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  〜ピエロ〜
  (Main:薫 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「……ある朝椎名ゆうひがその不安な夢からふと覚めてみると、ベッドの中で自分の姿が一匹の、
 とてつもなく大きなデブに変わってしまっているのに気がついた。ハムの様に太い背中を下にして、
 仰向けに横になっていた。ちょっとばかり頭をもたげると、まるくふくらんだ、肌色の、三段腹の
 柔らかい節で分け目をいれられた腹部が見えた」


 「……は?」


 「ああ、これはいったいどうした事や」


  朝。いつものようにキッチンに立つ耕介の所まで来ると、そう言ってゆうひはヨヨヨとテーブル
 によろけてみせた。


 「なんだゆうひ、太ったのか」


 「うう、ほんの少しの油断が大変な結果を……」


  そのままうりうりと指でのの字を書きながら、ブツブツと何事か呟いている。それを見てふぅと
 一つ、ため息をついて腰に手をやると。


 「フジ三太郎には月見そばがよく似合うが、ゆうひに涙は似合わない。さぁこれで涙を拭きなさい」


 「ありがと耕介くん……ってこれ台ふきんやないかーいっ!」


  いつもの様子に戻ったゆうひからペシッと投げ返された布巾を受け取りながら、耕介は楽しそう
 に声を上げて笑った。


 「にしても、どこが太ったんだ? 俺は今のままで丁度いいと思うけどな」


 「耕介くん、乙女にとって2、3kgっちゅうんはひっじょ〜に大きいんやで?」


 「2、3キロも太ったのか」


 「うっ。い、いやその、それは単なるモノの例えっちゅう奴で……」


 「フフン」


  ごにょごにょと小さくなっていく語尾に、語るに落ちたな、と耕介は笑いながら背を向ける。


 「うう、それもこれもみんな耕介くんのご飯がおいしーいからいけないんや。ご飯済ませて帰って
 きても、ついついつまんでまうから……」


  そう言ってまたうりうりとのの字を書き始めるゆうひ。


 「どーせモトがいいんだから。気にする事ないのに」


 「ありがと♪ でも何にも出ーへんで」


  出るのはにきびぐらいや、と両人差し指で頬を突つきながら、可愛らしく首を傾げ。


 「はいはい。ダイエットメニューなら作ってやるから、無理なダイエットだけはするなよ」


 「ああん愛してるで耕介くんっ」


  抱きついてくるゆうひを軽くあしらいながら、耕介はマイペースに朝食の準備をすすめていった。






 「所でお前、実際いま体重いくつなの?」


 「うちの体重は、リンゴ3個分や♪」


 「キティかよっ?!」






                     〜◆〜






 「あーん堪忍してェ」


 「そら、てめえふざけんなこんちくしょう、なーにがリンゴ3個分だっつーの」


 「キャ〜」


  朝食の準備が一段落ついてから、耕介は往年のネコとネズミのアニメのごとく、テーブルの周り
 を逃げ惑うゆうひを追い掛け回す。


 「……お前、軽いな」


 「いやん♪」


  もちろんじゃれる程度、歩数にすればわずか十歩足らずであったが、ゆうひを捕まえよっと抱え
 上げた耕介は、しかし身長の割に軽いその重さに素直に驚いていた。


 「おはようございます耕介さ……あ」


 「いっ?!」


 「うっ?! か、薫ちゃん?!」


 「え? し、椎名さん」


  その時ちょうどキッチンに入ってきた恋人と目を合わせ、耕介の、そしてゆうひの体が固まる。
 抱え上げられたゆうひは首に手をまわしており、二人はまるでお姫様だっこの体制だった。


 「あの……」


 「ち、ちがうんだ薫、これは、なぁ?」


 「そ、そうそう、これはお姫様だっこやのうて、ただ抱きかかえられてるだけであって、ちなみに
 ウェディングキャリーとも呼ばれて……ってあわわわうちはなにを言うてるんや」


  慌てて体を離しパタパタと手を振り言い訳するが、二人とも焦って口と頭が上手く回っていない。


 「……あの、ちょっとあいさつをしに来ただけなんで。うちお風呂、入ってきますね」


 「あ、ああ、うん」


 「そ、そうなんや」


 「それじゃあ」


  一瞬、悲しげに眉をしかめた薫だったが、やがてパッと顔を上げると、そう言って逃げるように
 キッチンを出ていってしまった。


 「……まずったなぁ」


 「そやねぇ、浮気現場をモロに見られてもうたもんねえ」


 「してねーだろっ!」


 「でも薫ちゃんは、どう思ったんやろ」


 「む。むぅ」


  残された耕介は気まずそうにポリポリと頭を掻く。確かにゆうひの言う通り先ほどの光景を見て、
 薫がどう思ったか。それを考えると一声唸って己の軽率さを呪う。


 「ま、うちも悪かったし、フォローしとくから。耕介くんからもちゃんと言うとかなあかんよ」


 「ああ、分かってる。すまん」


  もう一度はぁとため息をつくと、耕介はとりあえず親友に頭を下げたのだった。






 「そう言えばお前、朝食はどうするんだ?」


 「今の騒ぎでおなか減ってもうた。大盛りで♪」


 「大盛りかよっ?!」






                     〜◆〜






  その日の夜。いつも通り寮生揃っての夕食、のはずだったのだが。


 「……で、神咲の奴は?」


 「はぁ。実は、その……」


  その場に薫の姿はない。当然皆の視線はその恋人である耕介に集中し、仕方なく耕介は皆に簡単
 に事情を説明する事に。


 「うちは朝、あの後薫ちゃんに事情を説明しといたけど。耕介くん、ちゃんと話したん?」


 「え、いや薫ってば、帰るなりすぐに部屋にいっちゃって……」


 「すいません耕介様」


 「ああ十六夜さん、その、薫は?」


  声も身もだんだんと小さくなっていく耕介。その時二階から降りてきた十六夜に、すがるように
 薫の様子を尋ねた。


 「はい、何度も尋ねたのですが……食べたくない、だそうです」


 「そ、そうですか」


  だが返ってきた十六夜の言葉に、ますます皆の非難するような視線が耕介に突き刺さり。


 「……こーすけくーん?」


 「こーすけ?」


 「こう」


 「こ」


 「な、なななんで略してくの? そりゃなんのカウントダウン?!」


  なぜか一文字ずつ略されていく自分の名前に、なんとも言えぬ恐怖を感じガタガタと震えが走る。


 「いーからとっとと謝ってこい!」


 「は、はいぃ!」


  そうして最後に真雪のありがたいケリをもらい、耕介は弾けるようにしてダイニングを飛び出し
 二階の薫の部屋へと駆け上がっていったのだった。






                     〜◆〜






 「薫、開けますよ?」


  ふわふわと耕介の後をついて来た十六夜が中から鍵を開け、キィ、と少しだけ扉が開かれる。


 「それでは耕介様、薫のこと、どうぞよろしくお願いいたします」


 「はい、ありがとうございます」


  耕介は再びふわふわと階段を下りていく十六夜を見送ると、スーッとひとつ、深呼吸をして部屋
 の中へと入っていった。


 「……薫?」


 「こう、すけさん? 来ないで……ください」


  中では薫が部屋の隅で膝を抱えており、恋人の呼びかけにも弱々しい拒絶の返事を返す。


 「ゴメンな薫、俺、その――」


 「いいえ、ちがう、違うんです、耕介さん」


 「薫……一体どうしたんだ?」


 「ごめんなさい、うまく、言えません。でも、違うんです」


  同じように側に座りこみ、すり寄りながら静かに語りかける耕介。


 「お願いです。お願いですから、来んといて、ください……」


  しかし薫は顔を伏せたまま、ただパタパタと手を振っていた。


 「……えいっ」


 「あっ?!」


  そんな薫を耕介はしばらく黙って見つめていたが、やがて突然回りこむと後から抱きついた。


 「よっ、ほっと」


 「うわっ、わっ」


 「必殺、シートベルト抱き〜」


  薫が驚いて抵抗する間もなく、耕介は右腕を脇から肩へ、左腕をお腹にすばやくまわすと、まる
 でシートベルトのような形でしっかりと体を抱きすくめる。


 「な、なぬを――」


 「なあ薫、不思議だと思わないか?」


 「え?」


 「人肌、体温ってすっごく気持ちがいいんだよね」


  突然の事に薫は戸惑い振り向こうとするが、もちろんピッタリと抱きつかれている為、耕介の顔
 を見る事は出来ない。


 「たとえば気温が36度もあったら、とてもじゃないけど暑くてやってられないのに。なんでか暖
 かく感じてしまう、不思議だよなぁ」


 「あ、あの、ええ」


 「それにこうやって薫の背中を抱いていると、なんだか俺すごく安心しちゃうんだ」


 「耕介さん……」


  そうしてただじっと、抱きしめ語り続ける耕介の腕の力に。言葉に。


 「ねぇ薫。だからしばらくの間、こうしていようか」


 「あ、で、でも」


 「無理に話さなくてもいい。言葉以外で、こうする事で色々と伝わる事も、あるから」


 「……はぃ」


  ようやく硬直していた薫の体から、スーッと力が抜けていく。


 「不安が消えるまで、一緒に、居よう」


  やがて二人とも押し黙ると、耕介はポスッとあごを肩に、薫は少しずつ背中に身を預け、トクン、
 トクンとただ互いに伝わる鼓動に心を傾けていた。






                     〜◆〜






 「……耕介さんに、怒っている、とかじゃないんです」


 「うん」


  しばらく二人だけの時間が流れると、だいぶん落ちついてきたのか。


 「むしろ、自分に対してって言うか」


  まわされた腕に自分の手を重ねながら、薫は自然と口を開きポショポショ語り始めた。


 「今朝、あの後椎名さんに謝っていただいたんです。わざわざ頭まで下げてくださって」


 「そうなんだ」


  薫の話に耕介は改めてマブダチに心の中で頭を下げる。


 「それなのに自分は、まだつまらない嫉妬をかかえて。耕介さんを信用してないみたいで」


  ゆっくりと、だが耕介も先を促す事はなく、ただ黙って聞き役に徹していた。


 「自分だけを見て欲しい。寮の皆に親切な耕介さんが好きなくせに、一方で皆と仲たがいする事を、
 耕介さんの不幸を望んでるんじゃないか、って……」


  言葉が進むにつれ、気持ちと共にだんだんと視線が、薫の頭が下がっていく。


 「そんな自分がたまらなく嫌になって……自分はなんて嫌な子になってしまったんだろう。そんな
 ふうに考えていたら、なんだか悲しくなって、しまったんです」


 「そう、か」


 「すいませんまわりくどくって。わけ、分からないですよね」


 「いや、そんな事ないよ」


  耕介は手を振って否定するが、しゅんと眉尻を下げた薫は押し黙って首を振るだけ。


 「話す練習とか付き合っていただいてるのに、情けないです。上手く言えなくって、一人で拗ねて。
 それでまたさらに耕介さんに心配までかけてしまうなんて」


 「…………」


 「まるでうちは、道化です……」


  そうして最後にため息の様な声で、搾り出すようそう自嘲した。






                     〜◆〜






 「道化……ピエロ、か」


  少しの間、部屋を静寂が支配していたが話が終ったとみると、耕介は同じようにため息混じりに
 薫の言葉を繰り返す。


 「薫、ピエロになった事ある?」


 「は、はい? いえ、多分……ありません」


 「俺はあるんだよなぁピエロ」


 「はぁ」


  突如始まった、顔は見えないが、明らかに笑いながら話していると思われる口調の耕介の話に、
 薫は困惑しつつもとりあえず頷いていた。


 「ま、ピエロっつっても本物のじゃなくてね。ただその格好をして、的になった事があるんだ」


 「マト? ですか」


 「うん。ほらよくあるだろ、ナイフ投げなんかで的になるやつ」


 「ああはい、分かります」


  こう十字に張りつけられて立ってさ、とさっと両手を広げる耕介。瞬間すぅっと薫の脇を冷気が
 走り抜ける。


 「学校行事の中のコントでさ。ジャンケンで負けて、それでわざと物をぶつけられる羽目になった
 んだけど」


  そのまま今度はお腹に両手を回して、薫の体を抱えこんだ。


 「リハの時、漫画とかであるじゃない? トマトが顔面でブチューって。それがやりたかったんだ
 ろうな、一人が隠しでトマト投げやがって」


 「はあ」


 「でもトマトって結構硬いんだよなぁ、それこそ限界まで熟してたりしないと。それが顔めがけて
 投げられたもんだから……」


 「どうなったんですか?」


 「鼻に直撃して見事に鼻血ブー。思わず切れて投げたやつボコボコに殴っちまったい」


 「あは、あはははは」


  あくまで笑顔で話し続ける耕介だったが、あまりの内容に薫はちょっと乾いた笑い。


 「めでたくトマトの危険性が分かったので、本番はムースで作ったパイ皿投げになりましたとさ」


  そう言って肩をすくめると、密着している薫の腕もそろって軽くずり上がる。


 「これが俺のピエロ体験。どう? 面白かった?」


 「はい。ありがとう、ございます」


 「ん、よかった♪」


 「あっ、ぅぅん」


  笑顔のまま合わせて軽く耕介が頬擦りすると、くすぐったそうに少し薫の体が逃げた。


 「……なぁ薫、別に上手に、うまいこと話せなくてもいいんじゃないかな」


 「はい?」


 「たとえドンピシャの表現が見つからなくても、まず言葉にすればいい。言葉を投げかければいい」


  言葉のナイフ、って言うと酷い言葉みたいな意味になっちゃうけど、と小さく笑いながら。


 「直で当たりは無くても、沢山投げて周りを全て埋めてしまえば。今度は逆に的のピエロの輪郭が
 浮かび上がるだろ?」


 「ピエロの、輪郭……」


 「そうすれば言いたい事の形ぐらい、分かるからさ」


  薫の顔の前に両人差し指で小さなヒトガタを描きながら、耕介は耳元で優しく話し続けた。


 「だから、二人たくさん話を、しよう?」


 「……はい」


 「こんな事言ってる、俺の話の方が分かり難いかな」


 「いえ、そんな事ありません」


  苦笑する耕介に、ブンブンとちぎれるほど首を振って否定し。


 「分かります。はい」


  薫はキュッと腕を掴む手に力を込めると、小さく口元を緩ませ。がすぐまたその顔が曇ると。


 「でも、それだと耕介さんに、ご迷惑が――」


 「迷惑って? 時間とか? そんな時間いくらだって作るさ」


  そんな薫の根深い不安を吹き飛ばすように、耕介が早口に間髪入れず続ける。


 「だって薫は、俺の大切な人なんだから。ね」


 「……ありがとう、ございます」


 「それに俺は、逆にそれだけたくさん薫と話せるんだもの。嬉しいよ」


 「うちも嬉しい、です」


  その言葉にギューッと強く抱きしめられながら、抱きしめながら。今度こそ薫は嬉しそうに微笑
 んだのだった。






                     〜◆〜






 「……それに俺も、同じようなもんだしな」


 「え?」


  背中の温かさに暫し浸っていたその時。先ほどとは違う、耕介の低いトーンの喋りに薫は思わず
 振り返ろうと身をよじった。


 「時々俺もさ、薫が学校で何してるんだろうって。年の離れた俺なんかより、同じ学生の方が話が
 合うんじゃないかって」


 「そんな、うちはそんな事――」


 「うん、薫の事を信用してない訳じゃない。でも頭では分かっているんだけど、心、感情の部分は
 どうしようもないんだ」


  フルフル、とゆっくりと頭を振ると、揺れた耕介の短い髪が薫の頬をくすぐる。


 「その内に俺は薫に、一人でいて欲しい、本当は学校の皆とも仲良くなって欲しくないんじゃない
 かって。そんな考えになってさ、落ちこんだりもしたよ」


  俺はなんて酷いやつなんだってね、と自嘲気味に呟く耕介。


 「そんなことありません! 耕介さんは、優しい、人です」


 「あんがと。でもだからこそ、俺にはさっきの薫の気持ち、なんとなく理解できたんだ」


  薫の気持ちにやわらかく微笑み返しながら、スッと片腕を持ち上げ。


 「うちと、同じ……」


 「……お互い、同じような悩みをかかえてたみたいだな」


  ポンッとその形の良い丸い頭に手を乗せると、耕介は何度もスリスリと撫でつける。


 「だから次からは、二人で相談しよっか?」


 「……はい」


  そうして少し冗談めかしてささやかれた耕介の言葉に、薫は素直にコクンと頷いた。






 「さっきは、話さなくってもいいって言ったけど」


 「はい」


 「やっぱり言葉にしないと、伝わらない事もあるからね」


 「そう、ですね」


 「だからこれから俺達は、こうやって抱き合いながら、話をしよう♪」


 「耕介さん……ふふ、ふふふふふ」


 「はは、ははははは……」






                     〜◆〜






 「……こうすけ、さん」


 「を?」


  小さく想い人の名前を呼ぶと、薫はスッ、とまわされた耕介の腕をほどき、クルリと体を回転さ
 せて立膝で正面から抱きつく。


 「うち、耕介さんを好きになって、本当に、よかった……」


  そうして真っ赤な顔で、んっと軽く耕介の頬に口付け始めた。


 「っん、んふっ、んんっ」


 「……薫」


 「あっ」


  慣れない行為に恥ずかしさで頬を上気させながら、精一杯耕介に唇を寄せる薫。


 「ぅんっ、はぁ。ふぅん、んぁ」


 「薫、好きだよ……」


  健気な薫の行為に、耕介は堪らずグイと腕を掴んで引き寄せ、やや強引にその唇を奪う。


 「う、うちも、好きで、す……ぁあっ!」


  そのまま耕介の右手が胸にかかると、ビクッと薫の体が跳ねるように打ち震えた。


 「……ふぁ?」


  だが急にそこで手を離し、耕介がゆっくりと唇も離すとツイッと間に光る短い唾液の糸。


 「……続きは、ご飯食べてからにしよっか」


 「ぁ、え……?」


  その糸がプツンと切れると、トロンとした目つきで小さくもの惜しげに声を漏らし。


 「あ、あの」


 「んん?」


  立ち上がりかけた耕介の服の裾を、キュッ、と薫が掴んでいた。


 「できれば、あの、その……」


  しかしそのまま口ごもってしまい、俯いてもじもじと身をよじる薫。


 「……どした薫、そんなに今、したくなっちゃった?」


 「や! ちが、あ、んっ」


 「ん〜?」


 「やっ、んはっ、やぁ……」


  そんな薫に再び起こしかけた腰を下ろすと、耕介は意地悪く笑いながらその頬や首筋にすいっと、
 焦らすように唇を這わしていく。


 「だ、だってぇ」


  軽く指、口がふれる度、あっあっと身悶えながら息も絶え絶えに耕介にすがりついた薫は。




 「だってご飯、食べると、おなかがぽこって出ちゃうから……」




 「…………」


 「うち、耕介さんに見られるの、はずかし……です」


  熱っぽく潤んだ瞳で、消え去りそうな声で呟いた。


 「……かおるっ!」


 「あっ!」


  それを聞いた耕介は重ねた手の平を強く握ると、ガバッと恋人の火照った体に覆い被さり。


 「んふっ、ひぁっ、ぁん」


 「薫、かわいー」


 「やっ、こう、すけさ、ぁん……」


  そばにあった座布団を引き寄せながら、耕介はその上にゆっくりと薫を押し倒していった。






                     〜◆〜






 「非常ドアを開けるたびに 胸がなぜかドキドキする……♪」


  数日後。キッチンにはあいもかわらず鼻歌まじりで夕飯の支度をする耕介の姿があった。


 「ただ今帰りました」


 「お、薫お帰り。なんだ少し遅かったな」


  今日は何かあったっけ、と背を向けたまま聞くと、薫はなぜか辺りをきょろきょろと見回し。


 「はい、実は……」


  そうして二人だけ、という事を確認すると心なし身を寄せ、声をひそめて静かに口を開いた。


 「実は今日、学校で男子の一人に、その、交際を、申しこまれましてはい」


 「えっ?!」


  思わず耕介が振り向くと、薫は少し恥ずかしそうにもじもじと己の手をもてあそんでいて。


 「そ、それで?」


 「もちろん断りましたよ。でも、手紙をもらったんですが、やっぱりそういったものには、自分で
 直接返して断りたかったので……ちょっと遅くなってしまいました」


 「そ、そうか、うん」


  その返事にほっ、と安堵のため息を吐くと共に、思わず耕介の肩がスッと下がる。


 「それは、その、大変だったな」


 「はい」


 「そそうだ、お茶でも入れようか?」


  はははとなんでもない体で笑いながら再びキッチンに向うが、その動きはどこかぎこちなく。


 「……耕介さん」


 「?! か、薫?」


  そんな耕介の後ろから、薫はそっと歩み寄ると、突然ギュッとその背中に腕を回して抱きついた。


 「以前、言ってくれましたよね」


 「え?」


 「抱き合って、話そうって」


  振り向こうとする耕介に、まわされた薫の、服を掴む手にキュッと力がこもる。




 「大丈夫です。うちは、うちが好きなのは、耕介さんだけですから……」




  ぽふっと広い背中に顔を埋めながら、恋と羞恥に熱を帯びた声で薫はそう言った。






                     〜◆〜






 「耕介さん……」


 「……薫、ありがとう」


 「あっ」


  耕介が薫の手に自分の手を重ねると、しかしパッとすぐにその手が離され。


 「ああの、うち、着換えてきますからっ」


 「あ、か薫っ!」


 「それじゃ!」


  引き止める間もなく、顔を真っ赤にした薫はそう言い残して、パタパタとキッチンを出ていって
 しまった。


 「ふぅ……のわっ?!」


  しばらく薫が出ていった入り口を見つめていたが、耕介はふと我に返り、頭を掻く。だがお茶っ
 葉を入れた缶の蓋を持ったままだったため、頭からお茶の葉をかぶってしまう。


 「やれやれ、どっちがピエロなんだかなぁ」


  小さくため息をつきながら、耕介は頭から緑色の葉っぱを払い落としていた。






  恋をすれば、誰でもピエロ。






                                       了









  後書き:竹枕時代最後に投稿したSSですね。
      この後は缶椿と名前を変えて書いてました。





  03/03/24――初投稿。
  04/12/04――加筆修正。

Mail :よければ感想などお送り下さい。
takemakuran@hotmail.com
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