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  〜眠る事が出来ない〜
  (Main:忍 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「赤い石鹸カタカタなった〜♪」


  右手をしっかりと恭也の腕に絡め、左手に持った洗面器の中で石鹸やシャンプーなどを歌詞通り
 カタカタと揺らしながら。


 「歌詞が間違ってる。なんだかテンションが高いな」


  歌う忍のそんな軽い足取りに、恭也はちょっと苦笑する。水色の洗面器の中では、石鹸だけでは
 なく道すがら購入した水仙の花一輪が揺れていた。


 「うん。だって恭也と一緒なんだもの♪」


 「…………」


  臆面もなくそう言い放つ忍に、聞いた方が思わず赤面し沈黙してしまう。


 「だから、楽しくないわけないじゃない」


 「しかしなんだって歩くんだか」


  ただでさえ月村邸は街から遠いのに、と恭也は照れ隠しの為かやや強引に話題を変える。真冬の
 寒風吹きすさぶ中、二人は街の銭湯から家へと歩いて帰る途中であった。


 「今日は、この雰囲気を味わいたかったんだ」


 「……冷たいねって言ったのよ。なんてな」


  照れの為かやや棒読み気味に、恭也も忍が歌っていた歌詞の一部を口ずさむ。


 「まぁ待たされたのは俺の方だったが。確実に湯冷めするぞ」


  むしろもうこうして歩いている内に、二人の体温はほとんど奪われていっていた。


 「だからぁ、こうやってくっついてるんじゃなーい」


  そう言って忍は頭を恋人の肩に寄せて、更に体を密着させる。近づいたまだ湿ったその頭から、
 恭也の鼻をフワッと一瞬シャンプーの香がくすぐった。


 「む、焼け石に水だ」


 「じゃあ帰ったら、一緒に温まろ?」


 「どうやって?」


 「お風呂入って♪」


 「……本末転倒だな」


  あいかわらずテンション高めな忍の発言に、もう恭也は苦笑して返すしか他ない。


 「いっその事、ふたりで走って帰っちゃおうか?」


 「ん? ふ〜む、それで汗をかいて……」


 「一緒にお風呂、と」


 「ていっ」


 「ひゃんっ!」


  とうとう恭也のツッコミチョップが忍の頭に炸裂する。


 「同じ事だ」


  などと言いつつも、恭也はこの空気が嫌いではなくなっていた。一方忍はさほど痛くはなかった
 はずだが、ツッコミを受けたその部分をう〜と器用に腕を組んだままさすっていた。


 「あうう……でも、どうする恭也?」


 「うん?」


 「ホントに走る?」


  バスとか他の方法でもいいけど、と下から覗き込む忍と目を合せると、恭也はそうだなぁとその
 まま視線を宙に向ける。


  冬の夜の訪れは早く、恭也が見上げた空にはもうすでにいくつかの星たちが瞬いていた。


 「……忍、寒くないか?」


 「ん? んーん、大丈夫だよお」


 「だったらいい。せっかくだ、歩いて帰ろう」


 「あ……うん♪」


  そう言ってわずかに強められた恭也の左腕の動きを忍は見逃さず。更にそれに負けじと、右手に
 力をこめ自らの体を恭也に密着させた。


 「えーへへー」


 「忍、くっつき過ぎだ。歩きづらい」


 「だーめ。だって恭也が、くっついてもいいって言ったんだもの」


 「そんな事は言っていない」


 「同じことだよーだ」


  ほとんどぶら下げるような状態になりながらも、結局恭也も最後まで忍を振り払う事はなかった。






                     〜◆〜






 「とうちゃ〜く♪」


 「ふぅ。ようやく着いたか」


  それから小一時間ほどかけて、二人はようやく月村邸にたどり着いた。実際に疲れを感じている
 訳ではなかったが、銭湯に使った時間よりも移動時間の方が多くかかった事にやれやれと息をつく。


 「ねぇ恭也? これって、花瓶にさしたりした方がいいのかな?」


 「さぁ。すまんがよく分からん」


 「う〜ん……どうしよう」


  途中で買った水仙の茎をつまんでクリクリと回しながら、忍は首を傾げ。


 「少しでも長持ちさせてあげたいよね」


 「まぁどの道確実に萎れてはいくとしても、な」


 「だったらやっぱり、一応花瓶にさした方がいいよね」


 「そうだな」


  あいかわらず忍はその花一輪を回しながら、恭也はアゴに手をやりながら二人して考えこむ。


 「でも花瓶ってどこにあるんだろ?」


 「そういえば……俺も知らん」


 「ん〜」


  ここ月村邸にはおそらく大概の物は存在するのだが、それゆえにその位置を知らぬ者にとっては、
 何もない事と同じであった。


 「一応台所にペットボトルがあったけど」


 「とりあえず、それで間に合わせるか」


  じゃあ、と台所にペットボトルを取りに走る忍。かつてミネラルウォーターが入っていたそれに、
 水道水が入れられ、水仙の花がさされる。


 「……やめよう。事故現場のようだ」


 「そ、そだね」


  ペットボトルにさされた水仙。それは事故現場によく置かれているペットボトルにさされた花束
 を連想させ。さすがの忍も取り止めにすぐに同意した。


 「じゃあどうしよっか、これ」


 「表にバケツがあっただろ。とりあえずそれに浅く水を張って、今夜はそこにつけておこう」


  本当はもう水につける必要も無いんじゃないか、とも思いだしていた二人だったが、まあここま
 でやったんだから、という気もしてそうする事にした。


 「今日はもう暗いしな。明日、また花瓶を探そう」


 「うん。じゃあお願いできる?」


 「ああ」


 「私はその間、用意してくるから」


 「何をだ?」


 「もちろん、お・フ・ロ♪」


 「……やっぱり入るのか」


  そうは言ったものの、恭也の体も冷えきっており。ウン、と嬉しそうに返事してパタパタとお風
 呂場に向って行く忍にそれ以上反対する事も無く、バケツを探しに外へと出ていったのだった。






                     〜◆〜






 「……結局一緒に入ってしまった」


 「えへへー♪」


  結局忍の横で湯船につかっている自分に、ため息と共に、やや自嘲気味にそう呟いて恭也はずり
 落ちてきた頭の上の手ぬぐいを置き直す。


 「銭湯もいいけど、こうやって肩を並べてお湯につかるのもいいよね」


 「まぁ、そうか」


 「ホントは壁越しにシャンプー投げてー、とかしてみたかったけど」


 「勘弁してくれい」


 「あはは」


  男湯女湯跨いでシャンプーの貸し借りとかしてみたいと思っていた忍だったが、残念ながら今日
 行った銭湯にそんな低い壁はなかった。


 「髪、上げてるんだな」


 「うん。今日はもうお風呂屋さんの方で洗っちゃったし」


  忍は頭にタオルを巻きつけ、髪をアップしていた。濡れると乾かすの面倒だし、だから今は上げ
 てるのとポヨポヨと軽く髪を持ち上げ。


 「髪、長いからね」


 「逆の方が冷えなかったな」


 「そだね。まぁ、過ぎた事は」


  湿ったタオルに手を添えたまま、ちろっと小さく舌を出して見せる。


 「それにでないと、洗い髪が死ぬほど冷えて〜ってならないし」


 「歌詞間違ってるって」


  芯まで冷えてだ、と一応突っ込むが、あながち間違ってもいないかと恭也は苦笑していた。


 「忍、ちょっと聞いてもいいか?」


 「ん? なにー?」


 「忍は髪が長いが、その、こう、洗ったりするのか?」


  恭也は頭を横に傾け、両手で横に髪を挟むようにあわせて揉む仕草をして見せる。


 「まっさかー。普通こーだよこー」


  豪快にわしわしと両手でかきまわす忍。だが恭也はその頭よりも合わせてぷるんと揺れる胸や、
 無防備なわきについつい目がいってしまい慌てて視線を宙に泳がせる。


 「こうやって、ガシガシ洗っちゃうよ」


 「やっぱりそうか」


 「あ、でもリンスする時にはやらない事もないよ。ティモテ洗い」


 「ふむ」


  なるほど、とそう言ってあごに手をやり、やけに納得したようにウンウンと頷き。


 「男の子って、そんな風に思ってる人多いの?」


 「居るだろうな」


 「女の子への幻想、なのかなぁ」


 「無いとは言えんだろう」


 「……ふ〜ん。じゃ恭也、も?」


 「いや、俺はそういう訳ではない」


  と思うが。と聞いた手前、少々自信なさげに恭也の語尾が小さくなっていった。


 「そだね。恭也は今まで周りを沢山のきれーな娘達に囲まれてたもんね〜」


 「む」


 「お兄ちゃん、一緒にお風呂入ろ? なんて言われてたりなんかしちゃったりしてこのこの〜♪」


  などと言って忍は広川太一郎チックに恭也の腕を肘で突っつく。


 「……女性に囲まれていた事は否定はせん。ただ、一緒に風呂に入ったりはしていない」


  だからお前に聞いてみたんだ、と声を張る恭也だったが、忍は肘鉄砲と疑いの目をやめない。


 「ほんとぉ?」


 「当たり前だ」


  まだ悪戯っぽい笑顔を浮かべたまま、グリグリと肘で突つく忍の顔を見て。こいつ遊んでるな、
 と悟った恭也は眉をしかめて、ことさらしかめっ面をつくって見せる。


 「美由希はあまり普通とは言えんし。だから普通はどうなんだろう、と思って聞いてみただけだ」


 「ん。信用したげる♪」


 「疑ってたのかと」


  それでも結局最後には、この積極的な恋人に負ける事をおぼえた恭也なのだった。






                     〜◆〜






 「あと髪長い娘や、パーマかけてる娘なんかは、毎日は頭洗わない事があるみたいだけどね」


  私はもー毎日ぐぁっしがぁし洗っちゃうけどね、とまた両手を上げる忍。揺れる胸、甘いわき。
 同時にまたも恭也の目が惹きつけられ、逸らす事を繰り返していた。


 「忍は風呂も入らず、自分の研究室にこもりっきりの事も多々あった気がするが?」


 「そ、それはぁ……でも、最近はあんまりないよ?」


 「そうだな。最近は、な」


 「うん……」


 「…………」


 「……あー、でもやっぱり、今も髪洗っちゃおうかな?」


  二人の間に流れた少し気まずい沈黙を打ち消すかのように、忍はことさら大きな声を出し。


 「なぜだ?」


 「えへへ。せっかく恭也と一緒なんだもん。頭、洗ってもらっちゃおっかなって」


  そう言うが早いか忍は巻かれたタオルをほどくと、ブルッと頭を振るわせる。まとめられていた
 長い髪がバサリとほどけ落ち、半分ほどがお湯に沈み残りは浮いて広がった。


 「もちろん代わりにあたしも恭也の頭洗ったげるよ♪」


 「遠慮しとこう」


 「あーん待ってよー」


  タオルで前を隠しながら立ち上がり、風呂場から出て行こうとする恭也の腕を掴んで、忍はもう
 髪濡れちゃったんだからーと必死で引き止める。


 「……はぁ。これっきりだぞ」


 「うん♪」


  ついでにそのまま忍も湯船から立ち上がり、諦め顔で立ち尽くしていた恭也の両肩を掴んで椅子
 へと促した。


 「さ、座って座って。お客さんこういった所、初めてぇ?」


 「やはり出る」


 「あうーっ」


  その含みのある声を聞いて立ち上がりかけた恭也の手を再び掴んで、忍は綱引きの如く引き戻す。


 「まったく」


 「えへへ、ゴメンね。でも実は頭の洗いっこも、こんなセリフも、一度やってみたい事だったんだ」


  だからこんなチャンスを待ってたり、とペロッと小さく赤い舌を出し。


 「忍はやりたい事だらけだな」


 「そうよー、まだまだやりたい事はたっくさんあるんだから。た・と・え・ばぁ……」


  流石に呆れ顔の恭也を前に、忍は嬉々として体、特に胸部分にアワアワと海綿スポンジでたてた
 泡をすり付け始めた。


 「えへッ♪」


 「頑張ってくれい」


 「えうーっ」


  それを見てまたまた立ち去りかけた恭也を、飽きもせず忍も腕を掴んで引き戻す。


 「あーダメ、ダメだよ恭也」


 「何がだ」


 「私がやりたい事は、恭也が一緒じゃないとダメなんだから♪」


 「…………」


  少し変な顔になった恭也が、再び腰掛け直す。二人のコントが繰り返されていた。






                     〜◆〜






  その夜。恭也は黒いドテラを、忍は揃いの赤いドテラを着こんで、二人してぬくぬくとコタツに
 入っていた。


 「ねぇ恭也」


 「ん? どうした、忍」


  そうして恭也が借りた文庫本を読んでいると、不意に斜め前でみかんを食べていた忍が、自分の
 名を呼ぶ。


 「なーんでもなーい♪」


 「……そうか」


  顔を上げ応えたが、返ってきた返事にやや戸惑いながら、再び視線を手元の本に戻した。


 「きょ〜おやっ」


 「だからどうした」


  だが忍は頬杖をつきながらにこにこと微笑んで、んーんと無言で首を横に振るだけ。


 「恭也ぁ」


 「はい、なんでしょうか」


 「きょや〜?」


 「はいはい」


 「えへへー♪」


  もはや恭也もまともな返事が返って来るとは思っていない。顔も上げずにただ呼びかけに応える。
 すると忍は体を倒し横から強引にコタツとの間に頭を潜り込ませ、恭也の膝に頭を乗せた。


 「……ひょっとして、かまって欲しいのか?」


 「んー、それもあるけどぉ」


  髪が乱れるのも気にせず、嬉しそうにグリグリと膝に頭をすりつける。


 「……嬉しいの。呼びかけたら、傍で返事をしてくれる人がいる事が」


 「…………」


 「ずっと一人で居る事が、多かったから」


  その濡れた声に恭也はようやくパタンと本を閉じると、ゆっくりと指でほつれ髪を直しながら、
 膝の上の忍の頭を撫で始めた。


 「今は、俺が居る」


 「うん……」


 「この先も、ずっとだ」


 「う、ん」


 「……それに忍には、ノエルが、居ただろ?」


  わずかな時間、躊躇したが恭也はここにきてはっきりとノエルという言葉を口にする。


 「ん、ノエルの時はぁ、なんだか返事させてる、って感じがしちゃってて」


 「そんな事は――」


 「そう、そこなのよ!」


 「う、うむ」


  急にガバと体を起こしたかと思うと、そう言ってグッと顔を恭也に近づける。その勢いに押され、
 思わず恭也の方がのけぞりペタンと後に手をついた。


 「応えてくれる人。 ……恭也が居てくれて、それで分かったの」


  少し体を離すと、忍は自分の胸に手を置いて。


 「……ノエルも、以前からちゃんと自分で、あたしに応えてくれてたんだって事に」


  思い出を確かめるように、噛み締めるように言葉を選び、紡ぐ。


 「だから、嬉しいの。それを知れた事も」


 「…………」


 「恭也が居なくちゃ、もしかしたら一生分からなかったかも。そうしたら、ノエルにも一生申し訳
 がたたなかったなぁ」


  今はまだ目覚めぬ、大切な人への感謝の心を。


 「だから、嬉しいの♪」


 「……そうか」


  頬を染め、目を潤ませながらウンと深く頷いた忍に、恭也もただゆっくりと、スーッと紫に光る
 その長い髪に何度も何度も指を通した。


 「でもね、今一番嬉しい事はぁ」


 「うん?」


  しぶとく残していた足を引き抜き、ずりずりと完全にコタツを這い出たかと思うと、忍は恭也の
 背後からバフッと持たれかかり抱きついて、そうしてギュッと抱きしめた。


 「返事をしてくれる人が、あなただって事♪」


 「…………」


 「頬が赤いぞー?」


 「……そんな事は無い」


 「うっそー。だって、ほら」


  更にグッと体を預けると、肩にアゴを乗せ、ピッタリと頬と頬を合わせる。


 「見えないけど、こんなに熱いぞ?」


 「お前もな」


 「えへへー♪」


  スリスリと合わせる頬同士に、互いの高まった体温を感じながら。


 「ねぇ恭也。私達ノエルがいなくなって、毎日わかんない事だらけだけど」


 「うむ」


 「居る人と、それから居ない人がいて。初めて分かる事ってあるんだね」


 「そうだな……そうかも、しれないな」


 「早くノエルにも、伝えたいなぁ」


 「ああ」


  忍と恭也は胸の奥でお互いに一人でない事を感謝するのだった。






                     〜◆〜






  恐い夢を見た。


  暗闇に独りぼっち。不安で泣きながら目が覚めた。


  目の前に、あなたがいた。


  その距離が、嬉しくて。切なくて。


  また、少し泣いた。






 「……ッ!」


  深夜。ハッと目じりに涙を浮べながら目を覚ますと、そこには見なれた天井が闇に浮かんでいた。


 「夢、か」


  汗をかいている訳でもないのに手で額をぬぐうと、ゴロン、と忍は体を回転させる。


 「きょうや……」


  そのすぐ目の前には、共に眠る自分の愛しい人の顔があり。安堵のため息をつきながら、忍はす
 がりつくように体をすり寄せた。


 「きょや、恭也ぁ……」


 「……ん、ううん」


 「あ、ごめん。起こしちゃった?」


 「ん? うん、ああ」


  ごそごそと身を寄せる気配に目を覚ましたのか、恭也は目を閉じたまま、曖昧な返事を返す。


 「……ネェ、恭也」


 「なんだ」


 「あのね……子供、作ろっか?」


 「ん〜、それならまず、入籍が先だろう……」


 「あ……♪」


  起きているのかいないのか、そう言って大きく腕をまわすと、グイッと忍の体を抱き寄せる。


 「んにゃ〜」


  その胸に抱かれて、スーッと大きく息を吸いこみ胸いっぱいに恭也の匂いを満たすと。忍は今度
 こそ深い眠りの底へと落ちていった。






  私達は今、幸せです。


  だからノエル、早く帰ってきなさい。


  でないと、話したい事が溜まりすぎて。


  あなたも私も、暫く眠れなくなっちゃうわ。






 「……ZZZ」






                                       了









  後書き:これも古いものの加筆修正作。
      正直古いものはただ見直すだけで苦痛です。
      「勢いはある! が、あり過ぎて読み辛いっ!」
      粗が目立ちますねやっぱり……





  02/12/19――初投稿。
  04/12/04――加筆修正。

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takemakuran@hotmail.com
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