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  〜にこいち〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「真雪ぃ〜」


 「あんだよ」


  夏の昼下がり。クーラーが効いたリビングで咎めるような声を出す耕介の目の前には、ソファで
 一人丸太のように寝転がる真雪の姿があった。


 「ああもう、そうやって辺り構わず巣を張らんで下さいよ」


 「あたしは涼しい所にしか張っとらん」


 「余計に悪い……」


  一歩も動く様子の無い巣の主人にはぁと溜息をつくと、耕介は真雪を中心に円状に広がっている
 メモやスケッチの成れの果てらしきゴミクズを拾い出す。


 「ったくこんなに散らかしちゃってまぁ」


 「あんたも休みの日ぐらい休んどけよ。こっちはこうやってTV見んのも仕事の内なのさ」


 「それは分からないでもないけど。ハイ冷たい麦茶どーぞ」


 「サンキュー」


  涼しげな琥珀色のグラスを受け取ると、真雪はもう何度目かのチャンネルをカチャカチャと回し
 始めた。


 「とは言ったものの、TVだって今の時間ガキ向けの番組か、ガキのおこした犯罪のニュースしか
 やってねーけどよ」


 「まあねぇ」


  教育番組やワイドショーを一周して何も目ぼしい物がやっていない事を確認すると、真雪はぽん
 とリモコンを投げ出しソファーに身も投げ出す。その隣に耕介も腰掛け。


 「あたしも困んだよなぁこういう事されると」


 「なんで? そりゃ由々しき事態だとは思うけど」


 「漫画描く身としてはさ。ほら最近実際の事件やらなんやらでうるさい規制があって」


 「あー、なる」


 「少年犯罪とかそういうののせいで、こっちも描けない事も色々とあるのさ」


  色々とあるんだろうなぁ、と耕介は他人事として心の中でそう思うと、ウンウン頷く。


 「ったくこんなもんとっとと死刑にしちまえばいいんだよなぁ、少年法なんてアホ臭い」


 「し、死刑はまずいだろうけどさ」


 「でもガキだからって罪じゃなくなるってのはおかしいだろ実際。犯罪は犯罪だろうし、あたしら
 が14、5の時だってもう十分善悪の区別はついてただろ」


 「真雪らしい意見だね」


  乱暴な言い草だが真雪なりに筋の通った意見だと思っていた。しかし耕介のその少し身をひいた
 ような返事にちょっとムッとして。


 「じゃあ耕介、あんたはどう思ってるんだ」


 「オレ? 俺は……」


  やや非難の混じった視線を送るが耕介は気付かず、あごに手をやって天井を見上げると暫くして
 口を開いた。


 「……むかーし、まだ小学校5、6年生ぐらいの時だったかな」


 「ん?」


 「保育園の頃から一緒だった、幼馴染が1人居たんだよ」


  何を思い起こしたのか口の端っこに思い出し笑いをぶら下げながら、耕介はよっと腰を浮かせて
 座り直し真雪の方を振り返ると。


 「愛か?」


 「まさか。おとこおとこ、近所に住んでた悪ガキさ」


  あのとかほらとか交えつついかにも思い出話といった体で、くるくると頭の横で指を回す。


 「そいつがある日ふと、おもむろにシャツをめくって腹にある傷痕を俺に見せてこう言ったんだ。
 これはお前が昔、保育園の頃ナイフで刺した時の傷痕だーって」


 「うへえ」


  舌を出す真雪にこんな風にと眉を上げた耕介が、シャツの裾を引っ張って見せる。


 「驚いたよ、大体そいつと一緒だった事すら曖昧な保育園児の頃の記憶だもの。自分自身に尋ねて
 もさっぱり思い出せないしさ」


 「確かにあたしもその頃の記憶なんざ、ほとんど憶えちゃいねえなぁ」


 「うん、それで当時俺はかなりびびっちゃってさ。物心もつかない頃、自分がそんな犯罪を犯して
 たのかって、覚えていない事がまたなんとも言えない恐怖があったわけだ」


  罪そのものよりも、それを覚えていない事による恐怖。


 「むしろ当時自分がしてた悪さよりも恐くなって、表には出さなかったけど、結構悩んでたんだわ」


 「記憶が無くなるまで飲んだ次の朝、目覚めてから異変が無いか身の周りを慌ててチェックすんの
 に似てるか」


 「はは、あれってキモ冷えるよね、又なんかやっちまったんじゃないか〜って」


  良い酒ほどすぐにあっちの世界へ連れてかれるよね、と耕介が笑って話を振ると真雪も心当たり
 があるのかそうそうと何度も頷いて同意する。


 「でさ、暫くしてからついに本人に聞いてみたんだよ、腹くくってさ。あの傷について一体なんで
 俺がそんな事したのかって」


 「ほう、そしたら?」


  そこで一旦隠すように口元に手をやると、耕介はちょっとだけ溜めを作り。


 「そうしたらさ、そいつ一瞬へ? と変な顔になったかと思ったら、その後大爆笑」


 「ああ?」


  もう自分一人だけ笑い出してしまっている。それに対しまだ話が見えて来ず思わず眉をしかめて
 身を乗り出す真雪に、耕介は続けてこう言った。


 「ただの盲腸の痕だったんだよ。それ聞いた途端切れてそいつボコボコにしてやったよ」


 「……ぷ、ぶぁーっはははは! 最悪♪ あーっははははっ!」


 「真雪笑いすぎ」


  真雪はそれを聞いて一瞬、目を丸くするがやがて徐々に話を理解すると、共に目元、口元と崩れ
 だし最後には堰を切ったように大笑いし始めたのだった。


 「ひー、はー、あーそりゃケッサクだわ。ん〜」


  バフバフ可哀想なクッションを何度も叩きながら、一分ほど笑いつづけてようやく笑いの衝動が
 治まってきた真雪は、自身を落ち着かせるために目の前の汗をかいた麦茶を一すすり。


 「まったく夜中布団の中で一人悩んだナイーブな俺の時間を返してくれってんだ」


 「んなタマじゃねえだろ。で?」


 「……ってなんの話だっけ? あ、そうそうだからね、少年法ってのはそんな自分が憶えていない、
 悪い事したかどうかもわかんない子供に適用されるべきじゃないかって事」


  笑いすぎの真雪にジト目を送りつつ、しかし自分の話が受けた事にちょっぴり満足の苦笑を浮か
 べる耕介も、グラスを一気に傾けると残った液体を飲み干した。


 「もちろんその場で殴ってでもなんでも、自分が悪い事をしたんだって教えてやるべきだけど思う
 けどね。その上で、犯罪ってよりは過ちって事で更生させてやるってのはありだと思うけど」


 「ああ、そいやそんな話だったか。大体親にも責任あるよなー」


 「それは賛成かな。なんだかんだで親の責任は大きいと思う」


  笑いあり、涙に議論ありと目まぐるしく変わるリビングの空気。しかしそれは、二人にとっては
 普段通りの午後と言ってしまっても何の問題の無いものであった。






                     〜◆〜






 「ふ〜んふっふっふふ〜ん……はっ」


 「……あの、真雪サン?」


  暫くして再び話題も尽きた頃。真雪はおもむろに耕介の手を取り、グラスに薬指を這わせる。


 「なんすか一体」


 「ん? べっつにぃ〜」


  含みのある笑みを残したまま鼻歌まじりに、結露で濡らした自分の指で、耕介の手に悪戯書きを
 始めたのだった。


 「別にって……」


 「んー」


  ほとんど跡をひかない水によって、手の甲に何か文字が書かれていく。耕介がその軌跡を追って
 みると。


 「フッフッフフーン……♪」


  アホ。


 「ンッふふ〜」


  スキ。


 「ふふふーんふふふ、ララふーふふ〜」


  スケベ。


 「んーふふ、フーフー♪」


 「…………」


  意味の無い言葉達が、同じく考え無しの真雪の手によって書かれていく。酷く楽しそうに。


 「ラララーラララン、らら……あ」


  されるがままになっていたが、真雪の鼻歌が調子に乗ってきた頃耕介がその手をぎゅっと握った。


 「真雪……」


  クイと体ごと引き寄せ、熱く見詰める。耕介にはその真雪の悪戯が、とても愛情溢れるものに思
 えてしまった。


 「む」


 「え? おっ」


 「むむ、ふんっ!」


  そうして少しずつ顔を近づけていったその時、握った手の親指が押さえられると耕介は反射的に
 それを払いのけ。


 「ほっ」


 「っと、よっ、はっ」


 「たりゃ!」


  真雪も負けじと再び押さえにかかる。逃げる耕介。二人の右手と右手は何時の間にか指相撲にな
 っていた。


 「ちぇい! 必殺のぉ左コブラ!」


 「ぬををっ?!」


  左から大きく回りこむように指を伸ばし、耕介の親指を根元から押さえにかかる。


 「いちにいさんしごろくしちはちくじゅ! へへーん勝ちー」


 「うう、無念……」


  捕らえた指を二度と離すことなく、一瞬で十秒数え切ると真雪は満足げにガッツポーズ。耕介は
 がっくりと腰を折る。


 「……って、真雪?」


 「ぅん」


 「あ……」


  指相撲が終わっても繋がれたままの手に、ふと耕介が顔を上げる。今度こそ、真雪は目をつぶっ
 て唇を突き出していた。


 「……んっ」


 「ちゅ、っは、んん」


  キス。あまり舌は絡めず、ちゅいちゅいと吸い合うようにやや深めに唇を重ね合う。


 「ふぅ……」


  唾液が零れ落ちないよう互いに少し上向きながら唇を離すと、どちらからともなく溜息が漏れた。


 「……取材にでも行くかぁ」


 「え?」


  照れの為か、二人ともそっぽを向いて暫し無言でいたのだが、やがて真雪がポツリとそう呟く。


 「ちょっと行きたいトコあったんだよね。あんたもついて来いよ」


 「俺も? 運転手かな」


 「ちがうよーん」


 「? まぁ来いと言うのなら行きますが」


  先に立ち上がった耕介は、んーっと背筋を伸ばし、しかし真雪はまだ座ったままで。


 「ん」


 「ハイ、よっと」


  真雪は両手を差し出すと、耕介に手を引かれてソファから立ち上がる。この時の体が浮き上がる
 感じが真雪は何気に好きだった。


 「今から出かけるんなら、知佳にひとこと言っておこうかな。夕飯の事とか」


 「うい、あたしも行くか」


  耕介と真雪は連れ立ってリビングを後にする。


 「……うをっ?! め、眼鏡が曇った」


 「クーラーのきいた部屋にずっといるから……」


 「うー何も見えん」


  が、閉めきってあったリビングから出た途端、眼鏡が一瞬にして白く曇る。驚いて眼鏡を外し、
 耕介に手を牽かれて眼鏡を振りながら真雪は階段を上がっていった。


 「おい知佳」


 「きゃっ! お、お姉ちゃん、ノックぐらいしてよお」


 「誰もお前のしまパンなんぞ見たないわい」


 「真雪さん、あんた後ろに俺という子分を引き連れてる事を忘れてる忘れてる」


 「おお」


  突然ドアを開かれ、間の悪い事に着替え中だった知佳はその場にへたり込み、外しかけたスカー
 トを慌てて元に戻す。


 「このスケベ」


 「なんでっ?!」


  何故か耕介が真雪に殴られる。


 「……お兄ちゃんのエッチ」


 「ええっ?!」


  更に追い打ち。


 「うう、俺は悪くないのに……」


 「つーわけで知佳、あたしらこれから出てくっから」


 「それはいいけど、おねーちゃん達、どこ行くの?」


 「さーて、どこでしょう」


 「それが教えてくれんのよ」


  冗談めかしてはぐらかす真雪に知佳は更に首を傾げ、助けを求めるように視線を投げかけた兄の
 方も、肩をすくめるばかり。


 「ご飯は?」


 「さー。今日は帰ってこねーかも」


 「え? そうなの?」


 「もしあれだったら、皆のご飯頼むよ知佳。多分電話はすると思うけど」


 「う、うん」


  何故か多くを語ろうとしない姉に戸惑いつつも、取り敢えず頷いておく。


 「それでほんとに、どこ行くの真雪?」


 「いーとこいーとこ」


  そうして誰にも行き先を告げぬまま、最近買ったデジカメを手に真雪達は寮を出たのだった。






                     〜◆〜






 「……で、何ゆえこんな所に」


 「何でだと思うかね?」


  真雪の運転する車で二人が乗りつけたのは、外れにある比較的新しめのモーテルの暗い駐車場、
 いわゆるラブホテルだった。


 「ふっふっふ……初心なネンネじゃあるまいし、ここがどういった所か知っておろうが」


 「きゃ〜けだもの〜」


 「つーのはまぁ冗談として、取材だよ取材。言った通りさ」


 「取材? ラブホテルの?」


  あーと頷いて慣れぬ手つきで料金を払い鍵を手にすると、時折辺りをデジカメに収めながら真雪
 はスタスタと早足に中に入っていく。


 「一人じゃ入れないからね。へーこうなってんだ、普通だな」


  重い扉を開いた途端、中から冷気が真雪の顔を撫でる。足を踏み入れ中を見回すと独特の暗い照
 明以外、普通のビジネスホテルとあまり大差無く思えた。


 「むしろ豪華なぐらいだよね。あ、カラオケあるし」


 「おー涼しい涼しい」


  夏だという事もあってか部屋はがんがんに冷やされており。


 「何はともあれまずは写真とっとくか」


 「このままで平気? 多分明るく出来ると思うけど」


 「大丈夫、フラッシュ焚いてるから」


  そう言って真雪は片手を振り振り、縦横無尽にデジカメを光らせ始める。


 「よ、ほっ」


 「相変わらず手早いね」


  ベッド、カラオケやゲーム機器に、風呂場やトイレまでも一通り収めると、笑顔で耕介の元へと
 帰ってくる。


 「やー最近はホント便利になったよ。こうやってデジカメで撮れば、PCに取り込んで加工したら
 もうそのまま背景に使えるからなぁ」


 「そ、それは絵描きとしてはどうなの?」


 「いんだよ、ホントにそのまんま使うわけじゃないんだから」


  答えがある問題には楽したもん勝ち、と力強く言い放つ真雪に耕介も、まぁなどとしか返せず。


 「でなくても写真は時間を写し、絵は記憶を写すもんだ。だから背景には写真が欲しい」


 「人に記憶って曖昧だもんねー」


 「あんたの刺した腹の傷みたく、な」


 「あう」


  頭を抱える耕介の背中に真雪の無邪気な笑い声が降り注ぐ。


 「さーてと、これで大体撮り終わりか」


  最後によっとベッドに寝転んで天井を数枚撮ると、真雪はそのまま大の字に四肢を投げ出した。


 「このまますぐ出ちまうのも、なんかもったいない気がするな」


 「そうだね。かといって……H、してくつもりも無いし」


 「ま、とりあえず耕介もねまっとけよ」


 「ねま……?」


 「ああ、ゆっくりしてけってこと」


  誘われるまま耕介もベッドに腰掛け、そういえば、と靴を脱いだ。


 「はぁ〜」


 「ふぅ〜」


  天井の小さなミラーボールらしきものや、その下のカラオケ機器が無ければここがラブホテルで
 ある事も忘れてしまいそうになる静寂の中、ねまる。


 「少女漫画用の、ちょいエロいのを一本描く事になってさー」


 「そんなのあるんだ」


 「増えてんのよ最近。ま、男も女もさして変わらんって事さ」


  やがて互いを気にする必要の無い二人は、自然と口を開き。


 「で、鏡張りの壁だの回転ベッドだの描いたら怒られた」


 「はっは、それはそれは」


 「今時そんなもん無いって。つーてもあたしラブホなんて来た事ないもん」


 「鏡とかが無くなったのは、風営方かなんかのせいだって聞いた覚えが」


  話しながら不意に伸ばした手と手が触れる。初めは指、甲を小さく擦り合い、その内しっかりと
 握り合った。


 「……漫画、っつーか創作ってのは色々難しいよな」


 「そうなんだろうね」


 「規制もそうだけど、考えてみたらあたしろくすっぽ恋愛もした事ないのに、恋愛漫画とか描いて
 たんだよね」


  顔を見合っていない分、却って零れ落ちる感情があるもので。自嘲気味に笑う真雪。


 「ある種詐欺みたいなもんだよなぁ」


 「じゃあ、今はどうなの?」


 「んー……なんか余計、描けなくなった気がする」


  そうなんだ、と耕介は何気に体を横にして真雪を振り返るが、眼鏡の奥の瞳は天井の更にその先
 の遠くを見詰めたまま。


 「あんたと付き合ってると、楽しい事ばっかでさ」


 「それは……どうも」


 「もちろん嫉妬とかもたまにはするけど、それもまたかなお互い相手の事想ってる証拠かな〜とか
 思っちゃうし」


 「う、うん」


 「そうすると、ね。逆に漫画にするには嘘臭いっつーか、なんだか以前描いてた恋愛の暗い情熱と
 かそんなんが描けなくなって……」


  客観的に語っていたつもりだったが、ふと赤面する耕介をチラ見て、いつしか自身の感情を吐露
 していた事に気付き。


 「……あ、あれ? ひょっとしてあたし、今恥ずかしいこと言ってるか?」


 「えーっと、ハイ、多分」


  真雪は隠すように額に手を掲げるが、その下の顔が熱い。


 「……やっぱりヤってくか」


 「え? どわぁ?!」


 「うらっ!」


  と、突然真雪は起き上がると、仰向けに耕介の体を押し倒すと馬乗りに覆い被さった。


 「エ、あの、本気?」


 「……取材だよ、取材」


 「しゅ取材?」


 「耕介から、男から見てさ、Hのとき思う事色々と教えてよ」


 「え、うーん……いいすよ」


  しながらさ、と笑うと耕介もぎこちない笑みを返し、立ち上がる。


 「先にシャワーでも浴びとく?」


 「ラブホのシャワーは色々と危ないって聞いてるから入んない」


 「……まぁそういうこともあるかも知んないけどさ。情報が偏ってるな」


  シャンプーに変な物が混ぜられていたりする事があるという噂は耕介も聞いたことがあったが、
 確かに真雪の知識は古いなぁとも思う。


 「あ、ただスルつもりで来てないんで、酷い下着だわゴメーン」


 「いやまぁそれはどうでもいいけどね別に」


 「どうでもいいだぁ〜?」


 「中身が真雪なら、ね。全部好きだよ」


 「……馬鹿」


  やや離れて服を脱ぎながら、二人せっかくなので少しずつ雰囲気を出していった。


 「まーゆーきー」


 「……あっ、ぅん、あはっ」


  そうしてお互い裸になると、耕介はいきなり後ろから抱きつき、豊かな胸を下から持ちあげるよ
 うに愛撫していく。


 「真雪、やーらかい」


 「んっ! はぁ、まずキス、してこーすけ」


 「うん、ん、んん」


 「むふ……ふぁ、んむ」


  乳房を弄る手がお腹に回り、真雪は抱きしめられた体をひねると肩越しに耕介の頭を捕まえて、
 唇を押し付ける。


 「ン……あっ」


  耕介の顔が離れたと思うや否や、真雪は仰向けに引き倒された。


 「そういえば、さ」


 「ふぁ?」


 「Hについての話」


 「……あ。ああうん、何?」


  組み敷かれ、もう少し入っていた真雪は慌てて頭を振ると、聞いてるよと何度も頷く。


 「実は口でする時さ、かなり腰上げてもらわないと苦しいっす。首痛い」


  這いつくばるようになるんで、と首根っこを押さえながら耕介は首を上げてみせ。


 「あーエロ漫画と違って、現実は上の方についてねえからなぁ」


 「……そうなの?」


 「今見てんじゃん、実物」


 「いやマンガの方」


 「ホー、耕介くんは実写派ですか」


 「そうだけど……っていやいや、あんまり読んだ事無いし、ね?」


  何故だか酷く恥ずかしくなってしまい、しどろもどろな言い訳をする耕介。


 「でも首上げんのも辛いかもしんねーけど、足上げんのはこっちも辛いしなぁ」


 「じゃ、クッションでもひきますか」


 「あー」


  ベッド上方の棚に収められていた枕の一つを取ると、真雪の腰の下に入れ、再び向き合う。


 「……じゃ、そういう事で」


 「う、うん」


  成り行きで口でする所から始めることに。


 「あと俺、こーいうトコも好きです」


 「はは、変なの」


  体を引き下げ真雪の股間に頭を寄せた耕介は、内もものプヨプヨの所が好き、と頬擦り。


 「やわらかくって、ね……」


 「んっ!」


  さらりと太もも、下腹を撫でた後、枕の御蔭で持ち上がった割れ目に指を這わせた。


 「よっ、と」


  何度か指の腹で撫でるとすぐにぬかるんできたのを確認して、両手で太ももを支えながら、顔を
 突っ込むとむあっと湿った熱気と陰毛が感じられ。


 「ん〜……」


 「ぅん、んはっ、はっ」


  ツンと鈍い金属のような匂いに包まれながら、まず両足の中心を表面に沿って舌を這わせ、上下
 させる。


 「んん、んぁ、あっ、あ……」


 「どうまゆき、きもちいひ?」


 「うん……ンンッ!」


  遠くから返ってきた返事を聞くが早いか、耕介は今度は上部の皮が寄り集まった部分を唇で軽く
 はさみ、回し揉むように刺激し。


 「ひゃっ、はっ、あっ、あっ」


 「ぅむ、んふ、まゆ――」


 「あっ、うあっ、はっ、は……へっくしょぃぃっ!」


 「うわあっ! ま、真雪?」


 「む〜、すまん」


  口淫を続けていたが突然のくしゃみに驚いて見上げる耕介と、見下ろす真雪。二人の間で大きな
 おっぱいが申し訳なさそうに揺れていた。


 「……えーと真雪、寒いの?」


 「んーちょっと」


 「ありゃりゃ」


  クーラーが効いている事もあり、あまり動いていない真雪の上半身に鳥肌が立っていた。


 「それじゃあ……こうして、っと」


 「え?」


  手で口元をぬぐいながら耕介は体を起こして、相手の下半身から顔の方へと移動する。


 「はいっと、これでどうかな」


 「……あたしも、こっちの方がいいかな」


 「そう?」


 「うん、してもらうのは、気持ちいいけど。顔が遠いからちょっと寂しい」


 「そっか」


  体は足の間に入れたまま、耕介は上からすっかり覆い被さるように真雪とピッタリ密着すると、
 抱き合いちょうど顔と顔とが見詰め合う位置に。


 「耕介ぇ」


 「ん。好きだよー、真雪」


 「うん、知ってる……んん」


  真雪も耕介の首に腕を回して、唇を強く擦り付け合うように重ね、舐る。


 「そうだ真雪、メガネ外していいかな?」


 「は? んーでも、眼鏡外すとなんも見えないんよねぇ」


 「だったら、見える位置まで近づくから大丈夫。うりうり」


 「うん……フフ」


  鼻と鼻とをくりくり触れ合わせると、笑みを漏らす真雪から耕介はちょっと邪魔にしていた眼鏡
 を取り去ると棚の上へ。


 「まゆき、ん、んーっ、ちゅっ」


 「あ……ふっ、はぁ、あははっ♪」


  額や目や、鼻や頬に軽いキスの雨を降らせてから、耕介は更に顔を近づけ右目と右目をピッタリ
 とくっつき合わせた。


 「ん、暖かい……」


 「俺も」


  肌の合わさった部分が暖かい。瞼越しに、相手の眼球がゴロゴロと動くのが伝わってくる。


 「あたしさぁ」


 「うん?」


  冷えた背中の、真雪の手の平が乗る部分だけが暖かいなーと思っていると、耕介の耳元を優しい
 声がくすぐった。


 「あんたとキスするようになってから、さ。眼鏡がこんなに邪魔なもんだって初めて気がついた」


  以前から邪魔にはしてたんだけどね、と顔を触れ合わせたまま笑い。


 「かといってコンタクトは嫌だしなぁ」


 「なんで、恐い?」


 「ちょっとな」


  真雪は話しを続けながら耕介の背中から肩、完全に体重がかかってしまわないように支えている
 腕へと、スリスリ手の平を往復させて愛しむよう。


 「まぁ身体の中に異物が入るわけだしねぇ」


 「それもそうだけど、つけっぱなしで力尽きたりした時なんかが恐いし」


 「あー」


  なるほどと頷いたり、近すぎて逆に少し遠い互いの声を拾って投げ返す二人。


 「それで眼球傷付けたりした日にゃ洒落にならんからなぁ」


 「真雪ってば眼鏡つけたまま眠れる人だしね」


 「うるさいよ」


  パシッと後頭部が叩かれるのと同時に、耕介は顔を離し体を起こすと接していた部分が急にスー
 っと冷気を感じ。


 「じゃあ今から俺が真雪の身体に、異物挿入しちゃおっかな」


 「……アッ!」


  スルッと下半身に手を伸ばした。突然の刺激にビクッと真雪の体が跳ね上がる。


 「いよ、っと」


 「やん、んは、あぁぁ……んあっ!」


  まだ下が十分に潤っている事を確認した耕介は、手早くコンドームをつけると手を添えムリュッ
 と真雪の中に突き入れた。


 「ん、あつ……」


 「……はぁっ! く、ひっ、ふぁぁ、んっ」


  会話している内に半立ち状態となったモノを手で持つように挿入すると、膣内は酷く熱く。耕介
 は再び体を倒し胸と胸とを合わせて。


 「ま、ゆっ、は、むふっ」


 「んー、んぶっ、ひぁ、んぁ、ぅむっ」


  真雪の頭の両脇に肘をつき、腕で包みこみ親指で額を撫でつけながら深いキス。


 「まゆき、すごっ、く、熱いね」


 「はぁーっ、いっ、あ、こうっ、すけは、中でおっきく、なってる……」


 「う、ん。ウンっ」


  スムーズな抽挿を繰り返す内、真雪は自分の体内でだんだんと耕介の怒張が大きくなっていくの
 を感じる。


 「いーっ、いっ、ひっ、あっ、んあ、んぁぁ……っ!」


 「はっ、はっ、まゆ、っん、き……」


  強く抱きつき合いながら。当然早くは動けないが、ゆっくり押しつぶすように二人は身体を重ね
 ていった。






                     〜◆〜






 「……ふーっ」


 「ほぅ」


 「ご馳走さま♪」


 「それは本来俺の台詞のはずだけど……なんだろう、タバコ吸ってる人の方があってる気がする」


 「あっはは」


  一通り行為を終え、暫し浸っていた余韻からも開放されると真雪はゴゾゴソと衣服の固まりから
 タバコを取り出し燻らし始めた。


 「そいやこーすけ、あんたゴムしてたよな。部屋に備え付けのヤツ?」


 「違うけど、なんで?」


 「いやこういうトコのって穴とか開けてあるって言うじゃん……じゃあどっから出したんだ」


 「俺の財布に一個入ってたんだよ。それ使ったの」


  脱ぐ時に出しといたのと何気なく耕介が言うと、初めさほど興味が無さそうに聞いていた真雪の
 額に、何故か次第に皺が寄っていく。


 「ふーん……ってそれは一体どこの誰に使うつもりだったんだい? 耕介くーん」


 「ま、真雪とに決まってるだろ」


 「そんなトコ入れといたものが、あたしとする時に役に立つのかね〜?」


 「げ、現に今役立ったじゃん! いや、ほんと深い意味は無く、ただ持ってたんだってば」


  タバコを咥えたままで迫り来る真雪の視線と火種に怯えながら、耕介は必死で身の潔白を訴える。


 「……ま、信用してやるよ」


 「ほっ。そいや時間は……まだもうちょっとあるね」


 「ただ誰も居ないはずなのに、ココなーんか落ちつかないんだよなぁ」


  灰が落ちそうになると共に去りぬ恋人にホッと胸を撫で下ろす。ふと耕介が時計に目をやると、
 タバコを消した真雪はゴロリと仰向けになり。


 「慣れてないからかな?」


 「自分の居場所っつーか、なんつーか」


 「自分の巣、じゃないから?」


 「あー、それだそれ」


  多分、と自分の違和感の元を上手く言い表せない事に落ち着かず、無意味に指をくるくる回す。


 「居場所は自分で作るもの、なんて言うけどさぁ」


 「居心地の良い場所、っていうのは確実にあるよね」


  それでも自分の思った事を察してくれる人に、そうそうと真雪はなまら嬉しくなる。


 「あたしん家は、あそこは居心地良さ過ぎるからね」


 「まぁ俺は真雪が居れば、どんな所でも生きていけるつもりだけど」


 「どっちなんだよ」


  が、期待がすぐに苦笑に変わる。しかし耕介は気付かぬ様子で更に続けた。


 「きっと真雪の張ってる巣……居場所とか、妹の知佳とか人間関係全部ひっくるめて、それが真雪
 って事なのかもね」


 「……そうかもな」


  相変わらず深く考えているのかいないのかよく分からない耕介の発言に、酷く左右されてしまう
 自分に何故だか分からないがもやもやとした物がこみ上げ。


 「素直に帰ろっか」


 「そーだな。ちぇいっ!」


 「あだーっ?!」


  真雪はまた意味も無く耕介を殴った。


 「な、なんで……?」


 「あー、知佳? あたしあたし、あたし詐欺」」


  復活する間も無く、携帯で知佳に電話し始めてしまった真雪の後姿を恨めしげに睨むが、耕介は
 無駄かとすぐに諦めこの間に服を着てしまう事にした。


 『お姉ちゃん、もう用事はすんだの? 今どこ?』


 「うん、今ラブホ」


 『えっ?』


 「冗談だよ」


 『な、なーんだ』


 「あれでは知佳も冗談としか思えまい。上手いな真雪」


  当然耕介には真雪の話し声しか聞こえないのだが、そこから察せられる姉としてのテクニックに
 なまら感心する。


 「ほい、こーすけ」


 「あ、はい。もしもし?」


  ぼんやりと真雪の肌を眺めていたが、不意にその背中が振り返り。


 「……うん、それじゃ、後でな」


  手渡された携帯でこれから帰宅する旨を伝えると、ピッと電源を切る。そうして耕介が顔を上げ
 るともう服を着込んだ真雪があぐらをかいて待っていた。


 「今から帰ればまだ夕飯の支度に間に合うかな」


 「もう知佳のやつがやってるみたいだけど」


 「うん。でもせめて手伝うなり出来たらなーって」


 「やれやれ、律儀なこって」


  わざとらしく苦笑しつつ、あたしもこいつが居れば何処ででも生きていけるかな、とも思う。


 「それかなんかすぐ食えるもん買ってくってのも良いかもな」


 「あ、それいーね。じゃあ道すがら買い物して帰りましょうか、俺達の巣、にさ」


 「ああ。ン」


 「ほいっと、うぉう」


 「あははっ♪」


  ベッドの端に座って待って、再び手を引いて立ち上がらせてもらうと、真雪は冗談めかして倒れ
 こむようにもう一度耕介の胸に抱きついたのだった。






                     〜◆〜






 「そいやさ」


 「んー?」


 「真雪ラブホの事、知佳に秘密にしてたけど……」


  帰りの車内で。耕介は夏の暮れなずむ町並みを眺めながら、ふと思った疑問を口にした。


 「結局今日デジカメで撮った写真、知佳に見せる事になるのでは?」


 「あ」






                                       了









  後書き:何でタイトルが『にこいち』かって言うと、
      単に元々二個だったものを一つにしたSSだから。ただそれだけです。
      だからかどーか、まとまりが無いっすね。スンマセン。





  04/10/23――UP.

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