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  〜三顧の礼〜
  (Main:レン Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  朝。


  恭也が高町家の台所を覗き見ると、そこには鼻歌交じりで朝食作りに勤しむレンの姿があった。


 「タマゴ食べたらタマゴン、ほげぇ! 怪獣生んじゃうタマゴン……♪」


  ほげぇ、と叫ぶ部分に合わせて卵を割るなど、いかにも楽しげなご様子。


 「レン」


 「あ、お師匠、おはようございますー」


 「ああ、おはよう」


  そんな彼女に恭也が何と無しに声をかけると、レンはまるで主人に名を呼ばれた小犬のように、
 パッと表情を輝かせくるっとスリッパで片足ターン。にへっと人懐こい笑顔を見せる。


  その姿に恭也は胸の奥で少しだけ鼓動が早まるのを感じた。


 「今朝はもう、制服なんだな」


 「はい、ゴミ捨てついでにちょう、農協の朝市の方にも寄ってたもんで」


  動悸の理由の一つはレンの格好にあった。汚れるのを避ける為か彼女は朝でも普段着にエプロン
 をつけている事が多い。しかし今朝は制服の上からエプロンといった格好で朝食を作っていたのだ。


  それが恭也にはなんだかまぶしく見えた。まだ大学生となって間もないのに、やけに懐かしい物
 のように思える。


 「おーちゃく言うか、ちょう時間が足らんなるかもわからん思いまして……えへ、早めに着替えて
 しまいました」


  そう言ってレンが短くもないスカートの端を指先で摘んで軽くピラッと持ち上げて見せる。それ
 だけで恭也はもう、今度こそ顔を背けてしまった。


  それは今やレンが恭也にとって、一番の存在である事と無関係ではなかっただろう。


  彼女の全てが、自分の為にあるように思えてしまう。踊る心臓と口元を押えながら恭也は明後日
 を向いたまま、照れ隠し気味にこう言った。


 「そ、それはご苦労だったな、レン」


 「いえ、たいしたことは。ゴミ捨てはいつものことですし……あ、でも今日は収集所のアレ……」


 「うん?」


 「い、いえなんでも。さ、さ、お師匠は座っとって下さい。先にお茶だけ出しますよってに」


 「ん。湯が沸いてるようだぞ」


 「あやや、ほんまや」


  恭也の指摘通り、ガス台にかけられた鍋が蓋との隙間から白い蒸気が噴出していた。レンは用意
 してあった葉物を順次鍋に投入していく。


 「それは……」


 「ほうれん草を下茹でしてるんですよ。報告、連絡、相談です」


 「それが今朝の朝市での成果といったところか」


 「はいー」


  恭也の素朴な疑問に答えつつも、レンの動きは止まる事は無い。クルリクルリと彼女が踊るよう
 に料理する様を、恭也は目を細めて観察していた。


 「何度かに分割して茹でているようだが、鍋が小さかったのか」


 「ああいえ、細いの太いのありまして、湯で加減が違うから分けてやってるんですわ」


 「ほう」


  感心の声を上げる恭也。


  粗野な自分には分からないが、そういった細かな気配りが最終的な味を左右しているのだろう。


 「レン」


  と、何故か自分自身を指し示すレン。


 「……そう、か?」


 「やはは♪」


  交わされる軽いやり取りに、レンも恭也も同時に噴出す。調理と二人が生み出す熱が早春のまだ
 底冷えのする台所を温かく満たしていた。


 「大きさバラバラやったり、半端モノやったり、そのかわりめちゃ安やったりするんですよねー。
 これがホンマの端物野菜、なんちて」


 「……凄いな、レンは」


 「は、はい?」


 「朝の時間の無いころから、ゴミ出しや朝食作りと大変だろう」


  それも毎日、と更に付け加える。日々なんでもないように紡ぎ出されるレンの偉業に恭也は改め
 て感嘆していた。


  その気持ちが、自然と溢れ出すのを止める事が出来なかったのだ。


 「ご苦労様、レン」


 「や、やーやーそない大したことあらしまへん!」


  露骨に何度も誉められ、真っ赤になったレンがレフリーストップとばかりに両手を遮二無二振り
 回す。


 「好きでやってることですから、それに朝食は今はその、ほ、ほら、これのついでみたいなもんで
 すし……」


  そう言ってレンがおずおずと差し出した物、それは半透明の水色をした弁当箱だった。


  二人が恋人として付き合うようになってから、レンはしばしば恭也にだけ弁当を作って渡すよう
 になっていた。よってレンの作る朝食のメニューは弁当の中身に左右されるようになっていたのだ。


 「自分はテスト期間中で半ドンですから、お師匠の分だけで済んでますしね」


 「そうだったな」


  無論その方が大変ではないかとも思うのだが、恭也はこれ以上レンをいじめるには時間が足りな
 いな、と考え素直に頷いておいた。


 「作る側にとっては食べてもらえることが、一番嬉しいよって。よかったら、持っていってやって
 ください」


 「ああ、喜んでいただくよ。ありがとうな、レン」


 「ハイ♪」


  朱が差したままの顔でにへら、と微笑むレン。恭也もまた釣られて笑顔に。


  弁当が冷めても美味しいのは、中にご飯とおかずと、愛情が詰め込まれた物だからなのである。


  見詰め合う二人の金縛りが解けたのは、少ししてなのはが台所にやって来てからの事だった。






                     〜◆〜






  昼。


 「んんん?」


  大学から帰ってきた恭也は、目の前の光景に首をひねらざるを得なかった。


 「なにをしてるんだ、あいつは」


  疑問がそのまま言葉となって思わず口から零れ出る。


  高町家の玄関前、そこではレンが一人ブツブツと何事か呟きながらうろうろと歩き回っており、
 小さな緑色の円を描いていたのだ。


 「……よおしっ!」


 「なにがヨシなんだ?」


 「わっ! お、お師匠、なんでここに?」


 「お前こそ、玄関先でいったいなにを踊っている」


  そのレンがキッと顔を上げた時、目の前にあったのは恭也の顔であった。


  何故こんな所に居るのかと驚き目を丸くするレンに、テスト期間中のレンがここに居るのは問題
 ないが、なぜ回っていたのか。未だ疑問は晴れず眉間に皺を寄せている恭也。


  見詰め合う二人。先に口を開いたのは恭也の方だった。


 「午後の講義が休講になってな、仕方がないからそのまま帰ってきた。それでお前はなにをうろつ
 いていたんだ」


 「は、はあ、実は、えーと、その……」


 「なにか迷っていた様子だったが」


  図星をつかれたらしきレンはウッ、と唸って後退る。


  それから暫しウンウンと悩み続けた後、やがて意を決するとレンはもう一度キッと顔を上げて、
 恭也の眼を真っ直ぐ見返すとこう言った。


 「……お師匠!」


 「なんだ」


 「お願いしたいことがあるんですが、お時間、よろしいでしょーか!」


 「なにかは知らんが構わない。時間はある」


  何をこんなに気合を入れているのか。恭也には分からなかったが、なんであれレンの頼みを断る
 はずも無い。


  恭也が力強くこっくりと頷いて見せると、安心したのかレンはやや肩の力を抜き、ちょんと裾を
 掴んで恭也を誘った。


 「いっしょに来て欲しい所があるんです」


  とは言っても場所はすぐそこですから、そう付け加えてレンが向った先、それは歩道の角に立て
 看板で作られたゴミ収集場所であった。


 「今朝ゴミ出ししたときに見つけたんですけど……ああー、やっぱり残ってますわ」


  やっぱり、とレンが溜め息をつく。


  彼女の言う通り立て看板の根元には、黒いビニル袋が二袋、回収されずに残っていた。


 「ゴミ袋、か?」


 「はい、でも知っての通り海鳴市は指定のゴミ袋に入れてないと持って行ってくれへんのですわ。
 せやからこれ、残ってるんです」


 「ああ、なるほどな」


 「かといってこのままにしておくわけにもいきませんし、回収しに行きたかったんですが……」


  ここで恭也はようやく合点がいった。先程レンがバターになる程回っていたのは、このゴミ袋の
 回収を躊躇っていたからだったのだ。


 「ほらバラバラ死体とか入ってたらとか思うと、ちょう、恐いですし」


 「最近流行ってるからな。バラバラ」


  などと何気に物騒な会話をしつつ、二人はそれぞれ一つずつゴミ袋を持ち帰る。いやにずっしり
 と重い、なんて事は無かったのでやや心を軽くして。


 「一応開けて中身を確認しませんとあきませんなー」


 「じゃあ、俺が開けよう」


 「ありがとうございます♪ ほな、これ使ってください」


  恭也の気遣いに対し、レンは感謝の言葉と共にあらかじめ用意してあったある物を差し出した。
 それは手術で使うようなクリーム色した薄手のゴム手袋だった。


 「前に美由希ちゃんが指怪我したときに、お風呂なんかで水がかからんように買った、あれの残り
 です」


 「……あの愚妹が、剣の稽古でならいざ知らず料理の修業中に怪我したあれだな」


 「ま、まあまあ、美由希ちゃんも努力してますよって」


  そうして問題のゴミ袋を開き、ちょっとドキドキしながら中身を検める。


  幸いにも、と言っていいものか、ゴミ袋の中身はバラバラ死体などではなく、分別されていない
 ゴミが乱雑に押し込められているだけだった。


  結局二人はこのゴミを分別し直す事にした。


 「たぶんこれ、車かなんかで運んできてるんですよ」


  せっせと赤の他人の違法ゴミを分別する中、おもむろにレンが口を開いた。


 「近所の人ではないんで、絶対」


 「わざわざか?」


 「はい」


 「しかしそこまでするんだったら普通に捨てた方が早い気がするんだが。海鳴市指定のゴミ袋だっ
 てさして高いものではあるまい」


 「ですなー」


 「俺たちとは手間をかける部分……というか手間に対する意識、が違うというわけか」


 「はあー」


  レンと恭也の肺の奥から、湿った重たい溜め息が同時に吐き出される。


  些細な手間を惜しんで見知らぬ誰かに迷惑をかけるなど、彼女達にはまるで信じられぬ事であり、
 何故だか酷く悲しい気持ちになってしまったのだ。


  やや言葉少なになりながらも、二人の分別作業は続いた。


 「……なあレン」


 「はい?」


 「レンはいつもこういう、違法なゴミ捨ての尻拭いなんかをしてるのか?」


 「いつもゆう訳やないですけど……近所の有志が集まって、ちゅうんは稀にありますでしょうか」


  回収の立案者になったんは初めてです、とレンは言う。


 「レンは律儀だからな。だがそれだけでも大したものだ」


 「いえそんな、ただ……」


  首を振って恭也の賛辞から身をかわしつつも、思う所があったのだろう、レンは静かだが熱のこ
 もった口調で胸の内を語り始めた。


 「収集所前の、高橋さん。あの家は常にこういった、回収されへんかった誰かのゴミがそのまんま
 放置される、みたいなリスクを背負わされてるわけで」


 「うん」


 「せやったらこれぐらいは、ゴミ収集場所を利用してる者として、うちらがせなあかんのやないか
 と思うんですよ」


  もし見て見ぬ振りをしてしまったら。それは不法投棄した者と同罪ではないのか。


  ゴミから目を離さず語り続けるレンの姿は、自分自身に言い聞かせているようにも見えた。


 「うちは、そう思います」


 「そうか……優しいんだな、レンは」


 「やはは、そんなそんな。今日だってお師匠が居てくれへんかったら、ひとりじゃ恐てでけへんか
 ったかもしれませんし」


 「それでも人の為に自分の手を汚せる、お前を俺は誇りに思う。なかなか出来ることではない」


 「お、おおきにです……」


  いつまでも誉められる事に慣れないレンはもうギブアップ、といった体で俯いてしまう。


  恐縮したレンの首がきゅーっと、本物の亀のように体の中に沈み込んでしまうと困るので、恭也
 はそれ以上誉め続けるのは止めておいた。


 「さっ、こないなとこでオッケーですかな。ほんならこのゴミは、うちが次のゴミの日に捨てとき
 ますよって」


 「ああ。時にレン、お前もう昼飯は食べたのか?」


 「はっ! わ、忘れとりました……」


  自分の事などすっかり忘れていた、と焦るレンに対し、だと思ったと恭也は苦笑する。


 「うち一人なんで、残りもんですませばええかなーと考えとったんですが」


 「ならちょうどよかった。これから食べるか、俺と一緒に」


 「へ? で、でもお師匠、今朝うちが作ったお弁当は……」


  食べてもらえへんかったんでしょうか。不安げな表情を見せるレンに、恭也は笑ってこう言った。


 「さっきも言ったが午後が休講になってな、外で昼を食べる必要がなくなった。それでどうせなら
 家で食べようかと思ってな」


 「? ……あ」


  意味が分からずに暫し頭の上に疑問符を浮かべていたレンだったが、やがて気付いた。


  この人は、自分と一緒に食べたいと暗に言ってくれているのだ、という事に。


 「そ、それなら、ご一緒させてもらいますです、はい」


 「うん」


  途端にまた、レンは自分の頭の中が薬缶のようにグラグラと沸騰するのを自覚する。


  嬉しい、でも恥ずかしい、でもやっぱり嬉しい。そんな感情の炎に熱せられ。


 「ほんならお弁当と残り物だけではさみしいよって、中華スープぐらい作りましょか」


 「ああ、頼んだ」


 「あ、でもお師匠はお味噌汁の方がええですかね?」


 「どっちでも構わんさ」


  そう言ってから恭也は少々言葉足らずだったかと思い直し、こう付け加える。


 「レンの料理は、なんだって美味いからな」


 「えへへ、どうもです。でもそないなこと言われたら、うち、困ってしまいますよって……」


 「じゃあ中華スープを頼む」


 「はいな♪」


  いそいそとスキップ踏んで家の中に戻るレンを、ゆっくりと追っていく恭也。


  少し遅くなった二人の昼食が、随分と美味しいものになるであろう事は疑いようもなかった。






                     〜◆〜






  夜。


 「えーおくれましてー」


  ごめんやしておくれやしてごめんやっしゃー。おじゃましまんにゃわー。


  胸にノートを抱えたレンが、まるで遅刻した生徒のように身を屈めつつこっそり、といった体で
 恭也の部屋へと入ってきた。


 「テスト勉強は終わったんで、ここで、家計簿だけつけさせてもろてもよろしいでしょうか」


 「ああ、もちろん」


 「よかった」


  恭也が彼女の訪問を拒絶するわけもないのだが、それを聞いてレンはほっと胸を撫で下ろす。


  結ばれて以来、二人はこうやって一緒に居る時間を作るようになっていた。テスト期間中という
 事で今は色々と遠慮はしてるが。


  レンはちょこん、と恭也の傍に、しかしちょっとだけ離れて腰掛ける。それが今でも、二人にと
 ってしっくりとくる距離だった。


 「それ、家計簿なのか」


 「はいー、ちょう、派手ですかね?」


  というのもレンの抱えてきた大福帳が、表紙にデカデカとアニメのクマのキャラが描かれた矢鱈
 ファンシーなノートだったのだ。


 「商店街の貰い物ですから。でも中は下線だけで割とシンプルなんで、家計簿に使ってるんです」


  と言ってレンはペラッと中を開いて見せる。成る程全体に薄くクマの絵がプリントされてはいる
 ものの、他に余計な装飾は無い。


  下線の上には彼女の性格を表したようなやや丸みを帯びた字が規則正しく並んでいた。


 「もらえる物は親でももらえ、が鳳家の家訓ですからなー♪」


 「間違ってるぞそれ」


  そうしてレンは幾つかのレシート類やメモ片手に、どこか嬉々として家計簿をつけ始めた。


 「しかし毎日しっかり家計簿つけるというのも大変だな」


 「いえ、もともと半分趣味みたいなもんですから」


  邪魔するのは躊躇われたが他にする事も無く、恭也は頃合をみてぽつりぽつりと話し掛ける。


 「税金も正しく申告できるようになりますし、あとでグラフなんかにしてみても色々分かることが
 あって楽しいですよ」


 「そういうものか」


 「はい。ああ今月は遊興費がちょう多かったなーとか」


  数字という証拠があれば締め付けもやりやすいですからね。そう言って笑うレンに釣られて恭也
 も口の端を釣り上げる。


  そのまま暫く家計簿作りに勤しむレンを、恭也は微笑んだまま見詰めていた。


  こうして並んでいると、自分達は最近よく見るようになったあのメジロのようだと恭也は思う。


  目の前にいるのは和毛を持った緑色の服着た小さな少女。今の季節、椿の木の中にもぐりこんで
 花の蜜をついばんでいたりするメジロは、小さな深緑の体で目の周りに白い隈取を持っている。


  そうしてメジロは大抵、つがいで行動するのだ。


 「……偉いな、レンは」


 「は、はい?」


 「勉強と家事を立派に両立させていて」


 「え、そ、そんなん別に」


 「今もテスト期間中なのに、家事をまかせっきりで、悪いと思っている」


 「そ、そないなこと、気にせんといてください!」


  と、突然恭也から褒めちぎられ、レンは驚きの余り顔を上げ目と口で三つのOの字を作る事に。


  そんな事はないと慌てて否定するが恭也の礼賛は止まらない。


 「ありがとう、レン。今更だが感謝している」


 「あ、あう、うちは、その、みんなの、お師匠のお役に立てるだけで幸せですから……」


  レンにしてみれば、今まで健康の面を除いて自分の生活に不満を持った事など無い。家事を苦に
 した事は無いし、人の為に自分が何か出来るのは彼女にとって喜びですらあった。


  それに加えて今のレンには、甲斐甲斐しく恭也の身の回りの世話なんかしていると、まるで妻の
 実感、のようなものを感じられる気がして……時折その幸せに浸っていたりするのだ。


  勿論そんな事を口には出せない。己の幸せ自慢をする訳にもいかず、レンはただ一人身悶える他
 なかった。


 「あー、うー、ひゃー」


 「? どうした、レン」


 「やーなんや今日は、おししょーにほめられてばっかりやなーと思て」


 「そういえば、そうだな」


  確かに今日は一日中、レンに感心しきりだったなと恭也は思い返していた。


  誉めちぎっていた張本人であるにも関わらず、恭也はまるでそれが自分の事のように嬉しくなる。


  今自分の傍に居るのが、この娘でよかった、と。


 「えへ、えへへ、あひゃー」


  一方レンはいつしかノックダウンといった様子でパタンと畳に倒れ込み、尚もうにうにと身悶え
 続けていた。


  恥ずかしがりやのレンの事だ、身の置き所が無いのだろうと恭也は考えていたが、彼女の痴態の
 理由は実はそれだけではなかった。


 「……あの、おししょー。こんな話知ってますか?」


 「うん?」


  不意にむっくりと起き上がったレンが、恭也に対しこんな話をし始めた。


 「あのですねー……中国では例えば皿とか壷とか、物を3回以上誉めると自分はそれが気に入った、
 だからそれが欲しい、くれ、と言っているのと同じ意味になるんですよー」


 「そうなのか」


 「はい」


  まてよ、と恭也は思った。


  今日自分が三回以上誉めてきたもの、それは皿や壷のような物ではなく目の前のレンであった。
 レンの話によれば自分はそれが欲しいと言っていたのと同義となる。ということは……。


 「そいつは……」


  困ったな、と苦笑しようとしたのだが、何故だか上手く口が回らない。


  見るとレンも真っ赤な顔でこちらを見上げている。恐らく自分も同様に色付いているのだろうと
 恭也は思った。


 「おししょー?」


  恭也はふいっと視線を明後日へ逃がすと、腕を伸ばしレンの少し長くなったヒヨコのような髪を
 ぽよぽよと撫で付け。


 「……いい子だな、レンは」


 「えへへ♪」


  代わりにもう一度、未来の妻を褒め称えたのだった。






                                       了









  後書き:投稿掲示板無事復活に安心して、久々に書いてみました。さらっとですが。
      以前中国人のお宅にお邪魔した時、これはいいものだ、と壷を見せられ、
      いいですねと素直に褒めちぎっていたら次第に困ったような顔をしだした。
      理由を聞いたらイヤ実はこれこれこういう事で〜。と、
      聞いた話なんで確かなことはわかりませんが。
      中国は広いんで地方によっても色々と風習は違うでしょうしね。





  07/3/11――UP。

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takemakuran@hotmail.com
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