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  〜赤毛のアイ〜
  (Main:愛 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  国守山の山道をだらだらと下っていくと、小さな盆地に出る。たま池と呼ばれる溜め池はここに
 あった。


  周りには桜の木が茂り、ずっと森の奥の方から小川が流れ込んできていた。森の奥の上流の方に
 は思いがけない淵や、滝などがあってかなりの急流だそうだが、たま池の盆地に出る頃には流れの
 静かな小川となっていた。


 「いっちきま〜す!」


  ある暑い夏の昼下がり。その日もさざなみ寮を飛び出して、その盆地へと出かけようとする者が
 居た。


 「ちょいタンマ美緒! どこまで行くのか言ってからにするよーに」


 「んー、池の方に行ってくる」


 「池、ってあのたま池の事か」


 「そう」


  たま池になら何度か足を運んだ事がある。耕介もそこならいいかと美緒を背中で見送ろうとした。
 が。


 「あと緑岩の方から吉作落としを周って、滝の方へ行くと思う」


 「まてまてまてまてちょっと待て」


  耕介は慌てて美緒を引っ掴まえて引き止める。聞いた事の無い地名ばかりだったからだ。いやさ
 地名かどうかすら怪しい。


  首根っこ引っ掴まれた美緒は、尚もじたばた宙に浮いた手足を振り回し逃げようとしている。


 「一体どこに行くって? あ?」


 「だからぁ、亀岩の方だってば。そこから滝まで登るの!」


 「……今始めて聞く単語がある訳だが」


 「うー放して。遊びに、行く」


 「だから、ちゃんとした行き先を言えってば」


  このままじゃ埒があかないと耕介が掴んだ襟首を持て余し始めた頃、入り口からお下げ髪の救い
 の主がひょっこりと顔を出した。


 「あら? どうなさったんですか?」


 「あ、愛さん」


 「はい」


  耕介の声に律儀に返事する愛。耕介は暫しそのぽややんとしたまるでインコのような可愛らしい
 かしげ顔に見惚れていたが、その傾きが右から左へと変わったのを見て慌てて我に返り、視線を手
 元に落とした。


 「えーなんと言ったらいいのかその、聞いても美緒の奴がどこ行くのか言わないもんで……」


 「たま池のラクダ岩から地獄の滝へ行くってさっきから言ってるのだ!」


 「……改めてまるで聞き覚えの無い地名が出てきたんだが」


 「ラクダ岩って、あの平らな岩が二つある所?」


 「へ?」


 「ウン!」


  しかし予想を裏切り愛は事も無げに美緒の話を理解していく。ぽかんと口を開けてしまった耕介
 とは対照的に、ぱあっと美緒の表情は輝きだす。


 「あそこから滝まで登っていくのはいいけど、崖の方には行っちゃ駄目よー。ちゃんと左手にある、
 道を通って行かないと」


 「えー、遠回りになるから、ヤダ」


 「ダメ。あっちは危ないんだから、でなきゃ行っちゃ駄目よ?」


 「うー、分かったのだ」


 「…………」


  愛のおかげで問題が解決に向うのはありがたかったが、話しについていけない耕介は一人蚊帳の
 外で、何となく淋しさを感じてしまう。


 「じゃ耕介さん、大丈夫です。わたしが場所知ってますから」


 「あ、ああ。うん」


 「じゃいってきまーす!」


 「気をつけてねー」


  そうこうしている内に二人の会話は終わり、突然声を掛けられた耕介が驚いて顔を上げた時には
 すでに美緒はリビングの窓から出て行く所だった。


 「……ハァ」


 「? どうかしました? 耕介さん」


 「ああいや、美緒の言ってた事がよく分かるなーって」


 「あはは、それはそれ、地元民ですから」


  そう言ってえいっと豊かな胸を張るが、その顔はほんのりと赤い。


 「あの辺りの特徴のある風景は大体知ってますからね。それに――」


 「よお、何の騒ぎだい」


 「真雪さん、ゆうひ、それに知佳も」


 「はろはろ〜」


  それにと愛が続けようとしたその時、どこで一緒になったのか仁村姉妹、それにゆうひまでもが
 リビングに姿をあらわした。


 「窓開けっ放しやと、エアコンの空気逃げるし蚊入ってくんで」


 「あ、そうだった」


  耕介は慌てて窓を閉めに走る。まだ美緒によって開け放たれたままだったのだ。


 「それで、何の話しとったん?」


 「ん? ああ美緒の奴がちょっと、ね」


  二人とも窓開けっ放しで立ち話、という状況に疑問符を浮かべる三人に、耕介が事の次第を簡単
 に説明する。


 「と言う訳で、美緒の奴にも困ったもんだって話をしてた所だよ」


 「で、でも普通の事だと思いますよ? わたしも子供の頃はよくやってましたしー」


 「分かる気がするなー。わたしもそういうのあったもん」


 「ハイハイうちもうちも、空き地のただの土管に変な名前とか付けてなー。鈴木さんとか呼んどっ
 たで」


 「そりゃ別の話だろ」


 「あたしはないな」


  思い出話というものは何故か語っている本人の顔が一番輝いているもの。


  それぞれに似たような思い出があるようで、真雪がソファに座ったのをきっかけに皆バラバラと
 腰を下ろし嬉しそうに語り始めた。


 「ちなみに愛さんはどんな名前付けてたの?」


 「え? そうですねー……あの裏の道を少し行った、桜に囲まれた通りがあるじゃないですか」


 「うん」


  そこは花見にも行った事のある馴染みの場所で、愛の説明に全員がウンウンと頷き返す。


 「あれが喜びの白い路。さっきのたま池があれがきらめきの湖。その先ずーっと、山頂へ至る道が
 恋人たちの小径でした」


 「お、おおおお和製赤毛のアンがここに居る……」


 「ちゅーか愛さんやから、赤毛のアイやね」


 「あ、上手い事言いやがったこの野郎」


 「いやん♪ それを言うなら女朗やで」


  ゆうひは飛んできたツッコミから逃げるついでに、心の友よーっ! と愛に抱きつき耕介に引き
 剥がされていた。


 「でも愛さんやったら、素でバニラの代わりに痛み止めぐらい入れてまいそうやけどな」


 「こら」


 「あたっ」


  と同時にゆうひはそんな失礼な感想を漏らしてしまい、耕介に叩かれていた。それでも愛はニコ
 ニコと楽しげに微笑んでおり、そうしてやおら人差し指を立てながらこう言った。


 「あら、でも耕介さんも、昔は一緒にそう呼んでましたよ」


 「へ?」


 「え?」


 「は?」


 「へえ?」


  突然の話に目を丸くする耕介。加えてザッと知佳達皆の驚きの視線が彼にも集中する事となり、
 耕介は再度驚き軽く身を引く事となる。


 「小さい頃……わたしと耕介さんが一緒に山の方で遊んでた時、耕介さん男の子だから、先へ先へ
 わたしを引っ張って行くんですよね」


  わたし、とろい子供でしたしーと照れ笑いを交えつつ、愛は自らの思い出を手繰り寄せていく。


 「でもこの先どこに通じてるとか、そういうのはわたしの方がよく知ってて。それがまた耕介さん
 は気に入らないみたいでした」


 「ふんふん」


 「そのせいもあるんでしょうか、わたしが道や小川にそんな名前を付けていると、耕介さんがいや
 違う、ここはおしっこの川だとか蛇の道だーとか意地悪な事ばかり言って」


 「そ、そんな事あったかな」


  時折もう一人の当事者である筈の耕介に皆の視線を投げ掛けられるが、まったく記憶に無い彼は
 バツが悪い顔でボリボリ頭を掻くばかり。


 「段々とわたし、悲しくなってきてしまって。ついにはベソかき出しちゃったんですけど……そう
 すると耕ちゃん、最後はしぶしぶ一緒になってそう呼んでくれてましたよ」


 「……ふーん」


 「へーえ」


 「はー」


 「ああっ! そ、そんな目で俺を見ないでくれぇ!」


  突き刺さる皆の視線が驚きから呆れ、興味本位の混じった物に変わっていく。耕介は恥ずかしさ
 の余り逃げるように頭を抱える。


 「ちょっとぶっきらぼうでしたけど、本当は優しい人なんだなーって。そう思ってました」


 「……こーすけくん、昔っから愛さんには優しかったんやねー」


 「うわぁぁ! や、止めてくれ〜!」


  ゆうひの一言がトドメとなり、ついには耐え切れなくなった耕介がソファから転げ落ち蹲ってし
 まう。


 「今の事冷やかされるより、なんか恥ずかち〜っ!」


  何故か恥ずかしさのツボを撃ち抜かれてしまった耕介は、一人床で悶絶しのた打ち回っていた。






                                       了









  後書き:私は赤毛のアンのファンでして、小説はもとよりアニメも全部ビデオ持ってます(笑
      今までにも何度かネタに使ってきた事がありますね。

      これ最初はSSの予定で色々と膨らませていたんですが……
      オチが上手く決まらずに、結局全部削ってSSSに降格。あらら。





  05/10/01――UP.

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