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  〜エウリアン〜
  (Main:真雪、愛 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






 「はいどうぞ真雪さん。簡単なもので申し訳ありませんが」


 「やー構わないよ、それよりなんか飲み物くれる? 甘くないやつ」


 「じゃお茶にしますね」


  時刻は既に午後三時を回った所。ダイニングで耕介は仕事部屋という天岩戸から半日ぶりに顔を
 見せた真雪の為に、遅い昼食を用意していた。


  彼女の前に並べられたのはチャーハンに新タマネギと水耕レタスのシーザーサラダ、それに余り
 物の麻婆豆腐という早さを優先させたためちょっとアンバランスなメニュー。


 「ちょっとベーコンが塩辛いかもしれないっすけど」


 「そなの?」


 「テレビの……どっちのなんとかショーとやらで紹介された、って書いてあったんで買ってみたん
 ですけどね。これがちょっと」


 「へえ。まぁ元々は保存食だからなあ」


 「賞味期限見たら3ヶ月ぐらいもつ、って書いてありましたしね。最近はベーコンとかも薄味で、
 1ヶ月もたない物も多いですし」


  そう言って耕介は後片付けの事もあり、自分もテーブルについた。食べている姿をあまりジッと
 見詰めるのも真雪の迷惑になるだろうと左斜め前に。


 「そんで耕介、お前どうなのよ」


 「はい? な、なにがです?」


 「愛のやつだよ愛。あいつとうまくやってんの?」


 「はあそれはまあ、多分」


  とそこで真雪は唐突にそんな質問を耕介にぶつける。耕介と愛が付き合っていると寮中に知られ
 てはや幾月、真雪も最初は冷やかしと言うより純粋に二人の関係を気遣って、の事だった。


 「おかげさまで楽しくやってますよ。主に俺が、ですが」


 「でもあいつはしっかりしてるけど間が抜けてるから、恋人だと、たまに心配になったりすんじゃ
 ねえの」


 「まあね。でも俺は愛さんのこと、信じてるし、それになるたけ一緒に居るようにしてますから。
 大丈夫っすよ」


 「ふーん」


  しかし大丈夫だと言われると今度は煽ってみたくなるもの。真雪は暫しの沈黙の後ニヤリと薄笑
 いを浮かべると、食事の手も止めてこう切り出した。


 「……恐ろしい話を一つ、してやろうか」


 「え?」


 「耕介、エウリアンって知ってるか?」


  エウリアンとは繁華街などで絵画商法を行っている勧誘員たちの俗称である。


  耕介も名前ぐらいは聞いた事があったが、何故唐突にそんな話をされるのか、戸惑い気味に首を
 かしげる事しか出来なかった。


 「名前……ぐらいは聞いた事がありますが」


 「エウリアンってのはまーあれだ、街中で有名作家の原画とか版画をぼったくり値段で売りつけて
 る、ぶっちゃけただのキャッチセールスなんだけどよ」


 「あー、らしいっすね」


 「その原画がまた本人の作品じゃなくてさ、一度最近見なくなった知り合いの漫画家の一人がこの
 原画製作に名前連ねてて驚いた事が……ってまあそれはいいんだけど」


 「はあ」


 「愛のやつが昔、それに捕まった事があった」


 「え゛」


  ピキッ、と耕介の表情が音を立てて固まった。


  天然で好い人、というのは確かに愛の美点ではあったが、それゆえに強引なセールスや悪徳商法
 などに捕まったりしないか、は耕介が一番に心配する事の一つだったからである。


 「そ、それでどうなったんですか?!」


 「まあ落ち着け、驚くのはまだ早いよお客さん。まずい事に愛本人もその絵を割と気に入っちゃっ
 たらしくってさー、随分迷ったらしいんだよな」


 「へ、へえ」


  もしかしたら苦い青春の思い出として、自分の知らない倉庫の片隅にでも、その絵が置いてあっ
 たりするのだろうか。


  それはそれで愛は不幸だは思っていないかもしれないのが、また耕介の心を悩ませる。


  不安の束を山ほど顔に貼り付けミイラ男となった耕介を余所に、真雪はさてと講釈師ごとくパン
 と膝を叩いて話を続けた。


 「結局その日は買わずに帰って来れたらしいんだけどな。で、その夜話聞いたあたしが全力で止め
 たから、んなもんぜってー買うなって」


 「そ、そうでしたか。ありがとうございます」


 「でもその後愛のやつ本気で悩んでたらしくってな。結局断る事に決めたらしいんだが……」


  ここで真雪は何故か声を潜めると、口の横に手を当て身を乗り出し、内緒話のように耕介にこう
 囁いた。


 「後日わざわざその売り場まで出向いて、断りに行ってきやがった」


 「ゲーッ?!」


  耕介は卒倒寸前。キャッチセールスを断りに行くなど、わざわざ腹ペコの虎の住む谷に飛び込む
 ようなものではないか。いつから俺の彼女はお釈迦様にまでなってしまっていたのか。


 「想像するだに恐ろしい話だ……」


 「それで結局、絵は買わずにすんだらしいんだが。相手が感動しちゃってさ、今度はナンパされて
 帰ってきたらしい」


 「それはそれでもっと恐ろしいです……」


  あうあう、と耕介は頭を抱えて突っ伏した。あんな可愛くて天然な娘に今まで彼氏が居なかった
 のは奇跡だとは思っていたが、やはり危険はあったのだ。恐怖がズンと背中を押しつぶす。


  実はそんな愛に彼氏が居なかったのは他でもない、耕介の存在があったからなのだが、耕介も、
 そして愛本人もその事に気付いてはいなかったりする。


 「もちろんそれも断ったらしいけど。それ聞いた時には流石のあたしもマジ背筋が凍ったな」


 「……これからはもう、俺絶対愛さんを一人にしないっス」


  耕介は己の過信を反省していた。自分の恋人がここまでド天然でほんにゃか好い人だったとは。


 「ホントにぃ? 出来るのかそんなことが」


 「誓います! これから俺は、ずっと愛さんの傍にいることを!」


  もう片時も彼女の手を離さないぞっ! と耕介が一人グッと拳と決意を固めていたその時、真雪
 がここからギリギリ見えるリビングの出口、廊下の方を指差しこう言った。


 「そんな事言ってる間に、ほれ愛が」


 「えっ?!」


  そこには確かに、相変わらず一見世の中に何の疑問も持たず、ほえほえ廊下を歩いているように
 見える愛の姿が。


  それを認めるや否や耕介は真雪を残し、愛する愛の元へと脱兎の如く駆け出していった。


 「あ、愛さん!」


 「あら、耕介さん。どうかしましたか?」


 「愛さん、愛さんはさ、これからどっか行くの?」


 「え? はあ、ええまあ、行くといえば、行きますが……」


 「あのさ……俺愛さんに一つ、お願いがあるんだ」


 「は、はい」


  がっしりと両肩を掴まれ、その剣幕に愛も思わず息を飲む。


  息せき切ったまま触れるほど顔を近付けた耕介の口から飛び出したのは、こんなセリフだった。


 「これからもう、黙って一人でどこかへ行ったりしないでね」


 「はー」


 「俺、愛さんのことが心配で心配で……だからもう、離れたくないんだ。片時も」


 「あ、えーと、えーと、そ、そこまで言うんでしたら……はいー」


 「約束ね」


  突然の事に訳が分からずただただ困惑する愛。だが自分の中で耕介の言葉を何度も反芻する内、
 彼の情熱と、自分への想いだけは重々伝わってきて。


  やがて愛は頬を染め、こっくりと頷いたのだった。


 「よかった。それで今からは? どこ行くつもりだったの?」


 「えっ。あの、それは……」


  と、何故かサッと愛の顔が先程とは違う赤味を帯びると、彼女はもじもじと身をゆすり始める。


  今度は耕介が頭に疑問符を浮かべる番だった。


 「あれ? どっかへ行く予定だったんじゃなかったの?」


 「いえ、あの、そうじゃなくて、行くといいますか、そのー」


 「うん?」


 「た、大した所じゃないんですよっ、だから――」


 「約束してくれたじゃん、いつも一緒だって。俺は愛さんがどこ行くか知りたいなー」


 「えうう、で、でも」


 「あーいさーん。アイサーン?」


  眉尻を八の字に下げ、キューンと叱られた子犬のようになっていた愛だったが、とうとう耕介の
 追及に圧されその重い口を開けた。


 「……今はただ、その、お、御手洗いに、行くつもりだけ。だったんです……」


  本当に申し訳無さそうに、愛はかろうじてそれだけ呟いた。


  羞恥心に身を縮ませる愛。しかし耕介から返ってきたのは、彼女が更に驚くべき返事だった。


 「そっか、じゃあ約束どおり俺もついて行く」


 「へ? え? えええ〜?」


 「さ、さ、急いだ急いだ」


 「え、でも、あの、その、えええええ〜?」


  掴まれた両肩をくるっと半回転、愛は耕介に背中を押され、嘘か真か二人はトイレのある廊下の
 先へと姿を消していった。


 「ったく、せーぜー守ってやるこったな……」


  バカップル達の織り成す平和な光景に肩を竦めつつも、頼れるナイトの登場に真雪が吐き出した
 のは安堵の溜め息だった。






                                       了









  後書き:天然の友達を持つと寿命が縮みますね。
      その天然さゆえに、渡ってこられた場面もあるんでしょうが。
      だけどもうちょっと警戒して欲しいと思う一方、
      そのままの君で居て欲しいとも思っちゃったり……





  07/03/11――UP.

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