SS index




  〜やっぱりねこがすき〜
  (Main:美緒 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  初夏。陽射しは強く、直接浴びると暑いぐらいだが風は爽やかに良く通り。室内に居て吹かれて
 いると少し肌寒く感じてしまう、そんな季節。


 「マンとマシンが一つになって 胸に輝くMマーク……♪」


 「こーすけ、こーすけ!」


 「あれは、あれは、あれは僕らのマシンマん〜?」


  そんな中耕介がいつもの様に台所に立っていた所に、大声を上げながら、突如一つの黒い影が飛
 び込んで来た。


 「なあ、鉄棒をする猫を見たら思い出してください……ってなんのCMだっけか?」


 「そんな事はどーだっていいのだ!」


 「なんだよ……一体どした、美緒」


 「これ」


 「これ、は……」


  美緒の剣幕にようやく振り向いた耕介は、目の前に差し出された物体をんっ? と訝しげに覗き
 込む。


 「子猫、か?」


  ウン、と頷く美緒。掲げられたその両手の中に居たのは、まるでボロ雑巾のような小さな小さな
 子猫だった。


 「こないだから森に何匹か子ネコをつれた、まっ黒な母ネコがいたのだ」


 「ほうほう」


  耕介が指で軽く突つくと、にぃ〜と鳴くというより押されて声を漏らす。


 「きょう突然いなくなったと思ったら、コイツだけが残されてたのだ」


 「ふむ」


  黒猫から産まれた割には茶色いブチのその塊は、いかにも弱々しく、もぞもぞと震えている。


 「とにかく愛さんに見せよう。俺じゃどうにもならん」


 「うん!」


  そうして耕介と美緒は来た時と同じ様に、バタバタと愛の元へと駆け出していった。


 「これは……」


 「どう?」


  茶色い子猫を手渡した美緒は、心配そうに愛の手の中と顔を交互に覗き込む。


 「だいぶ、弱ってるわね」


 「死なない、よね?」


  片手にすっぽりと納まるほどの小さな、荒れた毛並みを撫でつけながら、愛は眉をひそめて指で
 その体のあちこちをまさぐっている。


 「……うん。きっと生かしてみせるわ」


 「ほんと!」


  暫くの沈黙を破って愛の口から出た言葉に、美緒はパッと目を輝かせる。


 「じゃあ、あたしはまた母猫をさがしてくるのだ!」


  そう言い残して美緒はすぐにまた、あわただしく愛の部屋を駆け出していった。


 「愛さん……」


 「……たぶん母猫は、この子は育たないと思ったんです」


  パタパタと美緒の足音が遠くなるのを確認すると、耕介が重い口を開く。


 「だから、コイツだけ」


  二人が揃って、あらためて手の中に目を落とすと、愛はコクンと頷く。


 「置いて行ったんだと、思います」


 「じゃあ……」


 「正直、厳しいかも」


  愛の言う通り子猫はグリグリと指で押されるまま、アゴを持ち上げられてもまた力無くくてっと
 伏せってしまう。


 「でもなんとか、手を尽くしてみます」


  獣医師の卵としての強い決意を目に宿らせながら、グッと空いた右手で握りこぶしを作り、耕介
 の顔を見上げる愛。


 「うん、俺からもお願いするよ、愛さん」


  はい、ともう一度強く頷き合うと、愛と耕介は世話する為タオルなどを取りに走り出した。






  しかし愛の必死の看護も空しく、翌日子猫は冷たくなっていた。






                     〜◆〜






 「うそつきっ!」


 「ごめんなさい、美緒ちゃん」


 「あいのうそつき!」


  タオルの上に横たえられた、さらに乾いた茶色い毛の遺骸を前に、美緒は金切り声で愛を責める。


 「助かるっていったのに!」


  美緒に責めたてられながら、愛はただご免ねと悲しそうにシュンとうつむくだけ。


 「この、やくたたずっ!」


 「……っ! 美緒!」


 「あっ……」


  それを横で黙ってじっと見ていた耕介だったが、美緒のその言葉に思わず手が出てしまう。


 「……う、うう」


 「美緒……」


  驚いた様に叩かれた頬を押さえていた美緒の両目に、見る見るうちに涙が溜まっていき。


 「み、みんなキライなのだーっ!」


 「あ、おい美緒っ!」


  そう叫ぶとダッと逃げる様に部屋を駆け出していった。


 「愛さん……」


 「……ウソ、ついちゃいましたね」


  思わず追いかける様に部屋の出入り口の方に手をあげたまま、耕介は愛の方を振り返る。


 「そんな事ないよ。愛さんは精一杯、やったんだし」


 「でも――」


 「産まれてすぐ死んじゃったこいつは可哀想だと思うけど。でも愛さんに精一杯看病してもらった
 こいつは、幸せだったと思うよ」


  キュッと自らを抱く様に腕を組みながら目を伏せる愛に、耕介はポンとその肩に手をやるとそう
 言ってアゴで小さく茶色いブチの方をさす。


 「……そう、思いたいですね」


  言われて愛も顔を上げると、視線を耕介と同じ向きにやる。


 「埋めてやろう。山に」


 「はい」


  肩に手を置いたまま、二人はゆっくりと子猫の前にしゃがみ込んだ。






                     〜◆〜






 「……うっ、えう、ひっ、ひっく」


  あの後愛達の前から走り去った美緒は、自室にこもってベッドの上で、枕に顔を押し付けながら
 その隙間から嗚咽を漏らしていた。


 「うぁ、うっ、こう、すげの、ばがぁ……」


  自分でも自分の理不尽さはわかっている。しかしこみ上げる怒り、感情、そしてその涙を抑える
 事を、美緒に求めるにはまだ酷な話であった。


 「…………」


  そうして暫くしてその声も聞こえなくなった頃、静寂の中カタン、と部屋の隅の方から物音が、
 美緒の耳へと入ってくる。


 「……んぁ?」


  涙の跡のついた目元をこすりながら頭を上げた美緒が、その先に見たものは今朝亡くなっていた
 はずのあの茶色いブチの子猫だった。


 「! お、お前、げんきになったのかっ?!」


  慌てて子猫の乗る机に駆け寄る美緒。と、手を伸ばした瞬間あれほど弱々しかったはずの子猫が、
 ピョンと跳ねるとするりと逃げ出す。


 「ああっ、なにをするのだっ!?」


  跳ねた拍子に置いてあったカードゲームの束に激突、キラキラと光るレアを含めた大切なカード
 類が辺りに散らばる。


 「あっ、コラ!」


  カードと、子猫を掴もうと両手を差し出すが、両者とも美緒の手からすり抜けると今度は机の角
 にあった、携帯ゲーム機を蹴り落とす。


 「待て、やめるのだ!」


  追われて壁に飛びつくと、貼ってあったポスターをビリビリと破りながらずり落ちる。


 「あーっ! もーっ!」


  その後もベッドに乗って枕に噛みつき振りまわすなど、まさにやりたい放題。なぜかすばやさで
 は負けていないはずの美緒にも、その子猫を捕まえる事は出来なかった。


 「も、もう……」


  初めは嬉しさと、心配の混じった気持ちで子猫を追いかけていた美緒だったが、あまりの暴走ぶ
 りに耐えきれず両こぶしを握ると、プルプルと体を震わせて。


 「もう、帰れっ!」


 「……にゃー」


  それを聞いた子猫は急にピタッと動きを止めたと思うと、満足そうにそう一声鳴いて、消えた。






                     〜◆〜






 「……さま、美緒さま?」


 「ぅ……ん」


 「大丈夫ですか、美緒さま」


 「あ、あれ?」


  揺り起こされ、涙の跡がついた目をこすりながら薄っすらと開くと、美緒の目の前には心配そう
 に自分を揺する十六夜の顔があった。


 「ずいぶんと、うなされていたようでしたが。大丈夫ですか?」


  鍵をかけていた為壁抜けしてきたのであろう、部屋の中には美緒と十六夜以外誰も居ない。


 「今、この部屋に」


 「え?」


  部屋の中をグルリと見まわすが、カードやゲーム機もそのまま、破かれたはずのポスターも元の
 ままちゃんと壁に貼られている。


 「……夢、だったのかな」


 「そうですか……」


  美緒はまだ少し呆然としながら、先ほど自分にあった出来事を十六夜に話して聞かせたのだった。


 「……こういった話を、聞いた事がありますか美緒様」


 「え?」


  するとしばし目を伏せ考え込んでいた十六夜は、その果敢無い右手で美緒の頭を撫でつけると、
 おもむろに口を開く。


 「子供は、悪戯をするものです」


  あの薫も、子供の頃には悪戯をしたものなのですよ、とちょっと嬉しそうに微笑んで。


 「そうして悪戯が出来ずに死んだ子供は、鬼にそそのかされ、一番親しい人の前で悪戯をしてから
 あの世に行くそうです」


 「どうして……?」


 「でないと、大切な人が悲しんでしまうから」


  十六夜は美緒にゆっくりと語りかけ続ける。


 「ですからきっとその子猫は、美緒様に見送ってもらいたくて、悪戯をしたのでしょう」


 「……ぅ」


 「その鬼は花から生まれ、名は無邪鬼、というそうですよ」


 「う、うぅ……」


 「……ああ、もうしわけありません。美緒さま」


  声に、ようやく異変に気がついた十六夜は、その光の入らぬ目を美緒の方に向ける。


 「悲しませて、しまいましたか」


 「……あ、あたしは、泣かないのだ」


  十六夜がちょっとすまなそうな顔をすると、ボロボロと、すでに両目から涙をこぼしながら。


 「だって泣くと、あの子が安心していけないのだ」


 「そうですか……」


  それでも美緒はこぶしを握ってじっと耐える。


 「でも今だけはきっと、お許しいただけると思いますよ」


 「でも――」


 「その間、わたくしがそのお姿を隠しましょう」


  そう言って十六夜は美緒の体を、ふわっと袖で、全身で包み込む様に抱きしめた。


 「……美緒さま」


 「う……ぁ……ぁあ……」


  耳元にかけられる、優しいささやきに今まで耐えに耐えてきた堰が切れ。


 「うあ、うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……っ!!」


  十六夜の胸の中で、美緒は大泣きに泣いた。






                     〜◆〜






 「……こーすけ、あい」


 「み、美緒」


 「美緒……ちゃん」


  子猫の遺骸を埋め終え、リビングで二人言葉少なにお茶を飲んでいた愛と耕介に、両目を泣き腫
 らした美緒が入り口から声をかける。


 「あいつ、埋めたの?」


 「……ああ」


 「そっか」


  その憔悴しきった顔を見て、どう声をかけていいものかと戸惑う耕介達をよそに、美緒はつかつ
 かと奥の窓の方へと歩いていく。


 「あ、あのなぁ美緒――」


 「ちくわ」


 「え?」


  そのまま外の山の方を見詰めている美緒。その背中に耕介は迷いながらも声をかけた。


 「お墓に案内してほしいのだ」


  その呼びかけを遮ってクルリと振り向き、美緒は愛と耕介を順番に眺めると。


 「でもいま、お気にのちくわ、チーズいり。切らしてるから」


 「美緒……」


 「だから、買ってほしい」


  あいつにあげたいから、と床に視線を外し、少し顔を赤らめながらそう言った。


 「あ、ああ。いいぞ美緒」


 「え、ええ。じゃあみんなで、買い物に行きましょうか?」


 「うん」


  美緒の変化に驚きつつも、頷きながらこぼれたその小さな笑顔に、愛と耕介はとりあえずホッと
 胸を撫で下ろす。


 「よーし、じゃあついでに食材の買い物もして、夕飯はちょいと豪勢にいくか」


 「そうですね。美緒ちゃん、何か食べたいもの、ある?」


 「んーと、さかな!」


  先ほどまでの重い雰囲気を振り払う様に、美緒に、愛に耕介に笑顔が戻っていく。


 「いってらっしゃいませ。美緒様」


 「いってきまーすっ」


  そうして十六夜が見送る中、3人を乗せた車は澄み渡った、薄い初夏の青空の下を走り出した。


 「……愛」


 「んん?」


  後部座席で愛の隣で車に合わせるように揺れていた美緒は、何度目かの揺れにそのままポスッと
 体を横に倒すと、愛の膝に頭をうずめる。


 「なに? 疲れたの? 美緒ちゃん」


  ううんと額を摩り付けたまま首を横に振る。


 「……さっきは……ごめんなさい」


 「……ううん、いいのよ」


  その言葉に目を潤ませる愛に、無言で後頭部を撫でられながら。美緒は昨日より少しだけ大人の
 涙を、スカートに沁み込ませていた。






  やっぱりネコが好き。






                                       了









  後書き:日本昔話かよ……あたしゃ何をとち狂ってこんな話を。スンマセン。
      これ書いた時死に掛けてた(ように見えた)うちの実家の犬、まだ生きてます(笑
      意外としぶとい。もう16歳ぐらいなんですが。




  03/05/12――初投稿。
  04/10/20――加筆修正。

Mail :よければ感想などお送り下さい。
takemakuran@hotmail.com
SS index