SS index




  〜好きじゃなかった〜
  (Main:愛 Genre:ほのシリ Written by:竹枕)






 「槙原さん」


 「はい?」


  授業が終り、わたしがパイプ椅子に座ったまま、白い机の上で茶色い肩掛けカバンに教科書類を
 収めていた時、一人の男の人が声をかけてきた。


 「ねえ、これから食事行かない?」


 「お食事、ですか?」


  手を止めて、ふと見上げると同じ授業を取っている茶髪の方が、片手を机についてこちらの顔を
 覗き込むように見下ろしていた。


 「うんメシ。いいお店あるんだけど、イタリアンって一人で行っても寂しいしさ」


 「あ、すいません。ダメなんですー」


 「……そっか」


  以前にも断った事があるせいか、わたしがそう言って手を横に振ると、その人はすんなり引き下
 がって頭を掻きながら離れていった。


 「最近まっきー、つきあい悪いよね」


 「え、そう?」


  振り向くとそこにはすでに隣でカバンを抱え待つ、女友達の陽子ちゃんが立っていた。


 「わたしそんなに最近、よっこちゃん達に付き合ってなかったっけ?」


 「あたしらじゃなくて、男連中に」


 「……あー」


  ちょっと考えこんでいたわたしだったが、その言葉に納得して今度はコクコク首を縦に振って。


 「前は二人っきりでもなきゃ、結構ついてってたじゃん」


 「そう、かしら」


 「やっぱり彼氏ができたから?」


 「んー」


  からかうような笑い混じりの質問に、少しの間指をアゴにあてて、やがて自然とこう答えた。


 「そう、かも」


 「はーっ! まっきーの口からそんな言葉が出るとはねー」


 「あは、あはははは」


  大げさに肩をすくめて苦笑しながら教室を出ていく陽子ちゃんに、わたしは乾いた笑い声を上げ
 ながらついて行く他無かった。






  以前に言われたことがある。


  わたしが、これはこの人と、でもあれはあの人と。


  そういう気持ちが分からない、と。


  その時には、逆にわたしにもその人達の気持ちが分からなかった。


  でもそれはきっと、わたしがその人達のこと『好き』じゃなかったからだという事が。


  最近やっと分かったの。






                    〜◆〜






 「槙原さん、俺と付き合ってほしいんだ」


 「はい。どこへでしょう?」


 「……そうじゃなくって。恋人として、付き合ってほしいんだってば」


 「え? あの、すいません。ごめんなさい」


 「どうしても、ダメ?」


 「はいー」


 「槙原さん俺の事、好いてくれてると思ったんだけどな」


 「好き……ですよ」


 「それは友達、として?」


 「はい」


 「そっか……」


 「だからお付き合いする事は、ごめんなさいできません」


 「じゃあ、俺もう会わないようにするよ」


 「お友達では、居られませんか?」


 「悪いけど、それはちょっと。辛いし」


 「そうですかー……」






  なんで友達じゃいけないんだろう。


  なんでその人の方だけを見なくちゃいけないんだろう。


  なんで自分だけを見つめて欲しいんだろう。


  わたしは、付き合ってくれと言われれば。


  都合が合えば、買い物でも、食事でも。


  喜んで付き合うのに。


  どうして恋愛じゃなくちゃ、いけないんだろう。


  男の人は、何人も交際を申し込んで。


  そして、去っていきます。


  もちろん、それを引き止める権利は、わたしにはない。


  わたしには、友達としての価値は無いという事なのだろうか。


  なんだか、寂しい……






                    〜◆〜






 『……愛さん、愛さん』


 『はい?』


 『俺、浮気とか、すると思う?』


 『……どうか、したんですか?』


 『なんとなく……』


 『してほしくは……ないですよー』


 『されたら、きっと悲しくて、わたしは死んじゃいます』


 『…………』


 『……ほんとですよ』


 『ずっと好きで……』


 『やっと、わたしに笑ってくれるようになったひとですから』






  でもわたしは、気がついてしまった。


  あの人たちの事、好きだと思ってた。


  でもそれは、好きの種類が違っていて。


  ほんとは、好きじゃなかったんだって。


  ある意味では、好きな人。


  ある意味では、好きじゃない人。


  お互い、求めているものが。


  根本的に、違ったのね。






 『……だけど』


 『今、ここにいてくれたら……』


 『それで、いいですから』






  わたしには、きっと。


  ずっとそばにいてほしい、なんて言う資格はない。


  でも、それでも。


  この人にだけは、ずっとずっとそばにいてもらいたい。


  そう、思ってしまうのだ。






 『ずーっとそばにいるから』


 『……はい』


 『そばにいてね……』






  好きじゃ、なかった。


  今になって、気がついた。


  そうしてわたしは、ずっとこの人に恋をしていた事を。


  初めて、自分だけを見つめてほしいと思う人。


  自分だけが、見つめていたい人。


  本当に、好きな人。






                    〜◆〜






 「お帰り、愛さん」


 「あ、耕介さん。ただいま戻りました」


 「そろそろ帰ってくるんじゃないかと思ってさ。お茶の用意、してあるんだ」


  寮に、家に戻ったわたしに、両手を広げて出迎えてくれる耕介さん。


 「隠しておいたびわゼリー、一緒にこっそり食べない?」


 「はい。ありがとうございますー」


  パチッとウィンクするその笑顔を見るだけで、自然と頬がゆるんでいく。


 「でもよく分かりましたね。わたしがいつ帰って来るのか」


 「フッフッフ、愛さんの事なら、俺は好きな色から反復横跳びの数まで知ってるさ」


 「わ。すごいですねー」


  思わず手を叩いて感心すると、耕介さんはなぜか苦笑い。


 「さ、用意しとくから、愛さんは荷物置いて手洗っといで」


 「はーい」


  そうしてポンと背中を叩かれながら、わたしはトテトテと自分の部屋へと歩いていった。






 「耕介さん」


 「ん?」


 「大好きですよー♪」






                                       了









  後書き:ほぼ実話2。
      本当に好きな人は、独占したい。独占されたい。
      同じ好きって言葉でも、その中身は、はっきりと違うものなんですよね。





  03/04/22――初投稿。
  04/10/20――加筆修正。

Mail :よければ感想などお送り下さい。
takemakuran@hotmail.com
SS index