〜アドレス〜
(Main:理恵、知佳 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)
「一人で自作自演して、人生楽しいんですか……」
その日佐伯理恵はクーラーの効いた自室で一人、趣味のネットサーフィンに勤しんでいた。
「お前、ひきこもり? 恐がらずに外出た方がいいよ……っと。ふぅ、この時期はよく獲物が掛か
りますね」
背後でかけっぱなしのDVDと、カタカタとキーボードを打つ音、それにかすかに聞こえる理恵
の独り言が室内を支配してる。とその時。
『あ、メールが着たよぉ』
脳味噌がとろけそうな声が、やおらスピーカーから流れ出した。
「あら、メールが着たようですね」
理恵は一旦手を休め、やれやれといった体で肩を二、三度回すとメーラーを開いた。
「?」
それを見て理恵は首をかしげる。
一通だけ着ていたメールの差出人は『槙原そら』。件名は『理恵ちゃんへ』となっているので、
自分へのメールである可能性が高い。しかしアドレス、差出人に見覚えがないのだ。
添付も何もされていないようだったので、少し迷ってから理恵はとりあえず開いて見る事に。
「あら」
内容を見て思わず声を上げる。それは知佳からのものだった。
『知佳です。
おねーちゃんの締め切りに追われ明日の予定が見えなくなりました。
ごめんなさい。またメールします。』
とそれだけ書かれていた。
ドメイン名は@はっとめーる。こむ。フリーメールのものだ。
理恵自身もこういったフリーメールを幾つか所有している。恐らく忙しさのあまり使うアドレス
を間違えたのだろうと判断した理恵は、ふともう一度差出人の名前を見た。
槙原そら。
その名を見て理恵はハッと思い当たる節があった。
槙原とは、恐らくさざなみ寮の管理人である、そして知佳ちゃんの想い人……耕介さんの苗字で
あろう。
知佳本人は隠しているつもりだったが、理恵にすらその想いはバレバレで。
きっと知佳はこのそらという名と自分とを重ね合わせているのだろう。幼い頃自分も経験のある、
好きな人の苗字と自分の名を繋げる遊びのように。
苗字だけ好きな人のものに。しかも下の名前すらそのまま自分の名にする事も出来ない。
理恵は改めて知佳のなんとも健気な想いを、たった一通のメールから感じ取り、思わずブルッと
全身が打ち震えた。
『あ、メールが着たよぉ』
その時、またメールが届いた。見てみると見慣れたアドレスに差出人名。今度は間違いなく知佳
からのものだった。
『ごめーん変なメール着てない?
もし着てたら気にしないでね。』
そんな但し書きの後、先程の文章がそのまま書かれている。
「…………」
短い逡巡の後、結局理恵はこう返信した。
『あれ知佳ちゃんからだったんですか?
迷惑メールかと思って捨てちゃいました。
所で明日の事なんですが……』
乙女な親友に幸あれ、と密かな思いと共に。
了