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  〜フキ味噌〜
  (Main:真雪 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  出掛けにカーテンを閉めていった為薄暗い、人気の無いリビングを通り抜けた先に目指すさざな
 み寮の台所はある。


  その日買い物から戻った耕介はその自分のホームグラウンドへ、ありもしない暖簾をくぐるよう
 に手を掲げながら帰ってきたのだった。


  安堵感と片手に下げた食材の重さに、無意識に小さくフゥとため息を漏らす。


 「ハイただいま、っと」


 「お帰り〜」


 「ありゃま真雪さん、ただいま。仕事終わりですか?」


 「ん〜にゃ。ま、ちょと休憩ってトコかな」


  と、誰にでもなくと呟いた言葉に返事が返ってきた事にちょっと驚く耕介。振り返りその声の主
 が真雪である事が分かると、電気ぐらいつけたらいいのにと先ずはダイニングの電灯をつけた。


 「休憩中なら何か淹れましょうか。よければ紅茶でも」


 「いやもう牛乳飲んでっからいい」


 「そうですか」


  真雪が掲げた分厚いマグを見て耕介もそれ以上勧める事はせず、仕分けをしようと冷蔵庫の前に
 しゃがみ込む。


  その様子を何気に眺めていた真雪はふと思い立ち、側へと歩み寄ると横から手を伸ばし買い物袋
 を漁り始めた。


 「どれどれ、なーに買ってきたんかね〜」


 「またあ、すぐ食べられるような物はありませんよ」


 「を、ミルミルGet!」


 「あっ、それは美緒からの頼まれ物!」


  耕介は唇を尖らせる真雪の手から危く乳酸飲料を取り返し、冷蔵庫に仕舞い込む。しぶしぶまた
 袋を漁り始めた真雪はその中にある物を発見した。


 「ん? なんだこりゃ、ミョウガじゃない……ああフキノトウか」


 「ええ、もう出てたんで」


  それはフキノトウだった。


  白いトレイに六個ほど入った5cmほどのそれは緑というより茶色に近く、先端もアーモンド形
 に窄まっており、真雪も表に貼られたシールを見てからようやくフキノトウなのだと気が付いたの
 だった。


 「八百屋で見かけて、ついフラフラっと、ね」


 「ふふん、この春の陽気に誘われて?」


 「そそ、森トンカツ泉ニンニクですよ」


 「そりゃ囲まれてだろって耕介、古いな〜あんたも」


  え、そうですかい? とわざとらしく驚きつつも笑顔のまま、フキノトウ以外全て冷蔵庫に収め
 ると、耕介は立ち上がってさてと真雪を振り返った。


 「で、買ったはいいんですけど、なんにしましょうねえソレ」


 「フキかぁ……う〜む天ぷらにでもするか?」


 「味噌汁って手もありますけどね。どのみち結構苦いもんだからなぁ」


  同じ山菜であるタラの芽等と違い、フキノトウの苦味は強い。季節感溢れるその姿につい手を伸
 ばしてはみたものの、耕介は年若い寮生達の食卓へ出す事に多少抵抗を感じていた。


  そんな耕介の気持ちを察してか、真雪もガキ達には難しい物かもね、と返す。


 「あ、そーだ、いっそのことフキ味噌なんてどうだ?」


 「また俺らしか食べられんようなものを……いやフキ味噌か。それ案外いいかも」


 「だろだろ?」


  真雪のあまりにアダルトな選択に苦笑するが、すぐに耕介は待てよと考え直す。そしてすぐさま
 彼の目は料理人のそれへと変貌していた。


 「丁度八丁味噌があるんですよ、この間の薫のお土産で貰ったやつが。あれ使ってですね」


  もう真雪に話しているのか、自分自身に確認しているのか耕介にも分からなかった。頭の中で自
 然と料理の形が組み立てられていく。


 「うーなんか急に作りたくなってきたなぁ。作っちゃおうかなぁ」


 「やっちまえやっちまえ」


  真雪の温かい声援に背中を蹴り出されて、結局耕介は今すぐフキノトウを全てフキ味噌にしてし
 まう事に決め鍋を取り出したのだった。


  フキ味噌の作り方はいたって簡単。


  まずフキノトウをよく洗いみじん切りにする。


  包丁を入れてみて、その感触からフキノトウの逞しさを感じ取り出来るだけ細かく丁寧に刻んだ。
 実は耕介にとって実際にフキ味噌を作るのはこれが初めてで、過去に母が料理していた様子を思い
 起こしながらの作業だった。


  次に熱した鍋に薄くごま油を引きフキノトウを軽く炒める。そこに八丁味噌、削り節、ミリンと
 少量の水を加えてよく練りこむだけ。


  鰹節を掻こうかとも思ったが今回は削り節パックでいい事にする。ビニル袋に入った状態で既に
 硬い事は分かっていたのだが、角久八丁味噌のまるで岩の如き硬さに先に味噌だけほぐしておけば
 よかったと耕介はガシガシと必死に木杓子で味噌を突き崩しながら後悔していた。


 「さて、こんなもんかな」


  そうして全ての具材が纏まり、味噌によりねっとりと練り合わされた所で完成である。


 「どうっすか? 苦い?」


 「んーいや、あーんま苦くねえなあ、ちょいと拍子抜けだ」


 「あんまり苦くなってもまずいからミリン入れてるんだけど。失敗だったかな?」


 「……いや待てっ! 来た! 来たよぉ〜」


  耕介は早速味見をとテーブルで待ち構えていた真雪に小鉢に梅干大ほど盛って出した。あまり量
 を食べるものではないからこれぐらいでいいだろう。


  真雪は初め味噌の強さに首をかしげていたが、やがてじわじわと湧き上がってくるフキノトウの
 苦味に何故か笑顔になっていく。


 「ホントだ、じわじわ来るねぇ」


 「こうなるともう……飲むしかないよな?」


 「まだ日が高いっすよ、せめて晩酌か今夜に……」


 「いーじゃねえかちょっとぐらい、ほれ、あの秘蔵の大吟醸あたしの部屋から持って来ていいから」


 「大吟醸……」


  ゴクリ、喉が鳴る。しまったと思わず口元をおさえるがもう遅い。


 「あはは、これであんたも立派なキッチンドリンカーだ!」


 「まったく嬉しくない称号……」


  アル中のような勿体無い酒の飲み方はしないぞと憎まれ口をたたきつつも、ばつが悪そうに顔を
 しかめる耕介。まったく不覚としか言い様が無い。


  結局ここなら飲みながら食事の支度も出来るか、と言い訳じみた耕介の譲歩により、二人は文字
 通り台所で酌み交わすキッチンドリンカーとなっていた。


 「ウン、これならご飯にもばっちり合うから皆に出しても食べるかな。あ苦〜」


 「うーん苦い! だが美味い!」


 「やっぱりこの苦味があるからこそおいしあ苦〜」


  フキ味噌を口に運ぶ毎に呆けたように口を開け、お互い苦い苦いと連呼しながらも耕介も真雪も
 その箸が止まる事は無い。






  暫くして学校から帰宅した知佳がキッチンでやたら楽しげにくだを巻いている兄姉達を発見し、
 その様子を遠巻きに羨ましそうに、ちょっと淋しそうに眺めていたという。






                                       了









  後書き:初春にフキ味噌を作ってみました。
      苦いですけどそこが美味しいですよね。フキノトウは。
      歯ざわりが悪くなるんで出来るだけ細かく切った方がいいみたい。





  05/05/22――UP.

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