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  〜夫婦〜
  (Main:真雪、知佳 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  それは知佳にとって久々の里帰りだった。


 「ほれ知佳、飯は食べてきたっていってもデザートなら別腹だろ。サトウニシキにミルクプリン、
 デパートのワールドカップ便乗ドイツ展で買ったブランデーケーキとあるけど何から食べる?」


  と耕介が言った。


 「ロイズのナッティーバーもあるぞ。こないだ編集行った時貰ったのが。食え」


  と真雪が続ける。


 「そ、そんなに食べらんないよ〜」


  知佳はただ困った顔で、両手を胸の前で横に振り続けていた。


  既に国際レスキューとして活躍する知佳は、海鳴市どころか日本国内に居ない事も少なくない。


  そんな忙しい日々の合間を縫っての、骨休めとなる帰郷のはずだったのだが、彼女は今ちょっと
 した窮地に立たされていた。


 「ふっふっふ、久々に実家に帰ってきておいて、家族からのやれあれも食べろこれも食べろ攻撃か
 ら逃れられると思うなよ?」


 「あ、あはは」


  知佳の目の前にはお茶と共に、様々なおやつが文字通り山のように詰まれている。


  帰る度、このやたらと食べ物を勧められる事にだけ、知佳は少々辟易していた。


  外見と共に中身も大きく成長した彼女であったが、いざさざなみ寮へと戻ればまだまだ子供扱い。


  それは耕介と真雪が籍を入れてからは、より顕著で。目の前の兄姉が更に両親役を兼ねたような
 状況に、知佳は嬉しくも少々くすぐったい。


  知佳にとって、今のさざなみ寮はまさに実家といった様相を呈していた。


 「ふ、二人こそ、わたしに構わず食べててよ。お昼、これからなんでしょ?」


  誤魔化すようにそう言ってから、知佳がダイニングの時計を見上げると、時刻は既に午後三時を
 回ろうとしていた。


 「朝飯はちゃんとした時間に食ったんだけどなぁ。ちーとずれ込んじまったな」


 「まぁいつもの事いつもの事」


 「ふーん」


  知佳がここを訪れた時、二人は今まさに遅い昼食を取ろうという所であった。


  姉の生活時間が不規則なのはよくある事だが、それに付きあってしまっている義理兄にちょっぴ
 り夫婦愛を感じてしまって。


  じゅんわりと、胸が温かいもので満たされるのを感じる知佳だった。


 「でも言われてなーんか急に腹へってきちまったな。耕介、食うか」


 「あ、そうだね。せっかく簡単にってパスタにしたんだし、冷める前にパッパと食べちゃおうか」


  ここでようやく真雪と耕介は冷めかけた昼食をつつき始めた。


  一時的に会話は止まり、カチャカチャ。チンチンとパスタ皿にフォークが当たる音だけが響く。


  二人が食べる様を頬杖つきつつ、知佳は細めた両目でぼんやりと眺めていた。


 「……あれ?」


  と、知佳は目の前の光景に奇妙な違和感を感じ、思わずパッと目を見開いた。


  耕介と真雪、二人の間には前日の残り物であるサラダが一皿だけ置かれていた。だがそこには、
 箸が一膳しか置かれていなかったのだ。


  以前にも、この二人が一つの皿をつつく様子は知佳もよく見ていた。しかしその時の箸は二膳。
 各々の箸を使って食べていたに過ぎない。


  今は一揃いの箸を取り箸に使うでもなく、そのままサラダを口に運び、共有している。


 「…………」


  不意にまた、きゅうっと胸が熱くなる。


  はるか昔の、寮生と管理人の間柄ではありえなかったこの行為から、知佳は二人の今まで以上に
 親密な距離を感じ取ってしまったのだ。


  二つのパスタ。二つのフォーク。一つのサラダ。一組の箸。それは当たり前の、ちょっと不思議
 な光景。


  見た目にはさほど変わりがない、ただ少々髪が伸びたように見える姉ももう仁村真雪ではない。
 今は槙原真雪であり、兄はその夫なのである。


  そんな夫婦の情景を眺める内、知佳は知らず知らずほうっと溜め息のように、口の端から一欠片
 の気持ちをこぼれ落としていた。


 「おねーちゃんたち、本当に夫婦になったんだ……」


 「ん? なんか言ったか知佳?」


 「う、ううん。別にー」


 「……なにを今更」


  挙動不審な知佳の態度に首を傾げる耕介の隣で、真雪が一人はっ、と苦笑する。


  がそれ以上その事には触れず、代わりに真雪は未だ一人身の妹に向ってこう言った。


 「ところで知佳、お前はちっとも浮いた話を聞かないな」


 「う」


 「せっかくいい奴が居たら連れて来いって許可してやってんのに、まーだ誰一人として連れてこん
 じゃないか」


 「ううっ」


 「たまーにどこのハンサム君を連れてきたかと思ったら岡本君だし。あれだ、友情を大切にするの
 もいいけど、ちったあ潤い無いと人生淋しいぞ?」


 「うううううっ!」


  真雪の言葉が見えないナイフとなって、グサッ、グサッと次々に知佳の胸へと突き刺さる。


 「だ、だって、その、ちょ、ちょっと」


 「ちょっと?」


 「……ちょっと出会いが、無い。だけだ、もん……」


  実際に胸を押え身悶えながら、何とか返した知佳の答えも、兄の苦笑と姉の嘲笑にかき消され、
 空しく消え入るばかりだった。






                                       了









  後書き:今更ながら、ニンテンドーDS買っちゃった。
      どうぶつの森にはまり中……





  06/07/27――UP.

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