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  〜好きじゃなかった〜
  (Main:ゆうひ Genre:シリアス Written by:竹枕)






 「し、椎名さん!」


 「ほえ?」


  その日私がまるで幽霊のようにのそーっと席を立つと、一人の男の人、というか男の子と言った
 幼めな感じの人が目の前に立ちつくしていた。


 「あ、あの、椎名ゆうひさん」


 「はい」


  拳を強く握ってガチガチに固まっているその人の、切羽詰った雰囲気に一緒にいたひよちゃん達
 は気を利かせて、先行ってるねーと手を振って行ってしまう。


 「ちょっと、いいでしょうか」


 「はあ」


  まあどうせまた10秒でやって来ると思っているのだろう。


 「僕の事、覚えてますでしょうか」


 「え〜っと……」


  誰だったかな、何度か話した事があるはず。大人し目の、でも名前は、名前は……


 「く、工藤です」


  そうそう工藤君。


 「あの、ゆ、ゆうひさん……」


 「はいはい」


  思い出したように繰り返される自分の名前に律儀に返事を返す。こうあがられると逆にこっちは
 冷静になってしまうものだ。


 「ぼ、僕と付き合ってください!」


 「え?」


  告られた。学食で。


 「今、付き合ってる方とか、居ませんよね?」


 「え……うちは」


  もちろんこの人と付き合う事は出来ない。でも、なんだかすぐには返事出来なかった。


 「うちは……」






  だって私は今、フラれ虫だったから。






                    〜◆〜






 『ごめんな』



 『もちろん、嫌いじゃないさ』



 『ゆうひの事は、好きだよ』



 『でもゆうひとは、付き合えないよ』






 「僕の事、嫌いですか?」


 「え? う、ううん」


  ふと考えに沈んでいた私は、突然声をかけられ反射的にそう答えてしまった。瞬間、工藤くんの
 顔が嬉しそうにほころぶ。






 「よかった」


  そんな顔、されても困る。


 「僕、前から椎名さんの事が好きでした」


  責任、取れないし。


 「明るくて、綺麗で」


  私は他の人と、異性と、耕介くんと仲良くする事をやめたりは出来ない。


 「歌ってる姿を見て、それがとっても素敵で」


  それで結局この人が、不機嫌になることはわかってる。


 「だからずっと見てました。椎名さんの事」


  だからってつき合う事は出来ないし。この人の方だけを見る事なんて出来ない。


 「椎名さんとは、何度か話した程度ですが」


  もちろんこの人の事が、嫌いな訳じゃないんだけど。


 「でも最近、元気がないと言うか、気落ちしてるように見える時があって。それでもしかしたら、
 何かあったんじゃないかと思って」


  今時こんな風に、正面切って気持ちを伝えてくる人も珍しい。


 「そう思ったら、いてもたってもいられなくなっちゃって」


  むしろ好きな方、だと思う。


 「何か力になれたら、そう思って」


  この人との関係を無くしたくないとも思う。


 「そ、それで、その。僕の気持ちを、聞いて欲しかったんです」


  でも無くなったら仕方がないな、って思えるものなのかも。


 「できれば、あの」


  この人にはもっと他の人とも関わって、大切な、たくさんの事を得て。


 「少しでも、椎名さんのそばに居られたらって」


  自分自身の道を、選んでもらいたい。


 「僕に、何かできる事があるのなら」


  私に合わせてもらいたくない。


 「ゆうひさんの力になりたいなぁって」


  責任、取れないから……






 「……あっ」


 「ど、どうしたんですか椎名さん?!」


  腰が、くだけてしまった。へなへなと体の力が抜け、無意識にそばのテーブルに手をつく。


 「あ、ああうん。なんでもない、なんでもないよ」


 「でも……」


  その時、私は気がついてしまったのだ。


 「なんでも、ないんや……」






  好きじゃなかったんだ、って。






                    〜◆〜






 『ごめんな』



  そんな、あやまらんといて。



 『もちろん、嫌いじゃないさ』



  うん。



 『ゆうひの事は、好きだよ』



  う、ん。



 『でもゆうひとは、付き合えないよ』



  そっか。で、でもでも、これからも友達でいてくれるんやろ?



 『ああ、もちろん』



  ウン♪ こんなんで友情まで失うなんて、おかしいもんな



 『そうだな』






  耕介くんも、こんな、今の私と同じ気持ちだったんだ……






 『ごめんな、ゆうひ』



  ……これから先、耕介くんの気持ちが変わる事は、ないん?



 『ああ。悪いけど』



  うん。しゃあ、ないなぁ。



 『だからゆうひには、俺なんかに構わず自分の好きにしてほしいんだ』






  好きじゃ、なかったんだ。



  私の好きとは、違うものだったんだ。



  頭では、わかってた。



  わかってるつもりだった。



  でも……



  耕介くんは、私の事、好きじゃなかったんだ。






                    〜◆〜






 「ずっと、椎名さんの事が、好きだったんです」



  目の前の男の子の口から出る言葉が、なんの意味も持たずただ頭の中に響き渡る。



  私の耕介くんへの好きは、LOVE。



  耕介くんの私への好きは、きっとLIKE。



  使い古された表現。



  なんて簡単な、言葉だろう。



  でも、なんて冷徹な言葉なんだろう。



 「それで、その……」



  耕介くん。私はね、言うよ。



  だって、分かってるんだもの。



  この人と、自分の、求めているモノが違うんだから。



 「お返事、は……?」



  ある意味では、好きな人。



  ある意味では、好きじゃない人。



  目の前のこの人が、何を、どんな好きを求めているか。



  私が、今この人に抱いている気持ちが何か。



  耕介くんが、私にどんな好きを抱いていたのか。



  分かって、しまったのだから。






                    〜◆〜






 「椎名さん?」



  だから私は、手を振ってこう言う。



 「……あはは、ごめんな」



  君の事、嫌いじゃないから。






 「うち、きみの事好きやないんよ」






                                       了









  後書き:ほぼ実話。「好きだけど〜」とフラれた直後に、他の人から告られて。
      それでまた自分への気持ちを再確認。
      頭ではわかってたつもりだったけど、心で、感情で理解して。
      フラれた直後より涙出たよ……。

      何はともあれ、ゆうひ、スマン! 一緒にフラれてもらって。
      ラヴラヴ書いてやりたいが、君結構難しいのよね……





  03/04/22――初投稿。
  04/10/20――加筆修正。

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