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  〜ポン酢醤油〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 『いつまでたっても変わらない そんなものあるだろうか……♪』


 「……なぁ真雪」


 「ん、あに?」


  とある日の昼下がり。二人リビングでお茶をしている時、初め真雪は耕介に呼びかけられても、
 テレビの方を見たまま顔も向けなかった。


 「結婚しない?」


 「は?」


  しかし突然耕介の口から飛び出した『結婚』という二文字に、真雪は思わずバッと顔を上げる。
 と目の前には、自分をのぞきこんでいる恋人の顔があった。


 「いや、ハイかYESで答えて欲しいんだけど」


 「一緒だっつーの」


  パン、っとツッコミが耕介の肩で乾いた音を立てると、あははと同時に二人の笑い声が響いた。


 「……で、どう?」


  しかしすぐに真面目な雰囲気に戻ると、もう一度、真顔で真雪の顔を見つめる耕介。


 「……耕介は、あんたはあたしと結婚したいの?」


 「うん」


  だが真雪は難しい顔のまま視線を外すと、ふ〜んと呟いて少し考えた後問い返した。


 「なんで?」


 「なんでって……これからも、ずっと真雪と一緒に居たいなーって」


  当然の事なんじゃあ、と言った顔つきでポリポリと後頭部を掻く。


 「それって結婚しなくちゃ出来ない事かね」


 「そ、それは……」


 「あたしは、あんたの方が良いなら……これからも、一緒に居たいと思ってる」


 「う、うん」


  お互いちょっと顔を赤くしながら、少し声が小さくなりながら。


 「それでも、結婚って形を取りたい?」


  プチンとテレビの電源を切り、真雪は体ごと完全に耕介の方を向き直ると、耕介の顔をしっかり
 と見つめながらそう言った。


 「ん……いや、俺も別段その、形がないと不安とかって訳じゃないけどさ」


  少し予想外の返答におたおたとしながらも、耕介はここで引き下がってなるものかと必死に頭を
 働かせる。


 「なんつーか、ほら、決意表明みたいな物かな?」


 「決意表明?」


 「これからも二人で生きていきます、みたいな」


  怪訝な顔の真雪に、耕介は両手を広げながら。


 「それに二人の結婚を、周りに祝ってもらえたらさ。なんだかこう、これからも二人一緒にいても
 良いよって、皆に言ってもらってるみたいじゃん」


 「……うん」


 「それってやっぱり、嬉しくない?」


  俺は嬉しいけど、と静かに言われると、真雪の顔がだんだんと俯いていく。


 「いや、周りの為って意味じゃなくてね」


 「分かってるよ」


  更に続けようとする耕介を手で制すると、真雪は視線を下げたまま何事か考えこんでいた。






                     〜◆〜






 「だから、結婚しよう? 俺が幸せにしてやるからさ♪」


 「……いやだ」


  耕介はそんな真雪の態度にもう一度プロポーズの言葉を口にする。がそれを聞いた真雪はなぜか
 プイっとそっぽを向き、先ほどとは違い明らかに拒否の態度をとった。


 「ガーン! ガーン、ガーン……」


  エコーを自前でかけながら、大げさにソファーにヨヨヨと崩れ落ちる耕介。


 「うう、だんでだよ〜」


 「泣くな!」


  そのまま自分の足にすがりつくようにする耕介を、容赦なく足蹴にする真雪。


 「……じゃあさ、あんた『幸せ』って、なんだと思う?」


 「え? えーっとポン酢醤油の〜……」


 「ボケはいいから」


 「うぐぅ」


  可愛くないよ、とまたどつかれ潰れた蛙のような声を出す耕介に、真雪はかまわず話を続けた。


 「あの、さ。幸せってその人にしか分からないモノじゃない?」


 「う〜ん?」


  まだ話がつかめず怪訝な顔の耕介に、今度は真雪が両手を広げながら。


 「例えば、SMのM嬢なんかは虐められるのが幸せなんだよね?」


 「どっちかっつーと真雪はSの女王様ですが」


 「話の腰を折るな」


 「しーばせん」


  ぺちんと自分で頭を叩く耕介に、やれやれと腕を組みながら座り直し。


 「コホン。んで話を戻すけど、まぁ逆にS嬢だったら虐めるのが幸せなんだろうな」


 「真雪みたいに……ってなんでもありません」


 「……よろしい。それはいわゆる普通、って人達には分からない世界だよね? でも本人達にとっ
 ては間違いなくそれらが幸せな訳だ」


 「まぁ、そうだろうね」


 「その他にも、世の中には人の数だけ、いっぱい幸せの形があるんだと思うんだよね」


  そこまで言うと真雪はさて本題というように、改めて顔を上げると耕介の目をじっと見つめる。


 「でさ、あたしの幸せ、あんたに分かる?」


 「ん〜……」


 「……分かるわけ、ないよね」


  すぐにやっぱりね、と言いながらも真雪は少し寂しそうに視線を下ろした。


 「い、いや分かるぞ!」


 「じゃあ何?」


 「え〜と……そ、そうだ漫画! 真雪にとって、いい漫画を描く事は幸せだろう?」


 「まぁ、ね」


 「だから俺がそのお手伝いを……」


  焦りながらも、なんとか人差し指を立ててひきつった笑顔を作る耕介に、真雪は予想通りという
 ような顔でふうと一息吐くと、右手を差し出した。


 「おぼえてる? 2ヶ月前のあの“ド”修羅場」


  ドの部分に思いっきり力を込めながら耕介を一瞥する。


 「あれって我ながらすっごい顔しながらやってたんだろうと思うんだよね〜」


  真雪はしみじみとまるで遠い昔を思い出すように宙を見つめ、ポリポリと頭を掻き。


 「それ見て、あんたあたしが幸せだと思った?」


 「う。そ、それは……」


  どうよとばかりにもう一度手で顔を差しながらの問いかけに、思わず耕介は口ごもる。


 「俺は、真雪にとっては幸せなんだろうなぁとは思ったけど」


 「理屈では分かっていても、心情的には理解出来ないよね?」


 「……うん。まあ」


  何とか呟くようそう返した耕介だったが、だんだんと入れ込んできたのか早口になっていく真雪
 の口調にただ頷くしかなかった。


 「あんたこの間72時間かけて作ったシチュー、バカ猫にひっくり返されて泣いてたよね」


 「ああ。あれは……悲劇だった」


  自分の身体を抱きさすりつつ、耕介は思い出すのも辛いといった体でフルフルと頭を振る。


 「つまりそれだけ時間かけて料理する事が、あんたの幸せって事?」


 「う〜ん、それもまあ、たぶん」


  指をアゴにあてながら、それだけじゃないけど、と曖昧に頷く。


 「それ見てあたしは正直バッカだなぁと。あたしにはわかんない世界なわけだ」


 「で、でも真雪だって原稿にインクこぼされたらへこむだろう?! 人によって違うだろうけど、
 手間かけたものが無駄にされたら、やっぱり辛いと思うけど」


 「だったら素直に圧力鍋とか使えばいいのに」


 「うう、だって圧力鍋使うと、なんか違うんだもん」


  料理人としての魂を示しつつも、気弱につんつんと顔の前で指をつき合わせる耕介。


 「ま、それでもあたしは漫画を描き続けてるし。あんたは寮の世話をしてるわけで」


  そう言ってドサッと背もたれにもたれ掛ると、ギシッとスプリングが小さく文句を言い返す。


 「それはきっと、それが自分自身にとって幸せだからなんだろうね」


 「そうだねぇ」


 「だから、さ」


  真雪は自分の右足を抱えこむと、もう一度ふぅ、と息をついた。


 「たとえ端から見て不幸そうでも、本人にとっては幸せだったり、そうじゃなかったり。周りには
 分からない事なんだよ」


 「それはそうかも、しれないけど」


 「だったら、何をすればその人を幸せに出来るなんて分からないんじゃない?」


 「う……ん」


  耕介がアゴに手をやり考え込むように押し黙ると、真雪もスッと足を戻した。


 「……あたし、よくわかんないんだ」


  正面を向いたままで、耕介の方を見ずに膝上で手を組む。


 「あんたと結婚したくないわけじゃないよ」


  とそうして今度は声もだんだんと低く、静かになっていく。


 「ただ人に、他人を幸せにする事って、出来ないんじゃないか……って」


  チッ、チッとやけに壁にかけられた時計の秒針の音がリビングに響く中。


 「別に、あんたがあたしを幸せに出来ないって訳じゃないんだけど」


  視線を泳がせたまま、耕介に、そして自分自身に言い聞かせるように擦れる声で真雪は呟いた。


 「でもたぶん、あたしには、あんたを幸せにする事は出来ないよ……」






                     〜◆〜






 「……じゃ、大丈夫だ」


 「え?」


  今までじっと押し黙って聞いていた耕介の、やけに明るい口調に、真雪は思わず間の抜けた声と
 共に沈んでいた頭をフッともたげた。


 「俺は今、真雪と一緒にいる事で幸せだもの♪」


  その顔を覗きこみながら、耕介はニコニコと笑顔で話し続ける。


 「今までの話だと、真雪も俺と一緒にいると幸せだって、そう思ってくれてるんだろ?」


 「……まぁ、ね」


  そんなやたらと呑気な顔の耕介に、真雪はなんとなく眉をひそめる。


 「確かに俺にも真雪の幸せは分からないかも知れない……でも俺は、真雪を幸せにしてあげるよ」


 「だから、出来ないっつーの」


  今までの話を無視するような耕介の言葉に、真雪はちょっと苦笑いしながら。しかし耕介は笑顔
 のままで言い切った。


 「いーや。幸せにしてやる」


 「……どうやって?」




 「俺が幸せだと思う事を、俺が真雪にとって幸せだと思う事を真雪にしてあげる!」




 「…………」


 「もしそれが正解だったら、俺は真雪を幸せにできるじゃん」


  はずれたらダメだけど、と胸を張り、ウィンクまでしながらのたまった。


 「……それって、なんだか結構不安じゃない?」


 「そうだね、俺もそう思うよ」


  そうして耕介は一息つくと、フッと肩を下ろし軽く宙を見上げる。


 「あのさ、俺の実家の近くに変電所があるんだ」


 「ん?」


 「そこの敷地内に桜の木が何本か植えられててね。おそらく種類が違うんだと思うんだけど、咲く
 のが早いんだよ。他の場所の桜よりさ」


 「そうなんだ」


 「みんな変電所から出る電磁波のせいだーなんて冗談で言ってたけどね」


  ハハッと笑う耕介に、真雪はまだ少し硬い表情のまま、それでも合わせてプフッと小さく笑う。


 「田舎だし、わき道だからさ、車通りの少ない所にあって。日中だと静かで、暖かい日なんかは、
 よく人が立ち止まって見てたりするんだ」


 「ふ〜ん」


  突如始まった脈絡のない話に少々戸惑いつつも、真雪はとりあえず黙って聞いていた。


 「ある日ね、そこに一組の老夫婦がいたんだよ。桜を見上げながら、手を繋いでね」


 「へえ。そりゃ仲のいーこって」


  ほんとに。と同意しながらも、耕介は話すより先に笑ってから。


 「でもそこに俺が自転車で通りかかるとさ、すぐにパッとお爺さんの方が手を離したんだよ」


 「へっ、お前に見られるのが恥ずかしかったとか?」


 「たぶんね。そしたらさ、今度はお婆さんの方が、ギュッてちょっと怒ったようにお爺さんの手を
 握りなおしたんだ」


 「あっはは。いつの世代も女は強いってか」


  真雪はいつしか声を出して笑っていたが、すぐにムッと口をへの字に戻した。


 「……その老夫婦みたいになりたい、ってか?」


 「はは。そうだね、そんなのも素敵かもしれないな」


  だが耕介はゆっくりと首を横に振る。


 「ただ俺はそんなあの場所が、空気が好きだったって言いたかっただけ」


 「……ん」


 「もちろんここの桜には遠く及ばない、その程度のモノなんだけど」


  だから不安が無い訳じゃないけど、とおもむろに立ち上がって。


 「おれが好きだったものを真雪にも見せたい。見てもらいたい、そんな風に思うんだ」


 「…………」


 「それがはたして、真雪を幸せにするかは分からない」


  手を差し出して。耕介は真雪の塗れた、真っ黒な瞳ををしっかりと見つめながらこう言った。


 「でも見せたいんだ、真雪に。二人で一緒に、見たいんだ」


 「耕介……」






                     〜◆〜






 「ねぇ真雪、俺も人はどれだけ愛し合っていても、どれだけ一緒にいても。全て分かり合う事なん
 て出来ないと思うよ」


  何時の間にか、ずっと見詰め合っていた二人だったが、真雪は今頃気が付いたかのようにフイと
 視線を外した。


 「でもだからこそ、分かり合える、と思える人は大切な存在なんだと思う」


 「うん……」


 「俺にとってそう思えるのが、真雪なんだ」


  だが耕介はかまわず目の前の想い人に笑いかける。


 「俺は真雪がいい。だから、君と結婚したい」


 「…………」


 「真雪さん、俺と結婚、してくれますか?」


 「……あ、う、うん」


  そうして不意にぽんと肩を叩かれた拍子に、顔を上げた真雪はぼうっとした表情のままコクンと
 首を縦に振った。


 「ホント?」


 「あ。お、思わずうなづいちまった」


  慌てて口元を押さえるが時すでに遅し。目の前で、彼女の恋人はニコニコと微笑んでいた。


 「ま、まぁいいか」


  熱くした顔をそっぽ向けてポリポリと頬を掻きながら、やがてウンと一つ頷く。


 「あんたが、そこまで言うんだったら……」


 「ホントにホント?」


 「ほ、ホントにホントかは……ってこれ前にもやったぞ」


 「あはははは♪」


  ホントにホントで掴まれた両肩を振りほどきながら、真雪は軽く耕介の肩に向って右パンチ。


 「あーあ。なんっかだまされてる感じがするんだよな〜」


 「そんな事無いってば」


 「そうかぁ?」


 「俺はちゃんと、ストレートで打ち取ったつもりだよ」


 「……まあいいけどさ」


  観念したかのようにふぅと一息吐くと、急にもじもじと体をよじる。


 「あ〜、それから耕介」


 「ん?」


 「……後悔、するなよ?」


  真雪は耕介の顔をキッと睨みつけ、でも顔を赤らめながら小さくそう言った。


 「後悔するぐらいなら、はじめからプロポーズなんてしないよ」


  そんな真雪にニコッと笑いかけると、耕介は目の前にスッと、右手を差し出した。


 「一緒に、行こう?」


 「ん……うわっと」


  真雪が今度こそ出された手をキュッと握り返すと、耕介はそのままグッと引き寄せ立ち上がらせ、
 抱きしめる。


 「まゆき……」


 「こうすけ……ぅんっ」


  そうして耕介が軽く額に口付けると、二人の唇が重なった。


 「好きだよ、真雪」


 「うん、知ってる……」






                     〜◆〜






 「さて真雪。とりあえずお茶でも入れ直そっか?」


 「ん……なあ耕介、籍入れんのはいいけど、寮の連中には暫く黙ってろよ」


 「え? でもそれじゃあ――」


 「いーから黙ってろ!」


 「うわっ。暫くって、い、いつまで?」


 「……あたしの気持ちに整理がつくまでだっ!」


 「あだだ! わ、わかった、わかったから!」


  殴る女に、殴られる男。でもその顔は、確かに二人とも幸せに満ちていた。


 「うらっ! テキサスクローバーホールドッ!」


 「グッ……グゴゲーーッ!」


  ただし彼等なりの、幸せに。






                                       了









 後書き:当時友人の結婚記念として書いたSSでした。
     今読むと当時の心理状態とか分かってちょっとイヤかも(苦笑
     「HOLD YOU STILL」のアナザーみたいな感じになれば、
     とも思って書いたものでしたね。





  03/01/26――初投稿。
  04/11/21――加筆修正。

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takemakuran@hotmail.com
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