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  〜チンチン〜
  (Main:複数 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「いけ! そこだ、やっちまえっ!」


 「あうあう、痛そー……」


 「こりゃヤバイかな」


  リビングのブラウン管の中に踊る、二人の屈強な男達。そこに三種三様の視線が注がれている。


  その日はTVで格闘技観戦中の真雪に、知佳と耕介が付き合っているといった状況だった。


 「バカ休むな! ココで一気に決めなきゃ嘘だろまったく」


 「あ、あ、血が、血が、倒れる、倒れる……」


 「ああいうグローブは、素手より脳へのダメージが大きかったりするんだよねー」


  試合の方は今や大詰めといった所で、一方の大柄な選手がもう一方のやや小柄な選手をコーナー
 に追い詰め、休みなくパンチの雨を降らせている。


  もはやこれまでか、と誰もが思った時にそれは起こった。


 「あっ!」


  と、最初に思わず叫んだのは真雪ではなく知佳の方だった。


  一瞬の隙をついて放たれた小柄な選手の一撃がヒット、相手はふわっと体が泳いだかと思うと、
 ドサッと膝からマットに崩れ落ちたのだ。


 「あちゃー」


 「やっちゃったかな」


 「え? え? どうなっちゃったの?」


  そのまま勝利は目前だった大柄な選手は立ち上がる事無く、勝敗は決してしまったのだった。


  突然の逆転劇に知佳は何がなにやら分からなかった。会場も騒然、観客のざわめきがテレビ越し
 に伝わってくる。


  知佳のように何が起こったのか分からなかった人の為用にか、テレビではすぐにダウンの瞬間を
 リプレイし始めた。


 「あー、ここだなここ」


 「左フックがカウンターで入ったんだね。一瞬の油断が命取りだったな」


 「へーえ……」


  リプレイの内容に真雪と耕介は共に頷き合っていたが、それを見てもまだ知佳にはどうにも納得
 がいかなかった。


  確かに大粒の汗と唾液を飛ばしながら殴られる映像は痛そうだったが、はたしてあんなにあっさ
 りと負けてしまうものなのだろうか。あれだけ一方的に攻めていたのに、と。


  いくら考えても分からなかったので知佳はその疑問を素直に姉兄にぶつける事にした。


 「ねえねえ、お兄ちゃんにお姉ちゃん」


 「なんだ、知佳」


 「格闘技って、あんな風に簡単に負けちゃうものなの?」


 「んーまぁタイミングの問題ってのもあるけど……ああほら見てごらん知佳、もう一回やるよ」


  耕介の言う通りもう一度ノックアウトのシーンが映し出された。


  ゆっくりと、左フックが相手のあご先を掠め、そのブレ模様からいかに頭が揺れてしまったのか
 を知ることが出来る。


 「あの左のパンチが相手のチン、あごに入っちゃったのさ。それで脳が揺れて意識を失っちゃった
 んだね」


 「チン……あご、に?」


 「あごとか首とかってなあ人間弱い所だからな。急所ってやつだ」


 「ふーん」


  二人が言うからにはそうなのだろうと納得しつつも、知佳にはいまひとつ実感がわいてこない。
 殴り合いの喧嘩などしたことのない彼女にとってそれは無理からぬ事であった。


 「ちんちんは男にとって急所に決まってるよなあ、耕介くん?」


 「……そういう下品なギャグは感心しませんが」


 「あはは、はっ」


  付き合いで乾いた笑いを浮かべる知佳であったが、その表情から未だ納得しきっていない様子。


  そんな知佳に一つ苦笑して、耕介は何とか説明してやれないものかと思うのだが、まさか自分が
 少々やんちゃだった頃の武勇伝を話して聞かせるわけにはいかない。


  んーと宙を見詰め、暫く頭を悩ませた後耕介はおもむろにこんな話を話し始めた。


 「……知佳は洗濯、ってするよな」


 「はえ? う、うん。するけど」


 「俺もするんだ、特にこの寮にやって来てからだけど。だからまだ慣れない所もあってさ」


 「? うん」


 「なんだそりゃ」


  一見何の関係もなさそうな話に二人は首をひねるが、とりあえず仁村姉妹はそろって耕介の話に
 耳を傾けていた。


 「洗濯物をさ、こう、干すために洗濯機から洗濯籠に移すだろう? それで一つ一つ、ハンガーと
 かにかけていって」


 「うん。そう、だね」


 「でさ、中に長袖なんか混じってると、他の洗濯物と絡んで取り出そうにも中々取り出せなかった
 りするじゃないか」


 「わかるわかる」


  とここで耕介は釣りざおを引き上げるようなジェスチャーを加え。


 「それを短気起こして、エイッと一気に引っ張り上げたりするとね。ズボッと勢いよく抜けた時、
 そのまま勢いが止まらず自分の手が自分のあごに直撃! なんて事があったりするんだわこれが」


 「ぶっ!」


 「あははっ♪」


  この時点でもう、真雪は小さく噴出していた。釣られて知佳もプスッと小さく笑みをこぼす。


 「それだけで結構、クラクラきちゃったりするんだよなぁ。やっぱりあごは弱い所だ、と実感する
 瞬間だったりする」


 「なんつーバカ話……」


 「あは、そうなんだー」


  そこまで激しいものはなかったが、知佳にも似たような経験があった為うんうんと何度も何度も
 頷いて。


  実感のこもった、格闘技などよりよっぽど分かりやすい兄の説明に、知佳は満足していた。


 「ま、俺たち管理人も日々命がけで、洗濯物と格闘してるってことさ」


 「んな訳ねえだろ」


 「んがっ」


  ツッコミがてらの真雪の右ストレートがチッ、と耕介のあご先をかすめていく。


 「うう、無念……」


 「キャーッ! お、おにいちゃーん?!」


  ただそれだけで耕介の巨体は、グラッと前倒しにソファへと沈み込んでいくのだった。






                                       了









  後書き:友人宅で任天堂Wiiを触らせてもらった時、もろ肘をコタツの角にぶつけました。
      楽しいけどありゃ十分回りにスペース取らないと危険ですな……。





  07/03/11――UP.

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