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  〜みみみみみ〜
  (Main:ゆうひ Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  その日珍しく朝早くにゆうひが目覚めてみると、自らの体にとある変化が起こっているのに気が
 付いた。


 「……はれ?」


  朝起きると、ネコがミミになってました。


  ちゃうわ耳が猫になってました。


 「あ、元の耳……よう見たら四つ耳やん」


  覗き込んだ手鏡の中には頭の上にぴょこんと二つの猫耳が飛び出した自分の姿が映っていた。


  ゆうひが意識するとそれはひらひらと、殆ど動かせない本来の耳よりも器用に動く。


 「おっ」


  と、お尻の方にも違和感を感じて振り返って見ると、パンツの中に尻尾が溜まっていた。半脱ぎ
 になるが仕方がないのでパンツの上から垂らしておく。


  それ以外の変化は特に見受けられなかった。暫くその二つで遊んでいたゆうひだったが、いつま
 でもそうもしていられないので起きて活動を開始する事にした。


  部屋を出て、一人洗面台で顔を洗うとキッチンへと向う。いつものようにそこに立つ恋人を発見
 したゆうひはその後姿にこう言った。


 「おはようだにゃん♪」


 「……今朝はスクランブルとポーチド、どっちがいい?」


  流された。


  耕介はちらりとゆうひを一瞥するなり、まるで何事もなかったかのように再び朝食作りに戻る。


 「じゃあハードボイルドで」


  そのせいかゆうひもこんな東京人が言うようなギャグを口にしてまう始末。


 「いや、裸エプロンとか実際にやられると結構引くものだし……」


 「コスプレちゃうわ!」


  ゆうひの感情に合わせて明らかにピコピコ上下する耳は、来てもいない倦怠期を打破する為装着
 されたコスプレの類ではない事を主張していたが、耕介は焦る様子も見せず、むしろ呆れ気味に肩
 をすくめるばかり。


 「って愛しい彼女がこないな姿になってんのに、心配やないんかい」


 「だってなぁ……どーせまたネコの呪いかなんかだろ」


 「また、てなんやねんまたて」


 「お前が夜な夜なあんなに野良猫を油でカリッ、と揚げたりするから……」


 「んな事いつしたー!」


  それどころか笑って済まそうとする耕介の態度に、とうとうゆうひはテーブルに顔を伏せ泣き出
 してしまった。


 「うちがこないに不安になってるゆうんに……くすんくすん」


 「ああ悪かった悪かった、な?」


  耕介が後から揺れる背中を抱きしめてぽんぽんと軽く摩ってやる。


  ゆうひは無論初めは嘘泣きであったが、その内に本気で落ち込んできていた気分が、撫でられる
 毎に和らいでいく気がした。


 「大丈夫、深呼吸して。はい吸って〜、吐いて〜」


 「すー、はー」


 「吸ってー、吐いてー、吐いてー、吐いてー、吐いてー……」


 「はー、はー、はー……って死んでまうわっ!」


  ここまで息を吐いておきながらツッコミまで出来たのは流石歌姫と言えよう。


  なによりこんな普段通りのやり取りの中では、ゆうひも悩んでいる事自体馬鹿らしくなってくる。
 二人はこれからどうしたものかと相談したが、結局何の見当がつかなかったので。


 「ま、とりあえず朝飯食ってから考えようや」


  それが結論だった。






                     〜◆〜






  クジラになりたいラッコ。


  ラッコになりたいコアラ。


  コアラになりたいライオン。


  ライオンになりたい女の子。


  女の子になりたい男の子。


  髪型、性格、容姿、種族、性別、誰にでも大なり小なり変身願望というものがある。しかし多く
 は願望はあくまで願望であり、夢はやっぱり夢のままなのだ。


  それが現実に、目の前にするとどうなるか。


  今、頭に猫耳を生やしたままのゆうひを交えて、寮生らがテーブルで朝食をとっていた。


 「ごちそうさまー」


 「ごっそさん」


 「ごちそうさまでしたー」


 「やっぱりスクランブルの方がよかった」


 「ごちそうさまなのだ」


 「ごちそうさまでした」


 「……って皆してシカトかー!」


  猫耳には一切触れず、ごく普通に朝食をとりごく普通に立ち去ろうとした寮生達に堪らずゆうひ
 が立ち上がって突っ込む。


 「や、てっきりまたゆうひちゃんの新しいギャグかなんかかなーと」


 「それか耕介との倦怠期を打破する為に装着されたコスプレの類かなんかだろ」


 「それなら邪魔しちゃ拙いかなーって、あはは」


 「……あんたらうちのことそんな風に見とったんかい」


  知佳達を恨みがましく睨みつけるゆうひ。こんな流れもちょっとオイシイかも、と思ってしまう
 自分がまた悲しかった。


 「ま、ゆうひからギャグをとったら何も残らんからな」


 「常にギャグっていないと、ゆうひは死んでしまう?」


 「まるでサメだね……」


  真雪の言葉をリスティが一見真面目に受け返し、知佳が後に続く。


  これを皮切りに皆好き勝手にゆうひについてあれやこれやと語り始めた。


 「いや待て馬かもしれん。馬はカッポカッポと歩く事で血液が体に循環する、蹄は血液のポンプだ。
 みたいな事を聞きかじった事があるぞ」


 「足を折ってしまった競走馬はすぐ予後不良、薬殺処分してしまいますからねー。あれは足をダメ
 にした馬は、いずれ弱って死んでしまうからなんですよ」


 「さっきから聞いてれば……うちはサメやウマと同等かーい!」


 「サメ並……」


 「ウマ並……」


 「そこー! 顔赤らめて引かないっ!」


  ゆうひは返す刀で顔を真っ赤にして身を引くおないどしーずに突っ込む。あちらの次はこちらと
 その手刀が休まる暇がない。


 「そうですよー。鮫肌はともかく、ウマ並なんて」


 「あ、愛しゃ〜ん」


  そんな中愛の存在はゆうひにとって救いの主に見えた。しかし愛はいつもの表情のまま、ん? 
 と首を傾げてこう言った。


 「ゆうひちゃんは、ウシ並ですよ?」


 「どこの事だよっ?!」


 「ま、上か下の違いだしな。大してかわらんかも」


 「……う、うわーん!」


 「あ、泣いて逃げた」


  体の変化に内心不安になっていたせいか、容赦ない暴言に晒されてついにはゆうひは泣き出し、
 その場から逃げ出してしまったのだった。






                     〜◆〜






 「ゆーうひ? 入るぞ」


  今耕介はゆうひの部屋の前に居た。無論逃げ出した彼女を追って来たのである。


  返事は無かったが勝手知ったるなんとやら、一応のノックの後耕介は部屋の中に足を踏み入れた。


 「サメやってウマやってウシやって、みんな精一杯生きてるよのさ……」


 「よのさ?」


  中では一人ゆうひがベッドの上で膝を抱えて丸くなっていた。耕介の来訪を知ってか意味不明な
 事を呟いている。


 「ま、今のゆうひはネコなんだが」


 「みー」


  いかん、慰めに来たつもりが余計泣かしてしまった。


  カクンと首が落ちたゆうひに耕介は慌てて駆け寄り、自分も隣に座ると肩を抱いた。かしかしと
 力づけるようやや強めに何度も摩る。


 「まあまあ、とりあえず実害は無いみたいだし……薫が帰ってきたら見てもらおう。な?」


 「……うん」


  生憎と薫は出張中。しかしそれが今の所唯一の希望であった。


  ゆうひが涙目の顔を上げると、耕介は今度はその頭をさくさくと撫でつける。


 「薄い耳。まんま猫の耳だね」


 「うな〜ん……」


  そうして髪から次に猫耳の方を弄りだす。根元から先へ、摘むように尖らすように薄い耳を何度
 か触ってやる。


 「でも元の耳はあるわけだし、じゃあこの耳の奥は一体……あ゛」


 「え? え? 耕介くん、一体何?」


  と、ふと耕介は耳を覗き込みその奥を見てあっ、と固まった。


 「……ゆうひ、脳の動脈はくも膜という所を通っていてな、その名の通り本当に膜のようなものが
 脳味噌の上を覆っているんだよ」


 「なに?! ナニが見えたん耕介くん?!」


 「いや、俺の口からはとても……」


 「いーやーっ!」


 「あ、耳垂れた」


  ゆうひの感情に合わせ左右に開くよう耳が垂れ、そのラインが横に一直線になる。


  一体中に何が見えたのか。しきりに問い質すゆうひであったがその答えは耕介の口から一生語ら
 れる事はなかった。


 「しかしまぁなんでまた……耳と尻尾以外は何にも無し?」


  コクン、とゆうひは無言のまま頷く。多少気持ちが不安定になっているが、髭やその他体毛が生
 える等他に目立った変化は無かった。


 「ふーん……ほり」


 「うな? ん〜」


  耕介が人差し指を鼻先に近付けると、くんくんとゆうひの顔が寄ってくる。完全に猫の習性だ。


  苦笑しながら耕介はそれをはっしと捕まえていきなり。


 「っ! んむむ……」


  口付けた。初めは驚いた様子のゆうひだったが、やがて力を抜きそれを受け入れていく。


 「……はぁ、ふみゃ」


  二人の顔が離れると今度はゆうひの方から、名残惜しそうにちゅっ、ちゅっ、ちゅと何度も唇を
 突き出し、ちろっと小さく差し出された舌が耕介の唇や頬を薄くぬらしていく。


 「……猫は、腰のあたりをさすると」


 「ひゃっ?!」


 「お尻が、上がる」


  暫くされるがままになっていた耕介だったが、おもむろに右手を伸ばしお尻の上辺りをひと撫で。
 途端に腰が引け、代わってお尻がグッと突き出される。


 「あにゃっ」


 「はいしっぽー」


 「う〜な〜」


  ピンと張った尻尾を緩く掴んで、先端に抜けるように優しく撫でてやると、ゆうひは四つん這い
 の状態で細かに身を震わせながら何故か逆らう事が出来ない。


 「ほり、割れ目の上、尾てい骨の辺りをこすってやると……」


 「うっ! あうう〜っ!」


 「なんかおしっこしたくなるような、もぞもぞして気持ち悪さにいーってなるだろ」


 「分かってるんならせんといてぇ〜!」


  耕介の言う通りかつて蒙古斑のあった辺りを擦られると、何とも言い様の無いイーっとなるもや
 もやとした気持ちの悪さがゆうひを襲う。


  逃げ出したいが、上手く腰が立たない。ただ哀願する他無かった。


 「……さて、薫が帰ってくる前にまず俺が徹底的に調べといてやるか」


 「ふ、ふみぃ〜……」


  ようやく耕介の手が止まったかと思えばその指はお尻の頬っぺ、太ももの内から外と全身を撫で
 られるのに変わっただけであった。


  これからされるであろう更なる愛撫とその先に、ゆうひの顔は期待と羞恥に赤く歪むのだった。






                     〜◆〜






 「猫の呪い、ですね」


 「あう、やっぱり」


  後日、出張から帰ってきた薫がゆうひを見るなり開口一番そう言った。


 「だからあれほど食後に猫をつまむのは程々にしておけと……」


 「だからそんな事うちがいつしたー!」


  猫耳が生えて以来、もうすっかりツッコミキャラと化してしまったゆうひ。


 「せやけどうち、なんや猫に恨まれるようなことしたかいな……?」


  薫の話では霊力が残っているので猫の呪いには間違いない、しかし詳細は分からないと言う。


  にゃんこを愛しこそすれ、恨まれる覚えのないゆうひは本気で首をひねる。


 「……まぁ、心当たりならあるんだけどな」


 「えっ?! ホンマ耕介くん?!」


  からあげくんやのおつまみくんや言うのは無しやで、と思わず念押すゆうひとは対照的に、耕介
 はまああれだよな、と落ち着いた様子のままゆうひを連れて何処へと歩き始めた。


 「あれ? ここは……」


 「愛さん、愛さーん居ますかー」


  はーいと中からいつものように、やや間延びした返事が返ってくる。二人がやってきたのは愛の
 部屋の前だった。


 「すいません愛さん、あいつ、どうなってます?」


 「はい、もう大分元気ですよー♪」


 「?」


  愛と耕介との会話に入れず、一人ゆうひだけにはサッパリ話が見えてこない。とりあえず誘われ
 るまま部屋の中へと足を踏み入れる。


 「ほら、耕介さんが来てくれましたよ〜」


 「あ、にゃんこやー」


  入るなり目に飛び込んできたのは、毛布を敷かれたケージの中で眠る一匹の白い猫だった。怪我
 をしている様子で体には赤くヨードチンキに染まった刈り跡と包帯、それと頭をすっぽりとラッパ
 のような厚紙に包まれているのが見て取れる。


  愛の言葉が分かるのかどうなのか、人工の三毛となったその猫は確かに耕介を見上げてにぃ、と
 小さく鳴いた。


 「たぶんこう、横から当てられたんでしょうね。前足の骨折と脱臼でしたから」


 「犬は駆け出そうとするので背中や下半身を、猫はその場に凍りついちゃうから正面の顔をやられ
 るって話を聞いた事があるね」


 「はいー」


  目の前にしゃがみ込み、ジッと猫と見詰めあっていたゆうひだったが、二人の会話を聞いて顔を
 上げ目で促すと、耕介もすぐに了解し事情を語り始めた。


 「俺が前に、道路に倒れてたこいつを拾って愛さんに預けたんだ。こうやって回復して寮に連れて
 来られたのとお前の耳が生えたのが同時期だから……」


 「NYA? じゃあ耕介くんは、この子が原因やと思ってるん?」


  ああ、首を縦に振る耕介。


  確かに他に心当たりは無さそうだが、しかし何故自分が轢いた訳でもなし、恨まれなければなら
 ないのだろう。ゆうひの疑問は増すばかり。


 「でもなんで……痛ッ!」


  そうしてもう一度猫に向って静かに手を伸ばすと、突然その指先を引っ掻かれた。


  ゆうひは驚いて手を引っ込めるが、つけられた一筋の傷は既に薄く盛り上がり蚯蚓腫れのように
 なっていた。


 「近寄るなだって」


 「え?」


  いつの間にやって来たのだろうか、振り返って見ると耕介達の背後には美緒の姿があった。


  美緒の翻訳を聞いて、このにゃんこは自分を嫌っていて近寄るな、と言っているのだとゆうひは
 思ったが実はそうではなかった。


 「わたしのダーリンに近寄るなだってさ」


 「だ、ダーリンて」


  ダーリン、というのはこの場合耕介の事であろうか。だとすると……


  あごに指を当て考え込んでいたゆうひはある一つの結論に達した。


 「ひょっとして……三角関係?」


  つまりこの猫は耕介は自分のものだから、お前は邪魔だと言っているのだ。そう思ってゆうひが
 再び猫に目をやると、今度はキッと確実に睨み返してきた。


  そんな態度にゆうひも思わずムッ、とする。


 「う〜!」


 「フシャーッ!」


 「こらこら、そんな所で睨み合ってるんじゃないお前達」


  数分後、耕介は睨み合い激しく威嚇しあう二匹の猫を必死に引き離す羽目となるのだった。






                                       了









  後書き:これは架空の話ではありません。あなた自身の話なのです。
      もしも、あなたの恋人がアンバランスゾーンの中へ落ちたとき、
      それでもあなたの愛は変わらないと言えるでしょうか。では、また来週まで……
      (ナレーション:石坂浩二)

      これも同様にお蔵入りになってた作品。
      輪をかけて馬鹿です。てかホントお遊びで書いた物だったし。
      まぁ、私の書くもの全部お馬鹿ですが。





  05/10/01――UP。

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takemakuran@hotmail.com
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