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  〜夜にとろける〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  まだ風の強い、季節の変わり目。久々に空を見上げてみると、何時の間にか瞬く星座がオリオン
 から柄杓に変わっていた、そんな頃。


 「あれー?」


  その夜、先にベランダに人影を発見したのは、後片付けから明日の仕込みなど仕事を終え、一息
 ついて庭に出た耕介だった。


 「おーい、どったの真雪ー?」


 「んー? ……ああ、あんたか」


  声の先で部屋の灯りが浮かび出す影の中、真雪がウィスキーのグラス片手に、ベランダに頬杖を
 ついている。


 「いや、いいよ。あたしが下りる」


  気の無い返事で、再び視線を戻し真っ暗な宙を見つめる様子を見て寮内に戻ろうとした耕介を、
 真雪は呼びとめるとそう言って窓から部屋へと入っていった。


 「よっ」


 「うす。わざわざ手間かけさせちゃったかね」


 「うんにゃいいよ」


  そうして二階の部屋の灯りが消え暫くして、庭へと下りてきた真雪から差し出されたグラスに、
 耕介は軽く口をつける。


 「休憩中?」


 「ん〜まぁ、そんなトコ」


 「ふーん」


  空いた両手を所在無さげに体に巻きつけながら、耕介とは目を合さずに曖昧な返事を返す。


 「なーんか煮詰っちゃってて、さ」


  髪を掻き上げて真っ黒な宙を見詰めたまま、真雪はため息のようにそう漏らした。


 「気分転換にどっか行こっか?」


 「そうだね……それもいいかも」


  結局二口だけ飲んだグラスが返されると、カランともう半分ほど溶けてしまった氷が中で回って
 音をたてる。


 「どこ行くんだい?」


 「そうだな。海、とか」


 「海、か……いいよ、そこで」


  じゃあ、と特に何があるでもなかったが、車のキーを取るついでに外出の用意をと、二人別れて
 寮の中へと戻っていった。


 「ん〜」


 「? どうかした?」


  ジャンパーだけを羽織り、先に車のエンジンをかけ待っていた耕介の元へ、真雪は同じく上着だ
 けかけて、なぜか顔の左側に手をやりながらやって来る。


 「いや耳の所ににきびが、ね。メガネが当たって痛い」


 「そりゃ真雪、にきびじゃないよ」


 「?」


  不思議そうに見上げる真雪の顔の前に、耕介は指を立てにぱっと笑って。


 「ハタチ過ぎたら、吹・き・出・も・の」


 「……ルゥアイダー、卍キィーーック!」


 「ぐほぉッ!」


  瞬間、耕介の脇腹に真雪の見事な右回し蹴りが突き刺さる。


 「に、2、3本もってかれた……」


 「バーカな事言ってないで、ほらさっさと運転する」


 「うう、はひ」


  そう言って真雪はとっとと助手席に乗り込んでしまい、耕介はまだじんじんと痛む左脇腹をさす
 りながら、ようやく起き上がってドアに手をかけたのだった。






                     〜◆〜






 「やー、海だねぇ」


 「海ですなぁ」


  んーっとそろって体を伸ばし、海を前に二人はよく分からないやり取りを交わしながら。


 「こうやって海に来るのって、どれぐらいぶりだっけ?」


 「んー……俺が告白した時、以来かな」


 「そっか。もうそんなになるか」


  目の前にあるのに、近いのか遠いのか分からない潮騒を聞きつつ海岸線を練り歩く。


 「うをっ?!」


 「わっ、とと」


  その時横から突風が吹きつけ、思わず身をかがめる二人の頭上を通りすぎていった。


 「……ううっ」


 「寒い?」


 「ちょーっちな」


  乱れた髪を手櫛で後ろにやり、その手で自分の肩をさすりながら身を震わせる真雪。


 「今日は気温については随分と寒いんですけれども……なんて言うアナウンサーは許せないよな」


 「あはは、そだね」


  そんな彼女の元へ、笑いながら早足でトットッと近づいて行くと。


 「んじゃ、ほら」


 「を?」


  耕介はジャンパーの前を開け、真雪の体を後ろから包み込むように抱きしめた。


 「これでちったあ違うでしょ」


 「……ウン」


  丈が足りずにほとんどただ抱きしめるように、ぎゅっと回された腕に真雪は今度はちょっとだけ
 窮屈そうに身を震わせて。


 「ちょっと荒れてんね」


 「ん?」


 「海」


  真雪は触れ合った肩、背中にじんわりと温もりが広がっていくのを感じながら、アゴを少しだけ
 上げて目の前の闇を指し示す。


 「あ、うんそうだね」


 「ま、太平洋側はそれでも穏やかだけどな」


  言われて耕介も顔を上げると、月も無い、真っ黒な夜の空と少しだけ荒れた海とが広がっていた。


 「日本海側の海はすげーぞぉ」


 「そんなに?」


 「ああ、こんなもんじゃない。そうだな……」


  裾と共にお腹に回された手に自分の手を重ね、さらにグイッと引き寄せて密着させると。


 「ほれ」


 「を?」


  耕介の両腕に、むにっと下乳の感触が伝わってくる。


 「日本海 揉みに揉まれて Dカップ」


 「ええっ?! そうだったのか!」


 「なわけねー。大体揉んだのはあんただろ」


  五七五に大げさに驚いてみせる耕介に、逆に苦笑して真雪のツッコミが入った。


 「でも真雪は最初からおっぱいおっきかったじゃん」


 「……じゃあお前の前に、あたしの乳揉んでおっきくした奴がいるわけだ」


 「ぐっ。それは正直ちょっとイヤっちゅうか、その、しょうがないけど嫉妬するっちゅうか……」


  抱きしめる腕にちょっと力が入りながら、ゴニョゴニョと耕介の語尾が小さくなっていく。


 「あはは、心配しなくってあんたぐらいだよ。コレ揉んだのは」


 「むー」


  だから安心しな、とそんな耕介の体ごと真雪が身を左右に揺すると、ふるふると二人の腕の間で
 大きなおっぱいが揺れる。


 「あ、あとは飛丸ぐらい」


 「ってまたあいつかよッ?!」


  一度勝負しなきゃならん、と鼻息を荒くする耕介に、真雪は耐えきれず声を立てて笑っていた。






                     〜◆〜






 「ちょっと、座ろうか」


 「そうだね」


  暫くの間くっついたまま海を眺めていたが、いい加減立ちっぱなしも疲れてきた二人は、座ろう
 という事で海岸を移動する。


 「うっせ、うっせ」


 「うっせっせ、と。うはは、馬鹿みたい」


  しかし体を離す事はなく、耕介は真雪を胸に、真雪は耕介を背にそのままカニ歩き。


 「……で、何かあったの? 真雪」


  そうして堤防の階段に座りこむと、耕介はポンとアゴを真雪の肩の上に乗せ耳元でささやいた。


 「んー、それが、さ」


  話す度むにむにとアゴで肩を押されて、少しくすぐったそうに身をよじりながら、真雪はポリポ
 リと頭を掻いて。


 「マンネリ……って言われちゃった」


 「そっか」


  それだけ交わすと、二人の間に短い沈黙が流れる。お互い意識して、口をつぐんだのがわかる。


 「まーあたしも、これでも長い事やってるからねぇ」


  がすぐにそれを打ち破るように、真雪が軽い口調で、声を張って話し始めた。


 「正直変わってないわけはないんだけどね」


 「そりゃそうだ」


  耕介が今までゆっくりと自分を待っていてくれていたのを、背中越しに感じていたので。


 「でもさ、それで昔の自分の漫画とか見ると、確かに変わってるんだけど。演出とかコマ割りとか
 今やらないような事やってて……鮮烈さって言うか、結構おっ? て思うんだよな」


  後は堰を切ったように、真雪は溜めていた自分の感情を吐露していく。


 「逆に今の自分はちゃんと成長してるかな、って疑問もっちゃったりして」


 「わかるわかる」


 「だーからさ。なんだか行き詰まっちゃって」


  そこまで一気に喋り終えると、ずりっとお尻を前にずらし、反対に耕介の肩に頭を乗っけた。


 「……一読者として、俺は今でも真雪の漫画は面白いと思うけど」


 「そうかい?」


 「うん。そりゃ言う通り、今までと似通った部分も出てくるけどさ」


  初めて読む人には関係ないだろうし、と暗い灰色の空を見上げながら。


 「笑えて、泣けて。読み終わった後に、毎回ああよかったって思える。色んな意味でね」


  耕介は真雪の頭に手をやり、すぐ真横にある耳元に静かに話しかける。


 「漫画の事はよくわかんないし、上手く言えないけど……俺は、それですごい事だと思う」


 「ん……」


 「ごめん、なんか上手いこと言えなくって」


 「あ、いや」


  そんな事無いよ、と真雪が小さく首を振ると、揺れる髪がすまなそうな声を出す耕介の顔に触れ、
 軽く後ろにそのアゴが逃げた。






                     〜◆〜






 「……あんたってさぁ、海、みたいだよね」


 「え? 乳揉むトコとか?」


 「それはもう終わったってば」


  もうずいぶんとお尻も前にずれていて、耕介の胸に頭を預けるような状態になっていた真雪は、
 ポンと肩越しに耕介の肩にツッコミを入れる。


 「大きくって……広くって」


 「海だなんて、なんだか照れるなぁ――」


 「一見豊かに見えるけど、底にはずっと砂漠が広がってて。癒される気になるけど、その実問題は
 なーんにも解決してないの」


 「や、やっぱり誉められてる気しない」


  海、という言葉に照れ笑いを浮べた耕介だったが、それはすぐ苦笑いへと変わっていく。


 「……でもさ、なぜか満たされた気分になっちまうんだよなぁ。見てるだけで」


  そんな耕介の百面相に口元を緩ませると、体を反転させぽすんとその胸に頭を沈め込む。


 「優しさに包まれて、さ。なんだか、あったかい」


  すりすりっと二度ほど短い髪をすりつけながら、真雪は当てた耳にとくん、とくんとリズミカル
 な鼓動を鼓動を聞いていた。


 「……海の砂漠、か」


  そう呟くと改めて耕介は肩に手を乗せ、真雪の体をんっと抱き寄せる。


 「つきの〜さばくを〜♪」


 「そりゃ月の砂漠」


  まんまじゃねーかと突っ込まれると、シリアスだった耕介の顔が一転笑顔に変わった。


 「どうせなら俺は、オアシスになりたいな」


 「オアシス?」


 「そ。砂漠をゆく旅人の疲れを癒す、ひとすくいのきれいな水を湛えた」


 「また……」


 「そうやってそこで疲れをいやして、また明日に立ち向かっていくのさ」


  口調も軽く、急に流暢にくさいセリフを話し出した耕介に、真雪も苦笑い。


 「そう言う意味じゃあ、真雪は俺にとって、俺のオアシスかもしれないな」


 「あたしが?」


  逆でない? と怪訝な顔をするが、耕介は口の端を吊り上げたまま首を横に振る。


 「こうやってそばに居て話し合ったり、一緒にお酒飲んだり。真雪の食事とか用意してる時、俺は
 幸せだったりする。明日また頑張れる」


  元気がわいてくるってね、と力こぶして見せた。


 「……あんだけ忙しくしといて、まーだ世話焼き足りんのかい」


  ほんの少しの間目を閉じ、何事か考える様にしていた真雪は急に足を振って体を起こすと、耕介
 と向き合い手を伸ばし。


 「この世話焼き魔。そーやってどれだけの女を惑わしてきたんだか」


 「ほひほひ、まろわふって」


  うに〜っと口の端を指でカエルの様に横に引っ張って、パチンと離す。


 「神咲もゆうひも、それに愛も。みーんなあんたの事好きだったんだぞ?」


 「え? そ、そんな――」


 「子供じゃないんだし、あんたにも分かってただろ」


 「……ん、まぁ」


  ちょっと赤くなった頬を押さえながら、耕介は空に視線を逃がすと曖昧に頷いた。


 「あーあーもったいない。あたしなんかとくっつかなきゃ、他の可愛い女の子達がよりどりみどり
 だったってのに」


 「俺は、真雪が好きだったから」


 「……物好きだねぇ」


  耕介の言葉に今度は真雪が肩に手をかけたままフイと地面に視線を落とし。


 「旅人にとってオアシスが大切なように、そのオアシスにとってもまた、そんな旅人の事を大切に
 思ってるんじゃないかな」


  小さく身動ぎする度、お尻や靴の下でざりっ、と砂が噛む。


 「少なくとも、俺はそうだから」


  耕介が上から胸に沈んだ真雪の頭頂部に話しかけながら。


 「だからもし真雪も、そう思ってくれるんなら。寄っかかって貰えると、嬉しいな」


  後ろ髪、背中ヘと耕介の手が流れると、闇の中ポン、ポンとリズムカルにゆっくりと叩く音が、
 真雪の心にだけ響いていた。






                     〜◆〜






 「……ありがと、耕介。あたしもあんたの事……好きだよ」


 「あ、う、うん」


 「や、やっぱ照れるのな。おかしいよな? こんな言葉、今言われたばっかだし。あたしの方から
 だって何度も使ってきたはずなのにさ」


  自分の言葉に赤らんだ耕介の顔を目の前に見て、真雪も笑いながら頬を熱くしつい早口になる。


 「マンネリも、悪くないって事じゃない?」


 「……そうかもね。受け取る人使う人、お互いの気持ち次第って事か」


  コツンと額を胸にぶつけると、ちょっとメガネを邪魔にしながらもたれかかると。


 「ここも、さ」


 「んん?」


 「今もまだ、こんなに心地いいもんな……」


  スルスルと肩にかけていた手を下ろすと、耕介の背中に回しゆっくりと体重をかけていった。


 「重いよ、真雪」


 「ん、もうちょっとだけ……このままで」


 「……うん」


  湿った風に吹かれ、少し乱れた真雪の髪を、耕介の大きな手がゆっくりと梳いていく。






  二人の姿が、夜にとろける。






                                       了









  後書き:こくまろこくまろ。
      私は年中スランプ気味です。
      「くっ、ガッツがたりない!」





  03/06/11――初投稿。
  04/10/20――加筆修正。

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takemakuran@hotmail.com
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