われると唯子はまたてれてれ顔を赤らめる。


 「唯子、手も結構荒れてるね」


 「え? あ、棍持つしどうしてもねー」


  恥かしげに俯く唯子の傍らにずりずりにじり寄り、何気にとったその手の潰れたマメの痕など、
 荒れ様に真一郎は驚くと共に感心した声を上げた。


 「体の痣といい、頑張ってきたんだなぁ」


 「えへ、だって、所長さんとして最初の合宿だったんだもん。そりゃあ張り切るよぅ」


 「主将だろう、しゅしょー」


  誉められた事で更に照れまくりわたわた身悶える唯子の頭を、真一郎はくりくりと撫でてやる。


 「……でもゴメンねぇ、真一郎」


 「なにが?」


  しかし何故か謝ると、急にしゅんと唯子の俯きがうな垂れに変わり。


 「唯子が、手も体もキレイな女の子じゃなくて……」


 「は? んー……」


 「うひゃっ?! ぅぅん」


  そんな唯子の指を無言でぺろりと舐めてやると、その体が電撃が走ったように仰け反る。


 「気にしないよ。それにほら、俺の手だって結構荒れてるし」


 「あ、ほんと」


 「ここなんてほーれ、ぱっくり」


 「キャーッ!」


  続けて真一郎が自分の家事であかぎれた指の中、一番大きくひび割れた親指の傷を見せた途端、
 悲鳴と共に唯子が飛び上がった。


 「こういうの見慣れてんじゃないの?」


 「やっ、無い無い、そんな、痛そうなのいや〜」


 「うーり、まるで口みたいだぞーパクパク」


 「えう〜」


 「ヤア、ボクハシオカラニュウドウサ」


 「はうはうー!」


  親指を伸ばす度パクパク口を開けるそれは、さながら理科の教科書で見た植物の気孔のようで。
 想像される痛みと不気味さに、唯子は必死で目をそらし嫌々と首を振る。


 「まあまあ、これも悪いことばっかりじゃないんだって」


 「……ほえ、どこがぁ?」


 「ほら、こんな風にしてさ」


 「ひん! あっ、あぁ……ぁ」


  振り返る間も無く真一郎が荒れた指を唯子のうなじから脇、わき腹へとツーっと優しく移動させ
 ていく。


 「どう?」


 「ちょ、ちょと気持ちよかった……」


  ぞわぞわ快感が背中を伝うとともに、何かもやもやとした気持ちが腰の辺りに溜まっていって。
 ぼうっとした顔で唯子は息を荒げた。


 「唯子のスケベー」


 「む。じゃあ唯子も、真一郎にしてあげちゃうんだから」


 「しまった! その可能性を忘れてた」


 「へっへーん、かくごー!」


 「う、うっひゃははひゃっ!」


  逆襲とばかりに唯子もマメの固まった手の平で、真一郎のわき腹をざりざり撫でまわし始める。
 ただその手つきは乱暴で、快感というよりはくすぐったさに逃げ惑う真一郎。


 「ほりほり〜」


 「のはっ、む、か、かくなる上は……どりゃあ!」


 「きゃん!」


  執拗に追いすがる恋人に業を煮やした真一郎は、がばっと力ずくで体制をひっくり返して唯子を
 組み敷くと。


 「わ、しん――」


 「ぅんっ」


 「んっ! は、んん、はぅ……」


  すぐさま唇を奪った。そのまま唯子の体から力が抜けていくまで、口を開け閉めしながらぬりゅ
 ぬりゅ唇を大きく擦り合わせた。


 「はぁ……こういうの、なんだかすっごく久しぶりな感じがする」


 「……そう、だね。唯子もそう思う」


 「寂しかった?」


 「う〜ん」


  好きな人とじゃれ合うこと、キスすること触れ合うことの心地よさを思い出し、二人は改めて目
 の前に居る人への愛しさに胸を熱くする。


 「あのね、練習して、体動かしてる時はいいんだけど……」


 「うん」


 「ご飯とかお風呂とか、ちょっと考える時間ができると、すぐ真一郎の事が浮かんできちゃうの」


 「うんうん、ちょっと分かる」


 「ご飯食べてる時は今真一郎は何食べてるのかなぁとか、寝る前には真一郎お腹出して寝てないか
 なーとか」


 「お腹なんか出さん」


 「唯子が居ない間に浮気してないかなーとか、唯子のこと忘れちゃってないかなーとか」


 「……忘れるもんか」


 「ウン、ごめんなさい」


  素直に謝る唯子。恋する気持ちを打ち明けられる安心感、それは唯子が真一郎と付き合いだして
 得た物の一つだった。


 「でもね、色々考えちゃうの。しんいちろのことが好きだから。だから……」


  きゅううっと、唯子の体が縮こまるのに合わせて、真一郎の心もきゅうと締め付けられる思いが
 する。だが唯子は急にぱっと顔を上げたかと思うと。


 「だから、あんま考えないようにかえっていっぱい練習出来ちゃったかな?」


 「はは、なんだそりゃー」


  にぱっと笑ってそう言った。同じく笑い声を上げる真一郎に、唯子は再び腕を回して抱きつくと
 ふにふにっと二人の間で窮屈そうにおっぱいが潰れる。


 「……でもやっぱり、寂しかったよぅ」


 「うん……ゆーいこ」


 「ンンっ、あ、しんいちろー……」


  切ない呟きを切っ掛けに、ゆっくりと唯子と真一郎の影が重なり、絡み合っていく。もうそれが
 ほどける事は無かった。






 「大好き……」






                     〜◆〜






 「帰るのか?」


 「うん。ずっと合宿で、家にも今日帰るって言ってあるから」


  あれから十二分に愛し合った二人は、今まだほっこりと体に微熱を残したまま、玄関にて別れの
 時を惜しんでいた。


 「帰んないと心配すると思う」


 「そっか」


 「しんいちろーも、一緒にくる?」


 「……遠慮しとく」


 「あはは」


  このまま別れるのは少し惜しい気もしたが、苦手な唯子の母親に、あまつさえ唯子と恋人同士に
 なった現在、会いに行ける勇気は真一郎には無かった。


 「また明日から、いっぱい会えるよ」


 「そだな。春の内にいっぺんどっか外でデートしようよ」


 「ウン♪」


  どれだけ共に時間を過しても、一緒に居たいという気持ちは増すばかり。デートの約束に唯子の
 バターのようにゆるい心がまたゆるゆると溶けていく。


 「じゃまたね〜」


 「ああ。気をつけてな」


 「ん〜ん〜」


  最後に熱い投げキッスを残して、バタン、とドアの向こうに唯子の姿が消えていった。


 「ふう、もう夕方か」


  妙にがらんとした部屋に戻ると、その薄暗さにようやく日が落ちかけている事に気が付き。


 「もう今日は買い物いいかな。有り合わせでなんか作っちゃおう」


  外に出るのも億劫になってきた真一郎は、何気なく窓の方へと近づくと。


 「ん?」


  ブラインドを指でこじ開けて、隙間から外を見ようとして気がついた。


 「……窓が、くもってる」


  ガラス窓が結露して白く曇っていた。きらきらと表の灯りに反射して、その向こうの様子を窺う
 事は出来ない。


 「今日はそんなに外寒かったかな?」


  まだまだ寒い日もあったが、結露するほどではなかったはずだと首をひねる。


 「!」


  その時真一郎の頭にある人物の姿が浮かび、ハッと気が付いた。そうじゃないと。今日は、この
 部屋には二人いたから。


 「違うもんなんだな……」


  ふと台所の方に目を向ける。シンクに漬け置いた食器も、お茶もお菓子の消費量も、トイレット
 ペーパーだって真一郎と唯子の二人分。


 「……クッ!」


  居ても立ってもいられなくなり、気が付くと真一郎は部屋を飛び出していた。


 「……いこ、唯子ッ!」


 「は、はい?」


  金槌で膝小僧をぽんと叩かれたように駆け出した真一郎は、まだそれほど時間が経っていなかっ
 た事もあり、すぐに道をほえほえと歩く大女を発見すると呼び止め。


 「しん、いちろ?」


 「はぁ、はぁ、ちょ、タンマ」


  その前に回りこむと、両手を膝について全力疾走の代償である荒い息を整える。


 「な、なに、どしたの真一郎?」


 「んは〜っ」


  ただならぬ様子に唯子が心配そうに覗き込むが、真一郎は顔を下げたまま一つ唾を飲み込むと。


 「……なあ唯子、今日やっぱり、一緒にいられないか?」


 「へ?」


 「ダメか?」


  えいやと顔を上げ、すがるような目でそう言った。


 「んーでも、ママが心配すると思うし……」


  一方言われた唯子も気持ちは嬉しいが、やはり家族の事もあり曇り顔。


 「唯子も一緒に居たいけど、でもやっぱり今日は帰んないと」


 「……じゃあ俺も行く」


 「はえ? だ、だって真一郎、さっき嫌だって――」


 「それでも、そばに居たい」


 「しん、いちろ……」


  一緒の時間が楽しすぎて、もう独りでは、孤独に押しつぶされてしまいそうだったから。


 「今日はずっと、唯子のそばに居たい」


 「……ウンッ!」


  そこまではっきりと、己の感情を口にする真一郎に驚いて目を丸くする。がすぐに嬉しそうに、
 何度も何度も唯子は頷いて返した。


 「えへへ。しんいっちろ〜う♪」


 「ちょっと歩きにくいよ」


  いざ冷静になると自分の行為が恥ずかしくなってきて、真一郎はややぶっきらぼうにそう言うが、
 唯子は晴れ渡った笑みを顔中に貼り付けたまま。


 「んふふ。じゃあゆっくり行こ?」


 「ああ」


  自分より小さな大好きな人の腕にぶら下がるようにして、唯子達はもうすっかり暗くなった道を
 二人寄り添って歩いていくのだった。






                     〜◆〜






  しかし当然の事ながら鷹城家で二人いちゃつく事など出来ず。予想通り家族に散々からかわれ、
 おもちゃにされた挙句泊まっていく事になった真一郎は己の行動を呪い。


 「くっそー。やっぱり来るんじゃなかった」


 「にゃはは♪ 唯子は嬉しいよ〜」


  隣で唯子は恵比須顔。一人真一郎だけが、どんより曇り顔だった。






                                       了









  後書き:1のSSが無いのでここらで一本。短いけど。そして簡単だけど。
      長い間独り暮らししてると、友達や恋人が来た時や実家に帰った時なんか、
      食材の消費量や光熱費、そして人間の熱量なんかに驚く事がありますね。
      まぁ単純に×人数分なんだから当たり前と言えば当たり前の事なんですが。

      独りでない時にこそ、一人の人間の細さ、体だったり、心だったり。
      を実感しますね……





  04/10/20――UP.

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