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  〜サボテン〜
  (Main:愛 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「ささ、まずは座って座って。もうすぐお茶が沸くから、そしたら一緒に飲もうよ」


 「はいー。ありがとうございます」


  まだ外出着なままの愛の背中を押して、やや強引に椅子につかせると自分はパタパタとキッチン
 の方へと戻っていく。


 「もういいかな……エートお湯呑みお湯呑みと」


  そうして耕介は急須にお茶を淹れた後、ちゃっと残りのお湯を湯呑みに注ぎ温めると、盆に載せ
 妻の待つテーブルの方へと運んで来た。


 「はい、お疲れさま愛さん」


 「あ、耕介さんこそ、お疲れさまですー」


  差し出されたお茶に頭を下げる愛に、その隣に座った耕介も軽く首を前に出す。


  近頃愛は大学では実際に動物に触れている時間がほとんどとなっており、さりとて自身の獣医師
 としての勉強量が減る訳ではなく。


 「ここの所また忙しそうだね。一番暑い盛りを過ぎたと思ってたけど」


 「そうですねー、まだまだ暑い日がありますし、それに落ち着いた分予防接種や定期検診に来られ
 る方も多いですから」


  それゆえ最近の槙原夫婦にとって、久々に手に入れた団欒の時間だった。


 「ふーん大変だなぁ……あ、そうだコレお茶請けね」


 「あ、かわいー♪ 月餅、ですか?」


 「うん、ちっちゃくって丁度いいでしょ」


  袋に入ったままの、直径五センチほどの一口月餅に愛は歓喜の声を上げる。


 「この『蛋』っていう字が卵の事らしいよ。だから卵が入ってるはずなんだけど」


 「へー、混ぜ込んであるんでしょうか? それとも丸のまま?」


 「さあ、それは食べてからのお楽しみって事になるかな」


  それは貰い物であった為、本当に耕介は知らなかった。ぴりぴり透明なビニルを引きちぎると、
 ふつふつと湧き上がる笑みを隠そうともせず。


 「ってなことで愛さん、はいあーん」


 「あ、アーン♪」


  耕介が摘み上げた月餅に、愛は笑顔と共に欠片が零れないようやや下から見上げるように、半分
 だけ齧り取る。


  何だか自分が雛にでもなった気分だ。


 「ふぁい、こうふけさんも、んぐ、あーん」


  もごもごとねっとり絡みつく餡を頬張ったまま、お返しとばかりに自分もがさがさと急いて少し
 乱暴に袋を剥ぎ取ると、夫の口元へと差し出した。


 「愛さん愛さん、あげる方は口開けなくってもいいんだってば」


 「あはは、何となく、こうなっちゃいますよね。はいあーん」


 「ってまた。はは、アーン」


  やっぱり口を開けたままにしてしまう愛に苦笑しつつ、また耕介も半分に齧り取る。


 「んん、ホントに卵入りだ!」


 「本当。丸のままだったんですねー」


  お互い自分の手の中の残りを見て声を上げた。月餅の黒い練り餡の真ん中に、黄色く卵だと思わ
 れる物が見て取れる。


 「あ、塩味なんですね」


 「だね。甘いあんこのアクセントになって、結構美味しいや」


 「はい、とっても」


  そう言って愛と耕介がほぼ同時にお茶に手を伸ばし啜る。と口の中で溶けた餡の中に、ぷつぷつ
 ナッツ類の欠片が僅かに浮き上がってくるのを感じていた。


 「っちち、ふー」


 「ん……あの耕介さん、ちょっと思ったんですけど」


 「はい? なに愛さん」


  熱々の日本茶を少しずつ、空気を含ませながらズズッと含んでは一息つくのを繰り返す耕介に、
 ふと思い出したように愛が声をかけた。


 「この卵って、このサイズだともしかして、ウズラの卵とかだったりするんでしょうか?」


 「う〜んどうだろう。あ、でも塩味ついてるんだから、溶き卵を窪みにちゃ〜って感じじゃないか
 なぁやっぱり」


 「あ、そうですよねーやっぱり」


  それを聞いた愛は何故かちょっと残念そうに。


 「まあ分かんないけどね。はい残りもう半分、アーン」


 「あ、じゃあ耕介さんも、あーん♪」


  そんな妻の口に耕介は再び月餅の残り半分を運ぶと、今度は愛も貰う前に自らも差し上げ、二人
 同時に口に入れた。


 「……うふふ」


 「あはは、あーいさん」


 「はい。こーすけさーん」


  見詰め合い意味も無く互いの名を呼び合う。ただそれだけで今食べた月餅の餡よりも甘い、幸せ
 な空気が自然と距離を短くした二人の顔の間を漂っていた。


  そんな自分達を見詰めるすみれ色した二つの瞳の存在にも気付かず。


 「何してるの」


 「うわあっ?!」


 「はわっ、り、リスティ……」


  突然脇から掛けられた声に驚き、愛と耕介はハッと近すぎた顔同士を慌てて引き離す。


  そこに一見無表情に立っていたのは、娘のリスティだった。


 「……お邪魔だった?」


 「え? まさか!」


 「そ、そうよーリスティ」


  残り香のような睦まじい雰囲気を嗅ぎ取り、自分でも無意識にリスティの声が半トーン下がる。


  それに対し耕介達はとんでもないとばかりにブンブンと首、両手を左右に振って。


 「そうだ、リスティも、わたしたちといっしょにお茶にしない?」


 「たまには親子3人水入らずでってのもいいよな」


 「…………」


  疎外感を感じていた事を意識する間もなく、リスティはじわり赤くなっていく自分の顔を隠すよ
 うに目を伏せ。


 「ボクも飲む」


 「え? あ、はいはいお茶ね」


  むしろ仏頂面のままそう言った。


  近頃またリスティの愛想が無くなってきた感があったが、それは単に地が出てきたという理由で、
 心を閉ざしている訳ではないという事が分かっていた為愛も耕介も心配してはいなかった。


 「今日本茶しかないけど、紅茶淹れてやろうか?」


 「ううん、それでいい」


  残念ながら月餅はもう無い、茶色い湯呑みだけがリスティの前に置かれる。


 「ズズズ……う〜んやっぱり日本人はお茶だよなあ」


 「……アッチ」


 「ありゃ、リスティは猫舌だったか」


  満足げに熱い吐息を吐く耕介とは対照的に、リスティは口をつけた途端離し、小さくちろりと舌
 を出す。まだ熱かったのだ。


 「でも日本茶はこの熱いのが美味しいんだがなぁ」


 「わかんないよ。そんなの」


 「うーん」


  いかにも自分には熱すぎるというように、リスティは湯呑みをテーブルに置いたまま両手の指先
 のみで弄んでいる。


 「じゃあ、こうしましょうか」


 「え?」


  その様子を横で今まで黙って見詰めていた愛が突然ポンと手を叩くと、ガタンと席を立ち。


 「あ、耕介さん、お湯呑みもう一つ使いますね」


 「それはいいけど……」


 「〜♪」


  笑顔のままリスティの湯呑みを盆に載せ台所へと持って行ってしまった。


 「あっちち、あち、あち」


 「愛さーん、だいじょーぶー?」


 「はいー、大丈夫ですよー」


  背中に掛けられる夫の声に律儀に応えながらも、愛は熱々の日本茶をザーッ、ザーッといった感
 じで一気に、二つの湯飲みの間で何度も何度も移しかえる。


 「……よし、こんな所かな」


  十四、五回は繰り返しただろうか、そのお茶を愛は今度はそのまま手で持って帰って来た。


 「どう? これならもう飲めるんじゃない?」


 「……ウン。なんとか」


 「よかった♪」


  恐る恐るリスティが口付けたそのお茶は、確かに前より冷めており。答えを聞いて愛はえっへん
 と豊かな胸を張る。


 「槙原愛流お茶の冷まし方、ですかね」


 「へえ、そんな裏技があったんだ」


 「あは、裏技、ってほどのものじゃないですけど」


  誇らしげに言ってみたもののそう素直に感心されると、すぐに苦笑してしまう。


 「お水入れると、せっかくの美味しいお茶が薄くなっちゃいますしね。どう? リスティ」


 「んー」


  当の本人は生返事しか返さなかったが、髪を揺らしクイクイと湯呑みを傾ける娘の様子を見て、
 愛は嬉しそうにとろりとした笑顔を浮かべ。


 「……いいなぁ」


 「はい?」


 「いや、なんでもないよ愛さん」


  そんな母娘の情景をまた端から眺める耕介も、一人目を細めていた。






                     〜◆〜






  その夜。普段夜の早い愛の部屋からは、静かな寝息の代わりに奇妙な呻き声が漏れていた。


 「う〜んこってるこってる」


 「あた、あたたたた……あの耕介さん、お手柔らかに」


 「最初は痛いぐらいでね。徐々に軽めに、長ーくやってくから」


 「は、はう。ありが、あつ〜」


  耕介の力強いマッサージを背中に受けて、潰れたヒキガエル、とまではいかなくてもアマガエル
 程度の鳴き声を発していたのは愛であった。


 「獣医師の仕事ってあらためて、ずいぶんと重労働なんだなぁ」


 「専門的な事はまだまだ出来ない事も多いんですけど、それでも人手として、色々と駆り出される
 事が多いですからね」


 「頑張ってるんだ」


 「日々勉強で、すふぅ〜」


  ツボを押されて、時折語尾がおかしくなる。


 「本来なら動物病院も手が空く涼しい時期に、今度は鳥インフルエンザのせいでまた気が抜けない
 だろうし……」


 「ですねー。でもまあ好きでやっている事ですし」


  ちょっとだけ寂しいかな。


  己の未来に瞳輝かす愛に対し、耕介は心の片隅でそう思ったがあえて口にはしなかった。


 「……ごめんなさいね、耕介さん」


 「ん? うん」


  それを知ってか知らずかベッドに寝そべったまま謝る愛に、ただ頷いて返しておく。


 「農家とかもうあれがあってから皆、鶏小屋がっちりビニールとかで囲っちゃってるもんね」


 「ちょっと、可哀想ですよね。でも仕方のないことですから」


  実際の被害もだが、鳥を表に出せなくなった等の風評被害が大きいと愛は言う。


 「わたしも学内では白衣着てますから、昨年も外部の方に色々と尋ねられる事も多かったです」


 「愛さんも白衣って着るんだ」


 「そりゃ着ますよー」


  言われれば耕介にも白衣が干されているのを見た記憶がある気がする。


  結婚して此の方夫である耕介がやる部分も増えてはいたのだが、それでも自分の事は自分で、が
 染み付いた愛は忙しくなった今でもマメに洗濯をこなしていた。


 「たまに白衣着て、みんなで並んで廊下を歩く白い巨塔ごっこなんかもするんですよー」


 「そ、そうなんだ」


  何故かいつもの明るい笑顔のままで廊下を練り歩く白衣姿の愛の一団を想像して、思わず耕介は
 噴き出しそうになる。


 「あのですね耕介さん」


  と、手の止まった耕介から逃れるように、するっと身を起こすと愛は心なしか声を潜め。


 「それで実は今も、手が離せない子が1人居るんです」


 「へえ、学校の方に?」


 「いえ、ここに」


 「ココ?」


 「はい、ここです」


  室内を見回してみても、動くものは自分達以外水槽の底で忙しく働き回る沼エビしか居ない。


 「どこ?」


 「ここですよ、ここ。コケッコー♪」


 「……いやいや。あ、もしかしてそのサボテン?」


 「えへ、はい」


  やや呆れる耕介を余所に、愛が鳥を模した2の字形にした手のまま指差した先には、丸い一鉢の
 サボテンが鎮座していた。


 「何か特別なサボテンなの?」


 「いえそうじゃないんですが、サボテンは花を咲かせるのが結構難しいんです。最近のものは温室
 で一気に成長させたもので、開花サイズまで行く前に枯れてしまう事が多くって」


  これもそんなうちの一つで、だから管理しやすい寮まで持ち帰ってきたと愛はもう一度サボテン
 を振り返ると。


 「何年か手をかけてやって大きくして……それでようやく。だから一度花をつけてしまえば、それ
 以降は咲き続けるらしいんですけどね」


  何か愛しむように、語りながら愛の視線が灰色の刺を撫でる。


 「聞いた話によると、1年に1度くらい植え替えしてやる必要もあるらしいんですが」


 「サボテンって話し掛けると成長が良くなったり、刺がやわらかくなったりするって言うよね」


 「ええ、だから話し掛けてあげたりとかも」


  してるんですよー、と愛は嬉しそうにのたまった。


 「なんだか、子供みたいだね」


 「そうですねー。何とか花をつける、その時までちゃんと育ててやりたいんですけど……」


  しかしその笑顔が急に曇ると、よれよれ溜め息と共にその首が沈んでいき。


 「はあ。正直自信は、無いんですよねえ」


 「大丈夫だよ、愛さんには実績があるからさ」


 「へ?」


  そんな愛に対し耕介はやけに自信たっぷりに、背後から抱きつくよう肩にあごを乗せそう言った。


 「実績、ですか? でもわたしそんなに、動物のお世話すらまともに出来ないぐらいで」


  ドジばっかりですしー、と自分で言っていて情けなくなってきた愛は更に俯き、ぽしょぽしょと
 語尾もかすれていく。


 「うんにゃそんな事無いよ。あるじゃない、凄く身近に、綺麗な花を咲かせたのがさ」


 「え?」


 「銀色の、スミレ色の花をつけたのが、ね」


 「ぎん、いろ……?」


  耕介の方はどんどんヒントを出してやっているつもりなのだが、それでも愛には何の事やら見当
 がつかない。ただただ首をひねるばかり。


  ただ耳元に当たる息が少しこそばゆかった。


 「これだよこれ」


  まだ目を白黒とさせている様に、とうとう諦めた耕介が愛の体から離れそばにあった写真立てを
 指差した。


 「この銀色のサボテンさ」


 「?」


  光が反射してよく見えなかったらしい、振り向いた愛はくいっと体ごと顔を傾ける。二人が座る
 ベッドがギイと少しだけ鳴き声を上げた。


 「あ。あーあーはい、リスティのこと、ですか」


 「そう。初めはちょっと鋭い刺持ちだったこのサボテンもさ」


  漸く夫の言わんとする所を理解した愛は、目を大きく見開き何度も頷いていた。


 「愛さんのおかげで今は優しい、スミレ色の花を咲かせてると思うよ」


 「そ、そんなわたし、耕介さんの力の方が大きいと思います……けど」


  そう言って頬を染める可愛らしい妻に耕介はゆっくりと首を横に振って。


 「今日だってさ、覚えてる愛さん?」


 「はい? 何がでしょう」


 「愛さんが、2つの湯呑みを使ってリスティのお茶を冷ましてやったの。あれ見て俺ちょっと感動
 しちゃったよ」


 「か、感動だなんて」


 「凄くリスティのこと、愛してるんだなぁって実感した」


  嘘偽りのない気持ちだった。


 「あ、あの、そんな……」


 「そういう愛さんの愛がね、あ、洒落じゃないよ? リスティの心の花を開かせてるんだと思う。
 凄いよ」


 「あう、あうう」


  あまりにベタ誉めされる為、何だか恥ずかしいやら申し訳ないやら、愛の姿がだんだんと小さく
 なっていく。


 「……おじいさんが昔、わたしにやってくれたんです。あれ」


  まだずっと小さい頃、同じように熱いお茶が飲めなかった自分にしてくれたのだ。


 「あ、あとお寿司のエビってあるじゃないですか? あの茹でて開かれてるやつ」


 「うん、分かるよ」


 「わさびが苦手なわたしのために、あれをお茶で洗ったりしてくれてましたねー」


 「そうなんだ、何かいいなぁそういうの」


 「……なんだか急にいろいろ、思い出してきちゃいました」


 「うん」


  自分の一言がきっかけとなり、より一層揺り起こされた決して忘れる事の出来ない思い出という
 名の記憶。


  ツンと痛む鼻の奥に思わず目を潤ませる愛。


 「俺なんかさーガキの頃指をしゃぶっていたら、『その指たたっ切るぞ!』って包丁を持ったお袋
 に脅されて。以来指しゃぶるの止めたらしい」


 「あははっ♪ そんなー」


 「トラウマになったらどうするんだってーの」


  そんなちょっと湿っぽくなりそうな空気を、耕介の笑い話が愛の泣き笑いと共に吹き飛ばしたの
 だった。






                     〜◆〜






 「だからさ、愛さんならきっと大丈夫だよ」


 「え? あ、はい」


 「サボテンだってなんだって、ね。立派に育ってくよ」


  唐突に話を戻した事にやや戸惑いつつも、その耕介の笑顔を見ると、愛はなんだって頷いてしま
 いそうになる。


 「それでいつかリスティがお嫁に行って、子供が生まれたら。きっと今日のような事を思い出して、
 自分の子供にもしてあげるんじゃないかな」


 「はい、だとしたら……嬉しいです、ね」


 「うん……ってお嫁に? むー」


 「耕介さん?」


  急に難しい顔で考え込んでしまった夫の腕を無意識にとるが、耕介はその腕を組んでしまい何や
 ら苦しそうに唸り続け。


 「正直、許せんな。あの娘がどこか余所へお嫁に行くなどと」


 「あは、あはは」


 「ま、冗談はともかく」


  耕介は自分で言っておいて悩む、立ち直るという可笑しな行動を一瞬にして済ますと、ポンと膝
 を叩いて愛に向かってこう言った。


 「いつかリスティに弟か妹が、俺たちの子供が生まれたら。また同じ事をしてやろうね」


 「耕介、さん……」


 「愛さんが学校を卒業した時か、それか無事動物病院建てられた時とか」


  要は愛さんが落ち着いたらって事になるのかなあ、などとあれこれ楽しげに語る耕介だったが、
 反対に愛の視線がだんだんと下がっていっているのに気がつかない。


 「そうやって愛さんのお祖父さんから愛さんへ。愛さんからリスティへ、子供達へといろいろな事
 を繋げていけたら素敵だろうなあ」


 「……今すぐ、作っちゃいましょうか」


 「え?」


 「わたしと耕介さんの、子供……」


  ようやく耕介がその囁くような呟きに驚いて振り返ると、下を向いてもぢもぢと、愛は真っ赤に
 なって何度も両手を擦り合わせていた。


 「で、でもさ、俺と違って愛さんはこの先も色々と忙しいだろうし――」


 「大丈夫ですよ、何とかなります」


  先刻のお返しとばかりに、今度は愛の方が何故か自信たっぷりにそう言い切った。


 「わたしも、正直自信無いです。まだまだ自分の勉強に手一杯ですし、不安もあります」


 「うん、そりゃあねえ」


 「でも耕介さんとだったら、何とかなるかなぁって」


  この人となら。そんな根拠の無い自信が沸いてくる。


 「そう、思っちゃいました♪」


 「愛さん……」


  両拳をギュッと握り締めて力説していた愛だったが、そこで急にクスクス笑い出し。


 「知ってます? コーヒーとか飲む時のリスティ」


 「うん? いや、なに?」


 「スプーンをカップに入れたまま、それをこう、親指で押さえながら飲む事があるんですよ」


 「あー、俺もたまにやってるな」


  カップに斜めに差したスプーンを持ち手の親指で固定して飲む。特に意味は無いのだが、その場
 で何か混ぜ込む事自体少ない耕介が稀にする行為だった。


 「うふふ、その耕介さんの、真似をしてるんですよ。あの子の小さな手じゃ随分と窮屈そうなのに」


 「昔、俺の親父がやってたんだよ同じこと。でもそんな行儀の悪いこと真似しなくてもいいのに」


 「リスティが耕介さんのことが好きだからですよ、きっと」


 「そうなの?」


 「ハイ。絶対」


  舌の根も乾かぬ内にきっとが絶対に変わってしまった。


 「そんな耕介さんとだったら、わたし、なんだって……」


  語る内愛は改めて耕介の存在の大きさを確認する。リスティの事も、大学の事も、今自分が憂い
 無く頑張れるのは皆この夫のおかげなのではないだろうか。


  そう思うと自然と目の縁から涙が溢れ出しそうになる。


 「ありがとうございます、耕介さん」


 「え、いや、御礼を言われるような事は何も無いけど」


 「いいえ、わたし、今すごく幸せだから……」


 「愛さん……」


  きゅうと締め付けられる胸の上で右手を握り締め、深々と頭を下げるそんな愛の姿を耕介は己の
 身体全体で包み込んだ。


 「俺もだよー愛さん」


 「はい」


  何時の間にか、あなたの広い胸に寄り掛かる。


 「俺も今、最高に幸せ」


  大きなあなたの手が、私の背中で温かいから。


 「耕介さんがいて……本当に、よかった……」


  あなたが居て良かった。心から、そう思う。


 「ありがとう。何かそこまで言われると、ちょっとむず痒いけど」


 「……は、い」


  面映い気持ちに顔を熱くしながら、耕介はゆっくりとベッドに、目を閉じたままの愛の体を押し
 倒していく。


 「はは、勝手だよね、さっきまで俺の方が誉め殺してたってのに」


 「ん……」


 「でも嬉しかったよ。俺も愛さんがここ居てくれて、本当に良かった」


 「…………」


 「好きだよ愛さ……ん? 愛さん、もしもしあいさーん?」




  大好きです、あなた。




 「ありゃりゃ」


 「……スー……」


  額に口付けをちょっとくすぐったそうに受け、消え入りそうな声で最後にそう呟くと、愛は耕介
 という掛け布団にぎゅっとしがみついたまま、安らかな寝息を立てていた。


 「今晩はおあずけ、か」


  少々残念そうに、苦笑する他無い耕介を一人残して。


 「お疲れさま、愛さん……」






                     〜◆〜






  翌日。昼下がりの庭先で、ホースの先端に取り付けられたノズルを握るときらきらと弧を描いて
 温かな水の、いやさお湯のシャワーが噴出した。


 「おお温まってる温まってる、天気がいいからなぁ。小春日和、インディアンサマーって奴か」


  パシャパシャと何度かそのお湯に手の平を当てながら、そうひとりごちると耕介はプランター類
 を中心に庭の植物に撒き始める。


 「どーんなピンチの時も絶対あきらめない そうよそれが可憐な乙女のポリシ〜♪」


 「……ぬかみそに蓋しとこう」


 「うひひゃあ!? ……な、何だリスティか」


  気分よく、自然と鼻歌が飛び出し始めた頃。突然真後ろから何者かに声を掛けられ、耕介の体が
 不細工な悲鳴と共に飛び上がった。


  その正体が自分の一人娘である事を認識すると、ここの所どうも不意を突かれてるなと苦笑い。


 「なんだかやけに機嫌が良いね」


 「え? そ、そうかい?」


  今更、愛との関係が上手くいっている事に浮かれていたなどと、何だか照れ臭くて言い出せずに
 ポリポリと頭を掻いて耕介が誤魔化すと。


 「いやなに、リスティが来てから良い事ばっかりだなーって」


 「?」


  その手を今度はリスティの頭にやり、水流と同じように太陽の光を受けて輝く短い髪をさかさか
 撫でまわす。


 「ほんと、お前は幸福の使者だなあ」


 「…………」


  暫くされるがままになっていたリスティだったが、ふと、耕介の言葉に顔を上げじっとその瞳を
 見詰め始めた。


 「ん? あ」


  ちりちりと目の奥が熱い。


  久々に心を読んでるな、と耕介が思った途端。


 「あでっ!」


  青白い火花が散り、軽い衝撃と共に耕介の手がリスティの頭からはじかれた。


 「……ボクをだしに使うな」


 「へ?」


  低くそれだけ言い捨てて、不機嫌な天使はスタスタと寮内へと歩き去ってしまう。


 「……別にダシに使ったわけじゃないのに」


  久々に食らった電撃の味に、まだひりひりと痺れる左手を振りつつ。


 「花は咲いてもサボテンはサボテン、か」


  そう思うと、何故だか笑みがこみ上げてくるのを我慢できない。


 「おーいリスティ、ちょ、ちょっと待てって」


  懲りずにそれでもやわらかくなった銀色の刺を、またさわりに走る耕介だった。






  二つのスミレ色に輝く花は、きっと二人分の愛情の証。






                                       了









  後書き:知人からサボテンを貰いました。丸いんじゃなくて、背の高いタイプの。
      それでネットでサボテンの事を調べたりして出来たSSだったり。

      「親から子へ。子からまたその子へ血は流れ、永遠に続いていく。
      それが本当の永遠の命だと、俺は信じる」
      ……って前にも書いたなコレ。

      湯飲み二つでお茶冷ましは愛さんならやりそう、やってて欲しい事の一つですね〜。
      最近またそういったこのキャラにはこんな事がありそうな、あって欲しいと思う事を、
      SSで書いていけたらなぁなんて思っております。ついでに短めに。





  04/11/10――UP。

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