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  〜人に優しく〜
  (Main:愛 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  夕立がスタート直後のマラソン選手のようにかたまって走りぬけていった夏の夕方。まだ少し蒸
 し暑い、ダイニングに集まるさざなみ寮の住人達。


 「いっただきまーす」


 「はい。おそまつ様でした」


 「いやまだ食ってないから。箸も持ってねーよ」


  耕介のさりげないボケに一人律義に突っ込んだ真雪を無視して、みな早々に目の前のテーブルへ
 と箸を伸ばしていった。


 「あ、このお大根のなますおいしー」


 「そうか、そりゃ良かった」


  ぱりぱりと少し若い音を立てながら膾を口に運んでいた知佳が、そう言って頬に手をあてにっこ
 りと口の端を吊り上げる。


 「うん。夏場にはこういうさっぱりしたのが美味しいよねー」


 「これ昔実家のおせちに入ってたんだよな。大根も冬だし、元々冬の物なんだろうけどね」


 「ふ〜ん」


  だからちょっと心配だったんだけど、と小首を傾げながらも、知佳の言葉に耕介もなますに箸を
 伸ばす。


 「あたしもキュウリよりはこのダイコンの方がいいな」


  耕介と同時に横から箸を伸ばしてきた真雪が、細切りにされた大根と人参の塊を摘み上げて感想
 を述べると。


 「キュウリだとどうしても青臭さが出ちゃいますもんね」


  耕介は少し行儀悪く、モゴモゴと甘酸っぱい膾を咀嚼しながらそう返していた。


 「こーら! 美緒ちゃん」


 「んん?」


  しばらく黙々と夕食を食べる音だけが支配していたダイニングに、突如降り注いだ抑えられた、
 しかし強い声に耕介をはじめ数人が思わず手をとめ顔を上げる。


 「ダメよそんな風にしちゃって。お肉だけ食べちゃ」


 「うう、だ、だってなのだ……」


  そこには声と同様強い視線で皿を睨む愛と、反対に眉尻を下げて俯くように視線を下げた、美緒
 の姿があった。


 「ピーマン、苦い」


  美緒の目の前の皿には、半分に切られたあざやかな緑色のピーマンが二つ残されており。


 「そうだぞ、肉ばっか食ってねーでビールも飲まないと」


 「お、お姉ちゃん! 何てこと言うのよ」


  知佳の叫びを無視してんっとコップを持ち上げて見せるが、美緒は上目遣いで愛と真雪に交互に
 視線を行き来させると、ふるふると小さく首を振っていた。


 「いいじゃねえかピーマンのひとつやふたつ。死にゃしねーってば」


 「でも……やっぱりダメですよ、お残しは」


  真雪の言葉に今度は愛が少し寂しそうに眉をしかめる。それはその日のメインのおかずである、
 ピーマンの肉詰めのなれのはてであった。


 「ほら美緒ちゃん、じゃあ半分食べてあげるから、半分だけ頑張ろ? ね?」


 「うー」


  そう言って愛は箸で器用にピーマンを割っていく。なるほど半分の半分×2で、結局半個分を食
 べる事になるのだが、この方が何となく少なく感じさせる事が出来る。


 「さすが愛さん、わが嫁さんながらなかなか……」


 「お兄ちゃん、なんか言った?」


 「いや、別に」


  そんなさりげない妻の機転に小さく頷きつつ、クルリと妹の方へと振り返る耕介。


 「今のピーマンなんて、苦いどころか甘いぐらいで美味いのになーと思ってさ」


 「そだよね」


  肩をすくめると、知佳もすでに歯型のついたピーマンの肉詰めにもう一口かじりつく。


 「こんなに美味しいのに……あとこないだ味噌炒めに入ってた、シシトウも今美味しいよね」


 「シシトウには当たりがあるんだよなぁ」


  そう言って知佳が兄に微笑みかけると、そこにまたもや姉の方が口を挟んだ。


 「そうそう、10個に1個ぐらい、むっちゃっくちゃ辛いのがあったりしてね」


 「あれは見た目でわかんないから。当たった時、騙されたーっ! ってな感じがいいんだよなぁ」


 「わ、わかるような、わかんないような」


  かーっと舌を出して見せる真雪に、辛い物があまり得意でない知佳は、首を斜めに頷きながら控
 え目に同意してみせる。


 「ギャンブルってのは、外れた時痛い目みるから面白いんだよ」


 「わたし、ギャンブル苦手……」


  しかしすぐに姉の思考に及ばなくなると、すくめた首を小さく横に振って否定していた。


 「あれって古くなると当たりが増える、って聞いた事があるなぁ」


 「ほえ? お兄ちゃん、置いとくと辛くなるの?」


 「いやいや苗がな。収穫の最後の方は、辛いのが増えるって言ってた」


 「誰が?」


 「……誰かが」


  覚えていないらしく、そう曖昧に返した耕介はナスのしぎ焼きを一切れ口に放り込む。


 「ごちそうさま〜。うえ〜」


 「あ、ちょ、美緒ちゃんっ?」


  一方最後にピーマンの欠片を無理無理詰め込んだ美緒は、愛の制止も聞かず、食器もテーブルに
 残したままさっさと立ち去ってしまった。


 「はぁ」


  残された愛は小さくため息をつくと、同様に残されたピーマンをひょいと口に運び。


 「もう、美緒ちゃんたら……あ、ごめんなさい耕介さん」


 「いや、別に愛さんが謝る事じゃないと思うけど……」


  料理人である夫の方を振り向くと、眉をハの字にしたままぺこっと頭を下げる愛に、耕介はさか
 さかと手を横に振る。


 「本人の為にも、好き嫌いはして欲しくないんですけど」


 「そうだねぇ」


  目が合い、スーッと二人の間の空気が吸い尽くされると、次の瞬間ハーッと揃って吐き出され。
 合わせて愛の両肩が下がっていった。






                     〜◆〜






  その日夜もふけた頃。部屋のドアがコツコツと二度叩かれた音に、すでにパジャマ姿だった愛は
 ふっと頭をもたげる。


 「はい? どなた?」


 「愛さん、ブドウ食べないブドウ」


 「あ、いーですねー」


  開かれた扉からひょっこりと顔を覗かせたのは、ガラスの器に紫に濡れたブドウを二房、入れて
 右手に持った耕介だった。


 「ちょいとブドウ園まで足をのばして買ってきたんだ」


  うきうきと軽い足取りで部屋の中に導かれると、耕介はすでに薄く汗をかいた器を、妻に軽く持
 ち上げて見せる。


 「他の子達にはもう渡してきたし、夫婦水入らずで一緒しよ」


 「はいー」


  そんな夫の誘いに静かなソプラノでうれしそうに微笑むと、コクンの一つ大きく頷く愛。


 「机、ちょっと片していい?」


 「はい、構いませんよ」


 「それじゃ……ん? 何この紙」


 「え? あ、昔の学校のプリントですね」


  ブドウを置く為のスペースを作ろうと片手で本をのけようとすると、そこに挟まっていた一枚の
 プリントに耕介の目が吸い寄せられる。


 「肉屋の張り紙そっくり……」


 「あはは♪ まぁ同じ物かもしれませんね」


  その紙に描かれていたのは、書いてある用語こそ違うが、牛の絵をバラやロースなどとそれぞれ
 点線で部位に分けた、耕介が肉屋などで見るものとよく似た図だった。


 「わたしがまだ、一般の授業を大講義室でうけていた時。今の耕介さんと同じようにそのプリント
 を珍しそうに見ている他学科の学生さんがいましたよ」


 「へえ」


  言われてもう一度耕介はプリントに視線を落とす。牛の絵は色鉛筆で綺麗に色分けされており、
 愛が学んだ跡が見て取れた。


 「肉と言えばさ知ってる? 坂下りた先の、バス停の前にある焼き肉屋さん」


 「ん、はい? ありますね」


 「あそこの看板、以前BSE騒ぎがあった時すぐに海鮮なんちゃら〜とかのに変わってたよね」


  さすがチェーン店はああいうの早いよなぁ、とやや苦笑しながら、ぽすんと愛の隣に座りこむと
 丸い果実を一粒摘み上げる。


 「中身は変わっちゃいないだろうに」


 「わたしはしませんでしたけど、知り合いの方で狂牛病の検査に関わった人が居たみたいですよ」


 「あ、そうなんだ」


 「やっぱり何かと、色々あったみたいですけどね」


  愛はあごに指をやって、だから詳しくは聞いてないんですけど、とそう言って小首を傾げた。


 「それにしても、美緒の好き嫌いには困ったもんだ」


 「そうですねえ。いつも言っているんですけど」


 「あのひき肉だけ食べるより、ピーマンと一緒に食べたほうが美味しいと思うんだけどなぁ」


 「はいー」


  猫娘の小さなわがままに、愛はまるで自分の事のように悲しげに眉をしかめた。


 「耕介さんも、気を悪くされたんじゃ」


 「いやまぁ俺はいいんだけどさ……そういえば愛さんは好き嫌いないよね」


 「はい。あの、昔は少しあったんですけどね」


  気にした耕介が話題を変えようとそう振ると、俯き加減だった愛の顔と声がぱっと上がって。


 「やっぱりあれ? 知佳と一緒でカンナさんの影響とか?」


 「それもありますし、美緒ちゃんの手前っていうのもありますし」


 「あーなるほど」


  そう言ってプチュッとパチンコ玉大の果肉を吸い出す妻の顔を横に眺めながら、耕介はう〜んと
 あごをさすって頷いていた。


 「それに……その」


 「んん?」


  珍しく普段とは違う影を落として、言葉を濁す愛に、かえって耕介の気持ちは引き寄せられ。


 「……耕介さん、ちょっと、キツイかもしれないお話、聞いてもらってもいいですか」


 「え? ああ、かまわないよ」


 「ん……あの、ですね」


  断わりまで入れながら、愛はまだもじもじと両手をもてあそんで口ごもる。


 「大丈夫だよ。俺聞きたいなぁ愛さんの話」


  そんな煮え切らない様子の妻の両肩にポンと手をやると、耕介は下から覗き込むようにとりわけ
 明るく話しかける。


 「少しでも愛さんが伝えたい、話したいって事なら。夫だもん」


 「ええ……」


  まだ視線を泳がせたままコクンと頷く愛。暗闇の中だというのに外ではセミの、ジジジッと短い
 鳴き声が遠ざかっていった。


 「……獣医学科っていうのは、結構その、ひどい所、なんですよ」


  暫く考え込んでいた愛だったが、やがて意を決したように静かに口を開き語り始めた。


 「ひどいと言うと語弊があるかもしれませんが、その、どうしても、生き物の命を奪って勉強する
 事があるわけですから」


 「うん」


  始めはポショポショと小さな声で、しかし耕介も黙ってただウンウンと頷き返す。


 「耕介さん。怪我をした時とか、どうやって血がとまるか知ってますか?」


 「へ? ええと、血が固まるから……かな?」


 「はい、いくつか段階があるんですけど、まず血小板という物が傷口に集まって栓をするんです」


  次第に流暢に、愛の口調にも熱がこもリ始める。


 「そうしてフィブリンという網のような物が出来て、それに赤血球が絡まって止血するんですけど」


 「へえ」


  そこで愛は一度言葉を切って、はーと一息つき。


 「その実験の為に、生きている鶏の首を切って、血をビーカーに集めるんです」


 「え゛」


 「そうしてビーカーに取ったその生き血を割り箸でかき回すと、目には見えないんですけど、その
 フィブリンの網のような、糸のような物が、割り箸に絡まるのがわかるんです」


  固まる耕介だったが、その反応を予想していたのか、愛は構わず手でクルクルと何かをかき回す
 仕草をしつつ話し続けた。


 「そのあと、血抜きした鶏を解剖して、骨格とか、筋肉、内臓等の様子を観察して、その後……」


 「……その、あと?」


  やや引きながらも思わず聞き返す耕介。ゴクリ、と生唾を飲み込む音がやけに大きく響く。


 「全部観察し終わったら、そのお肉をガスバーナーとアルミホイルで焼いて、食べちゃいました♪」


 「へ?」


  目の前の妻の口から飛び出した予想外の明るい声と笑顔に、耕介のあごと肩がかくんと落ちた。


 「わたしも、あんな風に動物の命を奪うのはあの時が初めてで」


  しかしすぐに元の静かな、口調に戻ると愛はスッと胸に手をやって。


 「他にも青くなっちゃって、とても手なんかつけられない人もちらほら居たんです」


 「そう、だろうねえ」


 「でもその時の実験の先生がこう言ったんです。見えてないだけで、普段お前達が食べている肉も
 これと一緒だーって」


  思い出し、確かめるようにやや遠い地面を見つめながら語る愛に、耕介もふーむと考え込んで腕
 を組む。


 「肉じゃなくてたとえ野菜でも、人間は日々命を奪って生きているんだって」


 「うん……」


  熱っぽい言葉の思い出を吐き出すと、愛はついと夫の顔に目を戻す。


 「でもやっぱり、しばらくはお肉が食べられませんでしたけどね」


 「はは、わかるよ」


  食欲自体がちょっと、と愛が相好を崩すと、耕介も少しわざとらしいほど声を上げて。暫くの間
 二人薄い笑みを振り向け合っていた。






                     〜◆〜






 「ごめんなさい。こんな話、聞いていただいて」


 「いや、面白かったよ。面白かったというか……興味深いお話でした」


  もう一度、改めてゆっくりと体を前に傾ける愛を、耕介は軽く手で制して。


 「考えてみると、俺達料理人も罪深い職業だよなぁ」


 「そんな事はないと思いますよ」


 「そうかい?」


  ポリポリと後頭部を掻く夫に、愛はハイ、とやけに力強く頷く。


 「言った通り、皆平等に命をもらって生きているんですから。それを料理して、美味しく食べても
 らえるようにする、耕介さんのお仕事は素晴らしいと思いますよ」


 「そんなもんかなぁ」


 「そうですよ、絶対」


 「んー」


  愛はまだ固い疑問の棒を握り締めている耕介の腕にスッと手をあてて。


 「美味しければ、それだけ好き嫌いも減りますし。ね?」


 「……うん。ありがと」


 「はい♪」


  そうしてにじんでくるたなごころの体温に思わず自分の手を重ねると、耕介はため息のような声
 でゆっくりと頷いた。


 「この話をすれば美緒も……ってなわけにはいかないか」


 「ええ、やっぱりちょっと。あの子の歳では、まだキツイお話だと思います」


  さすさすと手や、二の腕を自然と触れ合わせながら、また二人の距離は近づいていく。


 「それにこんな話をして、好き嫌いをやめさせたりはしたくないですし」


 「そうだねー」


 「脅迫してるみたいですし。やっぱり今はあの子自身の為にも、好き嫌いはして欲しくないです」


  瞬間キュッと、つないだ指に力が入って。そう語る愛の目には、心から美緒の事を思う強い気持
 ちが込められていた。


 「大事な大事な、うちの子だもんね」


 「はい!」


  耕介の言葉に振り返ると、両手をとって、愛は嬉しそうににっこりと微笑む。


 「……あーいさん」


  そんな愛の優しさに耕介は、なんだかひどく、嬉しくなってきてしまい。


 「わ、わ、なんですか?」


 「んーん。なーんも」


 「はい? あ、んん……」


  まわした腕を引き寄せバフッと被さるように抱きつくと、驚く愛を無視してふるふると首を横に
 振り、同時にスリスリと頬ずり。耕介はそのまま唇を奪う。


 「ん……愛さん」


 「……甘い、です」


  深い、でも触れる唇だけのキス。やがてスイッと顔が離れると、愛は少し名残惜しげにポツリと
 そう呟いた。


 「ブドウの、味がします」


  そっと人差し指と中指で触れると、薄く濡れた唇と、指先からの甘い匂いが上がってくる。


 「歯、みがかなくっちゃ……」


 「そうだね」


 「ふぁ……ぅ、ん」


  もう一度、ゆっくり重なっていく二人の身体。机の上の乾いたパイレックスの中で、半分ほどに
 なったデラウェアが一房取り残されていた。






                     〜◆〜






  数日後。夏の長い太陽が沈んでいき、夕映えの色が青と紫に変わっていく頃のダイニング。


 「いっただきまーす」


 「はい。おそまつ様でした」


 「いやだからまだ食ってないって。スプーンも持ってねえべ」


  真雪のツッコミを耕介本人すら軽く流して、みな一様に目の前の深皿へと飛び込んでいった。


 「うん、今日もおいしーよーお兄ちゃん」


 「あんがと知佳」


  スプーン片手ににっこりと、黄色い笑みを浮べる知佳に、耕介もお返しに親指を立ててにかっと
 歯を光らせて見せる。


 「……なーこーすけ。これさあ」


 「はい。今晩は鶏肉に、ニンジンタマネギダイコンカボチャ……それにナスをたっぷりと入れた、
 ごろごろ野菜カレーですけど」


  付け合せのコロッケを突ついていた箸で、カレーの中から一つ一つ具を探り出し数え上げる耕介。


 「美味いんだけどさぁ、こりゃカレーライスじゃないよなー」


  サイコロ大に切られた野菜を口に運びながら、真雪は間延びした声で疑問を口にした。


 「カレーの煮物か、カレースープだろこりゃ」


 「はは、まあそうかもしれないっすね」


  大量の野菜のためゆるい、こげ茶色のルーがスプーンにすくわれると、ズズッと音を立てて吸い
 込まれていく。


 「カレースープにコロッケ。あービールがすすんですすんで」


 「ほどほどにしといた方がいいですよ」


  合わせてごきゅごきゅと真雪が飲み干す、コップの中の細かな泡の上がる液体に、耕介は少しだ
 け物欲しそうな視線を送っていた。


 「こーら! 美緒ちゃん」


 「んん?」


 「うー」


  そうしてまた暫く、縞になったカレーのきつい匂いだけがダイニングを支配したかと思った刹那、
 聞き覚えのある叫びに耕介が顔を上げると。


 「またニンジンだけよけて……ちゃんと食べないと、ちゃんと大きくなれないわよー」


 「あとで、食べるつもりだったのだ……」


  そこでは皿の端に寄せられた人参の欠片を挟んで、美緒が愛ににらまれ首を縮こまらせていた。


 「まーたやってるよ」


 「甘くて美味しいのにねえ」


  顔は妻子に向けたまま、呆れたような真雪の声に耕介は軽く肩をすくめて見せる。


 「無理して食っても逆に身体に良くないと思うがねえ」


 「ニンジンはカロチンを、ビタミンAを多く含んでるのに……」


 「一応ビタミンAは多すぎると、人間には有毒だって聞いた事あるぞ」


  真雪は酔ってもいないのに、タンッと空のコップをテーブルに軽く叩きつけ身を乗り出す。


 「シロクマの肝臓なんかがそうだとか」


 「こないだテレビでやってましたね」


  そのコップに左手でこぽこぽと缶からビールをお酌して。


 「何事も過ぎたるはなお及ばざるが如しって事ですか。それはまぁわかりますけど」


  耕介はほぼ空となったなった缶をカツンッ、と軽い音を立てて戻した。


 「ただ日常でシロクマの肝臓を食べる機会があるかどうかは――」


 「ま、ないだろうな」


  ニヤッと口を三日月に吊り上げる真雪に、もう一度ガクッとずっこけて苦笑する耕介。


 「だめよ、お残しはゆるしません」


 「だってだって、おいしく、ない」


  そんな耕介を余所に愛と美緒の間では、互いに顔と言葉を見合わせる押し問答だけが、あやとり
 のように繰り返され、編み返され続けていた。


 「美緒もピーマンといい、イメージが先行してる気がするなぁ」


  実はすでに料理人の対策として、美緒のカレーには人参がすり入れられていたので。耕介は親と
 しては愛に任せて、今は何も言わずに事の次第を見守っていた。


 「んもう……」


  厳しい口調の中にも優しさのピアノ線をピンと張りつめて、しかし顔をしかめながら愛は、最後
 の最後で困ったようにこう言った。




 「えーっと……美緒ちゃん? お残しすると、もったいないお化けが出るわよー」




 「ぶっ!」


  耕介は飲んでいたお茶を吹き出し真雪に殴られた。






                                       了









  後書き:実験とかの話は実話です。スマンのぅグロくて。別に獣医の事じゃないんですけどね。
      人は命を消費しないと生きられない。言い換えれば命を貰って生きている訳で。
      それが動物でも植物でも関係無く。賢かろうと単純だろうと、貰う命に差はないはず。
      だから食事の前にはこう言うんですね。「いただきます」って。
      ……いや変な宗教とかじゃなくてね。ホント。
      そんな私はカレーに大根を入れる人……





  03/09/05――初投稿。
  04/12/04――加筆修正。

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takemakuran@hotmail.com
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