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  〜ヒゲよさらば〜
  (Main:忍 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  月村忍はかつて孤独であった。


  それは己の特殊な生まれから、本人が望んだ事でもありそうでもなかった。心の奥底では人一倍
 孤独を恐れているのに、自分から他人に近づく事はない……そんな彼女がいつしか覚えていた事。
 それは聞き耳を立てる事であった。


  一人周りには無関心といった風を装いながら、入ってくる雑音から逃れようとはしない。その場
 を拒否しているようで、その実場と一体化していたのだ。それは忍本人ですら意識しての事ではな
 かったのかもしれない。


  恭也という人生の伴侶を得、大学生となった今でも一度染み付いた癖は中々抜けるものではなく。


  今バスの中、忍は澄ました顔で一人座ったまま、自然と周りの会話に耳をそばだてていた。


 「……あー困る困る、嫌だよなー」


  人気の少ないバスの中に響き渡る、後方の席の男子高校生らしき子達の会話。


 「電気でやるとそれ以上濃くならねーらしーぞ」


 「マジ? 違うの? うっそ」


 「俺もそれ聞いてずっと電気だし。年取ってヒゲ生やしたくなったらカミソリかなー」


 「だなー。俺もよー、30ぐらいになったらアゴだけとかやろうと思ってんだよなー」


  どうやら髭が濃くなっていくのが困るという話をしているようだ。その会話を何と無しに聞いて
 いた忍の頭の中に、不意にある言葉が浮かび上がってきた。


  で・じゃ・ぶー。


  いつかどこかで、似たような話を聞いた事がある気がしたのだ。


  それがいつだったのか。記憶の網を手繰り寄せる内忍はそう遠い昔ではない、高校時代の記憶に
 行き当たった。


 「あたしスネ濃くってさー、毎度抜くの大変なのよねー」


 「つーか電気で剃ると割と濃くならないらしーよ」


 「マジで? うそ〜あたし今までずっとカミソリだったよ〜」


 「やってみよっかな〜でも電気持ってないんだよね。でも親父のとか確実に表面テカってない?」


 「ギャハハ! 買えよそれぐれ〜」


  かつて聞いた名も知らないクラスの女子達の会話。


  今の男の子達は彼女らと同じような事を悩んでいるのか、と自分の容姿にあまり悩んだ事の無い
 忍はちょっと不思議な気がする一方、何故かこんな会話を覚えている自分自身にも可笑しくなる。


  ふと我に返ると、既に男子高校生達は別の話題に移っているようだった。


  忍は視線を窓の外へ向け、今度こそ完全に耳を塞ぎ流れる風景を漫然と眺め始める。


  やがて忍を乗せたバスは目的の場所へとたどり着いた。


 「忍」


 「あ、恭也ごめーん。待った?」


 「いや、早目に着いたからここまで来ただけだ」


  バスを降りるとそこにはすでに恭也が立ち尽くしていた。待たせてしまったのかと忍は慌てて駆
 け寄るが、恭也は気にするなと軽く片手を上げる。


 「へへ、ありがとね……ねぇ恭也、恭也はヒゲ、剃ってきてるんだね」


 「うん? 当たり前だろう」


  思わずアゴに手をやる。唐突な質問に恭也はいぶかしむが、忍はニコニコと笑顔で恭也の顔を見
 上げたまま。


 「でも私は、結構おひげも好きなんだけどなぁ」


 「はあ?」


 「恭也のおひげ、そんなに硬くないし……あ、ちょっと残ってる♪」


 「なっ?! し、忍、お前こんな所で……」


  と、じっと顔を見詰めていたかと思うと、忍はいきなり恭也の首に腕を回しぎゅっと抱きついた。
 突然の事に固まる恭也を余所に、そのまま頬擦りまでし始める。


 「えへへ、スリスリ〜」


 「ちょ……ったく」


  忍は時折左右入れ替えながら、何度も何度も頬を擦り付け、髭の剃り跡の感触を楽しんでいる。


  初めは驚き引き離そうとする恭也だったが、こうなっては何を言っても無駄であろう事が長い付
 き合いから分かっていたので。結局忍の気の済むまでさせていたのだった。






  結局恭也が開放されたのは、次のバスがやってきた30分も後の事だった。






                                       了









  後書き:以前プリンプリン物語が再放送してたみたいですけど、
      私が一番覚えてる人形劇はこの『ひげよさらば』かなぁ。あ、あと三国志ね。
      この人形劇シリーズって何か独特の暗い雰囲気があるんで、
      ちょっとした恐怖心と共に記憶に残ってるんですけどね。





  05/10/01――UP.

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