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  〜ひとりね〜
  (Main:薫 Genre:ほのぼの Written by:竹枕)






  今夜はちょっと冷えるな、と薫は一人思った。


  暗闇の中、目はすぐに慣れた。


  見上げる先、天井には見慣れた電灯が下がっていて、まだ薄ぼんやりと白く光りを残しているよ
 うに見える。そこから垂れ下がる紐がかすかに揺れて見えたのは流石に錯覚か。


  その夜、神咲薫はやや遅い床についた所であった。


  普段なら割と寝つきのよい薫であったが、いつものように仰向けに布団にもぐりこんでも、今夜
 はなんだか少しだけ落ち着かない。


  その原因は薫を覆った二枚の掛け布団にあるのだった。


  今や天気がよければ毎日のように、薫の布団はさざなみ寮の管理人である耕介の手によって干さ
 れていた。


  陽の光を目一杯浴びた布団は目一杯に膨らんで、布団カバーに収まりきらぬ程、ふかふかを通り
 越しもはやパンパンといった状態となっていた。


  無論、その事は薫にとってもありがたい。耕介の気遣いが、温もりが感じられ嬉しく思う。


  しかしそこまで膨らんだ掛け布団はピンと鉄板のように張り詰め、ポンと薫の上に乗っかってい
 るだけという状況に。


  そうなるとその軽さと相まって、仰向けに寝る薫の、肩の所が開いてしまうのだった。それが少
 しだけ、寒い。


 「ううん」


  薫は小さく身動ぎするついでに肌掛けをたくし上げ、肩の周りに巻きつけるようにする。


  やや落ち着いた薫はぼんやりと、こんな事を考えていた。


  耕介さんが干してくれた布団はふかふかで、膨らんでぺしゃんこになる暇がない。


  だから入るとすぐに温か、だけど逆にちょっと、肩の所が開いてしまって寒いぐらいだ。


  他人に干してもらった布団を被るのは、この寮に来てからはずっとそうなんだけど。ここ最近は
 こんな風に寒さを感じる事はなかった気がする。


  何故だろう、と考えるとうちはすぐに答えに思い当たる。


  ああ、耕介さんと一緒に、寝ていたからだ。


  隙間は独りの時よりずっと大きいはずなのに、二人寝の時は寒さを感じる暇がない。


  ほかほかの布団と共にうちを包む太い腕、厚く硬い胸。時に足まで加わって。


  耕介さん、意外と体温高いから。隣に居る、ただそれだけで熱を感じる。


  触れられている間はもちろんの事……とそこで薫は睦み愛まで思い出し一人赤くなった。


  自分はいつからこんな風になってしまったんだろう。薫は思った。独り寝が寂しいなど、いつの
 間にそんな弱い自分に。


  だが今はもう薫はそんな自分を恥じたりはしなかった。自分にとってそれほど耕介という存在が
 大きい事は、認めざるをえなかったから。


  来てくれないかな、耕介さん。


  ぽそり、声の無い呟きが薄い闇の中に吸い込まれていく。


  唐突でもいい、約束なんてなくったって。


  あの人なら、いい。


  でもきっとダメだろう。耕介さんは、優しいから。


  たとえあの人も逢いたいと思ってくれているとしても、自分の気持ちより、うちのことを優先し
 てくれるから。多分。絶対。


  薫がこんな風に思うのは耕介が彼女を誘う時、布団が干してある事が多いのもあったのだろう。


  大分と意識がたゆたい始めた中、薫はまた思った。


  自分から誘うのは、まだ恥ずかしくて出来そうにもない。


  でも、けれどもちょっとだけ。


  明日は耕介さんに自分から、触れてみようかな。


 「ふふ、ふふふふふ……」


  触れると言ってもただ、そう手を繋ぐとか。それだけで耕介さん、驚いてしまうかも。未だ皆か
 ら堅物あつかいの、意気地なしの、うちだから……。


  自らのらしくない考えに、薫は思わず一人ほくそ笑む。


  その内に布団は内部からの熱で熱いぐらいに温まり、薫の意識もすっかり青く透明な睡魔の中に
 引きずり込まれ、いつしか眠りに落ちていったのだった。






                                       了









  後書き:私は花粉症ではないんで、出来る事なら布団は毎日でも干したいです。
      花粉症のつれに言ったら「死んでしまうわ」と言われましたが(笑





  07/03/11――UP.

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