SSS index







  〜リンゴ〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「なーこーすけー、何か甘いもんないー?」


 「甘い物、ですか」


  それは夕食から小一時間程経った頃だった。


  TVドラマを見終えた真雪が、何かもの足りない、といった体でダイニングに襲撃してきたのだ。


  真雪は洗い物を済ませたばかりの耕介にそう告げると、はよ持って来いと言わんばかりに自分は
 どっかりテーブル前に座り込む。


 「あなたが読者から貰ったチョコがまだ山ほどありますが」


 「いらん。飽きた」


 「飽きたって……まぁ気持ちは分からないでもないけど」


  季節は三月も終わりに近い。既にホワイトデーすら過ぎ去っていたが、量の多さから消費の鈍っ
 たバレンタインデーのチョコが未だ残っていた。


  チョコが嫌いなわけではないが、今更食指が動かないのは皆同じ。


  余ったチョコは結局は自分が始末する事になるんだろうなぁと、耕介は心の中で溜め息をついて
 いた。


 「なーなーなんかないー?」


 「ハイハイ、じゃあちょっと待ってて」


  まるで駄々っ児のようにテーブルを叩く真雪。仕方無しに耕介は、真雪にあるものを用意してや
 ろうと再びキッチンに立った。


 「まーゆき」


 「ああ?」


 「ほれ」


 「うむっ」


  それから五分も経たない内に、耕介は真雪の下へとやって来た。呼び掛けられ、振り向いた途端
 真雪の口の中に白い何かが放り込まれる。


  それは一欠片のリンゴだった。


  ショリ、ショリっと口当たりよく咀嚼する度、中から溢れ出る甘酸っぱい果汁に喉が潤される。
 その甘味は砂糖のように舌の上に違和感を残す事無く、むしろ洗い流されるようだ。


  美味い。真雪は思った。


  たっぷりの汁気に加え、何よりも素晴らしいのがその芳香。青く涼やかな香りが鼻を抜け、脳内
 いっぱいに広がっていく。この秋風のような感覚は生の果物以外では味わえないだろう。


  気がつけば殆どを口を止める事無く食べ切ってしまっていた。頤が落ちるとはこの事か。


  実を言えば真雪はリンゴが、口にぼそぼそとしたカスが残る所が好きではないはずだった。しか
 し今はその繊維質すら名残惜しい。


  人口の甘味に飽きた自分の舌に、これほどの爽やかさを与えてくれる水菓子の力に、真雪は内心
 驚いていた。


 「どう?」


 「…………」


  ふと視線を上げると、耕介がニコニコと満面の笑みを浮かべていた。


  真雪は答えない。気に入った事は分かっているはずなのに、わざわざ尋ねる所が気に入らない。


  しかしリンゴは食べたい。してやられたようで何となく悔しかったが、結局欲求には耐えられず
 真雪はそっぽを向いたまま、ただ耕介に手を差し出したのだった。


 「ん」


 「はいはい」


  皿を奪うようにして、真雪は無言のまま残りのリンゴを食べ始めた。


  とても美味しかった。






                                       了









  後書き:なんだかんだで身近にチョコがあふれるあの時期。
      たまたま食べたリンゴの芳香が忘れられないなぁ。
      ロイズの生チョコは美味しかったけど。
      あーまた北海道行きたいなーっ!





  06/07/27――UP.

Mail :よければ感想などお送り下さい。
takemakuran@hotmail.com
SSS index