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  〜ゆめのボール〜
  (Main:みなみ Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「ほいっ、277本目!」


 「はい! ひゃく……71!」


  大晦日だというのに、二人の男女がコートに立ちダムダムとボールがはねる音が、冬の乾いた空
 に響きわたる。


 「はいラスト! 300!」


  年を越してから大掃除、年賀状書きを始める家も少なくない世の中、この時期に練習が出来るの
 はこの寮における早め早めの教育、そしてなによりみなみのバスケに対する情熱の賜物であろう。


 「はい……っせい! あっ?!」


  耕介の手から放たれた、少し離れた位置へのパスを走りながら受け取ると、そのまま間髪入れず
 シュートするみなみ。だがえいやっと気合を入れて放った最後の一本は、無常にもリングを外れ
 転々とコートに転がる。


 「……191」


  跳ね返ってきたボールをしょんぼりと拾い、みなみはシュートの成功数を小さくつぶやきながら
 耕介の元へと歩み寄っていった。


 「お疲れみな」


 「はい、ありがとうございました。耕介さん」


  袖で汗をぬぐいながら軽く頭を下げる。今まであまりする事のなかった外から速攻3Pシュート。
 少しでも新たな戦力を、と始めた練習だった。


 「シュート数は300だから、え〜と、え〜と……」


 「……みな、もう少し勉強にも力を入れた方がいいな」


 「ちょ、ちょっとすぐに出てこないだけですよっ」


  だが指折り計算されながらではさすがに説得力がない。まだまごつくみなみを見て、耕介はあご
 に手をやると軽く空を見ながら自分で素早く計算した。


 「ん〜およそ6割5分ってとこだな」


 「練習で6割かぁ。うう、もっと成功率を高めないと」


 「ははは、まぁその為の練習だし、これからだんだんと上げていけば……ん?」


 「? どうしたんですか?」


  うつむいて悔しそうに手元のボールをじっと見つめるみなみ。そんなみなみの頭をいつものよう
 に撫でようと手を伸ばしかけたその時、そのままピタリと耕介の手が止まる。


 「はい? ……!」


  みなみが急に途切れた言葉にふとその顔を見上げると、耕介は背後の空を凝視したまま固まって
 いる。不審に思ったみなみはクルリと振り返って、自分もその視線の先にあるものを追ってみた。


 「あれは――」


  銀色の、発光物体。それが空高く、白い雲の中僅かに見える青色の中をゆっくりと移動していた。


 「はぁ〜」


 「…………」


  やがてそのビカビカと割と強めの銀色の光は静かに雲の中へと消えていき、まるで時が止まった
 かのように直立したまま沈黙していた二人は、ハッと我に返って互いの顔を振り返った。


 「……み、見ました?! あれ!」


 「ん、ああ」


 「あ、あれユーホー! UFOですよぜったいっ!」


 「うん、そうかもね」


 「す、すっごーいっ! あたし初めて見ちゃった!」


  まだ興奮した様子でどうしよどうしよなどと叫びながら辺りを意味もなく走り回るみなみに対し、
 耕介は一人表情を変えることなく空とみなみを見つめていた。






                     〜◆〜






 「すっごかったんだよー知佳ちゃん!」


 「へぇ〜」


  夜。夕食の年越し蕎麦を食べ終わった後、台所で洗いものをしている耕介の後ろのテーブルで、
 頬杖をつく知佳にみなみが立ったまま興奮気味に夕方の出来事を話していた。


 「あたしがこう見上げたら、スーって! ぴかぴかーって!」


 「ふ〜ん」


  大きく身振り手振りを交えながら、目の前の知佳に必死にその時の様子を伝えようとするみなみ。


 「見たかったなぁわたしも」


 「それでねそれでね」


 「あ、ごめん。わたしちょっとぉ、お手洗い」


  なおも続けようとするみなみを軽く手で制しながら、知佳は我慢していたのかすぐに椅子を立つ。
 さすがに少し慌てた様子を感じ取ったのか、みなみも小さくゴメンと謝りながら送り出した。


 「ふぅ……ねぇ耕介さん」


 「ん、呼んだ?」


 「昼間のあれ、UFOでしたよね。絶対」


 「え、ああ。まぁ、ね」


  突然話を振られた耕介は、なぜかそんなあいまいな返事を返す。


 「どうかしたんですか?」


 「んー……実は、な」


  振り返り濡れた両手を振って水気を切りながら、そんな素直に首をかしげるみなみを見た耕介は、
 少しだけ迷っていたがやがてゆっくりと口を開いた。


 「俺昔、たぶん、あれと同じものを見た事があるんだよ」


 「えっ?! そ、そうなんですか?」


  ああ、と頷きながら洗い物を終えた耕介が、みなみが両手をついているテーブルへと近づく。


 「それも二度。俺がまだ中学生の頃、だったかな。最初は奇しくも同じスポーツの練習、空き地で
 友達とサッカーの練習をしている時だった」


 「は〜」


 「夕方になってふと空を見上げると、今日のと同じように空に銀色に輝く物体が移動してて。暫く
 ボーっと眺めてたら、やっぱり雲の中へと消えてったんだよなー」


  音もなくゆっくりこう、と指先を宙で横に動かしながら、その時の様子を説明する。


 「我に返って隣振り向くと、連れも一緒に空見上げてた。見たかって聞いたら、そいつもああって
 ただ頷いて返すしか出来ない状態だったな」


 「そ、それで?」


 「ソン時はそれっきり。んで、二回目が朝礼だったかな? なんかで校庭で並んでた時の事で」


 「ふんふん」


 「たるい気分であくびなんかしながらふと空見上げたら。いつか見た銀色に光る物体が、白い雲の
 間に飛んでるじゃないか! 驚いてまたじっと見てたら、それが今度は、さ……」


  身を乗り出して聞き入るみなみに、だが耕介は一度視線を宙にそらし、そこで一息ついた。


 「……どうなったんです?」


  その溜めに合わせるかのように、少しだけみなみも声を潜ませ聞き返す。うんと頷き、また少し
 だけ躊躇したが耕介もすぐに話を続けた。


 「そいつが雲に隠れる瞬間、見えちゃったんだよ。その正体が」


 「エエーーッ?!」


  意外な話の展開に身を仰け反らせ、両手をばたつかせながらガーンとバックに効果音を走らせる。


 「な、なんだったんですか一体!」


 「消え去る少し前、移動して角度が変わったんだろうな。そこにあったのは、日光を機体が銀色に
 反射してる普通のセスナ機の姿だったんだよ」


 「えっ? セ、セスナぁ?!」


 「高度が高いせいか、小型だったからか無音で。赤いセスナだったけど、関係なしに銀色に強い光
 を反射してたなぁ」


 「…………」


 「だから俺は昔サッカーの練習中見た時のも、今日見たのも全部同じ飛行機か何かの類じゃないか
 なぁって」


 「はぁ。そうだったんですかぁ……」


  知佳の前であれだけはしゃいでいたせいか、みなみはみるみるうちにシュンとなってしまった。
 興奮するみなみに言いそびれていた、耕介の気遣いが裏目に出てしまったのかもしれない。


 「ま、はっきりそうと決まったわけじゃないし。俺の見たのはセスナだったけど、だからって今日
 のもそうとは限らないしな」


  だからそんな彼女をフォローするためか、ぽんっとみなみの頭に手を置くとやや乱暴にぐりぐり
 とかき回す。


 「あれは本当のUFOだったかもしれないよ」


  そう言って耕介は、ニッコリと、笑った。


 「耕介さん……そうですよね。そっちの方が夢が、ロマンがありますよね!」


  その耕介の行為に、好意に少し元気を取り戻し、みなみは嬉しそうにウンウンと頷く。


 「ああそうさ。 ……ま、ロマンがあるかどうかはわかんないけどね」


 「へ?」


  そんな恋人の顔を見ていると、耕介は安心すると共にふと悪戯心がムクムクと湧き上がってきて。
 ニヤリと唇の端をゆがめるとスッと耳元に顔を近づけてささやいた。


 「もしあれが本物のUFOで、向こうもこっちを見ていたとしたら。今夜辺り……もしかしたら、
 みなの事を調査しに来るかもしれないぞ」


 「ほ、ほえっ?」


 「皆が寝静まった深夜。寮上空に音もなく銀色の物体が忍び寄り、スーっと窓が開いたかと思うと、
 そこから同じく銀色に光るブヨブヨとした皮膚をヒクヒクと伸び縮みさせよく見るとわき腹にズラ
 リと並んだ気門らしき物でプーヒューと呼吸しながら真っ黒い大きな目をした宇宙人が部屋に入っ
 てきてみなを……っ!」


 「はうう!」


 「初めは何ともないんだけど、やがて徐々にそのお腹がふくれてきたり。当然中からは、ドクン、
 ドクンと小さく嫌な胎動が」


 「ひ、ひぇぇぇ〜」


 「またどこかに謎の金属を埋め込まれて、一生空港のチェックゲートをくぐれない身体に?」


 「はうはう!」


 「日ごとに大きくなっていく自分のお腹。追い詰められていく精神。そしてある日、ついにソレは
 キシキシと母体を食い破り……っ!!」


 「あーっ! あーっ!」


  両手を大きく広げ、ノロイのポーズでキシャーッと迫る耕介に、とうとうみなみは最後には話を
 聞くまいと両耳を手で押えて、イヤイヤと大きく頭を振っていた。


 「はっはっは。もしそうなったらロマンどころじゃないな」


 「えう、ぐす。ひどいです耕介さ〜ん」


  耕介のたたみかけにううっと俯くと、みなみは両手を目にやりしくしくと泣きじゃくるポーズを
 とる。


 「あ、あたし、もう夜中におトイレいけへん……」


 「ああゴメンゴメンみな。ゆるしてくれ、な?」


  えぐえぐなおも嗚咽し続けるみなみに、さすがに少しやりすぎたかと耕介は慌てて手を頭にやり
 弱めに撫でながら謝罪する。


 「……ゆるしません」


 「み、みな?」


  が予想外に低く、静かな口調でキッパリと拒否され戸惑う耕介の胸に、みなみは突然ポフッ、と
 倒れこんだ。


 「ゆるさないです。恐くて眠れないかも。 ……だから今夜はずっと、一緒にいてくれますか?」


 「……みな」


 「耕介さん……」


  その小さな体がこの上なく愛おしく感じられ、耕介がぎゅっと力いっぱい抱きしめると、みなみ
 もきゅっとつかむその両手に力が入り。暫くの間二人はきつく抱きしめあっていた。






                     〜◆〜






 「……そういう事は、お部屋でやったほうがいいと思うよー?」


 「うわぁ!」


 「はわっ?! あ、ち知佳ちゃん」


  何時の間に戻ってきたのか、そのすぐ後ろに知佳が立っており。突然背後から声をかけられ、
 耕介とみなみは抱き合ったままうひゃあと飛び上がった。


 「あーあ、独り者にはつらい光景だなぁ」


 「ご、ごめん知佳ちゃん」


 「いーなーみなみちゃん。あたしもそんな人、ほしいなぁ〜」


 「あ、あう」


  手を後ろに組み、わざとらしく二人に背を向け体をゆすりながらふぅと大きくため息をつく知佳。
 慌てて体を離した耕介はボリボリと頭を掻き、みなみはただおろおろとするばかり。


 「……いーいもーん。わたしもお兄ちゃんに、くっついちゃうから」


 「え? お、おいおい」


 「えいっ」


 「あううっ!」


  知佳がそう言ってポフッと飛びつくように、耕介の背中にまわって抱きつくと、みなみは驚きと
 困惑の叫び声を上げる。


 「えへへへ♪」


 「あうあううっ!」


  そんなみなみを無視して、これまたさらに嬉しそうに、グリグリと頭を背中にすりつける知佳。
 さらに悶えるみなみ。


 「こ、これはあたしんだよぅ!」


 「ぐをっ! み、みなまで」


  そして何を思ったのか、みなみまでが負けじと再び耕介の胸へと飛び込んだ。


 「おにーいちゃん♪」


 「こ、こうすけさぁ〜ん」


 「はぁ。やれやれ……」


  二人の少女にはさまれ、嬉しいやら戸惑うやら。サンドイッチ状態で棒立ちになりながら、耕介
 は深く、ふうと一つため息をついた。


 「ん? なんなのだ?」


 「あ、知佳ずるい。ボクも」


 「うちもうちも♪」


 「ぬをっ?! お、お前ら!」


  しかしさらにその場にやってきた美緒とリスティ、それにゆうひまでもがふざけて耕介の身体に
 しがみついてきて。


 「お、重い……」


 「モテモテやなー耕介君♪」


 「やかましい」


 「これはあたしんですってばー!」


  計5人の美少女をその身にぶら下げながら、耕介の大晦日はすぎていったのだった。






                     〜◆〜






 「今年も無事みんなでやって来られましたね」


 「そうですね……ありがたい事です」


 「はいー」


  心持ちあごを上げ、青く遠い空を見上げながら、そんなため息の様に吐かれた愛さんのつぶやき
 に耕介も心から同意する。


 「天気も良いし、コリャ今年も一年良い事がありそうだよなー」


 「んふふ♪」


  元日の昼過ぎ。少し落ち着いた頃にと皆で初詣へ出向いている途中であった。


 「あー寒っ! 毎年の事とはいえ、まったくこれだけはいただけん」


 「……おねーちゃん、だからってなんで私たちに抱きつくの?」


 「真雪、重い」


  十分に厚着をしてきているのだが、それでも真雪はガタガタと体を震わせながら、ガバッと覆い
 被さるように並んでいた知佳とリスティに抱きついた。


 「ガキの体温は高い」


 「ガキじゃない。それに真雪と比べて別段ボクたちの体温が高いわけもないよ」


 「十分高い高い。あ〜あったかい」


 「うう、私も暖かいけど……」


  暖かい事はありがたいけどと知佳は困った顔で、ふぅとため息をつくとリスティはあきらめ顔で。
 結局歩きづらそうに二人して真雪の体を引きずっている。


 「真雪さん雪国出身じゃなかったですか?」


 「雪国出身だろうと南国出身だろうと極点出身だろうと寒いもんは寒い」


 「さいですか」


  身も蓋もない真雪の返事であったが、慣れていたため耕介は特に気にする様子もない。


 「何かあったかいもんでも買ってくかぁ?」


 「えっ? 何か買うんですか?!」


  先ほどまで一人物欲しげに首を左右にキョロキョロさせながら、沿道の出店屋台を見つめていた
 みなみだったが、買うという単語に素早く反応して真雪たちの方を振り向く。


 「たこ焼き、イカ焼き、お好みにフランクフルト……うう、ジュルリ」


  今朝あれほど雑煮を食べたというのに、早くも口の端から涎を垂らさんばかりの表情のみなみ。
 出店では匂いと共に寒空に上る白い煙と湯気が、また食欲と購買意欲をそそる。


 「み、みなみちゃん、後で色々と買ってもいいから、まずはお参りの方を、ね?」


 「あう。はい、そうします〜」


  知佳にそう諭され、とりあえず我に返るみなみ。が耕介にそれに寮には俺のおせちもあるから、
 とフォローされるとまたも目を輝かせていた。


 「でも今寒いのはどーすんだよ」


 「確か本殿の外れでお神酒を配ってるはずですから、それを飲めば中から体があったまりますよ」


  まだ知佳たちの体を抱え込みながら愚痴る真雪に、耕介は縁起モノですしと記憶を掘り起こす。


 「一緒に甘酒も配ってたはずだから。未成年者はそっちを飲むよーに」


 「「はーい」」


 「甘酒だからって飲み過ぎないようにな」


 「そうですね。何事も過ぎたる事は」


  おないどしーずは声をそろえ、あまりお酒に強くない薫はそう言われて少しはにかみながらハイ
 と頷いた。


 「ボクは甘酒なんて子供の飲み物より、ワインの方がいいな」


 「未成年がお酒を飲むもんじゃなかよ」


 「ワインなんて酒にも入らないよ」


 「アルコール度14%はある。立派なお酒じゃ」


  振り上げられた薫の手を避けるように、リスティはパッと真雪の懐からも逃れると、駆け出して
 少し離れた前の所で一人歩き出した。






                     〜◆〜






 「楽しみだね、みなみちゃん」


 「うんっ! 甘酒もだし、出店もだけど。なにより耕介さんのおせち、美味しいし種類が多いから
 飽きないしっ!」


 「ありがとう、娘たちよ」


  耕介は手間隙をかけた甲斐があったと腕を押し当ててヨヨヨと涙するふりをしてみせる。


 「あたしは耕介からのお年玉がどうなっているのかの方が気になるのだ」


 「をっ?」


  その時今まで辺りを駆け回っていた美緒が、何時の間にか耕介に背後から飛びつきそのまま頭に
 よじ登っていく。


 「あ、あたしもそれは気になるかな」


 「あたしもあたしもー」


  一緒に嬉しそうに頷きながら同意するみなみに、耕介は目に陰を貼りつけた顔で、ぬーっとその
 背後に近づくと、ポンッとその肩に手を置く。


 「……岡本さん、あなたは恋人となった今でも、私からお年玉をもらおうというおつもりですか?」


 「あう。そ、その割には急に他人行儀な呼び方に……」


 「決めた。今年みなはお年玉なし」


 「えーっ?!」


  目と口で三つのOの字を作りハニワ状態のみなみに、耕介は満足そうに腕を組みにやりと笑った。


 「……その代わり、今度俺が何か好きなものをプレゼントしてあげるよ」


 「え?」


 「デートもかねて、ね」


  暫くハニワのままでいたみなみだったが、やがてその意味を理解すると、みるみるその頬が赤く
 染まっていく。


 「あ……はい」


 「ハイハイ、ご馳走さま」


  正月早々兄と親友に惚気られた知佳は、はふうと呆れたように肩をすくめたが、なぜかその表情
 はにこにこと笑顔のままだった。


 「あちしはお年玉がもらえるなら何でもいーのだ」


  聞いていたのかいないのか、それとも内容についていけず退屈になったのか、美緒はポンと耕介
 から降りると再びどこかへと駆け出していく。


 「おーい、結構人が多いんだから、本殿の階段前までには戻ってこいよー」


 「なんや去年までに比べて、人の数が多い気がするなぁ」


 「年々多くなってる気がしますね」


 「不況のせいでしょうかー」


  ゆうひと薫の会話に、なにやら他人事のような愛。


 「俺たちの様な善男善女たちが多いんだろう。いい事さ」


 「せやね」


  こちらもまたいいかげんな話だが、新年、寮生揃って初詣というめでたい空気のせいだろうか。
 ノンビリとしたやり取りが交わされる。


 「正しくはその善男善女、と言うのもおかしな事なんですけどね」


 「なんで? 薫」


 「えと、だってその善男善女というのは、もともと仏教用語ですから」


 「あー、そいやあそうか」


 「だから神社にお参りする人々に、善男善女というのもちょっと変な話です」


  薫の指摘にあーと頭を掻く耕介。愛やゆうひ達もなるほどと言ったようにウンウンと頷いている。


 「日本ってその辺りはかなりいいかげんだからなぁ」


 「いいんじゃないでしょうかー? 新たなる年に向けてお参りしよう、という気持ちが大切なんで
 しょうし」


 「破魔矢の隣にダルマを売ってるぐらいだしな」


  真雪がんっと親指で参道のわきにある白いテントの店、神社の仮設の店だろうか、一軒を指差す。


 「うちもそう思います」


  その先にお守りや破魔矢、鏑矢に並んで、いくつか大きさの違うダルマが置かれているのを見て、
 薫も苦笑しながらそう答えた。






                     〜◆〜






 「今年もいい年でありますよーに」


 「よーに。パンパン」


  ようやく本殿前までやってきた一行は、目の前の賽銭箱に1〜100円の硬貨を各々投げ込むと、
 皆一様にパンパンと手を合わせて目をつぶり一年の願をかける。


 「何お願いしたの?」


 「はい、今年の無病息災と、あと学業の方を、ちょっとぉ」


  僅かだが後ろに順番待ちの人の列が出来ていたため、一同はすぐにお神酒を配っている脇の売店
 を目指してぞろぞろと移動し始める。その途中、耕介はみなみの願い事を聞いてみた。


 「そっか。でも珍しいね? てっきりみなの願いごとは、バスケの事かと思ったんだけど」


  背の事とか背の事とか背の事とか、と心の中で付け加える。


 「そうですね。でも今年は、それは神様にお願いすることじゃないかもって思って」


 「へえ」


 「バスケの夢は、自分自身の力でかなえたいなーって」


  大切な自分の夢ですから、とちょっと照れながら頭を掻くみなみの表情は、とても輝いて見えて。
 耕介はおもわず目を細めた。


 「……そっか。えらいな、みなは」


 「えへ、えへへへへ」


  ぐりぐりと頭をなでられながら、顔を赤くしたみなみはてれてれと幸せそうに微笑んでいた。


 「耕介さんは、何をお願いしたんですか?」


 「え? ……秘密」


 「えーずるーい、あたしのは聞いたくせにー」


 「こういうのは口に出すとかなわなくなっちゃうかもしれないからね」


 「えーっ! じゃ、じゃああたし、どうしよ……」


  わたわたと慌て始めたコロコロと表情の変わる素直な恋人に、耕介がはにやりと笑って。


 「まぁ学業の方も、自分自身で頑張れって事だ」


 「はうう、そんなぁ」


 「あっはははは」


  うそうそと再び頭に手を伸ばすと、みなみもぷぅと頬を膨らませながらも撫でられている。この
 じゃれ合いが今年の二人の姿を暗示しているようだった。






                     〜◆〜






 「どしたみな」


 「ほえ?」


  無事お参りもすみ、未成年組みに付き合って自分も甘酒をすすっていた耕介の横で、なぜかチラ
 チラと本道の方を振り向きながらそわそわした様子のみなみ。


 「まだなにかあるのか?」


  それを見た耕介は、他におみくじでもやりたかったのかと何気に声をかける。


 「あ、え〜っと……うん! 耕介さん、すぐ戻りますんで。ちょっと待ってて下さい」


 「? ああ、いいけど」


  まだ首を傾げる耕介を後に、何か決意したみなみはテトテトと本殿の方に駆け寄ると、順番待ち
 の人々から少し離れた脇で社に向かって斜めにパンパンと手を合わせた。




 「……やっぱりもうちょっと、背が欲しいです。あと耕介さんが浮気しませんよーに」




 「ぶっ!」

  耕介は飲んでいた甘酒を吹き出した。






                                       了









  後書き:なんで冒頭UFOネタかというと、特に深い意味はなくただ、
      「ジャングルジムでずっこけたらなぜだかボールが UFOみたいに光ってた」
      ただこの『ドッチ弾平』の歌詞になぞっただけだったり。ハイ。





  03/01/20――初投稿。
  04/10/23――加筆修正。

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takemakuran@hotmail.com
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