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  休日のリビングにて。


  無言でソファに並んで座る耕介とゆうひ。二人の正面にあるTVの中では、若くぴちぴちした頃
 の成龍が鮮やかなカンフーアクションを繰り広げていた。


 「……なぁ、耕介くん」


 「ん?」


  辺りにはテレビからのバッバッ! ザッ! という効果音と、ポリポリおかきを齧る音だけが響
 いている。そんな中おもむろにゆうひが口を開いた。


 「うちの恥ずかしい秘密、教えたろか?」


 「はい?」


  突然の思いがけない言葉に、耕介は思わずおかきを運ぶ手も止まり振り向く。しかしゆうひは相
変わらず、正面の目まぐるしく映り変わるブラウン管を見詰め続けていた。








  〜本場〜
  (Main:ゆうひ Genre:ほのぼの Written by:竹枕)








 「なんだよ。恥ずかしい秘密って」


 「えへ、聞きたい?」


 「そりゃあ……まぁ」


  チラチラと視線を自分の恋人とテレビの間で行ったり来たりさせながら、耕介がそう曖昧に肯定
 すると、急にゆうひはにま〜っと気味の悪い笑顔を浮かべたかと思うと。


 「うーん、どーしよっかな〜?」


 「おい」


 「あはは♪」


  軽快な耕介のツッコミ裏拳がぽよんと豊かなバストに跳ね返される。破顔一笑のゆうひ。


  その自然なやり取りは長年の精進の賜物か、魂の兄妹のなせるわざか。


 「せやね、耕介くんもなんか恥ずかしい過去を話してくれるんなら、喋ってもええで?」


 「自分から話ふっといて……わかったよ、あるかどうかは知らんがな」


  約束やで、ともう一度念押してから、ゆうひはいかにも秘密を話しますよと手を口元に添えて。


 「実はうちな、昔……」


 「ふんふん」


  声を潜め身を寄せてくるゆうひに対し、耕介も内心どうせ大した事ではなかろうと思いつつも、
 体ごと耳を傾けた。


 「……昔うちなぁ、カンフー映画でパンチやキック出すたびバッ! バッ! なんて音が出るの、
 あれほんまにプロは出るもんやと思っとったんよ」


 「はぁ?」


 「ほんで子供の頃、密かに練習しとったんよ。でもどぉ〜しても音は出せへんくて」


  当たり前やけど。


  そう言いながらゆうひ自身がもうすでに笑い出してしまっていた。


 「さすが本場は違うんやなーって」


 「……それがお前の言う恥ずかしい過去か?」


 「ウン♪」


 「はぁ。まったく」


  ゆうひはしてやったりの笑顔で、てへへと後頭部を掻いている。それを見て呆れ顔のままため息
 をつく耕介だったが、ふと何かを思いついたのかニヤリと口の端をゆがめ。


 「ホンバ……ホントに馬鹿、略して本場か。確かに恥ずかしい過去だなぁゆうひ君」


 「あう、酷い〜」


  耕介が一転攻めに転じてみると、案の定すぐにゆうひもノリに乗って両手を胸の前に組み、目を
 潤ませる。


  程なくしてははは、という二人の笑い声がリビングを満たしていた。


 「じゃ、今度は耕介くんの恥ずかしい過去、話してんか」


 「なんだか騙された感じもするが……うーん俺の恥ずかしい過去ねぇ」


  期待に目を輝かせ、さあさあと迫る恋人の身体を押し返しながら、さてどうしたもんかと耕介は
 自らの記憶の網をずるずると手繰り寄せる。


 「……君が代、ってあるだろ」


 「君が代? 国歌の?」


 「そう、アレの最後の方『コケの生すまで……』って所があるだろ。あれを俺は『コケのムース』
 だと思ってたんだよなぁ何故か」


 「あっはっはムースて! なんで日本の国歌でムースなんて出てくんねん」


 「いや俺もおかしいとは思ってたんだが……ほんと昔になんでか、な」


 「耕介くんも十分お馬鹿やんか。でも芸人としてこれは負けてられへんな、歌ネタやし」


 「お馬鹿って言うな」


  とりあえず受けた事に耕介は安堵のため息をつく。しかしそれはゆうひの芸人根性に火をつける
 事となったようだ。


  あごに指をやり、少しの間考え込んだ後ゆうひはまたパッと笑顔になって話し始めた。


 「アニメの一休さんってあったやろ、あの歌で『望みは高く果てしなく〜』って所があるんよね?
 アレを何故か『望みはサーカス果てしなく……』って歌ってた事があってなあ」


 「おいおい、確か下に歌詞出てたろあれ。なんでだよ」


 「ん〜多分耳コピーで歌ってたからやと思う。あの頃は歌詞なんか見んと、何でも耳に入ってきた
 歌歌いまくってたから」


 「ああなるほどね」


  なんでか近所の盆踊りの曲でも使われてたし。


  そうゆうひが付け加えると、耕介もそう言えばうちもドラえもん音頭なんかが流れててたなぁと
 一人頷いていた。


 「それから『負うた子に教えられ』って言葉あるやん? あれ子供の頃『大タコに教えられ』やと
 思てたんよ」


 「大タコ? あの、8本足の方?」


 「そっ。ほら、タコって頭大きいやん。せやから頭ええんかなぁと」


 「ぶはっ! あ、アホ過ぎる」


 「せやろ〜……って誰がアホやねんっ!」


  鮮やかなノリツッコミが肩に突き刺さるが、耕介は腹を押え暫く笑い転げたまま。


 「いやー流石はゆうひ、なんだかアホ自慢みたいになってきたが、ちょっと悔しくもなってきた」


  ようやく立ち直った頃には、耕介は目に涙さえ浮かべていた。


 「あは、せやったら耕介くんも、もっとアホ話しいやー」


 「うーむ俺にも沢山あるはずなんだが、いざ思い出すとなるとすぐには出てこんな……」


 「はよはよっ♪」


  更に激しく、ほとんど抱きつかんばかりのゆうひの身体を片手で支えつつ、むーと考え込む耕介。
 すでにブラウン管に映る精一杯のアクションシーンも、見るものは居ない。


 「んー、なぁゆうひ、実は俺……」


 「うんうん?」


  笑顔で顔寄せるゆうひに対し、何故か真顔のまま振り向いた耕介はするりとこう言った。






 「そんなおバカな、楽しいトコ含めて全部、俺ゆうひにベッタ惚れなんだよなぁ。知ってた?」


 「……アホ」


  ぺちん、とツッコミと呼ぶには弱々しいゆうひのビンタが、耕介の頬に当たる。


  張られた方より張った方の頬が赤かった。






                                       了









  後書き:こういう話っていざ思い出すとなると結構難しいものですが、
      一旦出始めると、あれもあれもって止まんなくなりますよね(笑





  05/05/22――UP.

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