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  〜ロボット〜
  (Main:ノエル Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「そうです忍お嬢様」


 「もう私はウソをつくことも、姉妹を……殺すことも……できます」


 「そうですお嬢様……あなたが組み込んだイエッサー(服従回路)です」


 「確かにこの通り作動しています。あなたの望んだ悪の心が」


 「だけど……だけど、その悪の心が私を強くしました」


 「そんなものに負けてはいけないという心が、私を強くしました」




  ――うれしそうにピノキオは、おじいさんに言いました。


  ――僕はもう木の人形なんかじゃないんだ。




 「私は……私はこれで人間と同じになりました」


 「だけど、それと引きかえに私は、永久に……」


 「悪と、良心の……心の戦いに……苦しめられるでしょう」




  ――こうしてピノキオは人間になりました。


  ――メデタシ、メデタシ。




 「だけど……ピノキオは人間になって、本当に幸せになれたのでしょうか?」






 「ノエル……ノエルーっ!」


 「今度生まれかわったら、天使のようなロボットに……」


 「ノエルーーッ!!」


 「……一体何をしているんだ」


 「あ、恭也」


  ある春の日の午後のこと。いつものように呼び出され、やってきた月村邸で恭也が見たものは、
 部屋で妙な寸劇を繰り広げる忍とノエルの姿だった。


 「見ての通り。キカイダーごっこ+α」


 「言われても分からんわ」


  恐らく最初から見せる事も考えられていたのだろう。さらりとそうのたまう忍に、恭也も新しい
 パターンだな、とさほど驚きもせず冷めた瞳で二人を見下ろす。


 「また殺伐とした遊びだな……」


 「そう? じゃあ恭也はもっと人間的な、嫁姑地獄篇ごっこの方がよかった?」


 「いや、そういう訳では」


 「まったくうちの嫁ときたら、ろくに家事も出来やしない」


  半ば諦め気味に手を横に振る恭也。しかし忍はさっさとノエルを向くと、恭也を無視して危険な
 遊びを再開し始めた。


 「まあノエルさん、こんな塩辛い味噌汁を飲ませて。私を殺すつもり?」


 「すいませんおかあさま。おゆるしを」


 「口答えするんじゃありませんぺち」


 「あう」


  口元に手をやり、高飛車な口調の忍に合わせて頭を下げるノエル。しかしそのセリフは先ほどの
 独白に比べて準備不足か、まったくの無表情の棒読みである。


 「まったくこれだからお育ちの違う方は……ブツブツ」


 「しかしあるひよめのふくしゅうがはじまる。おかあさまのくつに、えいっ、たたみばり」


 「足が、私の足がっ!」


 「にやり」


 「ああっ、まさるさん! 鬼嫁が、みつこさんが私を苛めるわ!」


 「誰がまさるさんだ誰が」


  それに最初嫁をノエルと呼んでいたではないか、と恭也は冷静にすがりつく忍を足蹴にする。


 「あ〜れ〜……よし、今度ノエルのプレイイメージに入れとくね♪」


 「やめい」


 「ぴうっ!」


  くるくると楽しげに演じられる二人の嫁姑劇は、最後に恭也のツッコミチョップが忍の頭に叩き
 こまれ、ようやくその終焉を迎えたのだった。






                    〜◆〜






 「しかし、大変だな。ノエルも」


 「何の事でしょうか」


 「忍に付き合わされてあんな事、さ」


  すでに日も翳り、暗くなった空を見上げながら漏らすようにそう呟く恭也。


 「いえ。そんな事はありません」


 「そうなのか?」


 「はい。私も、それなりに楽しんでおります」


 「そ、そうか」


  あの後忍にいつものコントやらゲームやらノエルとの実験などを付き合わされ、帰り際玄関から
 門までの短い距離をノエルに送ってもらう所であった。


 「……ひとつ、ノエルに聞きたい事があるんだ。もしかしたら、失礼な事なのかもしれないんだが」


 「はい。なんでしょう恭也様」


 「構わないか?」


 「はい。私に答えられる事でしたら」


  何度も前置いてから恭也はちらりとノエルの横顔を伺うように覗くと。


 「ノエルには、その、心というものは存在するのか?」


  逡巡しつつも、二人並んで歩きながら少しだけ申し訳なさそうにそう尋ねる。


 「他人を憎んだり、愛したりする。そんな心が」


 「……心、といった物の定義がなされていないので、その質問には答えかねます」


 「そうだな。すまなかった」


  忘れてくれと手を振る恭也に、しかしノエルは短く沈黙すると、ですが、と付け加えた。


 「よく分からない、といった事こそが、心の定義に最も近い物だと思われます」


  そうして恭也を振り向く事無く遠く真正面を見据えたまま、ゆっくりと口を開き始めた。


 「私はお嬢様と恭也様をお慕いいたしております」


 「あ、ああ」


 「それは私の中に一言で表せる、適当な理由を見つける事は出来ません」


  淡々と己の想いを口にするノエルに、逆に恭也の方が口篭もってしまう。


 「しかし私は、これからもずっと忍お嬢様、そして恭也様と共にありたいと思っています」


 「う、ん」


 「それこそが、私の心、なのかもしれません」


  ノエルはそこでスッと自分の胸に手を置いて、一旦言葉を区切り。


 「よく、分かりませんから」


  そう言って初めて恭也を振り返り、小さく微笑んだ。それはもしかしたら、彼女なりのジョーク
 だったのかもしれない。


 「ただ……」


 「ただ?」


 「私は人に作られました。自動人形、ロボットなのです」


 「ノエル……」

  門までたどり着いていたため、すでに二人立ち止まって話し続けていた。ノエルはあいかわらず
 あまり表情を変える事無く平坦な口調で話し続ける。


 「私はロボットです。人間の精神をインプットされたロボットです。ですがそれが私の誇り。誇り
 なのです」


  しかしやはりそれは、恭也の耳にも誇らしげに聞こえたのだった。






                    〜◆〜






 「……かーさん。少し、聞きたい事があるのだが」


 「ん? なーにあらたまって」


  それから少したって。ある日の夜、家族そろっての夕食をとった恭也は、その後久々に席を共に
 した母に相談を持ちかけた。


 「その、もし、と言うか例えば、の話なんだが……」


 「なんだか随分前置くのねえ。それで?」


  二人きりになるために部屋へと移動した桃子は、奥歯に物の挟まったような物言いに怪訝に思い
 つつも、間にお茶を挟んで恭也と向き合って座り。


 「もし俺の好きな人が、人間ではなく、例えばロボットのようなものだったら?」


 「はい?」


 「えーとその、本当に例えばの話なんだが」


  突如息子の口から飛び出したあまりの言葉に、桃子はつい間抜けな返事を口にする。一方恭也は
 予想がついた事なので、冷静に例えばの事だからと繰り返す。


 「ロボットって……鉄腕アトムみたいな?」


 「いや、それは……」


  ちょっと、と母の自分以上に古いセンスに閉口する。


 「あはは。そうね、アトムはなかったわね」


 「ああ」


 「ウランちゃんよね♪ 恭也が好きになるんだから女の子でしょう」


 「……それでいい」


  笑顔でそう言う桃子に、それ以上つっこむ気にもなれず恭也は諦めて頷いた。


 「でもあんたの好きな娘って忍ちゃんでしょ? あの娘ロボットだったの?」


 「そういう訳じゃないけど」


 「あ、ノエルさんか。あの娘ロボットだったんだ」


 「い、いや」


  鋭いのかそうでないのか、よくわからない母に困惑しつつも恭也は話をそらす為にももう一度、
 手を前で組むと真面目な顔で問い直す。


 「やっぱり、おかしい事だろうか」


 「う〜ん……」


  そんな息子の硬い表情に桃子もポリポリと頭を掻きながら。


 「そうねぇ。やっぱりなんでか問題があるんじゃない」


 「……そうか」


  暫く考えた後出した答えに、それは予想通りだったとはいえ、恭也は無意識に小さく首を垂れた。


 「だってねぇ。まず第一に、子供が出来ないこと」


 「は」


 「やっぱり孫を抱けないのは、かーさん寂しいわ」


  しかし続く予想外の母の言葉に、今度は恭也の方が間抜けな声を上げてしまった。


 「その、そういう問題なのか?」


 「それにロボットなら、戸籍とか大変なんじゃない?」


 「いやそれは問題無い、というか」


 「そこは解決済みなんだ」


  そうだ、と素直に返事する訳にもいかず、恭也は曖昧に頷くのみ。


 「う〜んじゃあ後はその娘の気持ちかねぇ」


  再びアゴに指をやり考えこむ桃子。恭也も想像していたようなものとは違った、意外な話の流れ
 に軽い戸惑いを覚える。


 「その娘の方はあんたをどう思ってるのか。そこが一番問題だろうし」


 「う、む」


  だがもちろんそれも恭也にとって大きな問題であり、また自分の為に真剣に考えてくれる桃子の
 姿に、とりあえずただ黙って耳を傾けていた。


 「わかってるの? それは」


 「わかっている、というか……」


  何度か体を重ねた仲とはいえ、正直ノエルの気持ちは恭也には分からなかった。ましてやそんな
 事を目の前の母に言う訳にもいかず。


 「俺にロボットの気持ち、心というのは――」


 「信じられない?」


 「…………」


 「う〜ん」


  沈黙する恭也の心に、桃子の言葉が突き刺さる。一番ノエルの心を信じられない、信じたいのは
 他の誰でもない恭也自身だったのだから。






                    〜◆〜






 「ねえ、恭也は今、なんでここに居ると思う?」


 「え? 何でって……」


 「ほら歌にもあるじゃない。うるとらの父がいる、母がいる、そしてたーろーもここにいる〜♪」


  突然の方向転換に戸惑う恭也に、かまわず桃子は歌い出し、それがますます息子を困惑させた。


 「つまりあんたは、両親が居て、ここに産まれてきたのよね」


 「ん、ああ」


  ようやく何となく言いたい事が分かってくると、恭也は目の前で指を立てる桃子に頷いて返す。


 「じゃあ次に、恭也は何が正しいとか、何が正しくないとか、どうやって知った?」


 「正しい、こと?」


 「人を無意味に傷付けちゃいけないとか、盗んじゃダメだとか。良い事悪い事をどうやって憶えて
 きたと思う?」


  先だって口篭もってしまった息子のために、別の切り口からのどこか教師のような、諭すような
 桃子の口ぶり。


 「ん……きっと初めは、とーさんからとか」


 「そう。親として、あたしもその辺の事はちゃんと教えてきたつもり」


  今度は母としてか、なにか自信に満ちた桃子の言葉に、恭也も無言で素直にコクリと頷く。


 「そう考えると、人の善悪とか、心とかって、誰かから教えられたものかもしれないわね」


  一度反芻するように桃子は自分の胸に手をやり、フッと恭也の頭の上辺りに視線を持ち上げると。


 「それをインプットした、と考えるなら」


 「…………」


 「あんたも私達両親に作られたロボットみたいなもんよ」


  そう言って、あらためて恭也を見ると、笑った。


 「しかし……俺はそれだけじゃない。そのかーさん達から教えられた事に反発したり、自分自身で
 得てきた事だって――」


 「だから、それは向こうも同じじゃないの」


 「え?」


  急き込んで、思わず自分の感情を爆発しかける恭也を手で制し、なおも桃子は静かに続けた。


 「あんたが好きになるほどのロボットなんでしょ? だったら、向こうも同じ様に自分で考えたり、
 反発したりして過ごしてきてるんじゃないの」


 「む、う」


 「もし本当に、その娘と、ロボットと、その人と結ばれたいんだったら」


  虚を衝かれた恭也はやや呆然としながら、視線を泳がせ自らの口を押さえて唸る。


 「まずはあんたが、その娘の事を信じてあげるのが第一じゃない?」


 「……ああ」


  一番の問題は、ノエルでも家族でもなく、まず自分自身の心だったのだ。


 「ありがとう、かーさん」


  桃子によってそれを悟った恭也は、考えに沈んでいた頭を上げ母を仰ぎ見ると、改まって感謝の
 言葉と共にその頭を下げた。


 「ま、亀の甲よりってね♪ ……って誰が年だっての!」


 「じ、自分で言ったんじゃないかっ!」


  黙んなさい、とこめかみにゲンコツでグリグリと、グリコと呼ばれる方法で襲いかかる桃子。


 「イテテ……誇り、か」


 「え?」


  むにむにと当たる胸の感触に少々困りつつも、少し嬉しそうに恭也は桃子の拘束を振り払おうと
 しながら。


 「俺はかーさんの息子だって事を、誇りに思ってるって事」


 「なによ急に。気持ちの悪い」


  唐突な言葉に手を止め、そう言いながらも桃子もちょっと照れた様子で微笑んでいた。






                    〜◆〜






 「日が、長くなったな」


 「はい。今日の日没は18時22分となっています」


  夕闇が濃くなり始めた空に向け、漏らした恭也の呟きにノエルらしい律義な返事が返ってくる。
 その日も見送りの為、揃って月村邸の玄関を出た二人だった。


 「あれはノエルが?」


 「はい」


  恭也が指差した先、脇のプランターの中には牡丹の花が、三つ鉢ごと並んで入れられていた。


 「今年、蕾のものを購入しましたので。今ついている花は小さいですが」


  それぞれに小さく白、赤にふちが白、ふちが黄色とまさに色とりどりの花が揺れている。


 「ですから来年は、地植えにしてもっと大きな花を咲かせたいと思います」


 「うん」


  あいかわらずのポーカーフェイス。しかし牡丹を見詰めるノエルの目は、恭也にはやはりどこか
 優しげに見えた。


 「ノエル」


 「はい、恭也様」


 「ひとつ、聞いてほしい事があるんだ」


 「はい」


  そのまま歩を進めようとしたノエルに、恭也は立ち止まったまま。それに合わせてノエルは少し
 離れた場所で立ち止まると恭也を振り返る。


 「俺は……」


  少しだけ、決意のため間を取るとスッと視線を上げると、しっかりとノエルの顔を見詰めて。


 「俺は、ノエルの事が好きだ」


 「……はい」


  ゆっくりと恭也はそう言った。


 「私も……」


  その言葉に視線だけ地に下ろすと、ノエルも少しだけ考える様子を見せ。しかしすぐに真っ直ぐ
 に恭也を見詰め返すと。


 「私も、恭也様の事が好きです」


 「……そうか」


  静かにノエルはそう言って返した。


 「安心、した」


 「はい」


  それからジッと、無言のまま見詰め合う二人。やがてどちらからともなく口元をゆるませる。


 「はは、ははははは」


 「ふふ、ふふふふふ……」


  二人の頭上を春の、強い風が吹きぬけ。ノエルは右手で軽く髪をおさえ、恭也は風になびくまま、
 暫く互いの笑い声だけが宵闇に木霊し、やがて消えていった。






  春も、もうすぐ終り。






                                       了









  後書き:「今度生まれかわったら……天使のようなロボットに……」
      「リルルーッ!」
      「お友達になってね」
      思えばこのリルルの頃からもう、ロボっ娘萌え〜ってあったんですよね。
      キカイダーといい古いものに触れる度、今自分達が触れているもの、
      自分達が作っているものが全部、過去の焼き直しに見えてきてしまったり。
      ホントはそんな事ないんですけどね。





  03/05/23――初投稿。
  04/10/20――加筆修正。

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takemakuran@hotmail.com
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